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2010年12月

私の”ALWAYS 三丁目の夕日”~その5(完)

前回ブログのつづき

                           

いとこの家で長く過ごして、”さあ 今日、福岡へ帰る”という日は、おじいちゃん、おばあちゃんはじめ、家族みんなが、私と姉とよしこ(母)を東京駅まで送ってくれた。

そして、新幹線が間もなく出発するというギリギリまで、いとこは、新幹線の私たちの座席のところにいる。

で、いとこが、私と姉に、すがるようにして言う。

「ねえ、りかちゃん(姉のこと)とちはるちゃん、、、。

今度 いつ来る?」

「ねえ、また遊びに来てよねぇ!」

そして、最後は涙声になりながら、

「今度来たらさあ、、、。

絶対に絶対に おもちゃ、かしてあげるからさあ!!

だから、また来てよね!!」。

 

私は、もうすぐ出発する新幹線の中で、いとこの、この言葉を聞くたびに、、、

毎年のことながら、胸の奥が キュッと痛んだ。

、、、というのも。。。

 

長期滞在中、”私たち姉妹””いとこ兄妹”の関係は、いつも微妙に変化するのが常だった。

前半は、みんな久々の再会で、大盛り上がり。

四人でワイワイ遊ぶことが多い。

中盤は、私といとこ(兄)・私といとこ(妹)。

姉といとこ(兄)・姉といとこ(妹)・・・。

仲良く遊ぶ組み合わせが、グルグル変わる。

そして、後半は、いつも、、、。

兄弟対決(”私たち姉妹”VS”いとこ兄妹”)となる。

 

、、、というのも、だんだんと、互いにすっかり馴れ合うまではいいのだけれど、そのうちに(後半になると)、お互いに、中盤まであった遠慮や新鮮さも、すっかり消えてなくなり、”地のままの自分”というものが、それぞれに出てくる。

(そうなると危険だ!!)

いとこたちが、チラッと、

「あ~ もう、おもちゃ かしてあげない。」

とか、

「このお人形は、私のよ!!」

「私のなんだから ダメ~!!」

とか言い出したら最後、なぜか途端に、私と姉は、一致団結!!

 

”ほ~ほ~ほ~

 また、それかい??

そりゃー 聞き捨てならぬ。。。”

”私たちだってね~、帰りたくなくって帰らないわけじゃないんだよ~。

ここから走って帰ろうったってね~、遠すぎて帰れないんだから 仕方ないんだよ~。”

くらいの悪態を(私と姉が)つくので、事態は、急激に悪化。

福岡の家では、犬猿の仲で、四六時中ケンカばかりしている私と姉が、しっかと、ここぞとばかりにタグを組む。

だから、たいてい毎年、福岡へ帰る前日は、なんとな~く険悪な雰囲気になったりしたものだ。

そこにきて、新幹線の中のいとこの言葉。。。

 

私の胸の中で、いとこと、最後までは完璧に仲良しでいられなかった後悔にも似た思いと、

本当は、いとこの家に、まだまだずーっといたい(帰りたくない)という思いと、

大好きなおじいちゃんとおばあちゃんとお別れしなくちゃいけない寂しさとが、一気に複雑にからみ合った。

だから私は、いとこの言葉にただただ、コクリコクリとうなずき、

「また来るね。」

「また来るね。」

というのが精一杯だった。。。

 

あの頃の思い出は、私の中でも、とっても濃い思い出・・・。

大好きだった。

まるで、”ALWAYS三丁目の夕日”に、ポッとでてきそうな、あの家が。。。

 

おしまい

 

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私の”ALWAYS 三丁目の夕日”~その4

前回ブログのつづき

                  

いとこは、私と同じ歳の男の子と3歳年下の女の子。

私と姉といとこは、歳が近かったので、本当によく遊んだ。

なにせ、こっちは遠方から遊びに行くため、いとこの家にいったん行けば、いつも長期滞在。

よって、滞在中、私と姉は、いとこたちの行く所行く所、どこへでも一緒に着いて行った。

近所の遊び友達の家へ行く時も、もちろん。。。

 

で、ある日、みんなで一緒に遊んでいると、私と姉がしゃべるのを、みんなが、ケッケッケッケッ笑う。

「え~っ?!

今、なんて言ったの~?

もう一回言って~!!」

とか言いながら。。。

、、、どうやら、みんなは、聞き慣れない私と姉の”博多弁”が妙におかしかったらしい。

「だけんさー(訳:だからさー)」とか「○○するったい(訳:○○するの)」とか・・・。)

 

最初は、私と姉も、博多弁を紹介しながら、いつものしゃべり口調でしゃべっていたけれど、、、。

もう、次の日からは、ガラリと一変。

私と姉、すっかり標準語で話すようになっていた。

まあ、理由は、いくつかあったと思うけれど、からかわれるのがイヤだった、、、

のではなく、単に、面倒くさかったから。

 

なにしろ、私たちがしゃべるたびにみんなが笑い、もう一度言わされたり、意味を説明したりしなければいけないので、一向に遊びが前に進まない。

盛り上がらない。

これではたまらん(博多弁)、、、ということで、私と姉は、急きょ、標準語へモード切替。

 

実は、私と姉は、小さい頃から、家の外に一歩出たら、博多弁でベラベラしゃべっていたけれど、家の中では、標準語をしゃべっていた。

、、、というのも、よしこ(母)は、生まれも育ちも東京。

だからなのかどうなのか、よくわからないけれど、よしこは、私と姉が、家で博多弁でしゃべることを非常に嫌っていた。

(よしこには、博多弁が馴染まなかった模様。)

なので、私と姉は、「いってきま~す!!」と言って、玄関を一歩外に出たとたん、

「今日、雨 ふるかいな~? 

傘、もっていかないかんよね~。」。

でも、「ただいま~!!」と言って、家に一歩入ったとたん、

「今日は、雨 降らなかったね。

傘、もって行かなくてもよかったね~。」

、、、と、無意識のうちに、こんな風に切り替えて(よしこ好みの)しゃべりをするようになっていた。

なので、別に、いとこや近所の友達としゃべる時に、標準語でしゃべることになっても、なんの不便もなかった。

 

ただ、、、。

驚いたのは、その近所の友達たち。

昨日まで、バリバリの博多弁でしゃべっていた私と姉が、今日は、スラスラスラと標準語をしゃべるのをみて、目を白黒させて、かなり驚いていたっけ。。。

 

ただ、”郷に入れば郷にしたがえ”ではないけれど、その土地の習慣とか、ルール、、、そして、特に言葉は、ちゃんと相手に合わせたほうが、なんかスムーズにうまくいく、、、というのは、子供ながらに感じていたと思う。

おかげで、毎年、いとこの家に行くたびに、近所の子供たちとも仲良し。

たくさん遊んで、いつもにぎやかで楽しい毎日だった。

 

ちなみに、福岡に帰る頃には、いとこたちの言う

「だからさ~あ~(語尾あがり)」とか、

「○○じゃん。」

とかいう言葉もすっかり身につき、私と姉は、田舎のにおいもすっかり消え、何となく あか抜けていた(?)。

すっかり”なんちゃって東京人”になりすましていた私たち。

けれど、もちろん、福岡に帰れば、またその瞬間から、友達同士では、バリバリの博多弁。

その辺が、自分でも、”なーんか おかしい。。。”と思っていた。。。

 

次回へつづく

 

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私の”ALWAYS 三丁目の夕日”~その3

前回ブログのつづき

                        

いとこの家のように,「こんにちは~。」という声がしたかと思うと、次の瞬間、勝手に靴をぬいで茶の間にあがりこんでいる、、、

こんな光景が、私には、とても新鮮だった。

そして、やってくる人、やってくる人、これといった用事もなく、ただプラ~ッと遊びに来るところが面白かった。

(私の家では、そういうことがなかった。

大人は、約束した時間に来るか、なにかしらの用事があって来るかのどちらかだった。)

 

この日やってきた おばあちゃんのお姉さん(京唄子さん風)も、特段何の用があるわけではなく、フラリとやってきたのだった。

私が風邪で、東京タワーのろう人形館へ行けなかったことを知ると、お姉さんは、おでこにクシャクシャとシワを寄せ、本当に残念そうな顔をしながら、

「あらまあ~~。

そりゃ~ 残念だったねえ、ちはるちゃん!!

まっ、ゆっくり寝ときなよ!」

と、威勢のいい声で言った。

 

その日、私が掘りごたつで寝ていると、おばあちゃんとそのお姉さんとおじいちゃんのしゃべり声がにぎやかに聞えてくる。

テーブルには、おじいちゃんが漬けた、きゅうりのぬか漬け。

それを楊枝でさして食べながら、時おり緑茶をすする。

みんなで歌番組をみていた。

(次第に、寝ている気がしなくなり、横になったまま、一緒にテレビをちらちらと見る私。)

 

、、、、と、そのお姉さん、突然のけぞり、顔を思いっきりゆがめ、テレビをにらみつけながら言った。

「うわっ やだやだ!!

森昌子だ!!

私、この人、大っきらい!!

う~ん、も~ きらい!!

歌ってるの、みるのもイヤだよ~。」。

 

すると、まわりで、やれ”私も好きじゃない”だの,”そうかしらね~?!”とかいう声が次々とあがる。

そうこうするうちに、今度は、おばあちゃんの方が、ギュッと顔をしかめる。

(テレビで歌を唄っている画面をみながら)

「あっ 桜田淳子!!

私は、こっちのがイヤだね~。」。

   

そうこうするうちに、老眼をかけて新聞を読んでいたおじいちゃんが、

「な~に言ってんだよ。

よく言うよ、まったく。

会ったこともないのに、イヤだイヤだ~、って。

テレビでみてるだけなんだから、どんな人だか、わかるはずないっての!!。」

 、、、と、こんな感じで、私の頭上で、会話は延々とつづいていく。。。

 

私は熱で、頭がポーっとなりながらも、おばあちゃんたちのベチャベチャベチャベチャしゃべる会話を聞くともなく聞いていた。

そんな、たわいのない会話と、

ポリっポリっポリっというお漬物を食べる音、

時おり、ズズズズズズっと、お茶をすする音を聞いていると、なぜか、とても心が落ち着いた。

そして、お布団で一人、静かに寝ているよりも、こっちの方が、ずっと早く風邪が治りそうな気がした。。。

 

次回へつづく

 

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私の”ALWAYS 三丁目の夕日”~その2

前回ブログのつづき

         

ある日、叔父が言った。

「明日は、東京タワーに行こう!

みんなで、ろう人形、見に行こう~!!」。

なんでも、いとこたち(私と同じ歳の男の子&3つ年下の女の子)は、その”ろう人形館”とかいう所 に、以前にも行ったことがあるらしい。

「ものすご~く怖いんだよ~!!」

「いろんなろう人形がね~、たーくさん、いるんだよ~!!」

と言って、ブルブルブルっと体を震わせた。

 

”ん、、、東京タワーとろう人形・・・?”

”なんで、、、東京タワーに ろう人形がいるの・・・???”。

私は子供ながらに、それは、”パンと納豆”の組み合わせと同じくらい、なんとも ちぐはぐな感 じがしたものだった。

けれど、そんな怖い人形なんて今まで見たこともなかったので、私は、ドキドキワクワク。

次の日の朝を待ったのだった。。。

 

ところが、次の日、目が覚めると、、、。

なんと風邪をひいたらしく、熱が!!

がっくりだ、、、行けない、、、。

どーして、いつも元気なのに、今日に限って!!

 

私の横には、そんな私のことを、さらさら気にすることもなく、”ろう人形だ! ろう人形!!”と、もう、ろう人形のことっきり頭にない姉・・・。

姉といとこたちは、

「じゃ~ね~!

ちはるちゃ~ん、いってきま~す!!」。

叔父に連れられ意気揚々、(私をおいて)ろう人形館へとでかけて行ったのだった。

 

せっかく東京に来て、せっかくろう人形とやらをみれる、またとないチャンスに、こんなことになって 、、、。

私は、姉たちが出かけた後も、とても静かに寝ている気にはならず、ふて腐れながら、部屋をウロウロ していた。

すると、よしこ(母)が、またいつもの調子で言う。

「ちはる!

すごい熱よ!!

ちゃんとお布団で寝てないと、ちはる、死ぬわよ!!」。

 

なんど聞いても、真顔で よしこから”死ぬわよ!!”といわれるのは、コワイ。

どうかすると、怖~いろう人形をみることよりも、はるかに恐ろしいことだったかもしれない。

けれど、そう言われても尚、お布団にただ寝ている気にもならないので、私は、仕方なく、茶の間の掘 りごたつに足をつっこみ、寝ることにしたのだった。。。

 

私がうつらうつらとしていたころ、お店の方から

「こんにちは~。」

と、元気な声。

近くに住んでいる、おばあちゃんのお姉さんが遊びに来たのだ。

この おばあちゃんのお姉さんは、小柄だけれど、とてもパキパキして、威勢がいい。

(私の中では、京唄子さんのイメージ、そのもの。)

私と姉が東京のいとこの家に行くと、いつも毎回、急いで私たちに会いに来てくれた。

「ようこそ~~、いらっしゃ~~い。

あら~ ちょっと~!

二人とも、こーんなに大きくなっちゃってさ~!!」

と言って・・・。

そして、よくおこづかいをもらった。

 

私は、この おばあちゃんのお姉さんと、おばあちゃん。

そして、おじいちゃんも加わっての会話が 大好きだった。

いつもお互い、言いたいことをズバズバと明け透けに言って、時に、大人気ないケンカ口調になったり 、、、、。

と思ったら、今度は、みんなが一斉に、豪快にガハハハハと笑いこけ、結局は、なんのわだかまりもなくなってし まう。

、、、大好きだった。。。

 

次回につづく

 

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私の”ALWAYS 三丁目の夕日”~その1

昨日、クリスマス会の話にでてきた、いとこの家。

(これは、同時に、母・よしこのお兄さんの家であり、

おじいちゃん・おばあちゃんの暮らす家でもある。)

もう今は、その家はなく、ずいぶん前に建て直しされてしまったけれど、その当時は。。。

 

私の記憶の中で、いとこの住む家・街並みは、まさに、”ALWAYS 三丁目の夕日”そのもの。

あの”鈴木オート”(堤真一と薬師丸ひろ子の住む家)の横に、いとこの家があっても、何の不思議もない。

 

のんびりとした商店街が続く道のならびに、いとこの家は あった。

果物屋さん、八百屋さんがポツリポツリとあり、いとこの家のお向かいは、確か、お寿司屋さんだった。

私のおじいちゃんもまた、お店をしていた。

食料品を中心に、いろんなものが店先に並んでいた。

閉店の際は、木の雨戸みたいのを閉めるので、普段は、八百屋さんみたいな、オープンな感じのお店。

だから、特別、入り口という入り口はない。

(よって、もちろん、出口という出口もない。)

どこからでも入ってこれるような、そんなお店。

 

お店の隅っこには、アイスクリームコーナー。

(あのアイスクリーム専用の、ガラスをスライドして開け閉めする冷凍庫があった。)

その横には、ジュースがびっしり入った大きな冷蔵庫。

お店の中には、、、とりあえず、なんでもあった。

お菓子もあったし、乾物(のりなど)もあったし、缶詰やカップめんやカレールー。

そして、おじいちゃんが裏庭で漬けているお漬物(白菜漬けやぬかずけなど)もあった。

 

お店の奥に、ガラガラガラ~っと開ける木の扉があって、その扉を開けると、いきなり、家族みんなが集まる茶の間がある。

で、「すみませ~ん。」とか、「ごめんくださ~い。」とか、お客さんが言ってはじめて、「はい、いらっしゃい!」と、おじいちゃんは 、ヨイショと立ち上がり、そのガラガラ扉を開けてお店に出て行く。

茶の間には、大きな掘りごたつがあり、冬は、いつも、練炭のにおいが漂っている。

 

私と姉と母・よしこは、よく、いとこの家に遊びに行った。

、、、といっても、いとこの家は東京。

私たちは、福岡。

遠方のため、ちょこちょこ遊びに行く訳にはいかないので、一度行ったら、いつも長期滞在。

冬休みに行くことが多かったっけ。。。

 

小学校の終業式が終わる12月24日。

私と姉が家に帰り、ランドセルを置き、通信簿を仕方なく よしこに見せると、、、さあ出発!!

大荷物をもち、速攻・博多駅へ。

寝台車に乗って、東京へ向かう。

そして、東京のいとこの家で、クリスマスもお正月もすごし、またまた小学校の始業式の前日に、福岡へ帰ってくる、、、というのが常だ った。

(もちろん、父は、福岡で一人、お留守番。

今、考えると、、、。

クリスマスもお正月も一人っきりだなんて、ずいぶん淋しかっただろうなあ、、、と思う。)

 

私の家は、よしこと父と姉と私の四人家族。

一方、いとこの家は、おじいちゃんもおばあちゃんも一緒のにぎやか家族。

よしこの弟たちも近くに住んでいたし、おばあちゃんのお姉さんもまた、歩いて数分の所に住んでいた。

ちょっと歩けば、またまたもう一人、おばあちゃんのお姉さんの、そのまた上のお姉さんが住んでいる家もあった。

”な~んか、、、掘りごたつ、窮屈になったな。。。”

と思って、メンバーを見渡すと、いつのまにかおばあちゃんのお姉さんが仲間入りし ていたり、よしこの弟が遊びに来ていたり、、、。

そんなことは、いつものことで、とても人の出入りが激しい家だった。

そして、なんといっても魅力的だったのは・・・!!

 

木の扉を開けて、一歩お店に踏み入れたら、私たち子供にとっては、(ディズニーランドも顔負けの)夢の世界が広がっていた。

なんたって、アイスクリームもジュースもお菓子も、手をのばせば、いくらだって食べれるのだ。

ありえないっ!!

 

私たちがお店のものをあれやらこれやら持って来てムシャムシャ食べていると、いとこ(私と同じ歳の男の子&3歳年下の女の子)と私た ちは、おじいちゃんに

「きりなく食べるんじゃないの! 

お店にもどしてきなさい!!」

とか、よく言われた。

けれど、いつも、おばあちゃんが、どこからともなくヌッと現れ、

「いいじゃないの~。 

せっかくなんだからさー。

食べな食べな~。」

と必ず言ってくれたので、私たちは、いつも調子 に乗りまくっていた。。。

 

次回につづく

 

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次男からの依頼

次男(5歳)の保育園、お昼は給食。

でも、主食(パンかごはん)だけは、お弁当箱に入れて、毎日持って行くことになっている。

長女(7歳)も、同じ保育園だったので、今年の3月までは、長女と次男に”ごはん”を持たせること が多かった。。。

 

私としては、パンの方が、がぜん楽。

(夜、わざわざお米をとがなくていいので。)

けれど、パンが二日続くものなら、長女が許さない。

「(むっとした顔で)

また パ~ン~?!

パン、いやだ~。

明日は、絶対に ごはんにしてよ~!!」。

 

なので、(朝はパン食にもかかわらず)夜寝る前にタイマーでごはんをセットしていた。

けれど・・・。

4月から晴れて(?)次男だけの通園。

次男は、もともとパンが好きだし、こりゃ ラッキー!!

次男から言われるまで、お弁当には、パンを入れることに決めた。。。

 

”パン、いやだ~。”と、そろそろ言われはしないかと思いつつ・・・。

春がすぎ、桜の花も散り、

夏がすぎ、セミの声も聞えなくなった。

そして、秋もかけぬけ、木の葉もガッサリ落ちてしまった。

、、、で、二日前になって、ようやく、次男から(まさかの)依頼があった。

「ね~、ママ~。

最近、はっくん(次男のこと)のお弁当、パンが多くな~い?

はっくん、たまには、ごはんがいいな~。

明日は、ごはんにしてくれな~い?」。

 

、、、もはや、ごはんという選択肢があることすら、すっかり忘れていた私に、次男からの丁重な依頼 。

さっ、、、最近って・・・

4月からずっとパンなのに・・・。

 

次男は、洋服も、私が出したものをそのまま、文句一つ言わず当たり前のように着て行ってくれるので 、とても助かる。

男の子は、この辺がシンプルで、とてもいいな、、、と思う。。。

 

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お財布の不思議

おかげさまで、そうちゃん(長男・14歳・知的障害アリ)からは、何か買ってほしいと、せがまれたことがない。

(しかも、そうちゃん、私が買ってきた物ならなんでも、

「うわ~っ。 ありがとう~!!」

「かわいいね~!!」
と言って、喜んで受け 入れてくれる。)

けれど、長女(7歳)と次男(5歳)は、一歩外にでると、やれ、のどがかわいただの、おなかがすいただの、あれ買って、これ買って・ ・・と、面倒くさい。。。

 

まあ、私は基本、いつも、「買いません。」。

そのひと言でサラリとかわすのだけれど、今日は、どうしたって、このひと言ではかわしきれない・・・という(百貨店に行く日や、買い 物に出かける日、近くにトイザラスがある場所に出かける日など。)、ここぞという時には、きまって言う。

「なっちゃん(長女のこと)とはっくん(次男のこと)。

さっ、今日は、自分のお財布、もっていって~。

おこづかいで、今日は、何でも買っていいからね~。」。

すると、長女と次男は、東京ディズニーシーへいった時に買った、ミッキーのお財布を急いで首にかけてくる。

 

おこづかいは、お手伝いをしてくれているお礼として、毎月600円。

ただ、おばあちゃんたちに、「はい、おこづかい。」と言っては 1000円、よくもらっているので、意外にも、子供たちはお金持ち。

お財布の中には、結構なお金が入っている。

私は、目的地に着く前から、

「自分のおこづかいでだったら、な~んでも好きなもの、買っていいからね~!!」

と何度も言い、子供たちの気分を盛りたてる。

ところが・・・!!

 

面白いもので、いつもは買って買ってとうるさいのに、なんでも買っていいよ(ただし、自分のお金で。)となると、、、

長女と次男は、急に、お金を出すのを渋りだす。

 

この間、出かけた時は、

「ママ~。

これ、かわいい~。

ほしいな~。

買って~。」

と言っていた長女。

なのに、マイ財布持参の日は、

「これ、ほしいんでしょ?

好きなんでしょ?

ほらほら 買ったら?」

と私に言われても、

「、、、ん。

、、、まっ いいかな。。」

とか言って、買わないことも多い。

お財布を首にかけた日は、いつもより、のどもかわかないようだし・・・。

 

次男は、、なにかを選ぶ時、”迷って迷って迷うタイプ”なので、なんでも買っていいといわれても、何を買ってよいやらウロウロ。

結局は、何も買わずじまいのことが多い。

それに、やっぱり、自分のお金が少なくなることが、イヤらしい。

ディズニーのお財布は、”なるだけお金がでていかないようにする 不思議な魔力”があるような。。。

 

長女と次男の首にディズニーのお財布が下がっている日は、それだけで、私も安心。

のびのびと買い物ができて、とっても楽しい。。。

 

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長女(7歳)と次男(5歳)は、同じ病院(個人病院)で生まれた。

どちらも帝王切開。

手術の前には、麻酔をするのだけれど、その麻酔の効き方が、”気持ちのもちかた”で、こうもちがうものなのか、、、とびっくりした。。。

 

長女の時は、麻酔がガッツリ効いて、手術中もそうだけれど、次の日(手術は、前日の夕方。)の朝まで、ほぼ記憶がない。

時おり、サッと目がさめるけれど、ほぼ一瞬。

断片的な記憶はあるものの、自分でしゃべることもできないくらい効いていた。

 

次男の時は、前回のブログ(”日本昔ばなし”)にあったように、”赤ちゃんが小さい”ということで、精密検査まで受けていた。

だから、

”ちゃんと元気にうまれてくるのか。”

”赤ちゃんは、いったい どのくらい小さいのか。”

ということが、とても心配だった。

もちろん、長女の時も、そうちゃんの後の出産だったので、不安もいっぱいあった。

けれど、それは、漠然とした不安。

次男の時は、より具体的な不安だった。

 

で、当日、手術台(これが驚くほど小さい。体を伸ばすこともできないほどの、なぜか、短くて細~い台。)にのった瞬間、私は、手術室の天井を見上げながら強く思った。

「しっかりしていよう。

なにがなんでもしっかりして、赤ちゃんが、いったい何グラムで生まれてくるのか、この目で耳で、ちゃんと確かめよう!」。

 

手術台にのってしまえば、まな板の上の鯉。

ここまでくると、もう、逃げも隠れもできない。

大きな流れにのっかって、あとは、ただお任せするしかない。

だから、気持ちは、なぜかとても落ち着いていた。

 

けれど、”何グラムあるのか”だけは、絶対に聞いておきたい。

長女の時のように、麻酔で頭がもうろうとなってしまっては、何がなんだかさっぱりわからなくなっちゃうので、今回は、”頭だけは、しっかりしておこう”と思ったのだ。

だって、もし、小さく生まれたら、赤ちゃんは、どこか大きな病院に運ばれることになるかもしれない・・・。

それに、もし、ちゃんと元気で体重も(単なる誤差で)しっかりあるのを確認できたら、それだけで安心できる。

どちらにしても、(麻酔に邪魔されることなく)私は、ちゃんと知っておきたかった。

で、実際は。。。

 

次男の時は、(体はもちろん麻酔が効いているけれど)”頭”は、びっくりするほどはっきりしていた。

手術中の先生たちのやりとりも、雰囲気も、ほぼだいたい覚えている。

そして、赤ちゃんが生まれ、

「男の子です。

2560グラムです。」

と言われた時のことも。

それまで、”あって 2000グラム”と言われていたので、長女の時よりもちょっと多い”2560グラム”と聞いた時の、あの言葉の響きは、忘れられない。

安堵感とうれしい気持ちでいっぱい。

飛び上がりたいくらいだった。

 

手術後も、なぜか、覚醒。

夜も、ちょこちょこっとしか眠れなかったっけ。

(そういえば、手術後、一晩だけ、相部屋だったのだけれど・・・。

カーテンでしきられた向こうにいる方のいびきが・・・すごかった。

”グ~・・・ ガガガガガガガ!! 

グ~・・・ ガガガガガガガ!!”

という、今まで聞いたこともないダイナミックな往復いびき。

隣の方は、麻酔が効いているのか、ただ寝ているのかわからないけれど、うらやましいほどに、それはそれは、超・熟睡。)

 

それにしても、(病院も同じだし、私の体重も変わらなかったので、)麻酔は同じなのに、気持ちのもちようで、頭は、あんなにクリアーでいられるものなのか、、、と、次男の時は、とても驚いた。

”気合”とか、”気を強くもつ”とかいうけれど、”気”って、ものすごい影響力があるんだなあ、、、。

ここ一番は、”気”だけなのかもしれません。。。

 

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日本昔ばなし

毎日、子供たちが寝る前、絵本の読み聞かせをする。

油断していると いつまででも起きていそうな子供を寝せるには、これが一番。

”絵本読みの時間が終わったら、即・消灯!!”。

これがもう習慣になっているので、リズムがとれていい。

私としても、このおかげで、やっと自分の時間がやってくるので、絵本読みは好き。

 

そういえば、私が小学生の頃、テレビで、”まんが日本昔ばなし”というのがあった。

市原悦子さん独特の語りで、まったりとしたお話の世界が広がっていく。

私と姉は、あれが大好きで、毎週みていた。

だからなのか、日本昔ばなし特有の”道徳”とか”教え”とかが、どうも体に染み付いているところがある模様。

、、、というのが。。。

 

次男がお腹にいるとき、病院の定期健診で先生から言われた。

「(困ったなあ、という顔をしながら)

う~ん、、、。

赤ちゃんの体重が、増えないですね~。

ちょっと標準より小さい。

前回から比べても、まったく増えてない。」。

 

定期健診では、毎回、エコーで赤ちゃんの体重を推定するのだけれど、”あと1ヶ月で生まれる”という時期になって、赤ちゃんの体重は、横ばい。

一向に増えない。

赤ちゃんの体重が増えないのは、赤ちゃんになんらかの病気があって、それが原因のことがあるらしい・・・。

結局、精密検査をすることに。

特別に大学病院の先生が来る日を指定され、予約することになった。。。

 

検査の日、私がベッドに横たわると、先生は、エコーで、赤ちゃんの体、心臓、そして、頭の中の血流など、細部を細かくチェックした。

さすがに、赤ちゃんの頭の中の様子を調べる時は、、、恐怖だった。

なにせ、私には、そうちゃん(長男・14歳・知的障害アリ)という前例がある。

また、、、また赤ちゃんに、、、何か(病気が)あるのか?

また、、、何か問題があって、生まれてすぐ、救急車で運ばれて、長く入院することになるのか?

いったい、その間(私も付き添いで病院に滞在することになるので)、誰が、そうちゃんや長女の面倒をみるのか?

ベッドの上で、いろんな思いが駆け巡った。

自ずと息も荒くなる。

 

、、、と、ふと、頭にうかんで、静かに流れてきた曲。

それは・・・。

なんと、”まんが日本昔ばなし”のオープニングソング。

”♪ぼうや~ よいこだ ねんねしな

今も昔も かわりなく~

母のめぐみの子守唄~♪”。

 

そして、私は、その時、思った。

”あ~あ~あ~!!

私が、欲ばりすぎた~っ!!

(そして私、即・反省。

早くも、後悔の念。)

そうちゃんに続いて、長女(7歳)が生まれて、、、。

その長女が今度は健康に生まれたから、うれしくって、、、。

だからって、私が欲をだして、もう一人赤ちゃんを、と思って欲張ったから、こんなことになったんだ~。

私が調子にのりすぎた。

(赤ちゃんになにか、問題があるにちがいないと、その時点で勝手に、即・断定。)

そうだ、あの時、私は、学んだじゃないか!!

日本昔ばなしでは、欲深き者は、必ず あとで、ギャフンと いわされてきたことを!!

あの時の教訓は、いったい なんだったんだ~?!?!”

 

もう、私の頭の中は、日本昔ばなし、一色。

ほとんど錯乱(?)しており、それを察してか、エコーをお腹の上にあて、いろんなデータをコピーし、たんたんと無言で仕事を進めてい た先生は、ようやく私に言った。

「お母さん、大丈夫ですか?」。

そんな先生に、私は、最後の勇気をだして、ふりしぼるように言った。

「先生、、、。

赤ちゃんに、、、なにか問題があるんですか?!?!?!」。

すると、先生は、相変わらず、たんたんとして表情ひとつ変えずに、

「、、、ええ。 

だから、なにか異常がないかどうか、それを、今、調べているんです。」。

はあ、、、。

 

結局、”今の時点でわかる異常はない。(生まれてからのことはもちろん、わからないけれど。)” ということで、その精密検査は終結。

結局は、私一人、大騒ぎ。

”骨折り損の くたびれもうけ”に終わったのだが・・・。

(ちなみに、生まれてきた次男、実際は、2560グラムで、なにも問題なし。

病院の推定体重は、”あって、2000グラム。”と言われていたのだけれど・・・。

推定体重も、、、かなり誤差があるようで、まったくあてになりません。。。)

 

それにしても、、、

思いがけないところで、ひっ迫した土壇場にでてきたのが、これ(日本昔ばなしの教訓)。

それには、自分でも かなり驚いた。

やっぱり、テレビの影響は、、、スゴイ。。。

 

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自然と共存

そうちゃん(長男・14歳・知的障害アリ)は、雨の日がきらい。

厳密にいうと、”雨が降りそうで ふらない。” ”もうすぐ雨がふりそうだね~。”という段階が、一番きらい。

そして、いざ、”ポツン・・・ポツン・・ポツポツポツン・・・。”と、雨が たった今からふりだした、という瞬間が、最もきらい。

(その瞬間、そうちゃんは、

「あ、、、あめ~っ?! 

あめ~~~っ?!?!?!」

と、絶叫。

大きな体をのけぞらせ、立っていられないほどオロオロしはじめ、毎度のことながら、ものすごく派手に動揺する。)

 

そういえば、そうちゃんは、まだ小さい頃から、天気予報が大好きだった。

特に好きだったのは、”ワールド・ウェザー”。

(とくに解説のないまま、BGMが流れ、世界各国のお天気が、ただただ延々と続くもの。)

今でも、”明日のお天気”は、とても気になるようで、毎日、”天気予報”をかかさずチェック。。。

 

そうちゃんが、どうして、これほどまでに雨がきらいなのか、初めは、ちょっと理解できなかった。

日々の日常生活の中、雨が降ると、予定されていたことが雨のせいで中止になったり、延期になったりすることも多い。

(そうちゃん、決まった予定を変えられることが、とても苦手。)

だから、初めは、たんに、”雨の日”に、あまりいいイメージがないからかな、、、くらいに思っていた。

けれど、よくよく観察すると、どうやら、そういうことだけではない模様。

もっと、繊細な部分の問題で、”動物的なカン”みたいなものがはたらくのではないかな・・・と、最近は思う。。。

 

よく、お産は、潮の満ち引きと関係があるといわれる。

(満潮の時、お産は増えるらしい。

これ、私が出産した病院の助産婦さんも言っていた。)

喘息発作も、気圧と関係があり、台風など、気圧が急激に変化するときなどに、喘息発作は増えるらしい。

普段は、特に意識していないけれど、人間の体(体調)は、自然というものと、ものすごく密接にリンクしているんだなあ、、、と、あら ためて驚く。

そして、まわりの環境に左右され、そこから影響を受けるという意味では、人間も、木や草花といっしょ。

そもそも、人間自身が、”自然そのもの”なんだなあ、、、と、思う。

 

そういえば・・・・。

高校の部活の時間(ハンドボール部だった。)、いつも、外のコートで練習していた。

そのうちに、”あっ、、、。 もう間もなく雨がふるな。”という瞬間が、あの頃、ほぼ正確にわかった。

もちろん、”雨雲がこちらの方に近づいてくる・・・。”という視覚からの情報もあるけれど、それよりもむしろ、雨が降る直前、空気が 、今まで流れていたものとは、明らかに変わる瞬間がある。

風向きが変わり、急に空気が涼しくなる。

風のにおい、空気の温度、空気の湿り気。

すべてが、今までのものとはちがう・・・。

そして、一瞬、空気の流れがピタリと、とまってしまったかのような、なんともいえない間があり、その後きまって、”ポツン・・・ポツン・・・”と雨が降 ってきたっけ。。

それは、肌で感じ、体で感じる感覚。

そうちゃんは、そういう感覚が、とても強いのではないかな、、、と思う。

だから、もともと”何かが変化すること”が苦手なそうちゃんは、それをストレスとして感じてしまうのかもしれない。

そうちゃんをみていると、雨の日の湿気さえ、そうちゃんの体が敏感に感知。

その湿気が、ヒュ~ンヒュ~ンと、体の中に吸収されていっているのがよくわかる。

(だから、雨の日のそうちゃん、ちょっとジメ~っとしていて、気分が若干、どんより~。)

 

こんな街に暮らしながらも、そうちゃんは、いつも自然そのもの。

常に、自然と共存している そうちゃんです。。。

 

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鶏のなん骨

そうちゃん(長男・14歳・知的障害アリ)が意外なものの力をかりて、今、進化しようとしている。

その、意外なものとは・・・?

それは、”鶏のなん骨”。。。

 

そうちゃん、昔から、”咀嚼”が下手。

下手というよりも、食べ物を口に入れたら、一応、”チャッ チャッ”。

口こそ動かすけれど、ほぼ丸のみ状態。

そうちゃんの口に入った食べ物は、おそらくは、そのままの形で、のどを通過していく。

その様子には、長女(7歳)と次男(5歳)も、そばでみていて、さすがに驚く。

「よく、あれで、そうちゃん、お腹痛くならないよね~。」。

でも、二人の中では、

”そうちゃんは、障害があるから、きっと体の中のつくりも特別にちがいない。”

という結論になっている模様。。。

 

昔から、そうちゃんに”しっかりかんで、ごはんを食べる”ということを身につけてほしいと、いろいろトライしてみた。

たとえば、スプーンに次の一口量だけのせて、その都度かむようにほどこしながら、食べさせたこともあった。

ごはんを、小さいお皿に小分けして(わんこそば風・食べ方。)少しずつ食べるよう、うながしたこともあった。

また、ある時は、そうちゃんの口にごはんが入ったら、”数を10かぞえようね!”と言って、いっしょに”1、2、3、、、、。”とカ ウントしたこともあった。

けれど、どれも、見事に成果なし。

(ちなみに、数をカウントした時、そうちゃんも”1、2、3、、、”と私といっしょになって、うれしそ~な顔をしてゲラゲラ笑いなが ら首を上下に振ってカウントするのはいいのだけれど、数を数えている間、そうちゃんの口は、ピクリとも動かない。

咀嚼活動は、まったく止まってしまい、ただ、食べ物が口に留まっている、、、という状態。

ぜんぜん意味なし・・・。)

 

ところが、ある日、ふと、気がついた。

そうちゃん、丸のみしているからといって、特別、なんら体に不調(不都合)はないのだ。

ないどころか、健康そのもの。

毎日、快食・快便。

うらやましい限りの模範的な健康生活を実践。

だから、せっかくの楽しい食事の時間に、そうちゃんの咀嚼について、いちいちチェックするようなことは、一切やめることにした。

けれど、そんなそうちゃんが、ひょんなことから、長年、これほどまでに避けてきた(?)”咀嚼”に、目覚めたのだ!!

 

そうちゃん、今まで、噛まないと飲み込めないもの(たとえば、レンコンなどの堅い野菜系。)は、ノーサンキュー。

苦手で、口の中にいれても、”ペッッ”と、慌ててはき出していた。

ところが、噛まないことにはとても飲みこめない、”鶏のなん骨”は、いたく気に入った模様。

昨日の夜は、焼肉だったのだけれど、そうちゃん、牛肉よりも何よりも、鶏のなん骨を率先して食し、よ~くよ~く噛んでいた。

長女と次男は、そんなそうちゃんの姿をマジマジとみつめ、

「そうちゃんが、噛んでるの、、、

はじめてみた~~~!!」

と驚きを隠せな い。

 

で、そうちゃんがよく噛んで食べている姿は、牛がゆっくり草をはむ姿に、ものすごく似ていた。

それは、なんだか どこかのん気でのどかで、ものすご~く心地よい風景。。。

 

もちろん、鶏のなん骨意外のものは、相変わらず丸のみしているけれど、

”そうちゃんも、かもうと思えば、かめるんだ!!”

という、この衝撃的な事実を目の当たりにし、実際、

”あの そうちゃんが、、、かんでいる!!”

という、この歴史的瞬間に立ち会えたことは、個 人的に、ものすごくうれしく、ものすごく貴重なことだった。

鶏のなん骨がなかったら、一生、そうちゃんが噛む姿をみることはなかったかもしれない・・・。

鶏のなん骨、バンザイっ!!
                         

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