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2008年1月

「あらやだ!!」 ~その1

母・よしこの口から、「あらやだ!!」という言葉がでると、いまだに、反射的に、瞬間、”ドキっ!!”とする。

それは、どうしてかというと。。。

 

その昔、私が小学生低学年だった頃、父は、仕事の関係で、月に一度か二度、家をあける日があった。

その日がくる時、前日くらいから、よしこから予告がある。

「パパね、明日、お泊りよ~。」。

 

そうくると、私と姉(行正り香)は、「いえ~いっ!」と、二人、顔を見合わせ、ガッツポーズ。

 

父が泊まりの日の朝は、「パパ、いってらっしゃーーい!!!」と、玄関には、私・よしこ・姉の、三人そろって大集合。

豪華に父をお見送り。

うれしかった。

 

、、、というのも、当時、私と姉は、毎日、夜9時になると、テレビをみていても、本を読んでいても、何の途中でも、子供部屋の電気を”バチッ!”と消された。

暗闇から聞こえる、よしこの、「何時だと思ってんの? もう9時よ。 子供は寝る時間!!」という、なんとも意地悪な声とともに、一日を強制的に終えなければならなかったのだ。

 

来る日も来る日も9時になると、これなので、子供ながらに、うんざりしていた。

いつも厳格な母・よしこ。。

ところが、そんなよしこが急変する時があった。

そう、それは、父がお泊りの日。

 

よしこは、その日、自分も手を抜きまくるかわりに、私たち子供も、自由にさせてくれた。

思いっきり羽をのばす、よしこの横で、私と姉も、思いっきり羽をのばした。

 

夜は、普段、父が好まない外食へ。

それも、特に、父が好まない、”ラーメン屋さん”なんかに、三人でテクテクと歩いて出かけた。

(父は、”ラーメンは、ごはんにならない。”という、”ラーメン大好き!!”な日本人には、珍しいタイプ。)

 

東京出身のよしこは、ラーメンといえば、しょうゆ味。

常に、”東京基準”のよしこにとって、福岡(博多)のとんこつ味は、ゆるせなかったらしい。

「ママ、とんこつは、好きじゃないわ! 邪道よ! やっぱり、ラーメンは、しょう油よ!! 東京は、しょう油味なのよ~!!」と、いつも言っていた。

 

だから、ラーメン屋さんに行く時は、私たちは、いつも、東京の味(?)・しょう油ラーメンをめざす。

(、、、めざしていたつもりだったが、よく考えると、いつも行っていたのは、”札幌・えぞっこラーメン”だったっけ。。

このへんの適当さが、なんとも、よしこらしかったりして。。)

カウンターで、ラーメンを食べて、家に帰った後は、フシギと家の中は、”自由な空気”がモクモクと流れていた。

 

父がお泊りの日、よしこは、ここぞとばかりに、夜遅くまで、エレクトーンの練習をした。

(当時、先生の資格をとるべく、よしこは、猛練習をしていたのだ。)

ヘッドフォーンを耳につけて、”カタカタカタカタ”と音をたてながら、夜中まで弾いていた。

 

そうやって、よしこは、自分の好きなことをぞんぶんにする代わりに、私たちが、夜、寝る時間が遅くなっても、よしこは、怒らなかった。

ちょうど9時から、映画がテレビであっていたりしたけれど、それも、みていいことになっていた。

(その時をチャンスに、いい映画にたくさん出会った。)

本をきりがいいところまで読んでもいい。

そこらじゅうに、いつもでは考えられないほどの”自由”がころがっていた。

 

私たちにとっては、いつもは寝ていないといけない時間に、起きていられるということだけでも、至極の幸せだった。

「大人は、こんな贅沢な時間を毎日すごしているのか。。

大人は、いいなあ。。」と、あこがれさえ抱いた。

 

いつもは、私と姉は、子供部屋でお布団を並べて寝ていたけれど、その日は、エレクトーンの横に敷いている、よしこの布団で、私と姉とよしこの三人一緒に寝ていいことにもなっていた。

一つのお布団に、並んで三人寝るのは無理なので、あっちこっちの方向から、重ね合わさるようにして寝るのが、とても楽しかった。

よしこの弾く”カタカタカタカタ、、、。”という音を子守唄がわりに、私は、「う~ん、今日は、いい日だった。。。」と、充実感たっぷりに、大満足で眠りにつくのであった。

 

しかし、”父のお泊りの日”は、幸せ一色、、、それだけでは、終わらなかったのだった。。。

 

次回につづく

 

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タクシー ~その2

今はもう、車なしの生活なんて考えられない。

どこへ行くにも(子供をつれての時は特に)、自分で車を運転していく私。

だから、以前のように、タクシーに乗る機会は、少なくなってしまった。

けれど、そういえば、この間、タクシーに乗った時、久々にすがすがしい気持ちにさせてもらった。

それは、子供たちと一緒に”お相撲”をみに行った時、乗ったタクシー。。

                                                            

車をとめ、タクシーからササッとおりてきた運転手さんは、「こんにちはっ。」と、ニコッと笑顔。

その時点で、トランクはすでに開いており、私が次男をバギーからおろしている間に、運転手さんは、「はっ。 コンビ(ベビーカーのメーカー)ですね~。

 おまかせください、私、どのメーカーのベビーカーでも、たためるんですよ~!」。

そう言って、ものすごい速さでササッとバギーをたたむと、それをヒョイとトランクへ。

                                                             

そして、私たちがタクシーに乗り込んだのを丁寧に確認すると、フッと息をひとつついて、これまた、さわやかに言った。

「こんにちは。

さあっ、今日は、どちらまでお連れしましょうか?」。

                                                              

その言い方が、まるで、”Shall we dance?”と言っているかのような口調だったのだ。

(まあ、行き先は、”相撲会場”って決まっているんですが、一瞬、”えっ、、、?? じゃあ、今日は、どちらまで連れて行っていただこうかしらん?”と錯覚するような、そんな、フシギな気持ちにさせらました。

私は、子供たちと一緒に後部座席に座りながら、一人、「Shall we dance?」(映画)の大貫妙子の歌<♪シャーーール ウィ~~ ダンスッ! シャル ウィ ダンス! シャル ウィ ダンス! シャル ウィ ダンス~♪>が頭の中で延々と流れていました。。)

                                                              

そして、相撲会場にもう少しでつくという時には、「はいっ。 車、混んでいるので、じゃあ、ここでメーターおとします。 

ベビーカーで大変でしょうから、なるべく会場の近くまで、今、車、おつけしますからね。

お待ちくださいね~。」。

                                                              

そして、会場前に車をとめると、その運転手さんは、また、ベビーカーをササッとトランクからだし、パッと広げて、

「今日は、どうもありがとうございました。

どうぞ楽しんできてくださいね!」。

                                                             

そして、子供たちがタクシーの運転手さんに「ばいばーい。」 「ばいばーい。」と手をふる間中、タクシーの中から身を乗り出して、何回でも手をふりかえしてくれた運転手さん。

                                                              

その日は、お相撲をみに行けたことも楽しかったけれど、タクシーに乗っている間中、なんともハッピーな気持ちにしてくれたタクシーの運転手さんと出会えたことも、うれしかったなあ。

                                                              

それにしても、あの爽やかさはどこからくるんだろうか。

爽やかな人になりたいものです、、、歳をかさねたら、なおいっそうに。。

                                                              

P。S。

その昔、私の友人が言いました。

「別れ際、”ばいばい”って手をふって、、、。

私、ちょっとしてふり向いたら、その人(彼)は、(自分のことを)ふり向きもせず、ツカツカツカツカまっすぐに歩いて行っちゃったの。

なんか、それが何ともいえず淋しかった。

その時、”あっ、、、。 この人は、自分とはちがうんだ、、、。”って思った。」。

何気ない事ですが、異性に限らず、こういうところでもすでに、その人の価値観がみえかくれするものですね~。。

                                                             

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今、気がつきました。

前回ブログのタクシーの運転手さんと、今回の運転手さんとの共通点。。

二人とも途中で、”メーターをおとしてくれたこと”でしょうか(笑)!!

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タクシー

今日は、昔話。

かれこれ、、、9年も前の話です。。。

 

そうちゃん(長男・11歳・知的障害アリ)が療育園(障害のある子供たちが通う通園施設)に通いはじめたのは、そうちゃんが2歳になった時。

そこは、母子通園(お母さんと子供が一緒に通う)だったので、週に二日、そうちゃんと一緒に療育園へ。

 

当時、まだ立派なペーパードライバーだった私は、(車で行けば20分くらいの)療育園に、電車とタクシーをつかって通っていた。

そうちゃんの乗ったベビーカーをカラカラカラカラ押して、家から歩いて10分くらいの駅へ。

肩には、着替えやオムツでふくらんだバック。

電車に乗って、次の駅でおりる。

 

おりた駅には、エレベーターがなかったため、まだ歩けない、普通の赤ちゃんよりかなり大きめだったそうちゃんの乗ったバギーをかかえ、荷物もそうちゃんも、ゆさゆさ揺らしながら、構内の長い階段をフッフッいいながら、おりていく。

 

駅を出ると、少し歩いたところに、療育園へ向かうタクシー(療育園がいつも手配してくれた)が待っていた。

タクシーは、親子二組が一台に乗り込むシステムになっていた。

こんな感じで、JRや私鉄の特定の駅から、療育園に向かうタクシーが準備されていたのだ。

(帰りも。)

交通の便がいいとはいえない場所に療育園はあったので、自分の車で行けない私にとって、このタクシーは、本当にありがたかった。

 

通園を手伝ってくれるそのタクシー、タクシー会社は、いつも同じだが、運転手さんは、毎回ちがう。

私とそうちゃんは、療育園に着くまでの、しばし15分ほどの短い間、タクシーに乗っていたのだけれど、運転手さんによって、たったその15分でも、ずいぶんと車内の雰囲気はちがった。

 

乗る時に、サササッと運転席からおりてきて、バギーをトランクに乗せるのを手伝ってくださる方もいれば、「すみません、トランクを開けてください。」と言うまでノーリアクションの方。

ニコニコと笑顔で車内に迎えてくれる運転手さんもいれば、”ぶーっ”と怒ったような顔で迎えてくれる運転手さん。

 

時には、私とそうちゃん相手に、藪から棒に、”タクシーの仕事は、いかにお客さんをサッとつかまえて、チャンスをとらえ、売り上げを上げていくことが大切か”、、、ということを語り、、、。

そこまではよかったけれど、そのうちに、”療育園に迎えに行って、だらだらと待たされ、たった15分くらい乗るお客さんのために時間をさくことは、割りにあわないんだよね~。”ということを言う運転手さんもいた。

 

今の私だったら、「ちっ。」。

(もちろん、声にだしては言いませんが(笑)、心の中で”あっかんべ~!”ですな。)

、、、ですむところだけれど、その時の私には、そのひと言さえ、ガックリだった。

 

、、、というのも、まだ、その当時、療育園に行く事は、決して楽しいだけのことではなかったからだ。

もちろん、療育園に行けば、自分と同じ境遇のお母さんとおしゃべりもでき、元気づけられることも多かった。

けれど、それ以上に、そこへ行けば、そうちゃんのお友達は、もちろん、障害をもった子供ばかり。

その子供たちの中に、そうちゃんがいるということは、いやおうなしに、そうちゃんにも障害があることを認めることを余儀なくされる。

 

自分の中で、わかってはいるつもりでも、毎回、療育園に行くたびに、ズンと気持ちは重くなる。

家に帰ってくると、いろんな思いが複雑にからみあい、そして、いつも悲しかった。

そんな、やっとこさ、がんばって療育園に通っている時に、フッともらした、タクシーの運転手さんの言葉には、本当にガックリさせられた。

 

けれど、一方で、今も忘れられない運転手さんがいる。

療育園の帰りに乗せてもらった、年輩のその運転手さんは、しばらく私と話したあと、言った。

「あのねー、子供っていうのは、健康であってでさえ、育てていくっていうのは、大変なものよー。

なのにね、体が弱いとか、障害がある子供を育てるってことは、並大抵じゃないよね。」。

そして、「私はね、こうやって、あなたのように、まだ歩けないような子供さんを抱えて、一生懸命に子供のために学校に通ってるのにね、どうして、自宅まで送ってあげられないのかなって、残念でたまらないよ。

もどかしい思いがするよ。」。

「タクシーで駅まで送っても、それからまた電車にのったり、歩いたりしないといけないわけでしょ?」。

「晴れた日は、まだいいけど、雨が降った日は、大変でしょ?」。

「国はね、なんのために税金というものをとっているのかと私はいいたいよ。

あんなねー、つまらない橋とか建物をたててないで、こういう必要なところにお金は使うべきだと思うよ。」。

その日は、雨がじゃんじゃん降る日だったのだけど、

「あのね、ここからは、私の気持ち。

メーターは、おろすから、家まで送っていくよ。

 あのね、もし、また私が療育園にお迎えに行くことがあったら、その時もまた、送ってあげるからね。」。

そう言って、家のまん前まで送ってくださった。

 

その時の思いは、今も忘れない。

胸がいっぱいだった。

心の奥から、なんだか言葉にあらわせない、ありがたい気持ちでいっぱいだった。

今日、初めて会ったのに、私とそうちゃんのことを精一杯、応援してくれる人がここにいることが、本当にうれしかった、あの日。

 

たった15分の短い時間に、一人の人間のそれまでの人生や、これから先の生き方さえ垣間見た気がする、タクシー通園。

たかがタクシー。

されどタクシー。。

 

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今日も、ありがとうございます!!

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