子供の頃の習い事・ピアノ編(3/3)

その後、母・よしこは変わった。

それまでは、”音大に行く”という、果たせなかった夢を、私たち(私と姉)に託していたが、それが一変、リベンジ。

今度は、”エレクトーンの資格をとって子供たちに教える”という、自分の夢に向かって、突っ走った。

                                                               

よしこは、朝早くから、夜遅くまで、ずっとエレクトーンに向かっていた。

夜は、ヘッドホーンをして、練習していた。

その時の、”カタカタカタカタ、、。カタカタカタカタ、、。”という、鍵盤とベースがなる音が、今でも、私の耳に、やきつきている。

その姿をみて、「いつも練習して、すごいなあ。。。」という気持ちが、ようやく私の中に生まれた。

その後、資格をとった、よしこは、生徒さんに囲まれ、とても楽しそうだった。

私たちに、まだ手がかかる時は、生徒さんの数をセーブして、許される時間の合間に教えた。

また、私たちに、手がかからなくなったら、生徒さんの人数を増やし、、、と、バランスを調整していた。

その姿をみて、「自分の好きなことの延長線に仕事があるっていいなあ。 自分の生活のペースに合わせてできる仕事だから、私も、結婚したら、よしこのように、エレクトーンやピアノを教えたいなあ。。」と思うようになった。

そして、私も、いつの間にか、ピアノからエレクトーンへと転向し、気がつけば、よしこの後をついて来た。

                                                         

エレクトーンとピアノ、やってきてよかったなあ、、、と、しみじみ感じたのは、そうちゃん(息子・10歳・♂・知的障害アリ)が生まれてから。

ちょうど、息子が1歳の誕生日を迎えたのを境に、また、自分自身が、エレクトーンのレッスンに通い、もう一つ上のグレードを目指す事と、家で、子供たちに教える事を再開した。

あの時ほど、音楽が私の心を癒してくれると感じた事は、なかったなあ。。。

エレクトーンは、誰よりも、私のやるせない気持ちを、黙って聞いてくれ、受け止めてくれた。

                                                            

そうちゃんが2歳になった頃、私のエレクトーンを買いかえた時のこと。

(ピアノと違い、エレクトーンは、何年かおきに、”機種”が変わるため、買いかえなければならなくなることが、多いのです。)

今まで使っていた私のエレクトーンを、今日、業者の人が、引き取りに来るという日に、たまたま、母・よしこは、私の家に遊びに来ていた。

その日、もうすぐ、業者の人が来る、、、という時、よしこは、私のエレクトーンを、両手で何回もさすりながら、「あー。涙がでちゃうわねー。。今まで、ちはる(私のこと)がお世話になってたかと思うと。。どれだけ、ちはるを支えてくれたことでしょう。。。」と言い、「本当にありがとう。。」と繰り返し、涙ぐんでいた。

私は、その姿を見て、よしこの、エレクトーン(音楽)に対する深い思いを、あらためて感じた。

と同時に、私の中に、いろんな複雑な思いがワッと押しよせてきて、胸がいっぱいになった。

そして、その時初めて、小さい頃、私が、あれほど嫌がっていたピアノを続けさせてくれたことに、心から感謝した。

                                                             

今、個性と自由が叫ばれる中、習い事も、いろいろ増え、その中から、”どれがいいかな。。”と選択する楽しみも増えたと思う。

けれど、”本当に好きなこと”を見つける事は、昔も今も変わらず、実は、とても難しい事だと思う。

最初好きでも、途中で、そうでもなくなる事もあるし、私のように、最初、途中は、散々でも、何年、何十年経た今、大好きになる事だってある。

大切なのは、途中でめげても、ふてくされても、挫折しても、、、、どうでもいいから、まずは、続けてみることなのかもしれない。

そのことを、私は、よしこに教えてもらった気がする。

                                                                        

それにしても、あの日、私の家に、エレクトーンを取りに来てくれた業者の方、、、ビックリしただろうなあ。。。

ピンポーン。

玄関のドアが開くと、一人、、、そして、その後ろに、もう一人、女の人が立っていて、しかも、その二人(私とよしこ)は、どうやら泣いていたらしく、目をぼっこり赤くはらしている。

そして、部屋に入ってきて、エレクトーンを部屋から搬出するまでの一部始終を、その二人は、仁王立ちになり、背後から、ジーッと見ていて、時おり、「ありがとう。。」「ありがとう。。」という言葉がもれ、嗚咽が聞こえる。

”やれやれ、、、。あの親子、いったいどうしたっていうんだい??”と思いつつ、エレクトーンを玄関から運び出し、ようやく、あの、何ともいえない重苦しい雰囲気から開放され、”さてさて、運び出したエレクトーンをトラックに乗せよう、、、。”と思い、ふと、上を見上げると、、、。

さっきの親子が、ベランダから身を乗り出し、またしても、二人で、ジーッと覗き込んでいる。

母親の方は、泣きながら、”バイバイ、、。バイバイ、、。”と、力なく手をふり、娘の方は、うつろな目でこちらを見ている。

(その時、私の頭には、「ドナドナ」の曲が、繰り返し繰り返し、流れていた。

あーるー晴れた ひーるーさがり 市場へ続く道~

荷馬車がゴトゴト 子牛を乗せていく~

かわいい子牛 売られてゆくよ~

悲しそう~な瞳で 見ているよ~

ドナ・ドナ・ドナ・ド~ナ~ 子牛をのせて~

ドナ・ドナ・ドナ・ド~ナ~ 荷馬車がゆ~れ~る~”

きっと、その男の人は、おそらく、”事情あって、家具や電化製品を一斉に差し押さえられ、事始めに娘の大好きなエレクトーンを、無理やり、手放すことになった親子”というシナリオを描いたのではないか、、、というのが、私の読み。

                                                              

エレクトーンが行ってしまった後、まもなく、”3時のおやつ”の時間がきた。

私とよしこは、重い気持ちを引きずり、、、。

、、、と思いきや、私が、「ねー。今度のエレクトーンさあ、音色が増えて、ものすごくよくなったんだってー。」と言うと、よしこは、「あら、そうなのーっ! まーっ 楽しみじゃない! もー、待ち遠しいわね~!!」と言い、私たちは、口いっぱいに、クッキーをほおばりながら、エレクトーンのパンフレット片手に、大いに盛り上がっていた。

あの男の人には、ずいぶんと余計な心配をかけてしまった。。。

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子供の頃の習い事・ピアノ編(2/3)

母・よしこは、一人、はりきっていた。

どうも、また、”いい先生”を見つけたらしい。

当時、姉のクラスには、ピアノのレッスンを受けるため、月に一度、飛行機に乗って、東京まで、わざわざ通っているクラスメートがいた。

そして、ピアノを弾く、手(指)の負担にならないように、体育のポートボールも休んでいるという。

私が、”へ~っ。。”、姉が、”は~ん。。”と、気の抜けた反応をする中、よしこは、その話を聞いて、”そうよっ、そうなの。 音大に行くんだったら、そのくらい、しなくっちゃいけないって事なのよ。。”と、深くうなずき、一人、感銘していた。

                                                         

よしこが新しく見つけてきた先生、、、こちらは、飛行機に乗って行かなくてはならないほど、遠くなかったが、バスに20分も乗って、バス停から、さらに、15分も歩かなければならない所にあった。

こんなに遠くては、レッスンの日は、それだけで一日が終わり、友達と遊ぶ約束もできはしない。。。

その上、私は、これまで、いつも、姉と一緒にレッスンに通っていたが、どうやら、その先生の都合で、別々の日に、行かなくてはならないらしい。

一人で行かないといけないのなら、なおさら、そんな遠い所、行きたくないなあ。。

                                                               

それに、よしこの言う、”いい先生”は、当てにならない。

だって、”ため息先生”の時も、”とってもいい先生、紹介してもらったのよー!!”と言っていたもの。。。

そこで、私は、現場の声を聞くべく、自ら、学校で友達に、”ピアノの先生はどんな風か”と、いろいろ聞いて回った。

そんなある日、私の家に、姉の友達が遊びに来た。

そこでも、もちろん、ピアノの先生の話題になった。

私の姉とオセロをしながら、その友達は言った。

「私のピアノの先生ねー、優しいよ~! だってね、”今日、○(丸)もらわな、お母さんにしかられるー。 ねー、先生、お願いやけん、この曲、○(丸)にして!”って言ったら、○(丸)にしてくれるとよー!」と言った。

私は、即座に、私が探していたのは、この先生だと、ピンときた。

で、その日、さっそく、家に帰って来たよしこに、玄関先で、「おかえりー。 ねー、ママ。 ちはる(私のこと)、いい先生見つけたよー! りかちゃん(姉のこと)の友達が習ってて、すっごく、いい先生って言ってたー!」と言った。

私は、おそらく、よしこは、反対すると思っていた。

が、その友達は、姉と、とても仲良くしていた友達で、母同士も親しかった事もあり、「えっ、そうなのー?! じゃあ、ちはるは、その先生のところで習っていいわよ。」と、意外にも、すんなりオッケーがもらえた。

その時の、私の喜びは、言葉には言い表せない!

姉は、よしこの言う、”いい先生”のところに、「ピアノを教えてください。」と、すでに話をしてしまっていたので、私と姉は、別々の先生に、つくことになった。

                                                           

今度の私の先生は、これまでの、”ため息先生”とは、まったく違った。

キリキリ・イライラタイプではなく、いつも、肩に、ストールをフワ~ッと巻いて、とても、おおらかな雰囲気だった。

そして、私のへたっぴな演奏を、ウンウンとうなずきながら、最後まで聴いてくれ、○(丸)をくれない時も、楽譜の左上のところに、半分の円を書いて、「半分○(丸)ね。」と言ってくれた。

そして、レッスンに行くたびに、そこから、ちょっとづつ書きたされ、最後に、「はい、よくできました。」と言って、まん丸の○になり、次の曲へと進む。

今までと違い、”どんどん、先の曲を見てきてね。”と言って、宿題にした。

そして、ピアノに加え、ソルフェージュ(歌)と聴音(ピアノで先生が弾いたメロディーを、ノートに書きうつすもの。)も教えてくれた。

”今日はちょっと、勉強不足で、曲の練習ができていない。。。”という日は、ソルフェージュと聴音に時間をかけてくれた。

ソルフェージュは、レッスン前に、サーッと見れば、歌う事ができるし、聴音は、宿題なしで、その場で、ぶっつけ本番。

なのに、バッチリできたときは、とてもほめてくれたので、私は、とても得した気分になったものだ。

                                                            

おかげで、私は、ピアノが好きになった。

どんどん曲が、○(丸)になるので、どんどん、新しい曲を弾いた。

ボロボロの楽譜に別れを告げ、ピカピカの楽譜を手にする喜びを、初めて知った。

(さようなら、メトードローズ。 ごきげんよう!)

                                                                  

姉の先生は、音大を目指す事を目標にした、厳しい先生だったので、姉は、相変わらず、なかなか○(丸)にならず、苦しんでいた。

私は、それまで、毎年、姉と一緒にピアノの発表会に出ていた。

が、姉と別々の先生になったことで、私は、一人で発表会に参加しなければならず、今まで気付かなかったけれど、一人だと、こんなにも不安で、寂しいものなのか、、、と思った。

そして、その時はじめて、、、というか、その日だけ、姉と一緒の先生に習えばよかったなあ、、、と思った。

けれど、次の年、、か、その次の年のピアノの発表会の写真には、私の隣には、ちゃっかり、姉が写っている。

姉も、私の先生に変わったのだった。

                                                              

その頃から、私たちを取り巻く環境が変わり始めた。

相変わらず、夕方になると、よしこは、「ピアノの練習をしなさい!」 「早く弾きなさい!」と、しつこかったが、もう、そのことで、追い出される事は、なくなっていた。

私たちは、メキメキと頭角をあらわし、ピアノの才能が開花しつつあったからだ。

、、、、と言いたいところだが、そうではなかった。

ピアノは、確実に、以前より楽しくなったが、私たちは、やはり、チャンスさえあれば、練習を怠けていた。

                                                              

ある日、よしこが、私たちを前に、真顔で言った。

「ママ、もう、音大の夢は、あきらめたわ。 もう、りかとちはるには、何の期待もしない事に決めたわ。」

ふつうだったら、こんな事を、突然言われたら、ドキリとし、ショックを受けるところかもしれないが、私は、”よくぞ言ってくれた! やっと気付いてくれた!!”と思い、心の中で、バンザーイ バンザーイ、、、歓喜の叫びが、なりやまなかった。

”あと、もうひと声っ!”と思いながら、よしこの口から、”ピアノ、やめてもいいわよ。”という言葉がでるのを、固ずをのんで待ったが、よしこは、それからしばらく、黙ったままだった。

代わりに、私たちが聞いたのは、「ピアノは、ずっと、続けなさいよ。」という言葉だった。                                                        

                                                   

                                                         

次回につづく。

                                                             

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子供の頃の習い事・ピアノ編(1/3)

ピアノを習っていた、小学生だった頃の話。

                                                               

                                                               

”このピアノさえ、家になかったら、、、!!”

これは、私と姉が、小学校(特に低学年)の頃、心の奥底から感じていた、悪の呪文のようなものだ。

                                                            

ポロポロポロポロ。。。

心地よい、優雅なピアノの音色。

でも、実は、優雅な印象を受けるものほど、舞台裏は大変だ。

鳥は、水面では、余裕の顔をして、気持ちよさそうに浮いていても、水の中では、バタバタバタと、絶えず、足を、忙しく動かしている。

それと同じで、美しいものほど、人の目に映らない影で、人知れず、地味でストイックな努力を必要とされるものなのかもしれない。

                                                            

ボロっボロっ ボーロボロ。。。

私の弾く、つっかかってばかりで、気持ちの入らないピアノの音色。

こちらは、間違っても、優雅とは言えないので、舞台裏は、さぞかし、暇で、のーんびりしたものなのだろう、、、と、思われるかもしれない。

、、、が、どっこい、そんな事はない。

こちらの舞台裏も、それはそれで、大変だった。

                                                        

母・よしこは、ピアノが大好きで、昔、音大に進みたかったのだが、その夢は叶わなかった。

で、子供の私たち(私と姉)に、夢を託した。

だから、音大を目指せるくらいに、厳しく指導してくれる先生を、近所で探した。

毎日、夕方になると、「ピアノの練習しなさい!」 「早く弾かないと怒るわよーっ!」という、よしこのゲキがとんだ。

夕方といえば、当時、”アタック№1”や”サリーちゃん”など、私たちの好きな番組が目白押し。

”こずえちゃん、、、がんばって、、!!”と思って、盛り上がっているところを、バチッ

よしこが、無情にも、テレビのスイッチを消す。

私たちは、黒いピアノをにらみつけながら、「りかちゃんが先!」 「ちはるちゃんが先!」 「昨日は、りかが先に弾いたから、ちはるちゃん!」

、、、今日は、どちらが先に、最初の犠牲者となるのか、言い争う。

結局は、じゃんけんの敗者が、渋々、ピアノに向かい、鍵盤をたたきつける様に弾く。

ピアノの音色には、心がそのまま映ってしまう。

その音色を聴いた母が、怒る。

ますます、ふてくされた音になる。

よしこの手が飛んでくる。

しまいには、「出ていきなさーいっ!!」という事になり、家を追い出される事に。。

ここまでが、ひとつのパターンになっており、違う事といえば、追い出されるのが、私なのか、姉なのか、それだけだった。

                                                             

当時、私たちは、よく、追い出されていた。

(文字通り、”着の身着のまま”、靴をはく猶予も与えられずに、家からつまみ出された。

この、”追い出されたこと”を語ると、長くなるので、この話は、またの機会に。。。)

私たち姉妹は、追い出されるほど、ひどくしかられたのは、ピアノがらみの事だけだった。

まー、しかられるのは、しょっちゅうだったけれど、大抵は、「ハーイ。」 「ハイハーイ。」と返事しているうちに、何となく解決していった。

が、こと、ピアノの事になると、よしこの怒りっぷりは、スゴカッタ!

                                                                   

でも、皮肉にも、よしこが怒れば怒るほど、私たちは、ヤル気を失い、反抗心をもやすことになった。

そして、”悔しいから、頑張って練習しよう“という方に向かえば、めでたしめでたしだったのだが、私たちは、”いかに、練習をサボるか”という方向にまっしぐら。

よしこが外出して、家にいない時は、「ラッキー!!」

姉と手をとりあって、喜びを分かち合った。

そして、”練習したことにしよう”と言って、楽譜に丁寧にも、”つば”をつけて、めくった跡をつけ、いかにも、練習しましたという証拠をつくり、のびのびとした気持ちで、ゆっくりとテレビを楽しんだ。

(当時、家では、”テレビは一日30分まで”と決められていたので、テレビを、いつもより長く見られることだけで、幸せな気持ちがこみ上げてきた。

いつもは見られない、”いなかっぺ大将”なども見て、楽しんだ。)

また、母が家にいる時でも、練習する時間は、大抵、よしこは、キッチンにいたので、”ピアノを好きで弾いているんじゃない”という、反抗心から、ピアノの横や、ペダルのところに本をひろげ、片手づつの練習の時などは、本をチラチラ読みながら、弾いていた。

こんな練習をしていて、うまくなるはずもない。

メト-ドローズという、ばら色の表紙の、横開きのピアノの楽譜があるが、一つの曲が完成して、次の曲にいくまでに、いったい、どのくらいかかったことか、、、。

それは、それは、気が遠くなるほど、時間がかかった。

(姉もまた、私と同様、メトードローズに、よい思い出なんて、かけらもないと思う。)

                                                           

レッスンの日、先生は、私の演奏を聴くあいだ中、”ハア、、、っ。” ”ハア、、、っ。” と、何回、ため息をついたか、わからない。

私たちは、”ため息先生”に2年くらい習った後、よしこの考えにより、その先生をやめて、別の先生に習うことになった。

ため息先生のお宅に、よしこが、”辞めます。 お世話になりました。”と挨拶に行ったとき、”これで、私も、気がラクになります。”と言われたというのだから、どの程度、先生にとって、私たちが、お邪魔な劣等生であったかは、容易に想像できる。

                                                                        

次回につづく。                                                                                                                           

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