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2008年5月

三日坊主(2)

前回ブログのつづき

                                             

長女(4歳)に思いがけず、そんなこと(「なっちゃんが赤ちゃん産むころには、ママ、もう死んでるでしょ~?」)を言われたから、、、というわけではないけれど。。。

 

次の日、買い物に行った八百屋さんで、レジの列に並んでいた時のこと。

ふと、私の目にとまったものは、”十五穀米”。

十五穀米といえば、私の中では(勝手に)、健康食品の代表選手。

、、、でありながら、大昔に一度、和食を食べに行ったお店で口にして以来、食べたことがなかった。

が、昨日、あんなことがあって、

”なんとか長生きしてみたいもんだ、、、しかも、人のお役にたてるくらいに元気モリモリで。”、、、と、一夜にしてすっかり欲深くなった私は、自然と棚に置いてある十五穀米の袋に手がのびた。

 

その袋には、”ヘルシー&ビューティ”と太文字でうたっている。

「なになに、、、。」。

これは聞き捨てならん、、、。

健康と美が、たった大さじ何杯かお米に混ぜて炊くだけで手に入るというのかっ!!

”今までこれを食べずにきたことは、いったいどのくらい損失にあたいするものなのか、、、!!”、、、そんな気持ちにさえなりながら、これは買わねばっ!!

十五穀米を即座にポイと買い物カゴへ。。。

 

さてさて、その夜、いよいよ炊飯の時間。

もちろん十五穀米を入れて、、、。

ごはんが炊き上がるのがあんなに楽しみだったのは、久々だった。

いったいどんな味なのか、、、!!

そして、どのくらい”ヘルシー&ビューティ”になれるものなのか!!

 

炊き上がったら、まっさきにひと口食べてみた。

「う~ん、美味しい!! びっくり、びっくり!!」というのが私の感想。

なんとな~く敬遠していた十五穀米だったけれど、意外にも、こんなに美味しいものなのかっ!!

よしっ、うちも今日から十五穀米でいこう。

 

さーて、子供たちは、いったいどんな反応をみせてくれるのだろうか。。。

私は、

「はーい、ごはんよ~。 

今日のごはんは、とっても美味しいよ~! 

あのね~、噛むと甘くて美味しいから食べてごら~ん。」と言いながら子供たちを席にさそった。

(平日のため、もちろんパパは食卓にはおりません。)

 

サササーッとかけつけた子供たちは、まずは、しげしげとごはんに注目。

一瞬、なんとな~くイヤ~な空気が流れた後、長女がまず、けげんそうな顔をしながら、

「わっ、、、。 

ねえ、これ、なーに? 

なにごはん?」。

「なにごはんって、、、。 

十五穀米っていうのよっ!

 ちょっとー、食べてごらん! 

なんかねー、いつものごはんより甘いよ~!」と私。

すると、渋々ひと口ほおばった長女は、「、、、、。」。

なぜか、しばし絶句の後、「ぜんぜん甘くないよ、、、。 ねーママ、これ、キラ~イ。」と、バサリ。

 

続いて、次男の反応に注目。

すると、次男は、ひと口も食べていないのに、すでに、

「ね~、ママ! 

はっくん(次男のこと)しゃー(さー)、このごはん、好きだよ~っ!」と、ニコニコ。

そして、お米に入っているつぶつぶを一粒一粒スプーンで拾い上げては、

「ねー、ママ、これは~?」。

「これはな~に?」

「じゃー、これは~?」と質問攻め。

 

その質問に対し、丁寧に答えて、、、と言いたいところだが、実際は、「はーい、もちきび。」 「それ、丸麦。」 「はーい、紫米。」と、十五穀米の袋の裏に書いてある原材料名を、適当に棒読みしている私。

なにせ、十五種類入っているので、次男からの質問、なかなか終わらず、、、。

が、そのたびに次男、「あっ、しょう(そう)!!」と、満足気な顔はするものの、さっきから見ていると、いっこうに食べようとはしていない。

結局最後は、私にうながされ、ひと口は食べたけれど、すぐに、

「はっくん、これしゃー(これさあ)、好きなんだけどしゃー(さー)、今日はもう、ごちそうさま~。」。

次男、好みではないことは明らかだった。

 

そして、問題のそうちゃん(長男・12歳・知的障害あり)は、、、!!

”問題の”、、、というのも、そうちゃん、障害のためか、とにかく、”新しいもの”が苦手。

新しい場所も、新しい環境も苦手。

もちろん、初めて食べる食べ物にも、人の何十倍も慎重。

そして、その日の十五穀米も例外ではなかった。。。

次回につづく

 

P.S.

この間、テラスのお花を植え替えました。

マイスコップを片手に、はりきって土をまぜたり、お花を植えるのを手伝ってくれる長女に、「あー、なっちゃん(長女のこと)が手伝ってくれるから、ママ、助かる~。」と言うと、「ねー、ママ。 なっちゃん、赤ちゃんだった時は、寝てばっかりいて、なーんにもできなかったんでしょ?」と聞く。

だから、「まー、そりゃー、赤ちゃんの時はねー。。。」と、私が言うと、、、。

”フンフンフンフン”と静かにうなずきながら、スコップで土をすくう手をやすめることなく、「それじゃあ、ママ、一人で、大変だったでしょ~?!」と、私をねぎらうような口調で言うのでびっくり!!

一瞬、隣のおばちゃんと話してるのかと錯覚するくらい(笑)、その表情は大人っぽかったです。

”いっ、、、いつの間に、こんなに成長したんだろう、、、。”と、時おりハッとします。。。

 

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三日坊主(1)

きっと、今だけなんだろうなあ、、、。

長女(4歳)は、時おり、私にすりよってきては、

「ママ、だ~い好き。 

だいだいだいだい だ~い好き。

だから、なっちゃん(長女のこと)ね、ずーっとママのそばにいる!

小学校に行って卒業やったら、お仕事せんで、ずっと家にいる。

大きくなっても、ママのそばに、ずーっといる!!」

、、、なーんてことを言ってくれるのは。。。

けれど、長女のこんな甘い言葉にだけ、うかうかしているわけにはいかない。

、、、というのも。。。

 

昨年の夏、私の祖母が亡くなった。

長女にとっては、ひいおばあちゃん。

ひいおばあちゃんが亡くなったとき、長女もお葬式に行ったので、その時初めて、長女なりに死というものを知った。

長女の中では、人は老いると、やがて髪が白くなり、そして死んでいく、、、ということがインプットされた模様。

(、、、とはいえ、時おり、見知らぬ街行く白い髪のおばあちゃんや、白い髪のおばあちゃんが写っている写真を見かけては、

「ねーねー、ママ。

あの白い髪のおばあちゃん、なっちゃんのひいおばあちゃんといっしょだね~。

ねー、あのさあ、だからさあ、もうすぐ死ぬんでしょ?」。

、、、なーんてことを場所をかまわず大~きな声で言ったりするので、グキッ!!

いや、、、確かに、髪が白くなればなるほど、実際そちらの方には向かっているわけで、、、それは、間違いではないだけに、、、余計に困るわけでありまして、、、。)

 

で、この間は、こんなことがあった。

長女は、次男(3歳)と一緒に”おかあさんごっこ”をしていた。

なんでも、長女扮する”おかあさん”は、たいへんな子宝らしい。

子供が8人いて、お腹にはもう一人赤ちゃんがいるのだという。

そして、まもなく出産なのだそうだ。

 

長女と次男のやりとりを見ながら、私は、ソファからビヨ~ンと横になったまま言った。

「ねーねー、なっちゃん。

なっちゃんもさー、大きくなったら、ホントに赤ちゃん、生まれるかもよ。

子供はいっぱいいた方が楽しいから、なっちゃん、たーくさん、産んで~。」。

すると、長女は、サッとふり向き、とても冷めた口調で言った。

「でもさ、なっちゃんが赤ちゃん産むころには、ママ、もう死んでるでしょ~?!」。

 

、、、ドキッ!!

長女からいきなり、ものすごい変化球が飛んできたので、私は一瞬驚いて言葉につまったけれど、そのうちおかしくて吹きだした。

そして、

「、、、、やーだ~、なっちゃん!

 ママ、生きてるよ~。 

なっちゃんの赤ちゃんのお世話してあげるんだから、ちゃんと生きてるよ~!!」と言うと、長女は、”あ~ら、それは意外だ”とばかりに、目をパチパチしながら、

「えっ、、、ママさあ、なっちゃんが赤ちゃん産む時まで本当に生きてるの? 

まだ死んでないの??」。

 

そんなにマジな顔して真正面から言われると、、、。

ちょ、、、ちょっと待った、、、。

そりゃ、人間の命なんてどうなるかわからないけれど、私には、少なくとも、そうちゃん(長男・12歳・知的障害アリ)とうお方がいるのだ。

だから、おいそれと死ぬわけにはいかない。

最低平均寿命までは、、、いやいや、、できれば、かなり長寿といわれるまでガンバって、いろいろ見届けたいと思っているのだが、、、。

 

でも、待て待て、、、。

もし、仮に、長女が晩婚で、高齢も高齢、アッパーの高齢出産だったとしたら、、、?

そうしたら、もしかしたら長女の言うとおりになっていないとも言いきれないではないか。。。

 

そしてまた、さらに、私の頭に疑問がよぎる。

そうだ、、、生きていることは生きているとは思う。

けれど、長女の命令(やれ、”ごはんを作ってくれ。” ”保育園へお迎えに行ってくれ” ”大至急、オムツを買ってきてくれ”、などなど。)に”サササッ”とこたえられるだけの、ちゃんと役に立つ人間でいられるかどうか、、、それは、わからない。

それには、足も腰も、そして、頭もしっかりしていなければならないのだから。

 

ちょっと長女のおままごとに参加したがために、私は、そんなこんなを、結構マジに考えさせられたのだった。。。

次回につづく

 

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辞め時(7・完)

前回ブログのつづき

                                             

まもなく、憧れのピアノが家にやってきた。

自分で稼いだ、ありったけのお金をはたいて買った、ピアノ。。

 

母・よしこは、ピアノが来た日、

「ちはる(私のこと)ちゃん、、、それにしても、思い切りがいいわね~、、、こんなの買っちゃって。 

でも、これで、貯金、すっからかんになっちゃったわね。

 、、、これでよかったのかしら~?」と、ちょっと心配そうに私に聞いたけれど、私は、すっぱりと言った。

「うん、いいの、いいの。 

また働いて、お金貯めるから!」。

 

”会社を辞めた”と思ったら、なんということはない。

これからも、ちゃんと会社に行くのだから、お給料も、ちゃんともらえる。

うしししし、、、(笑)。

 

も~う、私は、うれしくてうれしくて仕方なかった。

これで、あの喫茶店にわざわざ足を運ぶことなく、自分が好きな時に好きな曲を、このピアノに(自動演奏機能)弾いてもらえるのだ。

会社は忙しく、相変わらず一日中バタバタしていたけれど、この時間を楽しみに、頑張れる。

よしこもピアノが大好きなので、ピアノを置いているリビングで、私とよしこは二人、時間があれば、お茶をすすりながら、ピアノちゃん(、、、と、当時、私は、そう呼んでいた。)の弾いてくれる演奏に耳を傾け、うっとりした。

 

そんな中、私が”会社、辞めたい! もっと自分には違う空間があるんじゃーないだろうか。。”と思っていた気持ちは次第に薄らいでいった。

そしてまた、私の気持ちだけでなく、会社もまた、ちょっとずつ時間とともに変わっていった。

環境や人も変わり、私にだんだんと余裕がでてきたのも加わり、”用事があるときは、すっぱりと早く仕事を終えられる会社”へと変わった。

 

結局、私は、結婚するまでの約5年間、ずっと仕事を続けた。

(だんなさんが転勤族のため、これから先は、どこの地へ行ってもできる、母・よしこのようなエレクトーンやピアノを教える仕事をしたいなあ、、、。

そう思い、エレクトーンの勉強をするため、その時は、会社をすっぱり辞めた。)

 

ちょうど入社2~3年目ごろ、私は、「明日にでも辞めちゃいたいわっ!」と思ったことが数えきれないくらいあった。

けれど、それが、本当に”辞め時”だったかは、結局のところ、だれにもわからない。

だって、いつの時も、大切なことは、今、すぐには、わからない。

自分の足元には、本当に大切なことは、落ちていない。

”本当に大切なこと”というのは、「まったくも~、やってらんないわー、、、。」とかなんとかブツブツ言いながらも、一歩一歩、前に歩き続けることによってのみ、その道の先の先に見えてくるものなのかもしれない。

 

現に、よしこも、制服の胸のポケットにしまっていた”辞表”をゴミ箱にポイと捨て、仕事を続けた先に、私の父がいたのだ。

同じ職場で二人は出会い、そして、結婚した。

人生、わからないもんだなあ、、、。

 

私も、あの5年間を、また経験したいと思っても、もう二度と同じ経験はできない。

会社で学んだのは、仕事ではなく、人生そのものだった、、、ということに気づいたのも、ごく最近のこと。

そして、あんなに大変と思っていたのに、すぎてしまえば、楽しかったことしか思い出せない。

だから、何事も、“辞めたい時”こそ、”ふんばりどころ”なのかもしれない。

 

あの時、買ったピアノ。

今も私のそばに、ちゃんといます。

昔といっしょ、少しも輝きを失わないピアノちゃん、今も、本当にお世話になっています。

ずっと私を見守ってくれるかのように、リビングの南側、いちばん日当たりのよい場所を陣取って、いつもデンとしております。。。

おしまい

 

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ちょっとブレイク

”辞め時”を読んでくださっているみな様、、、お疲れさまです。

そして、ありがとうございます。

間もなく話も終わると思いますので、気長におつきあいくださいませ。。

 

さてさて、今日は、次男・3歳のお誕生日でした。

そして、今日は、そうちゃん(長男・12歳・知的障害アリ)が3歳になった時とも、長女(4歳)が3歳になった時とも、また一味違う気持ちでした。

感慨無量というのか、、、。

 

私がブログを始めたのは、確か、次男が7ヶ月の時。

ま~、その頃といったら、赤ちゃん3人育てているような状態。

まー、どんな風だったかは、昔のブログを読んでくださっている方なら、すでにご存知かと思いますが、、、。

 

人間一人の力(自分にできること)に、思いっきり限界を感じている私でしたから、土・日曜日のパパが会社がお休みの時だけが救い。

ネコの手だってかりたかったくらいなので、当然、パパの手も。

パパもいやおうなく、育児に参戦。

「ちょっと~、パパ~、○○して~。」

「パパ~、はーい、次は○○お願い~。」。

一日中そんな状態の中で、

「オレは、会社でも家でも、休む暇がない。。。」と、ぼやいていたパパ。

 

でも、いつも、はっきり言っていたっけ。

「この3匹の子供を、平日も世話しないといけないとしたら、(パパ、平日は、いつも、子供たちが寝てしまった後に帰宅。)オレは、会社の方が、はるかにいい。

オレは、迷うことなく、会社を選ぶ。」と。

 

そんなパパと私の合言葉が、”次男が3歳になるまでの辛抱やろ~!!”。

三人が三人、好き放題のことをしてくれる毎日。

とにかく、手がかかる。

まるで動物園で暮らしているような環境の中で、私とパパは、手をとりあって、涙ながらに(?)、何度そのスローガンを唱えたことか。。

 

そして迎えた、今日、3歳のお誕生日。

本当、あの頃に比べたら、楽になりました~。

そして、末っ子というのは、本当にかわいいものです。

自分の最後の子供と思うからか、そうちゃんが健康に生まれていたら、いなかった(そうしたら、子供は二人だった気がします。)かもしれないと思うからか、、、。

今日は、次男が3歳になったのがうれしくてうれしくて、なぜか、家の窓ふきをがんばっちゃいました。

(もちろん、パパも動員。

これは、いまだ変わらず、、、<笑>。)

おかげで、ピカピカになりました。

 

これからも、元気いっぱい、大きく大きく大きくな~れ!!

、、、と思います。

 

P.S.

3歳になった次男に聞きました。

「3歳になって、どんな気持ち?

お兄ちゃんになった気持ちがする?」。

すると、次男は言いました。

「ううん、あのしゃー(あのさー)、お兄ちゃんになった気持ちはしゃー(さー)、しないんだけどしゃー(さー)、、、。

お姉ちゃんになった気持ちがしゃー(さー)、、、する。」。

、、、だそうです、はい、、、。

 

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辞め時(6)

前回ブログのつづき

 

さっきまでキッチンにいたまましゃべっていた、母・よしこも、私が座っている丸テーブルの方に来て座った。

「でさー、ママ、辞表をだして、会社辞めたの?」と私が聞くと、よしこは、「ううん、結局、辞めなかった。」と言って、一つ大きなため息をした。

 

なんでも、”他によい職がないものか。。”と、いろいろ物色したものの、これといってピンとくるものを探しだせなかったらしい。

ならば、、、というので思い立ったのが、ずっと昔から自分が欲しかったピアノを自分のお給料を貯めて、買うことだったらしい。

“辞めたもの”と思って、そのまま仕事を続け、その代わりに、仕事で得たお金をピアノに使おうと思ったのだという。

 

、、、そうか、、、そうだったのか、、、お給料とは、そのためのものだったのか!!

私も、”仕事が忙しくて余裕がない。 これじゃー、先が思いやられる。。”ということばかりにとらわれていたけれど、ちゃーんと、お給料というものをもらっていたではないか、、、。

当たり前のことだけれど、危うく忘れるところだった。

 

お給料というものは、毎日、きつかったり、大変な思いをしたりするであろうことがわかっているにもかかわらず、雨の日も雪の日もかんかん照りの日も、ちゃーんと同じ時間に起きて、かっきり同じ時間に電車に乗り込み、きっちり同じ時間に会社に到着する者だけに与えられるもの。

(それを続けるためには、かなりの勇気と忍耐を要する、本当に。)

 

そして、そのお金は、

”まったく毎日、お疲れさまです。 

苦労かけてすまないね~。 

ほんの気持ちだけれど、これで好きなものを買ってください、独身ならば、尚のこと。”というメッセージが含まれていたのだ。

 

そもそも、マッサージしてもらったり、美容室で髪をきりに行く時のように、仕事が、”心地よいだけのこと”、”楽しくて楽しくてたまらないことだけ”だとしたら、お給料をもらうどころか、こちらからお金を払わなくちゃいけないことになる。

だから、それなりの苦しい思いをした、その代償がお給料なのだ。

 

思えば、高校の時の部活なんて、あれほどまで、キツイ練習をしながら、びた一文、お給料はもらえなかった。

天びんにかけると、仕事より部活のがきつかったくらいなのに、、、。

 

そう考えながら、私は、二階の自分の部屋にかけ上がった。

そして、机の引き出しを開け、お給料が振り込まれている通帳をさっそくチェック!!

それを見ながら、

”さ~て、買うぞ~! 買うぞ~!! 買うぞ~!!!”という気持ちがモリモリとわいてきた。

 

私もそれから、”もう会社は辞めたもの”と思い、それからのお給料は自分へのご褒美として考えることにした。

そうだ、そのためには、さしあたって、大きな買い物をしなければならない。

”このためにだったら頑張れる!!” 

”これが私の苦労の結晶だ!!”ってものを、ぜひとも買わなければ!!

 

私は考えに考えた。

そして、私が買ったのもの、、、。

それは、なぜか、よしこと同様、ピアノだったのだ。

それも、自動演奏機能のついたピアノ。。。

 

当時、私は、会社のみんなとごはんを食べに行ったあと、よく行く喫茶店があった。

喫茶店といっても、かなり広く、ホテルのロビーのような雰囲気だった。

こげ茶色のフローリングの中央には、黒いグランドピアノ。

いつ行っても、自動演奏で勝手に鍵盤は動き、美しいピアノの音色を奏でている。

クラッシック、ジャズ、ポピュラー、、、いろんな演奏をピアノは弾いてくれた。

 

私は、その喫茶店が大好きだった。

美味しいコーヒーとケーキとピアノ。

素敵なコンビネーションだった。

そのピアノの音に耳を傾けていると、自然と気持ちは癒され、気持ちがやわらかくなっていくのがわかる。

 

けれど、時おり、そのピアノを眺めながら、幾度となく、私は”ハッ”とさせられた。

これが、私と姉が小さい頃、”どうか、ピアノを辞めさせてくれないか。”と母とケンカしながら、泣きながら懇願した時と同じピアノなのか、、、。

私が小さい頃、ピアノを弾くのがイヤでイヤで、自分の家の黒いピアノを足でボンボンけりながら、悪態をついて叩くように弾いていたのと同じピアノなのか、、、。

それを思い出すにつけ、私は、ピアノに対して、とんでもないことをしてしまったような、そんな気持ちにさせられた。

そして、ズキリと胸が痛んだ。

 

でも、そのピアノと出会ったのを境に、私はピアノに魅かれ、たまらなく好きになってしまった。

だから、どうしても、今の自分のために、そして、これからの自分のためにも、自動演奏機能のついたピアノがほしかったのだ。。。

 

次回へつづく

 

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辞め時(5)

前回ブログのつづき

 

その独特の慌しいオフィスの流れにのって、まずは仕事を覚えるだけでいっぱいいっぱいだった入社1年目。

 

課の女性の先輩が一斉に他の課支社へ異動。私を含めて、まわりがほぼ”新人さん(入社したばっかりの人、又は、畑ちがいの課からきた人)”になってしまい、課は、わからない人だらけに。

みんなで泣きながら仕事をした2年目。

(いや~、あの頃は、毎日がハプニングの連続。

とにかく、目の前にある書類が、”What's this???”のものばかり。

”三人寄れば文殊の知恵”とばかりに、みんなで、たびたび書類の前に集合!

どういう風にこれから仕事をすすめていけばよいのか、考えあぐねたものです。

いや~、大変でしたー。。)

 

そして、やっとこさ軌道にのりはじめたと思っていた頃、またまた課のメンバーが異動。

すごろくの”ふりだしにもどる”状態になってしまった3年目。

 

まったく、、、。

せっかく、なんとかかんとかしのいできて、ようやく仕事の流れがわかり、”やっとこれから。。”という時に、また最初からやり直さなければならないことに、本当にがっくりだった。

せっかく今まで自分の中で築き上げてきたのものが、一日で”クシュッ”となくなってしまう気がしたものだ。

 

組織の中で働くって、こういう事なのか、、、。

これじゃあ、”花のOL”どころか、”ボロ雑巾”だ。

そんなこんなを思いながら、

「あ~あ、もー、疲れるなあ。。。」と、またまた家のダイニングの丸テーブルに突っ伏して言った、その瞬間。

「辞めちゃいなさいよ~。」。

、、、と、いつかどこかで聞いた懐かしい言葉が、再び、母・よしこの口から飛び出した。

 

「えっ、、、?」と私が頭をもたげると、よしこは言った。

「だいたい、ちはる(私のこと)ちゃんの会社、ひどい会社ね~。

ひどすぎるわよ~。

夜は毎日遅いし、仕事帰りに習い事しようだなんて、そんなんじゃー夢のまた夢ね。

まわりの人が異動したら、また忙しくなるんでしょ?!

そーんな、一生懸命やるだけ、バカバカしいわね~。

さっさと辞めちゃったら?

ママのお友達のお嬢さん、お給料がよくって海外旅行にしょっちゅう行ってたって聞いたから、いい会社だと思ってたけど、ちはる、とんでもなかったわねー!!

こんなに忙しいだなんて、ママ、知らなかったわ~。」。

(ああ、、、よしこ。

できることなら、肝心な、そこのところもしっかり聞いておいてほしかった、、、トホホ。。)

 

そう言いながら、よしこはだんだん身をのりだして、しゃべり続けた。

「だいたいね~、ママがお勤めしてた時なんて、ちはるちゃんのようには忙しくなかったわよ~。

まだ明るいうちに仕事おわってたもの~。」。

「そうなの? いいなあ。。」私がボソッと言うと、

「それがねー!!

まー、毎日が暇で暇でね~。

たまらなくイヤだったのよ、会社が!」と、よしこ。。

 

「えーっ、ママ、暇だったのにイヤだったの?」と私が言うと、よしこは、

「そーよー。 仕事という仕事もない日もあったわよ~。」。

「えーっ!! うらやまし~い。 

言ってみたいよ、そんなこと。」と私が言うと、よしこは鼻にシワをよせてブンブンと顔を左右に大きく振った。

 

そして、

それがね~、つまらなかったのよー。

ま~、つまらなくてつまらなくて仕方なかったのよ~。 

毎日、なにか他にいい仕事がないものかって、ずっと思ってたわ。

もう、会社がイヤでイヤで、”いつ辞めようか、いつ辞めようか”って、毎日そればっかり思ってたわ。

だからね、ママ、いつも、辞表を持ち歩いてたの。」。

 

話によると、よしこは、いつ辞めてもいいように、制服のポケットに”辞表”をしのばせていたのだという。

これを聞いたとき、”そんな恵まれた環境にあっても、そんなものか、、、。 人間はつくづく、欲深き動物よ~。”と思った。

きっと、どこで働いたとしても、”100%”は求められないものなのかもしれない。。

そして、このよしこが、はるかかなた昔、辞表を持ち歩いて仕事をしていた時があったのか、、、。

そう思うと、なんかおかしくなってゲラゲラ笑ってしまった。

 

それにしても、、、。

そうかあ、、、そんなシンプルなことだったのかあ、、、。

私だって、辞表を持ち歩かないまでも、机の引き出しを”ガラガラっ”と開けて、辞表を”サラっ”と書いて、課長にそれを”スッ”と渡せば、”パッ”と辞めれるのだ、、、。

会社というものは、そんなに簡単に辞められるものだったのか、、、なるほどー。。

ははーん、それはいいことを聞いた。。

 

”いつでも辞められる”、、、そう思っただけで、余裕なくセカセカしていた私の気持ちは、フシギと楽になった。

いつでも辞められるとなれば、まあ、そんなに慌てて”今日”である必要もないのだ。

そうだ、明日でも明後日でも、まあ来月でも、、、いやいや、あと半年くらいは頑張れる、、、。

そんな気持ちになってきた。

 

そして、この後も、よしこのアドバイス(?)はつづく。。

 

次回につづく

 

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辞め時(4)

前回ブログのつづき

                                          

学生の時は、授業中、時おり、窓の外を眺め”ボーッ”とする、なんとも豊かな時間があったけれど、入社したとたん、そんな時間はない。

(、、、いや、ないことはなかったか。。

たまに隣のオフィスビルを眺めるともなく見たら、隣の芝は、やたらと青くみえた。

驚いたのは、私たちのフロアーの人間と隣のオフィスビルの人間の”動作の速度”がまったく違ったこと。

私たちは、小走りくらいの速さで、フロアーをチャッチャッチャッチッ歩くのに対して、隣の方は、ゆったりゆったり歩く。

そして、3時になったら、なんだかどーも、”ラジオ体操”なんぞしているらしく、みんな、ペチャペチャおしゃべりしながら、そろって同じ動きをしていたりした。

のどかだった。

とにかく、こちらとあちらでは、まったく違う時間が流れているのだ。

「わ~っ、いいんだあー。。。」。

、、、そんな風に思いながら、お隣を見ることはあったけれど、外の景色に目をやって、なにか考えごとをするような時間は、全くなくなった。)

 

そういえば、”花のOL”といえば、みんなで「ランチ、どこ行く?」と言いながらゾロゾロ。

毎日、次々と発掘した美味しいお店に、ごはんを食べに行けるものだと、私は、ずっと憧れていた。

が、実際は、これまた、私のイメージとはまったく違ったのだった。。。

 

12時から13時までの1時間がお昼休みと決まっていた(基本的に)。

たった1時間という限られた時間にランチを食べに行き、そして、13時には、きっちり帰ってこなくてはならない。

こりゃ、忙しい。

だから、私としては、11時50分あたりから、午前中の仕事に切りをつけ、ソワソワしだし、、、。

みんな、12時になったとたん、猛烈なダッシュでスタートをきり、ランチへ急ぐものだと思っていた。

 

、、、が、実際は、、、。

なにしろ、まわりの人は、12時になっても、まだ、目の前に積み重なった書類と向き合い、淡々と仕事を続行していたりする。

その間も電話は鳴り響き、本当はお昼休みだから電話にはでなくてもいいのだけれど(お昼休みには、ちゃんと”昼休み当番”がいて、そのお当番の人が電話にでることになっていた。)、”ほんのちょっとの仏心”のせいで、電話にひょっこりでたら最後、命とり(?)だったりする。

お昼休みは、その電話のおかげで、どんどんさらわれていく。

とにかく、そんなこんなで時間をとられたとしても、13時には、またちゃんと帰ってこなければならないのだ。

 

ああ、、、。

思い起こせば、私が学生の時までは、”昼休み”だけは、保障されていた。

どんな退屈な授業でも、どんなに凍えるように寒く殺伐とした冬の教室ででも、

「ああ、、、あと○○分!

あと○○分でお昼休みがくる! 

次は、ごはんだ、ごはん!!」。

そう思いながら、壁にかけてある時計の長い針と短い針が”12”で合わさるのを心の中でカウントダウンしながら、”その時”がくることが、どれだけうれしかったことか、、、。

それがどれだけ私の心の支えとなり、元気をくれたことか!!

だから、入社して、”昼休み”がきっかりはじまらないことを知った時は、かなり衝撃であった、、、。

 

私の会社のビルには、(確か、3階だったと思うけれど)社員食堂があった。

そこでお昼は、同期ごとに固まって席をとり、みんなで食べるシステム(?)になっていた

で、私の同期は、半数以上、、、いや、もっといっぱい、大多数の同期がお弁当を家から持ってきていた。

そういう事情もあって、結果、”外でランチ”ということは、ほとんどなかったのだった。

 

、、、というわけで、”花のOL”のイメージがガラガラと崩れるまで、そう時間はかからなかった。。。

 

次回へつづく

 

P.S.

ところで、その頃、私がお昼、何を食べていたかというと、、、

ほとんどが、”パン”。

社員食堂でお弁当に並ぶことは稀で、ほとんどがパンだった。

私、実は、パンが大好き!!

そりゃー、”外でランチ”が夢でしたが、その夢が崩れたとなると、お次は、自ずと”パン”に向かいました。

JRの駅(会社の最寄り駅)構内には、たくさんのパン屋さんがあって、会社に行く途中にもパン屋さんがあったので、毎朝、電車にのっている段階から、”うん、、、。 今日は、あそこのパン屋さんに決定!!”と、早々決まっていました。

よく、朝、パン屋さんに入ると、不機嫌な顔でパンを無造作に選ぶ人を目にしましたが、私には、あの感覚、ちょっと信じられません。

私にとっては、毎朝、”今日は何にしよーかな~?!”と、パンを選ぶ時は、心ときめく瞬間だったからです。

そのくらい、パンが好きです。

よく、私が社員食堂で、お弁当を食べる同期にまぎれて、パンを食べていると、上司が、ニヤニヤしながら寄ってきたものです。

「またパン食べてる~(笑)! 

それにしても、よくそんなにうれしそうな顔して、パン食べられるね~。。」と言われたりしてました。

 

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