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2009年1月

やわらかい心

「ねえ、ママ。 

そうちゃん(長男・12歳・知的障害アリ)ってさあ、ガンバリやさんだよね~。」

と、食事中に、ふと、長女(5歳)が言う。

私は、とっさに、

「そ~よ~。 

そうちゃんは、ガンバリやさんよ~。

 みんなの中で、一番がんばってるんじゃない?」。

、、、とは言ったものの、その後すぐに、長女に、

「、、、、で、なっちゃん(長女のこと)は、なんでそう思ったの?」と聞き返した。

すると、長女は、

「だってさあ、そうちゃん、ごはん食べるの、上手になってきたよね~。

前は、ポロポロポロポロごはんこぼしてたのに、ちょっとしかこぼさなくなってきたもん。」。

そして、

「そうちゃんって、病気なのに、がんばってるよね~。

すごいよね~、そうちゃん。

なんか、そうちゃんにご褒美あげたくなっちゃった。」。

時おり、長女と次男(3歳)を見ていると、”いったいこの二人は、そうちゃんのことをどんな風に解釈しているんだろう、、、。”と思うことがあったけれど、長女は、こうしてちゃーんと、そうちゃんのことを見ていてくれていた。

うれしかった。。

 

もちろん、3歳の次男でさえ、”そうちゃんは、お病気だもんね。”と、時々口にする。

そうちゃんが、よそのお兄ちゃんとは、ひと味もふた味も違うことは、すでに認識している。

長女と次男にしてみれば、生まれた時には、もうすでにそうちゃんは存在しており、ずっとずっと時間をともにしているので、その間に、”なんとなーく” ”それとなーく”いろんなことを感じている模様。

けれど、大人と違うのは、子供は、頭ではなく、体全体で、そうちゃんが病気であることを感じるらしい。

だから、構えることなく、ごくごく自然に、”そうちゃんは、そうちゃん”として受け入れている。

そこには、なんともいえない柔軟さがある。

 

長女と次男にしてみれば、よそのお兄ちゃんよりは、そうちゃんは、難しい。

感情がうまく言葉で伝えられないぶん、そうちゃん、機嫌が悪いときは手がつけられない。

そうちゃんのうっぷんが、長女と次男にも向けられたりすることもしばしば。

生活のリズムも、基本、そうちゃんに合わせることになる。

だから、きっと小さいながら、二人(長女と次男)は、”理不尽な思い”を感じていることも多いと思う。

私は、”ああ、、、。 納得いかない思いをしてるだろうなあ。”と思うときは、その都度、二人には、できるだけ、そうちゃんの今の気持ちを代弁したりして、状況を説明するよう心がけている。

けれど、実際は、大人がいちいち説明しなくったたって、子供の方がよっぽど大人で、よーくわかっていたりする。

 

普段は、土曜日に公文に兄弟3人通っている(そうちゃん、公文に行くのが大好き。)のだけれど、先日、長女と次男の二人だけ、平日に連れて行った。

(今、週に1回、公文に行っているのだけれど、先生から、”できれば、週に2回、来てください。”と言われたので、、、。)

土曜日に行く公文は、先生がそうちゃんに、マンツーマンでついて、特別にゆっくりみてくださる。

けれど、”平日は、生徒さんが多くて、そうちゃんをゆっくりみてあげられないから、なっちゃん(長女)とはっくん(次男)だけ、連れてきてください。”と先生に言われていた。

だから、その日は、「ね~ね~、そうちゃんにはさあ、今日、公文行ったこと、秘密よ。」と、長女と次男に言い聞かせて連れて行った。

日も暮れて暗くなった帰り道、車で走っていたら、ふっと、”公文に喜んで行く、はちきれそうな笑顔のそうちゃんの姿”が頭をよぎった。

私は、「あ~あ、、、。 ホントは、そうちゃんも一緒に連れて行ってあげられたらなあ、、、。」と、思わず小さくつぶやいた。

すると、長女と次男がのりだして、「ママ、今なんて言った?」と聞くので、

「、、、いやね、そうちゃん、公文に行くの、大・大・大好きでしょ。 

だから、そうちゃんも連れて行ってあげたかったなあ、、、と思ってさ。」と、私。

すると、長女と次男は、後ろの座席で、”土曜日は、いつもみんなで公文に行っているのに、どうして今日は、そうちゃんは、一緒にいけなかったのか”ということについて、ずっと二人で議論している。

結局は、”今日は、土曜日と違って、公文教室には、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいっぱい来てたもんね。

そうちゃんは、お病気だから、すぐに大きな声をだしたり、時々さわいだりもするから、やっぱりそうちゃんにはちょっとムリだもんね。

そうちゃんは、先生とゆっくりお勉強するのが好きだもんね。”と二人は結論ずけていた。

 

二人は、家に帰ってから、自分たちが今日、公文に行ったことをそうちゃんに言うことは、なかった。

で、その日の夕食時、二人とも、とっても、そうちゃんのことを気づかっているのがわかった。

いつものように、そうちゃんがごはんのお茶碗をさしだして、私に「おかわりください。」と言うと、サッと横から手を出したのは、長女。

長女は、そうちゃんのお茶碗を受取り、

「今日は、おかわり、なっちゃんが、行ってくるね、そうちゃん。」

と言って、そうちゃんのお茶碗をもってキッチンへ。

ハリキッて、ごはんのおかわり当番を買って出た。

そうちゃんは、何回も何回もおかわりするのだけれど、結局、全部、長女が席を立った。

そうちゃんがコップを差し出し、「おかわりください。」と私に言うと、今度は、次男が、

「そうちゃん、お茶?

のどかわいたの、そうちゃん? 

お茶のおかわりがいるの?

はっくんがついであげる。」

と言って、自らポットを引き寄せ、たどたどしい手つきでお茶をついであげていた。

その後も、二人は、

「そうちゃん、今日は、学校楽しかった?」

「明日も学校あるよ。」

と、いつもよりたくさん、そうちゃんに話しかけていた。

その姿をみると、なんとなく、二人は、小さいながら、病気のそうちゃんに対して、そして、今日、公文に一緒に行けなかったそうちゃんに対して、なんだか申し訳ないような気持ちを感じているらしかった。

そして、その思いが、思いやりという形に変わり、そうちゃんに何かしてあげたくてたまらない気持ちになったらしい。

 

やっぱり、兄弟って、子供って、本当にいいものだなあ。

そんな三人をみていると、なにやらとってもありがたい気持ちにさえなってしまいます。。。

 

P。S。

次男が、聞いた事のないフシギな歌を私に向かって一生懸命に歌っている。

「、、、、、?  なに、その歌?」と私が聞くと、次男は、

「この曲ね~、はっくんが作ったの。

ママがね、かわいい~から、はっくんが歌つくって、ママに歌ってあげてるの~。」。

う~ん、なんてかわいい!!

次男が反抗期の青年になって憎らしくなった時のために、このかわいさは、ちゃーんと貯金しておくことにしますっ。。。

 

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年賀状より

昔は、年賀状というものに、特別な思いはなかった。

それどころか、”年賀状書くの、ちょっと面倒くさいなあ。。”とさえ思っていた。

だって、年賀状を書いても書かなくても、それに関係なく、学校だったり、会社だったりで、そのあて先の人にホイホイと自由に会うことができたから。。

 

けれど、ここ最近、歳を重ねるにつけ、”年賀状っていいなあ。。”と思うようになった。

ふと気がつくと、仲のよい友達も遠方にいて、なかなか会うことができない。

あらためて年賀状を机に広げてみると、”今はゆっくり会えないけど、せっかくのこの出会い、とりあえずは、この年賀状でつながっていてほしい。。”と思う人がたくさんいることに驚く。

だから、ここ最近、年賀状というものが、私の中で貴重なものになってきた。

今年も、懐かしい人から年賀状をもらったけれど、今年うれしかった年賀状のナンバーワンは、昔、そうちゃん(長男・12歳知的障害アリ)がたった2ヶ月ちょっと通った保育園の先生からのもの。

(”えっ、、、障害の重いそうちゃんが、保育園へ行ってたの?”と思う方も多いかと思います。

その辺の話のくだりは、バックナンバー:2006年11月~”そうちゃんの古着”で詳しく書いています。)

 

そうちゃんは、2歳の頃、保育園に通っていたのだけれど、通い始めて間もなく、ダンナさんの転勤があり、結局、2ヶ月ちょっとで退園することに。

そうちゃんは、あの頃、ハイハイをするのがやっとで、歩くことも、ごはんを自分で食べることも全くできなかったので、保育園ですごすにあたって、そうちゃんのために特別に”介助の先生”がついてくださることになったのだ。

 

その介助の先生からの年賀状には。。

”花畑のそうちゃん(年賀状は子供三人の写真つき。で、そうちゃんは、満開のコスモスのお花に囲まれた写真。)にホロリ、感動しています。”

、、、からはじまり、、、、。

その介助の先生は、もともと病気や育休でお休みしている保母さんの代わりの、臨時の保母さんをつとめていた。

だから、”介助員”として仕事をしたのは、そうちゃんがはじめてだったこと。

そして、あれから、ずっと介助員の仕事を続けていて、今も自閉症の子供を介助していること。

そうちゃんが去った日の涙は、今も忘れないこと。

介助員としての仕事の楽しさをおしえてくれたのは、そうちゃんだったことが綴られていた。

そして、最後は、”ありがとう”という言葉で、しめくくられていた。

 

あれから、10年。。。

10年たった今でも、私は、新鮮に、あの時のそうちゃんと、その保母さんの顔を覚えている。

保育園の空気も臭いも保育室のお部屋も、、、みんな忘れない。

あの時、そうちゃんが保育園に通えることになって、私がどれだけうれしかったことか、、、。

そして、どれほど気持ちが楽になり、救われたことだろうと、今、あらためて思う。

 

転勤先の両親も友達もいない遠い土地で、初めての子ども・初めての育児がそうちゃんだった。

そのそうちゃんの障害をうけとめるのに、アップアップしていたあの頃。

そうちゃんを保育園に預け、私だけの時間をゆっくりもてたこと、

ピアノやエレクトーンを子供たちに教えられたこと、かわいい子供たちに出会えたことが、どれほどありがたかったか、、、。

そして、その上に、先生からも”ありがとう”と言ってもらえるなんて。。

先生からの年賀状は、なんだか胸いっぱいの、私の宝物になりました。。。

 

P.S.

”自由は、不自由の際にある”という言葉があります。

福沢諭吉の言葉だったでしょうか、、、。

その言葉、私、身にしみて感じます。

今も、そうちゃんの子育て(介護)しているので、今尚、私は不自由な中にいるのかもしれませんが、、、。

あの頃(そうちゃんが保育園に行っている頃)を思っても、あの時得た自分だけの時間は、”不自由の際にある自由な時間”、、、まさにそのものだったと思います。

自由の中にちらばっている自由では、なかなか本当の意味で自由を味わうことはできないものなのかもしれません。

いつもが不自由であるからこそ、自由というものを味わった時の感動、歓び、安堵感は、言葉にならないくらい大きいのかもしれません。。。

 

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