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そうちゃんの成長~その2

前回ブログのつづき

当時そうちゃんが通院していた大学病院の先生に紹介してもらい行ったのが、療育園。

そこにそうちゃん、ちょうど2歳の誕生日を迎えたころから通った。

障害のある子供こそ、早期療育が大切。

まずは、生活のリズムをつくるためにも、そして、何より、療育園に通うことはそうちゃんに刺激を与えることになり、結果、もっている力を引き出してあげられる、という。

 

その頃、ほぼペーパードライバーだった私は、まだまだ歩けない(立つことさえできない、いやいや、ハイハイもまだ。ようやくずりバイをはじめたくらい・・・。)そうちゃんを抱え、電車とタクシーを乗りついで行く療育園は、かなり大変だった。

駅のホームにはエレベーターもなかったので、そうちゃんがデンと座ったバギーをかかえの階段の上り下り。

フーフーいいながらようやく療育園へ。

ところが・・・。

 

みんなで歌を楽しむ音楽の時間になっても、先生がしてくれるペープサード(人形劇)にも、手遊び歌にも、“ノーサンキュー!”とばかりに、そっぽをむくそうちゃん。

なにしろ、(障害が重いゆえに)まだまだ何に対しても興味がわかない。

その場にとどまっていることさえダメで、私の膝の上ですぐにぐずりだす。

そして、その部屋をだっこしてでるまで泣いていた。

しかたなく部屋をでてしばらくすると、今度は目をシバシバっ。

、、、と思ったら、やれやれとばかりに、スーーーッと、お次は早くもお昼寝の時間。

、、、、というわけで、みんながいろいろと盛り上がり楽しんでいる時間に、そうちゃんは部屋の隅っこのお布団で、いつもお休みタイム。

 

けれど、不思議なことに、“さっ、次は給食の時間です。”となったとたん、そうちゃん、パッと目を覚ます。

療育園の給食は、とてもおいしく、それだけは楽しみだったのか、そうちゃんはいつも、だれよりも早くガツガツ食べ、おかわり!

そして、おかわり!!

またまた、おかわり!!!

その頃のそうちゃん、満腹中枢が未熟で(これはかなり長い間続きました。6~7歳まで続いたでしょうか・・・。)食べても食べても食べても、まだまだ食べたい。

なので、「もう、ごちそうさまよ。」と、おかわりはもうないことを告げると、怒って体を後ろにのけぞらせて、泣いて泣いて、しばらくずっと不機嫌に。

 

早く歩けるようになるために、療育の時間とは別の時間に“リハビリの時間”もあったけれど、これまた、そうちゃん、お気にめさず。

開始早々イヤになるようで、途中で泣き出したり、これまたうまい具合に睡魔が都合よく襲ってきてコックリコックリ。

結局寝てしまうことが多かった。

(リハビリを)無理にはさせられない、という先生の方針だったので、あとはいつも、私と先生のおしゃべりタイム。

刺激をたくさんうけて、そうちゃんの新しい何かが目覚めてグンと変わるのか?

そんな淡い希望をもって通い始めた療育園だったけれど、こんな感じでそうちゃんは自分のペースを変えることはなかった。

 

そのことを母・よしこに話すと、よしこは言った。

「んま~っ バカバカしいわねっ!

せっかく連れて行っても寝ちゃうんじゃ、意味ないわね。

そんな大変な思いして連れて行ってもがっかりね。

ちはる(私のこと)、(療育園行くの)サボっちゃいなさいよ~。」 。

当時、よしこは遠方に住んでいたので、私が疲れて倒れでもしたら、もともこもない。

やっても結果がでないと疲れるだけなんだから、もう行かなくていいわよ、 と、しきりに言っていた。

 

長い道をふりかえれば、やっぱりこの療育園に通ったことは、そうちゃんの底の土台のどこかに残っているに違いない。

けれど、あの時よしこに、

“がんばって毎日通いなさい。

そうちゃんのためだから。

たとえ大変でも、そうちゃんにできることは、なんでもやってあげなさい。”

と言われるよりは、

“そんなの、さぼっちゃったらいいわよ。”

と言われた方が、気が楽だったことは間違いない。

 

けれど、不思議なことに、人間、さぼっちゃえ、と言われると、逆に案外さぼらない(さぼれない)もので、結果的には、私とそうちゃんは、案外マジメに通ったのだった。

(ただ、確かに、そこだけに通う毎日は息がつまりそうだった。

なので、途中、そうちゃんを保育園に預けることを思いついた。

療育園の先生はそのことに大反対。

もし保育園に行ったら、そうちゃんはお客さまとしてしか迎えられない。

だから、ここ(療育園)で、しっかりとそうちゃんに合わせた療育することがそうちゃんのためだ。

そして、どちらにしてもそうちゃんのように重い障害のある子供が保育園に受け入れてもらえたことはこれまでに一度もなかったから、申し込んだとしてもどのみち無理だろう、と予想。

けれど、ラッキーなことに、保育園入園が思いがけず認められ、そうちゃんは、3歳のお誕生日を迎えた時から、療育園にも保育園にも(併行通園)両方に通えることになったのだった。)

 

療育園に通うお母さんたちの中には、子供の療育に熱心な人もいた。

東京には、母子入園して療育をうけられる施設があった。

その施設に、1~2か月の間、親子で寝泊まりする。

(そういう施設は珍しく、全国各地からその療育を受けに来るらしい。)

母子入園したお母さんは、とてもよかったと言っていたし、 せっかく都内にそんな施設があるのだったら行ってみようか、と私も思い、私とパパは、その施設をたずね、見学。

半年以上待つ、と言われたけれど、母子入園の順番を待ってみることに。

そして、申し込んでいたのも忘れたころ、順番が回ってきた、という電話があった。

けれど、結局は、私とそうちゃんは、そこに母子入園することはなかった。

 

ちょうどそのころ、私は、近所の子供にピアノやエレクトーンを教え始めたころだった。

自分の時間をようやく楽しめはじめたころだったし、何より、そばでゆったりととまったかのように、ほんの少しずつしか成長しないそうちゃんをみていると、そうちゃんの療育に自分ががんばりすぎることは、決してそうちゃんのためにならないのではないか、と思えてきた。

期待して、だけど、それがからまわりして思ったような結果が得られないと、勝手に自分がすきでやったことなのに、ガックリして、疲れて。

そうすることがそうちゃんにとってハッピーなことであるとは、到底思えなくなっていた。

そして、その時も、よしこは言った。

「え~っ そうちゃんと一緒に何週間もそこに泊まるの??

そんなの、やめなさいよ~!

ちはるちゃんが疲れちゃうだけよ!!

そんな、何週間か療育したくらいでは、そうちゃんは何も変わらないわよ~。」。

 

もし、見返りを期待しない、やさしくできた人間だったら、荷物をまとめてすぐに行っていたかな。

でも、私はちがう。

やっぱりきっとどこかで、“こんなに一生懸命がんばったのに、なんで・・・。”と思ってしまうにちがいない。

だから、金輪際、“自分の生活のペースを大きく変えるほどがんばる療育“はやめておこう。

特別なことでなく、日々の生活の中でできることをみつけて、その中で精いっぱいのことをやってあげよう、と思うことにした。

そうちゃんが幸せであるには、その前にまず私が幸せでなくっちゃはじまらない。。。

次回につづく

 

P.S.

チョコさん・ビックママさん、コメントありがとうございます!!

チョコさん、まだまだ水泳続けてますよ~。

週に一回、700~800メートルは泳いでいるらしいです。

犬かき風のそうちゃんオリジナルの泳法です。

“ブアーッ“という声とともにクジラのように水しぶきをあげながらの独特な 息継ぎをしながら・・・。

このビックママこそ、、、そうちゃんが放課後お世話になってになっている小学校の時のそうちゃんの元担任の先生です!!

(「そうちゃんの夏」

http://chi-ha-ru.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-b0ca.html

 

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