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よしこの子育て

そういえば、私がはじめて”お留守番”したのは、3歳の頃。

(年子の姉と一緒に。)

私が3歳になり、幼稚園に通いはじめてしばらくしてから、母・よしこは、車の免許をとった。

で、よしこが自動車学校に通っている頃、時々、教習が終わる時間よりも、私と姉の幼稚園の帰りの時間の方が早い事があった。

そういう時、よしこは、朝、姉の幼稚園バッグに家のカギを入れて、「今日は、ママいないから、よろしくね。」と言った。

”よろしくね。”、、、ったって、あの頃の私たちは、まだ幼い子供。。

よくぞ、そのひと言で、小さな子供たち二人だけで留守番させたものだと、今さらながら、よしこの思い切りのよさには驚く。

 

その頃私が住んでいたのは、佐賀県の片田舎の、とある社宅。

毎朝、幼稚園へは、スクールバスに乗って行った。

(スクールバスの席は、自由だったけれど、私と姉は、運転手さんの隣に座るのが大好きで、その席が空いていたら、”ラッキー!!”。

姉と迷わず陣取った。)

スクールバスのバス停は、社宅から歩いてすぐ近くにあった。

でも、今、思えば、よしこが自動車学校に行っている”留守番の日”は、バス停にお迎えにきてくれる人は、誰もいなかった。

だから、私と姉は、スクールバスを降りると、よしこの代わりに、「ありがとうございました。」と先生に挨拶をして、それから、手をつないでテクテクと家へ帰った。

 

そして、姉が、ガチャっ。

カギを開けて、家へ入る。

すると、テーブルの上には、必ず、お菓子入れが置いてあった。

姉はグリーン、私はピンクの、ふた付のお菓子入れ。

幼稚園の制服を着替えて、それぞれのお菓子入れのところにすっ飛んでいくと、それを大切にかかえ、部屋中歩きまわりながら、お菓子をボリボリ食べて、よしこの帰りを今か今かと待ったものだ。

 

今の時代、世の中物騒になっただ、なんだと言っては、携帯をもたされ、自由に外へも遊びにいけなくなってしまった子供も多いらしいけれど、あの頃の私たちの時代だって、何の問題もなく安全だったわけではなかったと思う。

現に、スクールバスのバス停にお母さんがお迎えに来ていないお友達を見たことがなかったから、やっぱり、よしこは、思い切りがいい。

私たちは、転勤でその地に行ったので、知り合いといえば、社宅の人くらい。

でも、よしこは、その社宅の人にさえ、”今日、留守にするので、子供たちのことをよろしくおねがいします。”とお願いするでもなく、(誰の力をかりるでもなく)、淡々と、よしこのスケジュールにあわせて、私たち子供を調整(訓練?!)していった。

 

小学1年生になったころには、留守番なんて当たり前。

ベテランの域に入っていた。

歯医者さんにだって、けっこう遠い所まで、バスに乗って、一人で通わされた。

姉は、怖いもの知らずで、しっかり者だったので、”予備練習”なんてものは必要なく、ぶっつけ本番でもオッケーだったけれど、私は、よしこや姉の後ろをチョロチョロチョロチョロしているタイプで、甘ったれだったので、一度、”歯医者さんへ一人でバスに乗っていく練習”を、よしことしてから実践に入った。

 

その予備練習の時も、よしこは、次回から、私が一人でちゃんと行けるようにと、まずは、私を、先に来たバスに乗せ、よしこは、その後からつづいて来たバスに乗った。

で、一足先に着いた私は、バス停で、よしこが来るのを待ち、次のバスからよしこが降りたのを確認すると、私が目的地である歯医者さんに向かって、一人、歩きだす。

その後ろを、まるで”探偵”のように、よしこが尾行(?)する、、、という練習方法。

 

姉のことは、よしこは心配していなかったようだが、私のことは、心配だったようだ。

私が初めて一人、バスに乗って歯医者さんへ行って帰ってきたとき、”ああ、ちゃんと、一人で行けたぞ~。”と満足しながら社宅の自分の家をふと見上げると、よしこが、窓いっぱいに身をのりだし、大きく手をふっていた。

私が玄関につき、「ただいま~。」と言うと、「よく一人で行けたわね! 心配だったわー!!」と言って涙ぐんだ。

子供ながらに、そんなに心配なら、歩いてすぐそこにある近所の歯医者さんに行かせてくれればいいのに、、、と、ちょっとフシギに思ったくらいだ。

 

けれど、よしこには、よしこなりに理由があったらしい。

よしこは、5人兄弟のうちの一人娘。

おじいちゃんとおばあちゃんは、たった一人の女の子であるよしこを、とてもかわいがったらしい。

けれど、そのおじいちゃんとおばあちゃんの反対を押し切って、遠くにお嫁に来てしまったため、本当に淋しく、つらい思いをしたのだという。

かわいがってかわいがって育てられただけに、そのつらさも、ひとしおだったという。

だから、よしこは、”もし、自分に子供ができたら、できるだけつきはなして育てよう。”と思ったというのだ。

 

その後も、よしこの”つきはなし教育”は、続いた。

小学2年生の頃には、よしこは、実家に里帰りするため、家を4~5日、時に1週間ほど空けた。

それも、私たちの学校が普通にある時に。。。

父は、仕事が忙しく、いつもは夜遅かった。

けれど、その時だけは、仕事をできるだけ早くきりあげ、帰ってきてくれた。

でも、、、。

父は、当時、料理という料理をつくれたはずもなく、、、。

「ちはる(私のこと)は、昔のこと、ホント、よく覚えてるわよね~!」と家族の中では評判(?)の私でさえ、あの時、ごはんとお味噌汁のほか、父に何をつくってもらって食べていたのか、まったく思い出せない。

ただ、ひとつだけ、思い出すのは、”ブリの塩焼き”。

母が留守といえば、ブリの塩焼。

なんでブリだったのか、、、これも今となってはナゾだが、父が、ガス台で猫背になりながら”ブリ”を焼いている姿だけが、色濃く私の記憶に残ってる。。

1週間分の洗濯にアイロン、、、これまた、父がセッセセッセとやっていた記憶がない。

どうしていたんだろう。。

きっと、私たち三人は、なんとかその日その日を耐え、とにかくひたすらに、よしこの帰りを首を長くして待っていたのだと思う。

 

ただ、仕事が忙しい上、子供の世話までさせられるのに、父は、母が里帰りするときだけは、いつも気持ちよく「いってらっしゃい。 ゆっくりしていらっしゃい。」と言って見送り、イヤミのひとつ、言ったことがなかった。

それを見て、子供ながらに、「パパって、えらいなあ~。」と思ったものだ。

私は、さすがによしこがそんなに長い間、家にいないのは淋しかったけれど、一方で、イヤイヤ習わされていたピアノの練習をさぼれることがうれしくてうれしくて、ピアノからとき放たれ、自由を満喫した。

そして、普段はよしこに禁止され、見せてはもらえないテレビ番組を、姉と一緒に、かたっぱしから見まくった。

 

この辺の話をこの間、よしこにしたら、「ま~っ! 私もあきれたものね~!! 

そんな小さな子供たちにガマンさせていたなんてね~。 

よくよく考えると、信じられないわね~。」と、まるで他人事のように言い、ハッハッハッと笑った。

 

だが、もし、もう一度、時間をひきもどして、よしこがやり直したとしても、私たちは、きっと、留守番させられているにちがいない。

それが、今の物騒な世の中だったとしても。。。

 

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いつもありがとうございますっ。

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P.S.

あかねさん・kotaさん・りんごさん・なおちゃん・こころさん・レミさん・happy-cloverさん・ちはる2号さん、コメントをどうもありがとうございました!!

子供のアンテナは鋭いので、どこまでわかってて、どこまでわかっていないのか、ナゾが多いですね。。

長女は、サンタさんへのリクエスト、「お金。」から、「大きな大きな電話! 大っきいのよ!!」に変わりました。

でも、、、大っきな電話って、、、、何ですか、それ?!

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母・よしこ」カテゴリの記事

コメント

3歳の子どもにお留守番とは、お母様の思い切り具合には驚きます。すごいなぁ。ところでよし子お母様って、り香さんの「19時から作るごはん」だったか(?)にチラッとお顔の出ている、お母様ですよね?お写真の優雅な雰囲気からはちょっと想像できない大胆ぶり・・・。素敵です。また次の本にも出演してくださいね~!

投稿: みほ | 2006年12月15日 (金) 14時53分

みほさん。よくぞずばり、ちいさいときから私たちがみんなに言われていたせりふを書いてくださいました。「上品で優雅」なよし子に、「そんな大胆なことができるはずがない」みんなからいわれていました。でも、できるんです。父が仕事で泊まりのときなど、3時(朝ですよ)までイヤホンでエレクトーンの練習。そして毎回おきまりギャグのように朝寝坊。姉妹揃って遅刻&忘れもの常習犯でした。(忘れ物だって傘だって届けてもらえることはありませんでした。1年生から、『自己責任』という言葉を覚えましたから)でも、それでも母が楽しく生きていることは肌で感じておりました。自分を犠牲にして育てても意外と子供に反抗されたりしますが、私たちは鍵をあけ、家に戻っても反抗する相手もいなかったので、ずっと親子仲良く、今となっては最高の友達になれたのかもしれません。私たちにとっては、この適度な距離感はとてもよかったようです。

投稿: り香 | 2006年12月17日 (日) 17時34分

り香さんコメント嬉しいです。お決まりギャグのようにお寝坊しても、忘れ物常習犯でも、お母さんが楽しくご機嫌でいることはしっかり伝わってたんですね~。「子ども小さくても趣味はとっても大事だ」とか、「時間はお金で買うものよ」など、よし子お母さま語録は私にとってまさに目からウロコ。。。ますます目が離せないです!昨日は敬意を表し「よし子のハンバーグ」、作らせて頂きました!!
 

投稿: みほ | 2006年12月18日 (月) 13時00分

何も言うことありませんね。
「あの母」にして「この姉妹」ありです。
人は自分の親から愛された分だけ自分の子供を愛することができると言われますが、その愛情は「ベタベタの過保護」ではなく
「適度な距離感を持った」人間としてのつきあいを意味するのですね。母よし子は偉大ですね。

投稿: oxxsan | 2006年12月18日 (月) 13時45分

私もり香さんの本で“よし子さん”拝見しましたが、
とても若いですよね!!!
とても可愛らしくて上品な方だな~と。
だから、ちはるさんやり香さんのお話に出てくる
数々の大胆発言!?とのギャップにビックリしました。
でも、“よし子さん”のお話が出てくるのが楽しみで
いつも読んでて楽しいです。
私が好きなのは、「幸せへの近道」と称してお料理できるように
教えてあげたり、「期待しない事」。
子育ての参考にさせてもらってます♪

投稿: レミ | 2006年12月18日 (月) 15時29分

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