「あらやだ!!」 ~その1
母・よしこの口から、「あらやだ!!」という言葉がでると、いまだに、反射的に、瞬間、”ドキっ!!”とする。
それは、どうしてかというと。。。
その昔、私が小学生低学年だった頃、父は、仕事の関係で、月に一度か二度、家をあける日があった。
その日がくる時、前日くらいから、よしこから予告がある。
「パパね、明日、お泊りよ~。」。
そうくると、私と姉(行正り香)は、「いえ~いっ!」と、二人、顔を見合わせ、ガッツポーズ。
父が泊まりの日の朝は、「パパ、いってらっしゃーーい!!!」と、玄関には、私・よしこ・姉の、三人そろって大集合。
豪華に父をお見送り。
うれしかった。
、、、というのも、当時、私と姉は、毎日、夜9時になると、テレビをみていても、本を読んでいても、何の途中でも、子供部屋の電気を”バチッ!”と消された。
暗闇から聞こえる、よしこの、「何時だと思ってんの? もう9時よ。 子供は寝る時間!!」という、なんとも意地悪な声とともに、一日を強制的に終えなければならなかったのだ。
来る日も来る日も9時になると、これなので、子供ながらに、うんざりしていた。
いつも厳格な母・よしこ。。
ところが、そんなよしこが急変する時があった。
そう、それは、父がお泊りの日。
よしこは、その日、自分も手を抜きまくるかわりに、私たち子供も、自由にさせてくれた。
思いっきり羽をのばす、よしこの横で、私と姉も、思いっきり羽をのばした。
夜は、普段、父が好まない外食へ。
それも、特に、父が好まない、”ラーメン屋さん”なんかに、三人でテクテクと歩いて出かけた。
(父は、”ラーメンは、ごはんにならない。”という、”ラーメン大好き!!”な日本人には、珍しいタイプ。)
東京出身のよしこは、ラーメンといえば、しょうゆ味。
常に、”東京基準”のよしこにとって、福岡(博多)のとんこつ味は、ゆるせなかったらしい。
「ママ、とんこつは、好きじゃないわ! 邪道よ! やっぱり、ラーメンは、しょう油よ!! 東京は、しょう油味なのよ~!!」と、いつも言っていた。
だから、ラーメン屋さんに行く時は、私たちは、いつも、東京の味(?)・しょう油ラーメンをめざす。
(、、、めざしていたつもりだったが、よく考えると、いつも行っていたのは、”札幌・えぞっこラーメン”だったっけ。。
このへんの適当さが、なんとも、よしこらしかったりして。。)
カウンターで、ラーメンを食べて、家に帰った後は、フシギと家の中は、”自由な空気”がモクモクと流れていた。
父がお泊りの日、よしこは、ここぞとばかりに、夜遅くまで、エレクトーンの練習をした。
(当時、先生の資格をとるべく、よしこは、猛練習をしていたのだ。)
ヘッドフォーンを耳につけて、”カタカタカタカタ”と音をたてながら、夜中まで弾いていた。
そうやって、よしこは、自分の好きなことをぞんぶんにする代わりに、私たちが、夜、寝る時間が遅くなっても、よしこは、怒らなかった。
ちょうど9時から、映画がテレビであっていたりしたけれど、それも、みていいことになっていた。
(その時をチャンスに、いい映画にたくさん出会った。)
本をきりがいいところまで読んでもいい。
そこらじゅうに、いつもでは考えられないほどの”自由”がころがっていた。
私たちにとっては、いつもは寝ていないといけない時間に、起きていられるということだけでも、至極の幸せだった。
「大人は、こんな贅沢な時間を毎日すごしているのか。。
大人は、いいなあ。。」と、あこがれさえ抱いた。
いつもは、私と姉は、子供部屋でお布団を並べて寝ていたけれど、その日は、エレクトーンの横に敷いている、よしこの布団で、私と姉とよしこの三人一緒に寝ていいことにもなっていた。
一つのお布団に、並んで三人寝るのは無理なので、あっちこっちの方向から、重ね合わさるようにして寝るのが、とても楽しかった。
よしこの弾く”カタカタカタカタ、、、。”という音を子守唄がわりに、私は、「う~ん、今日は、いい日だった。。。」と、充実感たっぷりに、大満足で眠りにつくのであった。
しかし、”父のお泊りの日”は、幸せ一色、、、それだけでは、終わらなかったのだった。。。
次回につづく
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