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2008年2月

そうちゃん 11歳・冬(2)

前回ブログのつづき

                                                           

そうちゃん(長男・11歳・知的障害アリ)は、小学校(特別支援学校)5年生にしては大きい。

5年生にして、身長168cmもあるのだから。

長女(4歳)曰く、「そうちゃんってさー、このまま大きくなったら、天井までいくよね~!!」。

                                                             

でも、夜、そうちゃんが寝息をたてている枕元にポツンと座り、そうちゃんの将来を思う時、そうちゃんは、歳のはなれた妹弟よりも、ずっとずっと小さくみえる。。。

                                                              

長女と次男(2歳)には、生命力がみなぎっている。

昨日より今日、今日より明日、、、と、目をみはる速さで成長をとげる。

できないことは、誰に言われずとも、自ら何度でも繰り返しチャレンジし、そのうちに、自分のものにしていく。

なにより、”言葉”という、自分の気持ちを表現できる手段をもっている。

いろんな人とかかわりあうことができ、自分の世界を広げていく力をもっている。

                                                           

健康な子供は、自然に身をまかせていれば、木が大空に向かって枝葉を伸ばしていくように、上へ上へとしなやかに伸びていく。

そういうことになっているのだ。

                                                              

そんな恵まれた力を生まれながらにして持っている長女と次男には、私は、多くのことは望まない。

元気に毎日をおくってくれれば、もう、それだけで十分。

                                                              

ひとつだけ希望を言うとするなら、長女と次男には、”そうちゃんができないぶんまで、いっぱい遊んで、そうちゃんができないぶんまで、いっぱい学んでほしいなあ。。”ということだけ。

                                                              

もちろん、長女と次男だって、これからいろいろ大変なことはあるだろうとは思うけれど、まー、そこは、なんとかかんとか、のりきってほしいと思うし、その力は、十分あると思う。

                                                           

もしかすると、知的障害をもった兄(そうちゃん)がいるということで、傷つくこともあるかもしれないし、時には、辛い思いだってするかもしれない。

そういう面では、これから成長していく過程で、満たされない思いも残るかもしれない。

                                                             

けれど、もし、そうだとしても、長女と次男には、人生の第二ラウンドがある。

もし、満たされないことがあれば、家から巣立った後、もう一度リセットして、仕切りなおしてがんばってほしい。

満たされなかったものを、それからでもぜひ、手に入れてほしい。

                                                              

仕事をバリバリするもよいし、ステキな人と出会って恋愛を楽しむもよいし、結婚するのもいいし、子供をもつのも素晴らしい。

どれもいいと思う。

                                                              

そういうチャンスはいくらでもあるし、第二ラウンドでダメなら、第三ラウンドが待っているに違いない。

                                                             

でも、そうちゃんは、ちがう。

自分のもっている力で、自分の将来を切り開いていくことはできない。

                                                             

私たち親がいなくなった後のことを考えて、一番安心してそうちゃんが暮らせる場を探すところまでは、私たちにはできる。

けれど、その後のことは、結局のところ、他力本願なのだ。

                                                              

自分の気持ちを言葉で表現できない、それどころか、一人では、でかけることも、お風呂にはいることも、トイレにいくことさえできないそうちゃんにとっては、”だれがそうちゃんのそばにいてくれるのか”ということ、ただそれに尽きるのだ。

                                                              

そうちゃんは、自分の気持ちをうまく言葉で言うことができない。

もし、歯が痛くなっても、どういう風に痛いのか言うことができない。

どんなにイヤなことがあっても、どんなにつらいことがあっても、その心のうちを誰かに伝えることができない。

                                                             

、、、そう思うと、今、ここで寝ている大きなそうちゃんは、ふわふわしたたんぽぽの白い綿毛のように思えてならない。

私が手の中に大事に包み込んでいるうちはいいけれど、手を開いて風がふいたら最後、”ふーーーっ”と飛んでいってしまったたんぽぽの綿毛は、風まかせに、どこへ飛んで行ってしまうかわからない。

                                                             

やさしい風にのって、肥沃の土地へ運んでもらい、立派にタンポポの花を咲かせるかもしれないけれど、気まぐれな風にさらわれたら最後、とんでもない場所に連れていかれてしまう。

、、、そして、哀しい事に、どちらにしても、どこへ飛んでいってしまうのかは、手をはなした瞬間からわからなくなってしまうのだ。。。

                                                              

それを思うと、母・よしこ(おばあちゃん)に買ってもらったお布団を「うわ~っ。 うわ~っ。」と言って喜び、フワフワのお布団につつまれて幸せそうに、今ここに寝ているそうちゃんをみると、胸がギュッと痛くなる。

                                                              

そして、”God bless you!”という言葉が心の底からわきあがってくる。。。

                                                            

次回につづく

                                                            

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そうちゃん 11歳・冬(1)

  そうちゃんのお布団
                                                                                                                                                       
これは、今年のお正月明けに、そうちゃん(長男・11歳・知的障害アリ)が母・よしこ(おばあちゃん)にプレゼントしてもらったお布団。
夜、お布団におもらしすることがなくなり、トイレで<大>をできるようになった(それまでは、どうしても、<大>はオムツでしかでき
なかった)成長の記念に買ってもらったもの。。
                                                                                                                                                         
そうちゃんは、毎日、このお布団に寝る。
長い手足を自由な方向にビヨ~ンとのばし、この枕にうつ伏せになって寝るのが、そうちゃんスタイル。
                                                                            
寝ている時の柔和な顔にひきつけられて、子供たちが寝静まった暗い部屋の中、私は、そうちゃんの枕元に思わず座りこむことがある。
                                                                           
”スー スー スー”という、規則正しいそうちゃんの寝息。
これをきくと、なんだか今でも”ホッ”とする。
(というのも、そうちゃん、生後すぐ、呼吸が苦しくなり、大学病院のNICUに運ばれた経緯がある。
その頃のそうちゃんは、呼吸するたびに胸が上下に大きく揺れて、息もとても荒かった。
次はもう、呼吸がとまってしまうのではないか、、、という心配をいつも抱えて、私は、そうちゃんのそばにいた。。)
髪をなで、手足をさわると、そうちゃんの肌は、やわらかく、とてもあたたかい。
                                                                            
(よしこが時おり、そうちゃんをみて言うことがある。
「ちはる(私のこと)ちゃーん。 そうちゃん、惜しかったわね~! 
もう、ママ、残念でしょうがないわよ~。
そうちゃん、なかなかいい顔してるのにね~。」。
                                                                                   
そうなのだ。
そうちゃんは、いわゆる”ハンサム顔”ではないのだけれど、なんともやさしく、どこかエキゾチックで、そして、笑うとフニャリと崩れ
る顔。
背も高く、手足もながく、全体的に”馬”のイメージで、
「もしさー、クラスにこういう男の子がいたら、けっこうもてたかもよ~。
いやいや、残念!!」と、私もパパに言ったりする。)
                                                                                                     
限りなく平和な穏やかな顔で寝ているそうちゃんをみて、いつも思うことがある。
「寝てる時だけは、そうちゃんも、なっちゃん(長女・4歳)も、はっくん(次男・2歳)も、同じなんだよね~。。」。
寝ている時だけは、そうちゃんも、障害による不自由さを感じることなく時を刻んでいるということが、ちょっと救われる思いなのかもし
れない。
                                                                              
この間、介護のテレビをみていた時のこと。
(だんなさんが病気の奥さんを介護するという番組)
だんなさんが奥さんの代わりに、ごはんを作ったり、一人ではでかけることができなくなってしまった奥さんをつれて外に散歩にでかけた
り、お風呂にいれてあげたり、、、というシーンを見て、私は、自然に言葉がでた。

「わー、、、。 大変だね~。。」。
                                                                            
そこで、そばで一緒にテレビを見ていた長女が、「ママ、なんで、何が”大変”なの~?」と聞くので、私は、
「だってね、この奥さんが病気でいろんなこと、できなくなってしまったから、代わりに、このだんなさんがお世話してるんだよー。」。

                                                                          
、、、そう言って、ハッとした。
「あっ、、、。 ママも同じだね。 
そうちゃんのお世話、おんなじようにしてるね~。 
ママも介護してるんだよね、、、。
いや~、ママも大変なんだー。。。」と、つぶやいたくらい。
                                                                          
こんな感じで、そうちゃんの障害も、気がつけば、私の生活の中に、すっかりとけこんでいる。
今さら、”そうちゃんに障害がなかったらなあ、、、。”なんて思うことはないし、今となっては、障害あってこその”そうちゃん”なの
だと思う。
                                                                             
けれど、夜、そうちゃんの枕元に座った時だけは、私の心の片隅からわきあがってくる感情がある。
それは、”そうちゃんにも、できれば、(長女や次男と同じように)健康に(障害をおうことなく)私の体からおくりだしてあげたかった
なあ。。”、、、という思い。
                                                                            
これは、頭の中からでる思いというよりは、もっと感覚的なもの。
私のお腹に赤ちゃんが宿り、、、。
そして、いつもいっしょだったその赤ちゃんが自分のお腹から出て、別々に分かれた人間になる瞬間を身をもって感じた経験をした母親だ
けがもつ感覚なのかもしれない。
                                                                        
その一点の思いが胸にせまると、”ごめんね、そうちゃん。。”という思いが湧き上がり、そうちゃんをガバッと抱きしめたくなる気持ち
を抑えられなくなる。
                                                                                 
長女と次男が生まれる前もそういう思いはあったけれど、長女と次男が生まれ、二人が、すくすくとまっすぐに力強く成長していく姿をみ
て、それは尚、色濃くなったように思う。
                                                                      
次回につづく
                                                                           
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「ヴォカリーズ」

  「ヴォカリーズ」/ラフマニノフ
 
今、ピアノで練習している曲。
ラフマニノフの「ヴォカリーズ」。
シンプルなメロディーにもかかわらず、とにかく譜読みが大変で、現在苦戦中。
この曲には、複雑な思いがある。。。
 
ぐんと月日はさかのぼるけれど、、、。
そうちゃん(長男・11歳・知的障害アリ)が生まれて半年後、そうちゃんに障害があると宣告された頃、たまたまこの曲を聴いた私は、なんだか身動きできないような気持ちになったのを覚えている。
”なんて、哀しい曲だろう、、、。”。
胸にせまってくる哀しい旋律に、ただただ耳を傾けた。
                                                                                                                                                      
けれど、胸にせまってはくるのに、それ以上、どういうわけか、胸がつまるような思いもしなければ、涙も出ない。
メロディーから伝わってくる”哀しい気持ち”は、その時の私の気持ちとピタリと重なっていたのにもかかわらず、何度聴いても、ボリュームをいくらあげて聴いても、それは同じだった。

”なんて、フシギな曲なんだろう、、、。”。
 
でも、今、思えば、当時の私には、この曲の”哀しみ”を受容するだけの感受性が、まだなかったのかもしれない。
                                                                               
この間、ふと、
「あっ、、、。 そうだ、今度はあの曲(ヴォカリーズ)弾いてみよう。」と思いたち、今、ピアノで練習しているところなのだけれど、弾いていて、あまりのオドロキに、思わずフーッと、ため息がでた。
「この曲、、、私の気持ち、そのまんまだ。。。」。
                                                                         
私がそうちゃんを、、、そうちゃんという一人の人間を想う気持ちとぴったり重なる。
そして、今ならわかる。
その哀しみは、こういう哀しみなのだと。。。
 
そうちゃんは、春がきたら、12歳になる。
小学校(特別支援学校)6年生。
次回のブログは、等身大のそうちゃんをみつめながら、私の思いをつたえられたら、、、と思っています。。
 
P.S.
このブログも、はじめてから2年ちょっとがたちます。
もし、ずっと読んでいてくださる方がいらっしゃるとしたら、生まれた頃の、小さい頃のそうちゃんを知っていてくださるのですね。
もし、そうだとしたら、なんだかとてもうれしいです。。
 
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ゆかりちゃん

小学校3~4年生の時、同じクラスに、ゆかりちゃんという女の子がいた。

ぽっちゃりしていて、ほっぺが赤くて、目がクルクルっとして、かわいかったゆかりちゃん。。

 

昨日、ふと、気がついたことがある。

小学校高学年の時のクラスメートは、フルネームでサラサラッと頭に浮かんでくる。

けれど、なぜか、フシギと、4年生までのクラスメートは、いつも一緒に遊んでいた、仲のよい友達以外は、顔はうかんできても、フルネームで言える友達は、思いがけず少ないのだ。

 

そんな中、ゆかりちゃんは、名前はもちろん、今も、声まで、はっきりと覚えている。

当時は、まったく意識していなかったけれど、今思えば、ゆかりちゃんには、知的障害があった。

、、、と言っても、ちゃんと字も書けたし、おしゃべりも上手だったから、ごく軽い障害だったと思う。

 

ゆかりちゃんの席は、いつも、先生の机のそばにあり、ゆかりちゃんが助けを必要とする時は、さりげなく、先生が、ゆかりちゃんに手をさしのべた。

 

ゆかりちゃんのお家は、ラーメン屋さんをしていて、ゆかりちゃんは、よく、

「ねー、こんど、ラーメンおごっちゃーよー。」

(=「ねー、こんど、ラーメンおごってあげる~。」)と、言っていた。

 

私は、遊びついでに、ゆかりちゃんに導かれるまま、ラーメン屋さんのカウンターに座ったこともあったけれど(最初は、かなり期待しながら)、カウンターにでてきたのは、ラーメンではなく、その代わりに、カキーンと冷えた、お冷(お水)だった。

 

それでも、いつも、ゆかりちゃんは、口ぐせのように、「ねー、こんど、ラーメンおごっちゃーよー。」と、ニコニコ笑顔で言う。

いつものゆかりちゃん節を聞いた私たちは、「、、、、、。 も~、ゆかりちゃーーん!!」と言いながら、みんなでゲラゲラ笑うのだけれど、なんだか、いつもそこには、”ポっ”と陽だまりのようなあたたかさがあった。

ゆかりちゃんは、妙に、私たちをなごませてくれた。

 

残念なことに、私が、”障害があるお友達”といっしょの時間をすごしたのは、ゆかりちゃんの他には、後にも先にもない。

私の通った学校には、特別学級(障害のある子供のクラス)もなかったので、障害のあるお友達と接する機会は絶たれてしまった。

 

私に、そうちゃん(長男・11歳・知的障害アリ)が生まれて、びっくりしたのは、”なんて、障害のある子供は多いのだろう”ということだった。

私が出会うことがなかった(もちろん、私が気づけなかったということもあるけれど)だけで、障害をもって生まれてくる子供は、思いのほか多いことに、漠然とした時期があった。

 

もし、私が小さい頃から、幼稚園でも、小学校でも、中学校でも、もし、ゆかりちゃんのように、いっしょに自然にすごせたなら、そうちゃんの障害を受け入れる時も、もっと楽だったのではないか、、、と、いまさらだけれど思う。

 

昨日、お風呂からでてきた長女(4歳)が、裸のまま、体重計に乗っていた。

長女のその姿に、思わず”プッ”と笑い、、、そして、感心してしまった。

、、、というのも、長女は、普通に体重を計った後、

「えーっと、、、手は、どのくらいの重さがあるかな~? 計ってみようっと!!」。

「じゃ、頭は?」。

「えーっ、お尻は?」。

「足は、どのくらいだっけ?」。

、、、そう言いながら、それぞれの部位を体重計に乗せて(体をくねらせながら)、一生懸命だったのだ。

 

子供がもつ、この独創性と、柔軟さには、いつも心がときめく。

この、特別な才能をもった、小さい時期から、障害のある子供たちとふれあったなら、大人になって、わざわざ、”バリアフリー”だなんて言って、ことさらに考える必要もなくなるかもしれないなあ。

どういう風に接したらよいか、どういう個性があるのか、、、小さい頃から、それを知っているだけで、きっと、世の中、変わることは多いんじゃないかなあ。

 

私は、4年生が終わると、転校したので、ゆかりちゃんのそれからを知らない。

そのまま、中学校にみんなといっしょに行ったのだろうか。

今ごろ、ゆかりちゃんは、どうしているだろうか。

なんだか、無性に、ゆかりちゃんに会いたくなってしまった。。

けれど、せめて、こうやって、ゆかりちゃんが、私の記憶の中に残っている事が、なんだかうれしい。

 

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いつもありがとうございますっ!!

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「あらやだ!!」 ~その2(完)

前回ブログのつづき

 

そうやって、いつもとは違う”のびのびとした楽しい夜”が終わった後は、当然のことながら、朝がくる。。

しかし、その朝は、たいてい、母・よしこの、このひと言からはじまった。

「あらやだ!!」。

 

(ちなみに、その声を聞いた私と姉が、「、、、?? ママ、どうしたの?」。

、、、なーんて、ヤボなことは、聞いたことがない。

どーしたも、こーしたも、よしこの”あらやだ!!”につづくセリフは、毎度のことながら、決まっていたからだ。)

 

「あらやだ!!」と一声叫んだよしこは、枕元にある時計をみる。

そして、もう一度、「あらやだ!! どーしましょ?! こんな時間?!」。

そして、「りかちゃん(姉のこと)、ちはる(私のこと)ちゃん!! 大変よ!! 起きてちょうだい!!!」

「ママ、寝坊しちゃったわ!!」

「ごめんなさーい。 まあ、どうしましょ~?!」。

、、、ざっと、この流れになる。

 

私と姉は、まずは、ガバッと、起き上がる。

それからは、ものすごいスピードで、競いながら、トイレに直行。

その後は、”今日の学校の準備”。

(性格上、明日の準備を前の日にする人ではなかった私は、時間割のプリントとにらみあいながら、今日持って行くものを猛スピードでランドセルへ。)

そして、着替えへ、、、と、うつる。

 

この時点で、何度、”どうせ寝坊するなら、もっと遅く起きてくれればいいのに!!”と思ったことか。。

、、、というのも、よしこは、いつも、学校が始まる10分前とかに起きるのだ。

”死に物狂いで用意して、全速力で突っ走れば、学校に間に合わない事はない、、、かもしれない時間”に起きるのだった。

 

あと10分遅く起きてくれていたら、”もう、ジタバタしてもはじまらないよ。 今日は、学校、お休みだね~。”なーんていう提案も、余裕でできたはずなのに、、、。

 

でもって、いつもいつも、よしこは、私と姉が、

「ママ、、、。 今日は、もう、間にあわないよ~。。」と弱音をはいても、

「なに言ってるのよー! 急げば、間に合うから!! 

ほらっ、急いで!! 急いで!!!」の、一点張りだったのだ。

 

もし、少しでも、”ごめんなさいね~。”という、懺悔の気持ちがあるのならば、私に、靴下の一つでもはかせてくれればありがたかったのに、よしこは、私に靴下をはく手伝いをしてくれる代わりに、なぜか、キッチンへ走った。

 

そして、しばらくすると、キッチンから、”チンっ!!”という音が、、、。

そして、決まって、よしこが手に持ってきたのは、、、。

今しがた、トースターで焼けた、食パン一切れ。

それを大胆にも手で二つに割ったかと思うと、今、着替えをしている私と姉の口に放り込んだ。

 

ほとんど”口封じ”状態になった私は、

「ばはあ、、、。 ふぁんなんてぃ たへてぃるてぃかん ふぁいひょー!!」。

(訳:「ママ、、、。 パンなんて食べてる時間ないよー!!」)

そう言うのが精一杯だった私に、

「ダメよ! パンだけでも食べていかないと! 

お腹すいて倒れちゃうわよっ!! これだけは食べて行きなさい!!」と、なぜか強気で、そのパンを口から離すのを許さなかった。

 

それにしても、私は、いったい、あの日、どういう姿で登校していたのだろうか。。。

自分の姿を想像するだけで、、、泣けてくる。。

 

きっと、1分でトイレをすませ、2分で学校の準備。

それから、2分でパジャマから洋服に着替え、5分で猛ダッシュして学校へ。

しかも、パンを口にくわえながら、ダッシュしていたのだから。。

 

おそらく、歯を磨く時間は、なかっただろう。

私は、髪を長くのばしていたので、いつもは、おさげにしていたけれど、おさげにする時間なんて、あろうはずもない。

それどころか、クシをとおす暇さえなかったネコッ毛の私の髪は、おそらく、一日中、クッシャクシャに、こんがらがったままであっただろう事が、容易に想像できる。。

 

プライドも、何もかもを、かなぐり捨て、着の身着のまま同然に、よしこに言われるまま、ただただ学校へ急ぐ私たち姉妹、、、なんと、健気な姉妹。。

 

ただ、我ながら感心するのは、「あらやだ!!」(=寝坊)が無数にあったにもかかわらず、私たち姉妹は、ただの一度も、学校に遅刻したことがなかった。

そこは、自負するところなのだけれど、それをよしこに報告すると、よしこは、、、。

 

「、、、でしょ~?! 

なんだって、あきらめたらおしまいなのよ~、ちはる。

がんばってなんでもすれば、できちゃうものなのよ~!!」と、いつも、妙に得意げに、でもって、たいそう開き直り、自信たっぷりに言うところが、なんだかいつも、しっくりこなかった私であった。。。

 

おしまい

 

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