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街をみわたせば、桜、桜、桜。

桜の花、ただ今、満開!!

 

桜は、長く寒かった冬の終わりを告げる花であり、そして、これから、何か新しいことがはじまりそうな、ワクワクした予感を感じさせてくれる。

花の色は淡く、そして、あんなに小さいのに、たくさんが集まると、あれほどまでに華やかになるなんて、、、。

美しい。

ただただ美しい。

 

、、、と、思っていた。

でも、そうちゃん(長男・11歳・知的障害あり)と一緒にあの日見た桜のことは、今でも忘れない。 。

 

4月にそうちゃん(当時2歳)が療育園(障害がある子供たちが通う幼稚園のようなもの。母子通園だった。)に入園して間もない頃。

国立の桜並木がきれいだからということで、療育園の先生と子供たち、そして、お母さんたちといっしょに花見がてらお散歩へ。

 

まだ、入園したばかりだったので、お母さんたちとは、これから仲良くなろうという時。

病気のため、歩ける子供は一人もいなかったので、みんな、それぞれに、お母さんが自分の子供のバギーを押して、列になって歩いたっけ。

 

そうちゃんに障害があることは、生後半年で告げられたので、ずいぶん前にわかっていた。

けれど、みんなといっしょに列になって歩いた時、そうちゃんだけならともかく、そうちゃん以外にも、障害をもって生まれてきた子供が、こんなにたくさんいるんだ、、、。

私と同じ思いをしているお母さんが、こんなにたくさんいるんだ、、、。

そう思うと、ことさらに悲しさがこみあげてきた。

 

ゾロゾロと歩く中、次第に近づいてきた桜並木。

道の両側に、太く大きな桜の木が、向こうの方までダダダダダーっと、ずらりと続く。

そして、桜の花がアーチを描くようにして咲く。

 

こんなやるせない気持ちの私の頭上に、見事にさく満開の桜。

それを見上げた時、”今日の桜は、なんて残酷なんだろう、、、。”と思った。

それまで、桜をみて”美しい”という以外に、感じたことがなかったのに、、、。

まばゆいばかりの桜が私の心につきささった、あの日。

なんだかとても痛い思い出。

 

あの日、桜を見ながら思った。

”なんたって、(自分は)こういう状況なんだもの、、、。

今年は、桜の花を受け入れられなくったって、しかたないよねー、、、。”。

でも、

”私は、いったい、これから先、「わ~ 桜、きれいね~!!」と、手放しに言える日が、果たしてくるんだろうか、、、。”。

そう思ったとき、先の見えない不安と、なんだかとりかえしのつかないことになってしまったような絶望的な気持ちになったのを思い出す。

 

それから10年がすぎ、、、。

やっぱり、桜は、美しい。

ただただ美しい。

 

”いつ、どんな場所で、誰と桜を見るのか。” 。

これも、大切な条件の一つであることには違いないけれど、なんといっても、”どんな自分と見るのか。”。

これに尽きるのだと、あの時、知った。

 

桜には、自分自身の気持ちが、驚くほど反映される。

そういう意味では、桜は、”自分の今”を知るバロメーターなのかもしれない。

 

蒼い空を見て、「う~ん、きれい! 気持ちいい!!」。

華やかな桜を見て、「う~ん、美しい!!」。

そうまっすぐに言える自分でいたい。

 

今、あの時の桜並木に行ったら、心からそう言える。

いつかまた、そうちゃんと一緒に行きたいな、、、。

国立の桜並木を見に。。。

 

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今、山崎豊子の”白い巨塔”よんでます。

いよいよ5冊目(これでおしまい)。

おもしろい!

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