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辞め時(6)

前回ブログのつづき

                                                        

さっきまでキッチンにいたまましゃべっていた、母・よしこも、私が座っている丸テーブルの方に来て座った。

「でさー、ママ、辞表をだして、会社辞めたの?」と私が聞くと、よしこは、「ううん、結局、辞めなかった。」と言って、一つ大きなため息をした。

                                                            

なんでも、”他によい職がないものか。。”と、いろいろ物色したものの、これといってピンとくるものを探しだせなかったらしい。

ならば、、、というので思い立ったのが、ずっと昔から自分が欲しかったピアノを自分のお給料を貯めて、買うことだったらしい。

“辞めたもの”と思って、そのまま仕事を続け、その代わりに、仕事で得たお金をピアノに使おうと思ったのだという。

                                                              

、、、そうか、、、そうだったのか、、、お給料とは、そのためのものだったのか!!

私も、”仕事が忙しくて余裕がない。 これじゃー、先が思いやられる。。”ということばかりにとらわれていたけれど、ちゃーんと、お給料というものをもらっていたではないか、、、。

当たり前のことだけれど、危うく忘れるところだった。

                                                              

お給料というものは、毎日、きつかったり、大変な思いをしたりするであろうことがわかっているにもかかわらず、雨の日も雪の日もかんかん照りの日も、ちゃーんと同じ時間に起きて、かっきり同じ時間に電車に乗り込み、きっちり同じ時間に会社に到着する者だけに与えられるもの。

(それを続けるためには、かなりの勇気と忍耐を要する、本当に。)

                                                             

そして、そのお金は、

”まったく毎日、お疲れさまです。 

苦労かけてすまないね~。 

ほんの気持ちだけれど、これで好きなものを買ってください、独身ならば、尚のこと。”というメッセージが含まれていたのだ。

                                                              

そもそも、マッサージしてもらったり、美容室で髪をきりに行く時のように、仕事が、”心地よいだけのこと”、”楽しくて楽しくてたまらないことだけ”だとしたら、お給料をもらうどころか、こちらからお金を払わなくちゃいけないことになる。

だから、それなりの苦しい思いをした、その代償がお給料なのだ。

                                                           

思えば、高校の時の部活なんて、あれほどまで、キツイ練習をしながら、びた一文、お給料はもらえなかった。

天びんにかけると、仕事より部活のがきつかったくらいなのに、、、。

                                                          

そう考えながら、私は、二階の自分の部屋にかけ上がった。

そして、机の引き出しを開け、お給料が振り込まれている通帳をさっそくチェック!!

それを見ながら、

”さ~て、買うぞ~! 買うぞ~!! 買うぞ~!!!”という気持ちがモリモリとわいてきた。

                                                          

私もそれから、”もう会社は辞めたもの”と思い、それからのお給料は自分へのご褒美として考えることにした。

そうだ、そのためには、さしあたって、大きな買い物をしなければならない。

”このためにだったら頑張れる!!” 

”これが私の苦労の結晶だ!!”ってものを、ぜひとも買わなければ!!

                                                           

私は考えに考えた。

そして、私が買ったのもの、、、。

それは、なぜか、よしこと同様、ピアノだったのだ。

それも、自動演奏機能のついたピアノ。。。

                                                           

当時、私は、会社のみんなとごはんを食べに行ったあと、よく行く喫茶店があった。

喫茶店といっても、かなり広く、ホテルのロビーのような雰囲気だった。

こげ茶色のフローリングの中央には、黒いグランドピアノ。

いつ行っても、自動演奏で勝手に鍵盤は動き、美しいピアノの音色を奏でている。

クラッシック、ジャズ、ポピュラー、、、いろんな演奏をピアノは弾いてくれた。

                                                           

私は、その喫茶店が大好きだった。

美味しいコーヒーとケーキとピアノ。

素敵なコンビネーションだった。

そのピアノの音に耳を傾けていると、自然と気持ちは癒され、気持ちがやわらかくなっていくのがわかる。

                                                           

けれど、時おり、そのピアノを眺めながら、幾度となく、私は”ハッ”とさせられた。

これが、私と姉が小さい頃、”どうか、ピアノを辞めさせてくれないか。”と母とケンカしながら、泣きながら懇願した時と同じピアノなのか、、、。

私が小さい頃、ピアノを弾くのがイヤでイヤで、自分の家の黒いピアノを足でボンボンけりながら、悪態をついて叩くように弾いていたのと同じピアノなのか、、、。

それを思い出すにつけ、私は、ピアノに対して、とんでもないことをしてしまったような、そんな気持ちにさせられた。

そして、ズキリと胸が痛んだ。

                                                              

でも、そのピアノと出会ったのを境に、私はピアノに魅かれ、たまらなく好きになってしまった。

だから、どうしても、今の自分のために、そして、これからの自分のためにも、自動演奏機能のついたピアノがほしかったのだ。。。

                                                              

次回へつづく

                                                              

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