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2006年12月

義母

「はーい、お母さんでーす!」。

先週、義母から電話があった。

「あ~、こんばんは~。」と私が言ったあと、義母、「はーい、こんばんは。 、、、、。(沈黙)」。

なんだか様子がおかしい。

ちょっと”沈黙”があって、そして、突然、しんみりした声になったかと思うと、義母は、「私ねー、、、もー、涙がでてからさあ!」。

そして、またしばしの”沈黙”。

ん、、、???

私は、思わず、「おっ、、、お母さん、、、どーしたんですか??」。

いつもだったら、”はーい、お母さんでーす”の後に、”元気~?” そして、”あのね~”と話がすすんでいくのに、、、。

もしかして、義父か義母の身になにかっ、、、!!

でも、義母から返ってきた言葉は、意外なものだった。

「読みました~、ちはるさん。 ブ・ロ・グ。」

ブ、、、ブログって、、、私の?!

(びっくりギョーテンの私。)

「もーさー、涙が出て涙が出て、、、、あの時は、本当、何にもお手伝いできんかったなあ、、、と思ってねえ。。。」。

 

私のブログを、どうして義母が読んだかというと、私の母・よしこが義母の家に、お歳暮を送った際、なんと、私のブログをご丁寧にもプリントアウトして(先日アップした、”そうちゃんの古着”シリーズを)一緒に箱の中に入れた模様。

で、義母が私のブログを目にしたのだ。

いや~、私は、いろんな意味で驚いた。

まずは、よしこが、いったい何を思って、お歳暮の”稲庭うどん”の上に、私のブログをバサッとそえたのか、、、。

そして、もう一つの驚きは、義母の口から、”ブログ”という単語がでてきたこと。。。

 

ダンナさんの実家は、一歩、家に踏み入れたとたん、なんだか懐かしーい気持ちがこみあげてくる、ものすごーく落ち着く空間。

そこには、”現代”とはちょっと、、、いや、かなりはなれた、ゆったりとした時間が流れている。

”義母(義父)の家”というよりは、私の感覚では、”おじいちゃんの家”という感じ。

台所の壁には、カチッカチッカチッ、、、ボーンボーンボーンの、”おおきなのっぽの古時計(柱時計)”が、今なお健在。

柱には、”背比べ”のキズが、えんぴつでしっかり刻まれている。

(ダンナさんと、お兄さんの成長の跡。)

軒の下には、玉ねぎがぶらさがり、裏庭には、椎茸の木。

(時期がくると、たくさんの椎茸がとれる。)

 

この間、子供たちとエネルギー館へ遊びに行った時、”一般家庭の移り変わり”と題して、時代ごとの家の模型が展示してあった。

その中に”昭和30年台の家”(ところどころに、薄暗い光を放つ電球が天井からさがっている。 和室中心の家で、茶の間には、ちゃぶ台と茶だんすがあり、その上には、四角い木枠の電気のかさ。 板張りの廊下があって、縁側がある。)と”現在の家”(リビングがあって、ダイニングセットとソファ。 間接照明もあったりする。 目新しい種類の電化製品が部屋のあちこちに置いてある。)もあった。

”昭和30年台の家”の模型の前に立ち止まり、上からのぞき込んだ時、私は、思わず、ダンナさんに言った。

「ねー、ねー! これって、パパの今の実家やない!!」。

瞬時にそう思ったほど、義母の家は、、、いや、家だけでなく、義母も義父も、みーんな、ぜーんぶ、”レトロ”なのだ。

もちろん、”昭和30年台の家”に、パソコンはない。

だから、よけいに、義母の口から、”ブログ”という単語がでてきた事は、オドロキだったのだ。

 

せっかくなので、今日は、義母のことを。。。

忙しい今の時代にもかかわらず、いつもゆったりと自分のペースをもつ義母のそばにいると、なんだかとっても落ち着く。

義母には、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)のことを含め、すべてのことを受け入れてくれる、どっしりとした”器”がある。

そうちゃんが遊びに行くと、いつも、「そうちゃーん、よく来たね~!!」と言ってガシッと抱きしめる。

その腕から、ニコニコっと笑ったその目から、やさしさがこぼれる。

以前のブログ(「そうちゃんの古着」シリーズ)で書いたけれど、義母は、「なにかあったら、(手伝いに)いつでも飛行機に乗って行くけん、いつでも遠慮なく言ってねー!!」と、よく言ってくれた。

(それは今もつづく。)

もし、私が「今すぐ来てください!!」と応援を要したら、全てをかなぐり捨て、かけつけてくれるであろう。

交通機関でダメだったら、車でも、自転車でも、、、いや、走ってでも、泳いででも来てくれる(向かってくれる)、そんな女性(ひと)。

 

その昔、義母の庭先で、数羽のインコを飼っていた時期があった。

私と義母は、鳥かごの前に座って、インコたちをずーっと見ていた。

「私も昔、小鳥飼ってたけど、やっぱり、小鳥ってかわいいなあ~。。」と、私。

義母も小鳥が大好きで、朝、起きるとまず、小鳥たちに「おはよ~。」と挨拶に来るそう。

眺めているだけで、幸せになれるのだという。

私は、そんな義母に、それとなく聞いた。

「これ(水色のインコを指差して)、名前はなんですか?」。

すると、義母は、「えっ???」。

私を見て、キョトンとしていた。

「ん??? この小鳥ちゃん、名前、なにかなーと思って、、、。」と、私。

すると、義母は、「名前?? 名前はね、なーーーい! 名前は特にないと! だから、みーんな”小鳥ちゃん”よ~。 ハッハッハー(笑)!!」。

そう、なかなか大ざっぱで、なんとも大陸的なのだ。

 

そうそう、まだミルクをのんでいたころの次男とお留守番をお願いした時も。。

私が帰ると、「今、ちょうどミルクの時間になったけん、これ、飲ませたら、私、帰るね。」と、義母。

キッチンに入り、手慣れた手つきで、粉ミルク缶を開け、粉ミルクを哺乳瓶にいれる義母。

1、、、2、、、、3、、、??(3杯入れた時点で、私から”ストップ”がかかる。)

粉ミルク缶には、小さい計量スプーン(ミルク出来上がり量20cc)と大きい計量スプーン(ミルク出来上がり量50cc)が入っていた。

で、本当は、小さいスプーンで5杯いれるところを、、、、義母は、大きなスプーンで、、、!!

義母に、そのことを言うと、「あっはっは~!! 今日は、サービス、サービス、大サービス!!

わっ! 今日は一日ね、濃い~ミルクを飲ませたよ~、私! 

大丈夫やったかな~?!(とっても心配そうな顔)」と、義母。

「ところで、ちはるさん(私のこと)。 今、私、何杯、いれよった??」

、、、と、何杯いれたか、それさえも定かではない様子。。

こういうエピソードは、数限りなかったりして。。。

 

お正月は、義母のところへも行くので、楽しみです!!

 

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P.S.

ちえさん・レミさん・みほさん・ゆきべさん・なおちゃん・きゃらうぇいさん・こにおさん、コメントをありがとうございました!!

マッサージも、アロマをつかったり、腰を内から外側にしたり、、、奥深いですねー。

これから、ぼちぼち研究してみることにします。。

Y枝さん、なんてキュートなお母様!!

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マッサージの力<後編>

前回ブログのつづき

 

健康な子供だったら、「どうしたの? なんで寝ないの?」。

ただそのひと言ですむところだけれど、そうちゃんは、そうはいかない。

しゃべれないのだから。

しゃべれないという事は、自分の心の中にある思いを伝えられないということなのだ。

で、そうちゃんから発信されないとなると、そこから先は、こちらの想像力をかきたて、そうちゃんを観察していくよりほかない。

そうちゃんのために、そして、私の夜9時からの貴重な貴重な自由時間確保のために!!

 

そうちゃんを観察してから4日目、そうちゃんは、「さあ、寝るよ~。」とお布団のところに連れて行くと、小刻みに体を震わせている事に気づいた。

最初は、冬のお布団は、ヒヤッとするから、ちょっと、ブルブルっときて寒いのかな、、、それとも、風邪でもひいたかな、、、くらいに思っていた。

でも、それが次の日も、つづいたので、”これは、おかしい、、、。”。

なんだか、寝ることに対して、おびえているような感じなのだ。

 

ははーん。。

そこで、私の頭に、”きっと、夜、寝ているときに、とんでもなく怖い夢をみたんじゃないかなあ、、、。”と、ひらめいた。

夜みた”夢”を頭の中で、現実と分けて、”単なる夢”としてとらえることのできないそうちゃん。

そのことがきっかけとなって、寝るのが怖くなって、震えているんじゃないかなあ、、、という私の勘。

 

そこで、そうちゃんをリラックスさせようと思いついたのが、”マッサージ”。

なんで、マッサージを思いついたかというと、この間、あんまり肩こりがひどいので、私は針治療に行った。

そこで、針をしたあと、最後に、背中をマッサージしてくれたのだけれど、それがとっても気持ちよかったのだ。

マッサージといっても、コリをほぐすときにするようなギュッギュッギュッという強いものではなく、手のひらで背中をやさしくなでるようなマッサージ。

あたたかい手のぬくもりがホワ~っと体に伝わってきて、なんともいえない安心感が広がり、なんとも心地よいマッサージだった。

それをヒントにして、あとは我流。

 

「そうちゃん。 マッサージしてあげる。」と言って、無理やりお布団に寝かせ、犬を横たわらせた時、毛並みにそって、やさしくなでるような感じで、円をえがきながらクルクルクル。

しばらくすると、早くも、そうちゃんの表情は、見違えるほど、やわらかくなってきた。

それから、そうちゃんを安心させるために、そうちゃんの頭や顔をなでながら、「そうちゃん。 今日は、本当にお利口さんだったね~。」 

「そうちゃんって、ホーント、かわいいね~。」と呪文(?)も忘れなかった。

 

、、、と!!

本当にビックリなんだけれど、それからまもなく、そうちゃんは眠そうな顔になり、とっても幸せそうに微笑みながら、寝る気になり、あっという間に寝息をたてたのだ。

次の日も、寝る前になると、「そうちゃん。 今日も、マッサージしてあげる~。」と私が言うと、そうちゃんは、うれしそうにお布団に横たわり、、、。

で、マッサージをはじめた日を境に、またまたもとのリズムにもどって、スーッとねるようになった。

今回ばかりは、自分でも、”私は、マジシャンじゃないか、、、?!”と思ったほど。

長女と次男も、”やってくれ! やってくれ!!”と横でヤンヤヤンヤ言うので、マッサージしてあげたら、これまた、いつもの半分くらいの時間でスーッと眠りにつくから驚いた。

これは、ちょっと、すごいかも。。

マッサージには、なんだか”力”がある模様。。

 

落ち込んだり、元気がない人には、なにかと声をかけて、励まそうとしたくなるものだけれど、実は、何も言わずに、ただ、”よしよし よしよしよし”となでることは、心をふんわりやわらかくするには、とても効果的なことなのかもしれない。

かわいがられている犬の心が安定しているのは、他でもない、飼い主からの”よしよし”のマッサージが一役かっているのかもしれない。

 

もしも、寝つきのわるいお子さん、または、ちょっとイライラのダンナさん、または、ちょっと反抗期のお子さんなどを家で見かけたら、ぜひぜひ、試してみてください、この、クルクルマッサージ。。

あっ、、、適当でいいので(もちろん、ウソでもいいので)、”呪文”も忘れずに、、、。

 

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P。S。

コメントをどうもありがとうございました!!

レミさん。。レミさんのところには、Y枝さんがっ!! Y枝さんのお話もぜひ聞いてみたいものです(笑)。。

まきこさん。。娘も娘ですが、私も私で、”こんな適当な答えでいいのか!!”という感じで答えることも多かったりして、、、。 ダンナさんは、どーも、私が子供たちに、”デタラメなこと”を教えている気がしてならないそうです。。

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マッサージの力<前編>

そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)は、夜、寝るのが早い。

どうかすると、夕食を食べてすぐあたりから、眠そうなトロンとした目つきになる。

これは、私にとっては、ありがたい、、、、実にありがたい。

だって、起きている間中、そうちゃんからの質問攻め(同じ質問を繰り返し、堂々巡りする:「ごはんまだ?」 「ねんねまだ?」 「ママ、眠たい?」 「ドーモ(テレビ番組)ある?」etc,,,。もちろん、私にしかわからない不明瞭な発音で。。)にあう私としては、せめて9時には寝てもらわないと、身がもたない。

                                                              

で、私としては、そうちゃんだけでも勘弁して欲しいと思っているのに、恐ろしいことに最近、このそうちゃんの質問攻めに加え、長女(3歳)までもが参戦。

長女は、「ねー、ママ、なんでー?」 「ねーねー、どーしてー?」と、さらにそうちゃんよりも深い答えを要求するような質問を私になげかけてくるようになった。

(内心、”なんで~?、、、って言われてもさっ、、、。 なんでもへちまもないでしょー。。”というような、答えようがないような突飛な質問も、時おりとんでくる。)

仕方なく、私が適当に答えると、長女は、「は~っ? ぜんぜんわかんない。 ママ、もう一回言って~。」とか言うので、私は何回も何回も同じことを言わされるはめになる。

                                                              

さらに、横で、チョロチョロチョロチョロしている次男(1歳)は、自分もかまってほしいので、私のところに来ては、わざと、これ以上出せないというくらいの甘~い声を出して、「マ~マ~!!」。

そして、「だっこ~!!」。

仕方なく抱き上げると、小さな人差し指をキュッとたて、それを指揮棒の代わりに使って、この私に、”あっちいけ~ こっちいけ~”と偉そうに指示する。

必ず行かされるのは、壁にかけてあるキリンやフクロウたちが描いてある絵のところ。

次男はこの絵がお気に入りで、「こりは?(訳:これは?)」 「こりは?(訳:これは?)」と、キャンパスに書いてある動物の名前一つ一つを聞いて、自らも、その発音をリピート練習。

                                                              

この質問攻め、一人一人順番にやってくるならいい。

が、問題は、いつも一斉にやってくるところにある。

三人衆(そうちゃん・長女・次男)それぞれが、我先に答えてもらおうとするあまり、お腹の底から大きな声をだして、私にアピールしてくるので、音声多重もいいところ。

もー、何がなんだかわかりゃしない。

けれど、幸い、三人衆は、9時には寝てくれる(正確に言うと、”寝てもらう”)ので、唯一、それだけが私の救い。

、、、だったのだが、、、!!

先週、突然、そうちゃんに異変が!!

                                                              

いつもは、夜、寝る時間になったら、あまりの眠さによろけながら、我先にと、お布団にすべりこむ、そうちゃん。

なのに、ある日、みんながお布団の上で、“さー ねましょ。”のスタンバイをはじめても、知らん顔してリビングから動かない。

「さーさー 寝ま~す!!」と、いつものごとく、私は、部屋中の電気をパチパチっと全部消して、お布団を敷いている部屋にそうちゃんも連れて行ってたのだけど、寝るどころか、横になろうともせず、座り込んで、「ねないよー。」 「ねないよー。」を連発。

しばらくして、長女と次男は寝たのだけれど、そうちゃんは、「ねないよー。」と言って、立ち上がったかと思うと、珍しくテレビのある部屋へ移動。

                                                             

で、部屋で何をしているのかというと、”ただ起きている”というだけで、何をするでもなく、ボーッとしているのだ。

”もし、この先、そうちゃんが、毎日こうやって、夜遅くまで起きていることになったら、、、、!!”

”もし、この先、夜も”そうちゃんからの質問攻め・第二ラウンド”がつづくとしたら、、、!!”

ヒッ、、ヒッ、、ヒエ~~~!!

私は、さすがに身震いがして、思わず、「そうちゃん。 言っとくけどね、夜は、ママは、そうちゃんとは、おしゃべりできないからね!!」と、そうちゃんに言い聞かせずにはいられなかった。

                                                              

そうちゃんは、一応、”本当は寝ないといけない時間”というのは、わかってるらしく、比較的おとなしかったけれど、その後も、ただただ、ボーっと窓の外を眺め、道行くバスや車を見ながら、ひたすらにパパの帰りを待っているのだった。

パパが帰ってきて、パパが寝る時間になったら、お布団に入って、いっしょに手をつないで寝る、、、という感じ。

あれだけ、夜になると眠そうな顔をしていたのに、あくびの一つも出ないそうちゃん。

それどころか、緊迫感のある緊張した顔をしているのが、私は、気になっていた。

で、そんな感じで、夜遅くまで寝ない日が、数日つづいた。。

次回へつづく

                                                        

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P。S。

コメントをどうもありがとうございました!!

みほさん。。も~ 大笑いしてしまいました~!! 

さとみさん。。K子さんのお話も、ぜひ、聞いてみたいものです(笑)

keikoさん。。まだこのブログにコメントなんてこなかった頃、コメントをくださったのがkeikoさん。 だから、よーく覚えています、うれしかったので。。 ずっと読んでくださっているなんて、、、ありがとうございます。

ちえさん。。こちらの3人衆、、、現場は、、、いつもすごいことになってます!!

ぱるさん。。ぱるさんも2月なんですね。 もうすぐですね~!

そうそう、母・よしこが、みなさんからいただいたコメントを読んで感激しております。

「そんな風に思ってくださるなんて、本当にうれしいです!」

と、書いておいてくれと電話がありました。

これからも、私のブログに登場することになるであろうよしこさんからは、目がはなせません!!

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そうちゃんのバギー

ここ最近は、もう使うことがなくなっていた”そうちゃんのバギー”を今日、粗大ごみとして、捨てた。

このバギー、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)が歩けるようになってからは、緊急時(例えば、そうちゃんを病院へつれていくそうちゃんが嫌がり、”イヤイヤ”して、ペタンと床に座り込み、バタバタする用意していたこのバギーにサッと、そうちゃんをのせる バギーにはベルトがついているので、それをバリバリっバリバリっとはめるそうちゃん、動けなくなる好都合!!)のみ限定、活躍していた。

                                                              

けれど、だんだんと、そうちゃんも成長、、、病院へもドタバタせずに(いまだに、時おりタイヘンな思いをさせられる時もありますが)行けるようになってきた。

それに、そうちゃんの体が大きくなったので、そうちゃんがバギーに座ると、バギーは、キーキー音をたてて、”重いぞ! 重いぞ!”とクレームをいうように、、、。

そんなこともあって、このバギー、ここ2年ほど活躍する機会もなく、タンスの部屋の隅にひっそりと立てかけられていた。

そうちゃんが使っていた頃は、”ジャマだ”なんて思ったこともなかったけれど、もう、これから先、使う事もないだろうなあ、、、と思った途端、”う~ん、ジャマ、ジャマ。 場所とってるだけだから、処分しよう”ということになった。

                                                              

思えば、このバギーとは、7年の付き合いだった。

バギーを作ったのは、そうちゃんが3歳すぎてしばらくたった頃。
まだ歩けなかったそうちゃんは、それまで、ベビーカーに乗っていたけれど、だんだんとベビーカーが小さくなり、ベビーカーに乗せると、そうちゃんの足が地面について、ズルズル~ズルズル~と引きずるようになった。

ベビーカーはベビーカーで、キーキーキーキー悲鳴をあげていた。

で、とうとう、バギー(障害のある子供に、車椅子やバギーを専門でつくってくださる業者があり、そこで、寸法をはかったり、どういうバギーがいいか選ぶ。

バギーを作る際は、その費用は、保険で援助してもらえるので、私が負担するのは一部。)をつくる日が来た。

                                                              

いつかはつくらなければならない日がくるとは思っていたけれど、いざ、自分の子供のバギーをつくるとなると、ため息が一つも二つも三つも出るような、、、そんな気分だった。

”そうちゃんが歩けない”ということは事実で、それは、ベビーカーにのろうとバギーにのろうと変わらないのだけれど、気持ちの上で、バギーになると、”そうちゃんが歩けないこと”が、今さらのように自分の中で大げさに誇張され、そうちゃんが歩けるようになるまでの道のりはとんでもなく長いのではなかろうか、、、。

いやいや、長いだけならいいが、そんな日は、もしかしたら来ないのではなかろうか、、、と、弱気にもなった。

その日、採寸がおわり、いよいよ生地の色を選ぶ時が来た。

業者のおじさんが、「はい。 じゃ、この中から色をえらんで~。」と言って、私に生地のカタログ(サンプル)を手渡してくれた。

                                                            

思ったとおり、予想はしていた。

でも、、、。

車椅子といえば、あの、ガザガザの生地。

病院の入口なんかに置いてある、あの車椅子の生地。

雨にぬれても、ちょっとふけばいいように工夫されたあのガサガサ生地。

生地はいい。

                                                              

でも、色が、、、。

私の手元にあったカタログ(サンプル)には、”あずき色か、紺色か、濃い緑色か、、、。”という、”もう、車椅子といえば、あの色しかないでしょう!!”、、、というような、そんな色しかなかったのだ。

がっくりだった。

ただでさえ、気ののらないバギーをつくりに来て、ふと、そうちゃんの乗っているベビーカーをみると、地はブラック。

それに、ところどころ、赤いチェックの生地がまざり、背もたれには犬までついていて、かわいいベビーカーだったんだもの。

                                                              

私は、「紺色はパスだなあ、、、。 あずき、、、いや、緑、、、いや、あずき、、、。」と思いながら、ガックリ肩を落としていた時、そばにいた業者のおじさんが私に言った。

「どうしたと??」。

私が、”かわいい生地がないからがっくりだ。 この中から選ばないといけないんですよね、、、。”というようなことを力なく言ったら、おじさんは、「仕方ないもん。 それしかないんやけーん。」。

「そうですよねー、、、。 じゃあ、どれにしようかなあ、、、。」と言いながら、私がまた、カタログをめくりながら迷っていると、「ねえ、、、。 どんなのがいいとね?」と、おじさん。

私は、そうちゃんのベビーカーを指さし、「こういう、かわいいチェックの生地とかは、ないんですよね~?」すると、おじさんは、「んー、ない。 でも、、、もー、ちょっと、電話で聞いてくるけん、待っときー。」。

そう言うと、事務所に電話しに席を立った。

                                                              

それからしばらく事務所の人とやりとりがあり、おじさんは私のところへ来た。

「じゃーね、、、、。 チェックの生地、ないことはないとよ。 

でも、このバギーには、使ったことがないと。 

バギーには、この生地(あずき色や紺色や緑色、、、。)って決まっとうと。

でもね、、、今日は、仕方ない、特別よ。 このバギーだけ、特別、この中から選んでいいけん。 

他の人には、言ったらいかんよ。」。

「本当ですか~????」私は、そのカタログを見て、思わず、飛び上がった。

”こうでなくっちゃ~!!”

そのカタログには、チェックの生地のかわいいのがたくさんのっていた。

こんなステキな生地なら、これからそうちゃんと楽しくバギーを迎えられる!

そうちゃんのバギーは、紺の地に赤や黄色のチェック、まわりはワインカラーの淵どりに決まった。

                                                              

バギーが仕上がって、そうちゃんと一緒に受け取りに行った日。

私が行くと、おじさんは、遠くから私に、”おいで おいで”と手招きし、「いいのができたよ~! ちょっと来て! ちょっと来て!!」。

ジャジャジャーン!!

それはそれは、かわいいオシャレなバギーに仕上がっていたのだ。

最後に、おじさんは、また、「これね、特別やけんね、他の人に言ったらいかんよ。 

この生地つかったの、初めてやけん。  

でもね、このバギー、いい! これ、おしゃれやねー。 

こんなバギー、はじめて作ったけど、これはいいよ~!!

ね~っ!!」。

そのおじさんのクシャクシャの笑顔をみていたら、これまた、おじさんの好意にジ~ンとくるやら、バギーのできのよさにうれしいやらで、涙がホロリ。

                                                              

、、、、そんな、バギーを、今日、粗大ごみとして捨てた。

ごみ置き場について、バギーを横にしたら、「今まで、そうちゃんを乗せてくれてありがとう。」の気持ちと、「楽しい気分でバギーを押す事ができるようにしてくれた、おじさんにありがとう。」の気持ちで、なんだか胸がいっぱいになってしまった。。。

                                                              

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P.S.

みほさん、コメントをどうもありがとうございました!!

そっ、、、そうなんです!!

私の思いは、姉が(コメントで)すべて代弁してくれています(笑)!!

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よしこの子育て

そういえば、私がはじめて”お留守番”したのは、3歳の頃。

(年子の姉と一緒に。)

私が3歳になり、幼稚園に通いはじめてしばらくしてから、母・よしこは、車の免許をとった。

で、よしこが自動車学校に通っている頃、時々、教習が終わる時間よりも、私と姉の幼稚園の帰りの時間の方が早い事があった。

そういう時、よしこは、朝、姉の幼稚園バッグに家のカギを入れて、「今日は、ママいないから、よろしくね。」と言った。

”よろしくね。”、、、ったって、あの頃の私たちは、まだ幼い子供。。

よくぞ、そのひと言で、小さな子供たち二人だけで留守番させたものだと、今さらながら、よしこの思い切りのよさには驚く。

 

その頃私が住んでいたのは、佐賀県の片田舎の、とある社宅。

毎朝、幼稚園へは、スクールバスに乗って行った。

(スクールバスの席は、自由だったけれど、私と姉は、運転手さんの隣に座るのが大好きで、その席が空いていたら、”ラッキー!!”。

姉と迷わず陣取った。)

スクールバスのバス停は、社宅から歩いてすぐ近くにあった。

でも、今、思えば、よしこが自動車学校に行っている”留守番の日”は、バス停にお迎えにきてくれる人は、誰もいなかった。

だから、私と姉は、スクールバスを降りると、よしこの代わりに、「ありがとうございました。」と先生に挨拶をして、それから、手をつないでテクテクと家へ帰った。

 

そして、姉が、ガチャっ。

カギを開けて、家へ入る。

すると、テーブルの上には、必ず、お菓子入れが置いてあった。

姉はグリーン、私はピンクの、ふた付のお菓子入れ。

幼稚園の制服を着替えて、それぞれのお菓子入れのところにすっ飛んでいくと、それを大切にかかえ、部屋中歩きまわりながら、お菓子をボリボリ食べて、よしこの帰りを今か今かと待ったものだ。

 

今の時代、世の中物騒になっただ、なんだと言っては、携帯をもたされ、自由に外へも遊びにいけなくなってしまった子供も多いらしいけれど、あの頃の私たちの時代だって、何の問題もなく安全だったわけではなかったと思う。

現に、スクールバスのバス停にお母さんがお迎えに来ていないお友達を見たことがなかったから、やっぱり、よしこは、思い切りがいい。

私たちは、転勤でその地に行ったので、知り合いといえば、社宅の人くらい。

でも、よしこは、その社宅の人にさえ、”今日、留守にするので、子供たちのことをよろしくおねがいします。”とお願いするでもなく、(誰の力をかりるでもなく)、淡々と、よしこのスケジュールにあわせて、私たち子供を調整(訓練?!)していった。

 

小学1年生になったころには、留守番なんて当たり前。

ベテランの域に入っていた。

歯医者さんにだって、けっこう遠い所まで、バスに乗って、一人で通わされた。

姉は、怖いもの知らずで、しっかり者だったので、”予備練習”なんてものは必要なく、ぶっつけ本番でもオッケーだったけれど、私は、よしこや姉の後ろをチョロチョロチョロチョロしているタイプで、甘ったれだったので、一度、”歯医者さんへ一人でバスに乗っていく練習”を、よしことしてから実践に入った。

 

その予備練習の時も、よしこは、次回から、私が一人でちゃんと行けるようにと、まずは、私を、先に来たバスに乗せ、よしこは、その後からつづいて来たバスに乗った。

で、一足先に着いた私は、バス停で、よしこが来るのを待ち、次のバスからよしこが降りたのを確認すると、私が目的地である歯医者さんに向かって、一人、歩きだす。

その後ろを、まるで”探偵”のように、よしこが尾行(?)する、、、という練習方法。

 

姉のことは、よしこは心配していなかったようだが、私のことは、心配だったようだ。

私が初めて一人、バスに乗って歯医者さんへ行って帰ってきたとき、”ああ、ちゃんと、一人で行けたぞ~。”と満足しながら社宅の自分の家をふと見上げると、よしこが、窓いっぱいに身をのりだし、大きく手をふっていた。

私が玄関につき、「ただいま~。」と言うと、「よく一人で行けたわね! 心配だったわー!!」と言って涙ぐんだ。

子供ながらに、そんなに心配なら、歩いてすぐそこにある近所の歯医者さんに行かせてくれればいいのに、、、と、ちょっとフシギに思ったくらいだ。

 

けれど、よしこには、よしこなりに理由があったらしい。

よしこは、5人兄弟のうちの一人娘。

おじいちゃんとおばあちゃんは、たった一人の女の子であるよしこを、とてもかわいがったらしい。

けれど、そのおじいちゃんとおばあちゃんの反対を押し切って、遠くにお嫁に来てしまったため、本当に淋しく、つらい思いをしたのだという。

かわいがってかわいがって育てられただけに、そのつらさも、ひとしおだったという。

だから、よしこは、”もし、自分に子供ができたら、できるだけつきはなして育てよう。”と思ったというのだ。

 

その後も、よしこの”つきはなし教育”は、続いた。

小学2年生の頃には、よしこは、実家に里帰りするため、家を4~5日、時に1週間ほど空けた。

それも、私たちの学校が普通にある時に。。。

父は、仕事が忙しく、いつもは夜遅かった。

けれど、その時だけは、仕事をできるだけ早くきりあげ、帰ってきてくれた。

でも、、、。

父は、当時、料理という料理をつくれたはずもなく、、、。

「ちはる(私のこと)は、昔のこと、ホント、よく覚えてるわよね~!」と家族の中では評判(?)の私でさえ、あの時、ごはんとお味噌汁のほか、父に何をつくってもらって食べていたのか、まったく思い出せない。

ただ、ひとつだけ、思い出すのは、”ブリの塩焼き”。

母が留守といえば、ブリの塩焼。

なんでブリだったのか、、、これも今となってはナゾだが、父が、ガス台で猫背になりながら”ブリ”を焼いている姿だけが、色濃く私の記憶に残ってる。。

1週間分の洗濯にアイロン、、、これまた、父がセッセセッセとやっていた記憶がない。

どうしていたんだろう。。

きっと、私たち三人は、なんとかその日その日を耐え、とにかくひたすらに、よしこの帰りを首を長くして待っていたのだと思う。

 

ただ、仕事が忙しい上、子供の世話までさせられるのに、父は、母が里帰りするときだけは、いつも気持ちよく「いってらっしゃい。 ゆっくりしていらっしゃい。」と言って見送り、イヤミのひとつ、言ったことがなかった。

それを見て、子供ながらに、「パパって、えらいなあ~。」と思ったものだ。

私は、さすがによしこがそんなに長い間、家にいないのは淋しかったけれど、一方で、イヤイヤ習わされていたピアノの練習をさぼれることがうれしくてうれしくて、ピアノからとき放たれ、自由を満喫した。

そして、普段はよしこに禁止され、見せてはもらえないテレビ番組を、姉と一緒に、かたっぱしから見まくった。

 

この辺の話をこの間、よしこにしたら、「ま~っ! 私もあきれたものね~!! 

そんな小さな子供たちにガマンさせていたなんてね~。 

よくよく考えると、信じられないわね~。」と、まるで他人事のように言い、ハッハッハッと笑った。

 

だが、もし、もう一度、時間をひきもどして、よしこがやり直したとしても、私たちは、きっと、留守番させられているにちがいない。

それが、今の物騒な世の中だったとしても。。。

 

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子供のアンテナは鋭いので、どこまでわかってて、どこまでわかっていないのか、ナゾが多いですね。。

長女は、サンタさんへのリクエスト、「お金。」から、「大きな大きな電話! 大っきいのよ!!」に変わりました。

でも、、、大っきな電話って、、、、何ですか、それ?!

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サンタクロース

”ジングルベル ジングルベル~♪”、、、、もうすぐクリスマス。

私は、小学2年生の時まで、”サンタクロースはいる”と信じていた。。

 

幼稚園の頃までは、クリスマスの朝、起きると必ず、枕元にはプレゼントが。

箱を開けると、いつも、「ほしかったのよ、これっ!!」というものが入っていたので、”どうしてサンタさんは、私が欲しいものがわかるんだろう。 さすがサンタさん。。”と、夢見心地。

いつも姉とは、狭い部屋にお布団をくっつけて寝ていたので、起きるなり、また今年もやって来たねと、姉とキャーキャー言って、手をとりあって喜んだ。

もう、私にとっては、ファンタジーの世界。

きっと、サンタクロースは、ずいぶん前に、この子供部屋の窓からトナカイ率いたソリにのって帰ってしまったのだろうとは感じつつ、カーテンをガーッと開けて、どこか空中にサンタクロースがいるんじゃないかと、キョロキョロ確認せずにはいられなかったあの頃。

 

小学1年生の時のクリスマスは、今でも思い出深い。

その年のクリスマスは、母・よしこの実家ですごした。

(遠方だったので、父はお留守番。)

よしこの実家は、大家族。

当時、おじいちゃんとおばあちゃんと母の兄弟たちとその家族(歳のちかい従兄弟もいた)がいた。

で、近所にいる叔母やらなんやら、総勢、ものすごい人数で、クリスマス会をした。

ツリーを飾り、クラッカーをパンパンならし、みんな、とんがり帽子をかぶった。

電気をけして真っ暗にして、ローソクをつけて雰囲気を味わったり、歌をうたったり、美味しい手料理やケーキを食べたり、ワイワイワイワイ、それは、ものすごい盛り上がりようだった。

 

で、ここ一番の盛り上がりは、もちろん、、、サンタクロース!!

今、思えば、よしこの弟たちが、サンタクロース役を引き受けてくれたのだが、クリスマス会の途中、突然、部屋の奥にある窓が、ものすごい勢いで”ガタガタガタガタ!!!”と音をたてた。

私たち子供は、「キャーっ!!」。

すると、私のおじさんが、「おっ、、、サンタが来たかな、、、? 窓を開けてごらん。」。

私たち子供は、いっせいに窓のところへかけて行き、恐る恐る窓を開けると、、、。

縁側はガランとしており、サンタさんが来た形跡も、誰かがやってきた形跡もなかった。

あの、”ガタガタ”という音は、なんだったんだろうか、、、と、私たちは、ゾクゾクっと身震いした。

 

それから、また、ごはんを食べてしばらくした頃、またもや、部屋の奥の窓が、ものすごい勢いで”ガタガタガタガタ!!!”。

私たち子供は、またもや、腰がぬけるほどびっくりし、ドキドキしながら、窓を開けると、、、!!

縁側には、たくさんのプレゼントが積み上げられていた。

サンタさんは、すでに去っており、そこに姿はなかった。

信じられなかった。。

私は、”あそこからサンタさんが来るなあ。。。”と警戒していたので、クリスマス会を楽しみながらも、窓周辺には細心の注意をはらっていた。

でも、なんの音も、誰かがきた気配もなかった。

それなのに、、、!!

 

みんなで、プレゼントを部屋に持ってきて、「なにかなあ?」 「なにかなあ?」と言いながら、リボンをといたあの時のワクワクは、今思い出してもドキドキする。

あの時のサンタさんの演出(姿は確認できなかったけれど、よしこの弟による名演出だった)は、それまで私が思い込んでいた、”寝ないとサンタさんは来ない”から、”サンタさんは、いつやってくるかわからない”へと、私の概念を変えた”歴史的瞬間”だった。。

 

小学2年生の時は、また、”寝ないとサンタさんは来ない”タイプにもどり、サンタさんは枕元にプレゼントをおいていってくれた。

その小学2年生の時、「今年もまた、サンタさんがくるのが楽しみ~!」という話を友達にすると、その友達は、プーッと笑って、「えーっ?! まだ、ちはる(私のこと)ちゃん、サンタさん信じてるの~?」。 

「サンタさんてね、、」と友達が言いかけたので、私は、「それから先は、言わないで。 いいと! サンタさんはいるの!!」と言って、なぜだか、友達がその先を言うのをさえぎった。

フシギと、子供ながらに、”もしかしたら、、、。”という思いが芽生えていたのだと思う。

でも、私は、それでも、ずっと信じていたかった。

なにしろ、1年生の時の、みんなでしたクリスマス会が楽しく、あまりにもミステリアスなものだったので、このまま、ずっと信じていたかったのだ。

 

ところが、、、。

小学3年生の時。

私は、今日こそ、サンタさんの顔をしっかりこの目でみてやろうと決心した。

お布団に入り、だんだんと猛烈な睡魔がおそってくる中、今日こそは、、、と、カーテンを全開にして、サンタさんの来る、その時を待った。

いつの間にか、うとうとと寝てしまっていた時、”ガラガラーッ”という音で目が覚めた。

で、その”ガラガラーッ”は、カーテンのある窓からではなく、逆方向にあるふすまの開く音だったのだ。

”あっ、、、寝てしまった、、、。 ん、、、??” 、、、と思った瞬間、ツカツカツカと足音が近づいてきた。

私は一瞬、イヤな予感がし、そして、”あっ、目を閉じなければ、、、!!”と思った。

と思いながらも、薄目を開けていた私は、そこに、ガウンを着た父が両手にプレゼントをもって、私と姉の枕元においていくのを見てしまったのだ。

 

あの時の、一瞬にして、夢と希望と、なんだかその他もろもろのいろんなことを一気に失ってしまった”脱力感”というものは、今をもって他に類をみない。

”あっ、、、パパだったんだ。。。”という、なんともいえない、夢から現実に引き戻されてしまったような、脱力感。

忘れもしない、あの時、私の枕元においてあったのは、キティちゃんのトランプだった。

で、これまた、やっかいな事に、朝、起きたとき、「アーッ! もー、昨日見たよ~パパ! サンタさんって、やっぱり作り話だったんだねーっ!!」とゲラゲラ笑って言えたらよかったけれど、あまりにショックだったのと、”よしこや父が、私たちがサンタさんを信じて喜んでいるのをみて喜んでいる”のを裏切ることになるようで、そんな風には、とても言えなかった。

「今年も、、、サンタさん、来てくれた。。。」

それだけ言って、キティちゃんトランプで、姉と黙々と遊んだ。

私がそのことを姉に言うと、「りか(姉のこと)は、知ってたよ。 でも、ちはるちゃんが信じてるから、ちはるちゃんには、今まで言わなかった。」と、いつになくしんみりと言った。

その頃、姉とはケンカ仲間で、お互い、言いたいことは、あますことなくお腹の底から言いあってきた間柄だっただけに、よけいに、ちょっぴり淋しいような、なんともいえない複雑な思いがしたものだ。。

 

それにしても、、、夢っていうのは、夢を支えてくれる人がいてはじめて、成立するものなんだなあ。。。

 

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先日、長女(3歳)に、「サンタさんに言っとくから。 プレゼントなにがいい?」と聞きました。

すると、、、。

長女は、「う~ん、、、。」と首を傾けしばらく考えたあげく、「お金。 ママ、お金がいい!!」と言いました。

ギョギョギョっ!!

そのあと、「ママ、小さいお金がいい。」と言ったので、ほんの少し安堵しましたが、、、。

こっ、、、こんな長女の夢を、この私が、これから支えて行かなくてはならないのでしょうかっ、、、?!

先が思いやられます。。

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テディベア

ダンナさんは、”女の子がうまれたら、クリスマスには、テディベアをプレゼントしたい”という夢があったらしく、私にも内緒で準備。

昨年のクリスマス、長女(3歳)に、ダンナさんが思い切って(ちょっとおこづかいも上乗せして)”テディベア”をプレゼントした。

きっと、満面の笑み、抱っこしたまま離さない娘の姿を頭に描いたに違いない。

、、、が、娘の反応は、、、実に冷ややかなものだった。

 

クリスマスの朝。。

昨年の長女は、まだ、”サンタクロースがプレゼントをもってきてくれる”ということを理解できていなかったようで、朝、起きて、枕元にある大きな箱をみつけ、ちょっとびっくりしていた。

でも、自分へのプレゼントだとわかると、ニコニコっと笑い、リボンをとって、箱をあけだした。

、、、と、私も箱を開けるのをちょっと手伝って、やっとこさ、私もまだ見ていないテディベアが登場!

で、その時の私の最初の感想は、「???? はっ、、、これ、クマ?」

そして、娘の反応は、「、、、、、。」

 

きっと、ダンナさんは、ここで、”娘がテディベアを抱いて、ピョンピョンとびはね、大喜びする光景”を期待していたにちがいない。

ところが、娘は、テディベアを見るなり、けげんそうな面持ち。

抱こうともしない。

そう、娘は、そのテディベアを明らかに怖がっていた。

それもそのはず、私だって、到底、”クマ”には見えなかったのだから。

 

そのテディ、色は、白。

けれど、地がピンクのため、なんだか、ちょっと、ところどころはげたような印象があるのだ。

昔、私は、”ローラという犬”を飼っていたのだけれど、そのローラ、ひじのところが皮膚病だった。

皮膚病になったひじの部分は、白い毛がまだらに抜け、肌色の地肌がすけてみえた。

そのあたりの毛の雰囲気ににていたのだ。

 

で、そのテディ、体を傾けると、”メー!”と泣くではないか!!

娘は、その”メー!”が恐ろしかったらしく、「キャーッ!!」と言って、泣きながら逃げていってしまった。

私は、真顔でいった。

「ねー、パパ。これ、間違ったよ。 

これ、羊じゃないの??

クマじゃないでしょー、、、。 この毛色、この泣き声。。

、、、、キャハハハ(笑)これ、羊よ、羊!!」

「ウソッ!!」ダンナさんも、マジで驚いていた。

ダンナさんは、百貨店に数ヶ月前から取り寄せのため予約していたようで、商品をとりに行った日も、「これでよろしいですね?」と店員さんに言われたらしいのだけれど、「そういえば、箱を確認してなかった、、、。」と言っていた。

 

私たちは、ダダダダッと、今、開けたばかりの箱のところに、いったいこれが、羊なのか、はたまた、クマなのか、確認しに行った。

すると、箱には「テディベア」。

間違いなく、クマだった。

これが、、、クマ、、、はっ、、、これが。。。

娘にテディを近づけると、「イヤー!」と言って怖がって逃げるので、「ねー、ママがもらっちゃうよ~。」とわざと言ったら、娘は、「いいよ~。」と、あっさり。

 

、、、ということで、晴れて、私のものとなった。

私のものとなったとたん、私の中では、”羊からクマ”へサッと瞬時に切り替わり、このテディちゃんが、かわいくてかわいくて仕方なくなった。

ダンナさんは、娘のために買ったのに、、、と不満そうだったが、怖がって逃げるくらいイヤなんだから仕方なかろう。

私のものだ。

それから、ダンナさん、このテディは、自分のおこづかいをたしてまで買ったこと、普通のクマよりは値が張ったということを、ガックリしながら横でボソボソッと言っていた。

値段を聞いて、私は、ますます、そのテディちゃんがいとおしくなった。

「ほーんと、皮膚病の時の”ローラ”の毛並みにそっくり!」と言いながら毛をなでている私にむかって、ダンナさんは、「テディベアを小さい頃から持たせて、ボロボロになるまで大切にしてもらうのが夢だった、、、。」と、寂しそうに言った。

 

それから、私のテディは、サイドボードの上の、きれいなクロスの上に座るようになった。

そこがテディさんの定位置。

あれから1年。

最近では、長女も次男もテディさんが気に入って、時々、抱っこしたり、馬乗りになったりしている。

 

それを見て、ダンナさん、やっと、この日が来たと、目を細めて喜んでいるかと思いきや、、、。

”ボロボロになるまで大切にしてもらうのが夢”と語っていたはずのダンナさんが、「ほらっ、、、手が汚いやろー。 (テディが)汚れる!」 

「形がくずれる!」と言っては、その都度、テディさんを子供たちからとりあげ、サイドボードにのっけている。。

 

おかげ様で、一年たった今も、私のテディさんは、きれいなままのお姿でサイドボードにチョコンと座っている。。 

 

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コメントをどうもありがとうございました!!

さとみさん。。さとみさんのオフィスでの様子、想像したら、”プーッ!”とふきだしてしまいました!! 14歳の息子さんがいらっしゃるんですね~。 男の子だったら、なんだか頼もしそうですね~。

みほさん。。それはそれは、”濃いキャラメル”ですね! 一度、そういうことに遭遇すると、ウカウカしてられませんね。 で、みほさんは、妹さんには、何を(笑)??

うららさん。。ぬけた私でも、なんとか10年やってこられました。 なんとか生きていけることだけは、私が証明いたします(笑)。。

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近ごろの三人衆

”物をとったり、とられたり”というのは、兄弟げんかの中でも、最もポピュラーパターン。

うちの子供たちも、今、”とったとられたバトル”を繰り広げている。

 

うちの三人衆は、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)と長女(3歳)と次男(1歳)。

そうちゃんと長女の間には、7歳も、そして、そうちゃんと次男の間には、9歳も歳が離れている。

(これは、両者の間に格段に”力”の差があることを表す。)

にもかかわらず、そうちゃんは、障害のため知的年齢が低いので、三人とも、精神年齢が非常に近い。

、、、と、この三人衆、なんとも奇妙な関係なのだ。

 

そうちゃんは、よく、長女が熱心に遊んでいる時、不意に長女のオモチャを奪い取る。

そうちゃんは、自分もそれで遊びたいから取るのではなく、むしろ、興味すらわかないものを、あえて、ひったくる。

そうされると、長女は、「そっ、、そうちゃん! そうちゃんがっ、取った~!」と言って、怒ったり、泣いたりする。

で、そういう状況に至れば、そうちゃんの第一目的は満たされている模様。

(因縁をつけてケンカをうる、ヤクザのように。。)

ただ問題は、そこで終わればいいのだが、その長女の泣き叫ぶ姿をみて、(待ってましたとばかりに)そうちゃんは、さらに、逆ぎれするのだから、驚いた!!

まったく極めて悪質この上ない男なのだ。

そうちゃんは、体が大きいだけに、これ以上怒らせると、妹の髪の毛をひっぱったり、手をギュ~ッとにぎったりするので、危ない。

なので、一応、私は”現場”に急行!!

 

猿と犬とを引き離す感覚で、とりあえず、私が中に入って、なんとかはなれさせるのだが、、、。

その時点では、私の怒りの矛先は、もちろん、そうちゃんに向くが、よくよくジーッと見ていると、、、。

長女は長女で、なかなかちゃっかりしていることに気づく。

私から見ても、それ程ではないと思われる力で、そうちゃんが長女を押すと、時に、なんと長女自ら、”弾み”をつけて、大げさに、後ろに倒れ、「ママ~! ママ~! そうちゃんが~!!」などと言って助けを求めていたりする。

う~ん、、、なかなか女優なのだ。。

この二人(そうちゃんと長女)のバトルは、最近よく目にする光景で、きっかけは、ほぼ毎回、一方的なそうちゃんからの攻撃によるものなので、傍観するわけにもいかず、私は、マジで困っている。

「も~ そうちゃん、いいかげんにしなさい!!」と、私が怒っておさまるなら簡単なのだが、そうはいかない。

私が怒れば怒るほど、そうちゃんの怒りも加速していくのだ。

で、そうちゃんだって、そうでもしなければ気持ちがおさまらない理由があるらしいのだ。

近頃、そうちゃん、長女のめまぐるしい成長を目の当たりにして、かなりのライバル心をかきたてられている。

私が、そうちゃんの表情から訳するなら、「おまえ~っ(長女のこと)。 ついこの間まで赤ちゃんだったのに~! ぺラぺラペラペラ、ママと仲良く、おしゃべりしちゃって~!! ええいッ、憎らしい~!!」というところ。

そういう思いが、長女へと向かわせているようなのだ。

障害があり、思いを言葉に表現できないだけに、そうちゃんはそうちゃんで、大変なのだ。。

 

一方、長女は、そういう被害(そうちゃんからの嫌がらせ)に数多くあたるので、弟には、イヤな思いはさせまいと、なんでもオモチャを貸してあげる、、、。

かと思いきや、(普段は、長女と次男は、とても仲良しですが)弟が手にしているもの、手にしているもの、スッパスッパと横取りしていく長女を、最近よくみかけるようになった。

私が「今、(次男が)使ってたでしょ?! 黙って取らないで、ちゃんと、”貸して?”って言って、”いいよ”って言われてからでしょ。」と、注意すると、長女は、必ず、「いいって言ったよー。」と言って口をとがらす。

こちらも、あきれて、じーっと観察していると、長女は、「はいっ、ちょうだい! はいっ、いいね。」 「はいっ、もらった! はいっ、いいね。」と小声で早口に言いいながら、スッパスッパっと次男の手から取り上げていく。

なっ、、、なんだ、これじゃ、事後報告じゃん、、、。

この辺は、さすが要領のいい長女とあって、猛スピード(とんびに油揚げをさらわれるがごとく、、、。)で、奪取していく。

おかげで、次男は、取られた事がくやしくて泣く事もあるけれど、あまりの早さに、あっけに取られ、呆然としていることも多い。

 

一方、そうちゃんが次男に手をだすことは、ほとんどない。

次男の事は、かわいいばっかりのようで、次男を見るそうちゃんの目は、まるで、”孫を見るおじいちゃんの目”だ。

そうちゃんは、次男のことを”まだまだ赤ちゃん”だと思って、かなり油断している。

次男の口からでる言葉や、行動すべてに目を細める。

(私から見ると、次男の猛烈な追い上げで、そろそろ一気にぬかされるのではないか、、、と、ハラハラしているところなんだけれど、、。)

そうちゃんが次男からオモチャを取り上げることは、長女に対しての”嫌がらせ”とは異なる。

次男は、オモチャをとりあげられると「あ~ん!」と言って、プっとほほを膨らませ、機嫌をそこね、すねるので、その姿を見て楽しむのが、そうちゃんの目的。

それをみて、そうちゃんは、次男の「あ~ん!」という真似をしながらゲラゲラ笑い、目を細めて喜ぶ。

う~ん、これも、とてもまっとうな趣味とは思えないが。。。

 

が、これもジーッと観察してみると、最近は、次男もなかなか進化してきた様子。

次男がおもちゃで遊んでいる時、そうちゃんがニョーっと、ゆっくり現れる。

そして、”ヒッヒッヒッヒッ”と、にやけながら、そうちゃん、次男に近づく。

、、、と、その気配を感知した次男は、これ以上できないというくらいの冷めた、いじわるな顔つきで、そうちゃんを流し目でにらみつける。

、、、と、そうちゃんが、今、その狙ったおもちゃに手をかけようとしたその瞬間!

次男は、そのおもちゃを”ポイッ”とそうちゃんとは逆方向に放り投げるのだから驚いた!!

”そんなの、べつに、ほしかないさ~。 くれてやら~!”と言わんばかりに。。

う~ん、なんだかいびつな人間模様。。。

 

かつて、私が子供だった頃、動物園のチンパンジーが好きで、オリの中のチンパンジーたちを、ジーッと観察していた時があったけれど、近頃の三人衆は、あの頃見たチンパンジーたちに似ている。。。

 

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いづみさん・うららさん・haruさん・ちはる2号さん・ぱるさん・oxxsanさん・よぴさん・naoさん・sa-yu-riママさん・ちえさん・こころさん・ういちんさん・桃の木さん・みほさん、コメントをどうもありがとうございました!!

うららさんのお嬢さんも、ちはる2号さんの甥っ子ちゃんも、よぴさんのそうちゃんも、ういちんさんのお嬢さんも、ギュギュギューっと抱きしめたい気持ちでいっぱいになりました。。

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そうちゃんの古着 ~その7(完)

前回ブログのつづき

 

保育園に入園する1週間ほど前に、「一度、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)の事を聞いておきたいので、保育園に来てください。」という電話が保育園からあった。

まだ歩けないそうちゃんをベビーカーに乗せ、家のすぐ裏にある保育園へ向かった。

保育園へ足をむけるのは、これが初めてだった。

 

着くと、今、ちょうどお昼寝の時間なのか、園庭に子供の姿はなく静まり返っていて、私が門をあける”ギーッ”という音が響き渡った。

”4月から、ここで、そうちゃんは、元気いっぱいのお友達と週に3日、すごすことになるんだなあ、、、。”

そう思うと、園庭を歩きながら、これからの私とそうちゃんの新しい生活に、期待の気持ちと、なんだかちょっと心細いような気持ちが入りまじり、ズズッズズッという私の足音だけが妙に響いた。

 

保育園の建物に入ってすぐ右に、今日、招かれた”園長室”はあった。

私は、園長室の前で、ひとつ深呼吸をしてから、ガラガラガラーっとドアを開けた。

そこには、園長先生がイスに座っていらした。

「はじめまして。」と私が挨拶すると、園長先生も、立ち上がり、「私が園長をしております○○です。」と言って、私のところへサササーッと、かけてこられた。

そして、園長先生は、私の目をまっすぐに見ながら、「お母さん。。 今日まで一人で、よく頑張りました!」。

私は、こんな言葉を突然かけれらたことに驚いて、突っ立っていると、園長先生は、「書類は拝見しています。

 おばあちゃんもおじいちゃんも遠方にいらっしゃって、今までは助けてもらうこともなかなかできなかったでしょう。 

子育てっていうものは、誰もが大変です。

健康な子供だって子育ては大変です。

でも、障害のあるお子さんを、おばあちゃんたちの助けをかりずに育てるって事は、どんなにか大変なことでしょう。

それなのに、本当に、よくここまでがんばりましたね。

もうね、あとはね、大船に乗った気持ちで、私たちにまかせてください。

最初は、どういう風に対処したらいいか迷うこともあると思うから、その都度お母さんにお聞きすることになるけれど、心配しないで。

私たちプロに、これからはまかせて!!」。

 

私は、園長先生の言葉を聞いた時、体の中からスーッと力が抜けていく気持ちがした。

そして、涙がポロポロポロっとでた。

それから、クラスの担任の先生と、そうちゃん専属の介護の先生もまじえて、そうちゃんの障害のこと・そうちゃんが好きなこと・療育園での生活などについて、お話した。

園長先生は、ゆっくりと話を聞いてくださり、「数年前になるけれど、この保育園にも障害のある子供が通っていました。その子も最初は歩けなかったけれど、元気なお友達に刺激されて、途中で、歩けるようになりましたよ。

 そうちゃんも、お友達からいっぱいいっぱいいい刺激をうけて、どんどん伸びていくと思いますよ。」。

「そうちゃんがこの保育園に来てくれるっていうことは、そうちゃんだけでなく、他の子供たちにもいい刺激になります。

そうちゃんも子供たちも、みんなで成長していくんですよ。」

で、最後に、なんだかご機嫌にニコニコと愛想をふりまいているそうちゃんをのぞき込んで、「はーっ、、、! この笑顔(笑)!! これは、お母さん、この子は園の人気者になりますよ~!」とまで言ってくださった。

 

素晴らしい保育園だった。

たった3ヶ月の間しか通うことはできなかったけれど。。

そう、ダンナさんの転勤でその地をはなれることになってしまい、結局、通園できたのは4月から6月までの、たった3ヶ月。

けれど、私にとってもそうちゃんにとっても、貴重な貴重な、思い出深い3ヶ月だった。

今も、私の「思い出のアルバム」の中には、保育園に通った頃のワンシーンワンシーンが、よみがえってくる。

 

その昔、私がそうちゃんを連れて、ダンナさんの実家へ帰るたびに、よく義母は、「ちはる(私のこと)さん。 遠いからなにも手伝ってあげられなくてごめんねー。。 でも、なにかあったら、私は、いつでも飛行機に乗って飛んで行くけん、いつでも、本当にいつでも、遠慮なく言ってよ~!!」と言っていた。

そして、帰り、駅まで見送りに来てくれる義母は、最期、私と別れる時、必ず、こう言った。

「ちはるさん、そうちゃんを育ててくれてありがとう。 

本当に、ありがたいと思って、、、感謝してます。

大変だろうけど、そうちゃんのこと、どうぞよろしくお願いします。」。

そして、深々と、これ以上腰が曲がらないくらいに腰をおった。

 

この義母の言葉に象徴されるような”家族の思い”が、いつも私を後押ししてくれた。

そして、その延長線上に、”いろんな出会い”があった気がしてならない。。

おしまい

 

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P.S.

いづみさん・ぱるさん・haruさん・みほさん・hideままさん、コメントをどうもありがとうございました!!

そして、長い間、おつきあいいただき、ありがとうございましたっ!

お茶くらいださなくちゃいけないところを、、、失礼しております(笑)。。

この”そうちゃんの古着”を書いている間、次男が風邪でダウン。

40度を越える熱を連日だし、驚かせてくれました。

ホッとしたのもつかのま、今度はダンナさんに、しっかりバトンは渡されております。。

せめて、、、せめて、私にはうつらないよう祈りながら、今日は、ホットココアでものんで、寝ることにします。。

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そうちゃんの古着 ~その6

前回ブログのつづき

                                                              

そうちゃんが入園することになったのは、申込書の第一希望の欄に書いた、(申し込む前に一度電話した)家から歩いて5分の保育園。

エレクトーンのレッスンのために家に来てくれる子供は、初めは、二人だった。

はじめは、”そうちゃんのお昼寝の時間”をあてれば、よかったけれど、一人、また一人と、子供がふえるにつれ、そうちゃんはどうしても、途中起きてしまうように、、、。

なので、もうちょっと、落ち着いてレッスンできる環境をつくって、自分の世界を広げられたら、、、というのが、「保育園、、、だっ!!」と思った(保育園に申し込んだ)一つの理由。

                                                              

でも、理由は、それだけではなかった。

その頃、私は、そうちゃんのゆっくりとした成長をみるにつけ、そして、療育園に通っているという現実から、”そうちゃんに障害があること”をゆっくりと受け入れはじめているところだった。

”発達が遅い”という事実は、もっともっと前から認めざるをえなかったけれど、フシギと、いつもどこかで、”もしかしたら、奇跡が起きて、気づいたら、他の元気な子供に追いついていた、、、なんてこともあるかもしれない。。”という希望を抱いていたものだった。

ただ、もう、その頃には、そんなかすかな希望をも払いのけなければならない段階にきており、自分の心と向き合って、本当の意味で”障害がある”ということを受け入れはじめているところだった。

                                                              

そうちゃんに障害があることは、早くから、同じマンションの人や、いつも行くクリーニング屋さんのおばさんや、近所の八百屋さんや薬局のおばさんや、家に来てくれていた子供たちやお母さんたちには、言っていた。

けれど、いつも行っている美容院の担当の人や、通りがかりに、たまたまそうちゃんに声かけてくれた人となると微妙で、”まっ、ここは私のリラックスタイムを楽しむところなんだから、子供の事は聞かれるまで言わなくてもいっか、、、。”とか、”まっ、、、説明すると長くなるし、、、。”とか思って、自分の中で、うやむやにしていた。

最初は、”これでいいのだ。 いたずらに傷つくことは、今の私には、何のためにもならないんだから。。”と思っていた私だったけれど、だんだんと時がすぎ、そうちゃんも大きくなっていくにつれ、”果たして、、、こんなことでいいのだろうか”という思いに変わっていった。

そして、なんだか、どっちつかずの、あともう一歩ふみ切れない自分に、ジリジリしていた時だった。

                                                              

そんな時、市政だよりの”保育園児募集”の記事を目にしたのだった。

私は、その時、ここらで、ポーンと自分を大海原に放り出してしまった方がいいんじゃないか、という気持ちになった。

保育園には健康なお友達ばかり。

最初は、そのお友達の中に、ポツンと一人、障害のあるそうちゃんがいるのだから、きっと、ものすごく、悲しい気持ちにもなるだろうし、つらい気持ちにもなるだろう。

けれど、そうでもしなければ、私はずっと、こんな宙ぶらりんの気持ちでいるような気がして、そっちの方が、”もううんざりだ”という気持ちだったのだと思う。

保育園デビューは、”そうちゃんには障害があります”ということをみんなに知ってもらう、そして、何より、私自身が、覚悟をきめて、受け入れられるようになる絶好の機会だと思った。

                                                             

ただ、そうちゃんが保育園に入園できるなんてことは、思ってもみなかったので、入園通知が届いた時には、本当にびっくりした。

私が、保育園に入園できる事を家族に知らせると、家族も、それまで、「ちはる(私のこと)ちゃん。 話をきくかぎりじゃ、とてもとても無理そうねー。。」と、入園できるなんて、ちょっとも期待していなかったので、「こんなことってあるんだね~!!」と言いながら、キャーキャー喜んだ。

(いろいろとバランスを考えた結果、私は、療育園へは週に2日・保育園へは週3日通うことに決めた。)

                                                              

母・よしこは、保育園へ行くことに、「保育園のお月謝も払うことになるから、これから大変ね~。 

でもね、ちはるちゃん、時間はお金で買うものよ。 

そんなチャンスは、ないわよ。

 そうちゃんと離れてすごす時間が、ちはるには、絶対に必要だと思ってたわ。 

なんて素晴らしいことでしょう!」と言って、電話口でワンワン泣いていた。

姉も、「いや~、先生がそうちゃん一人のためについてくれるなんて信じられない!

 保育園に行けるなんて、ありがたいねー。 すごいよね~、すごい!! 

そうちゃんは、そうちゃん。 ちはるちゃんは、ちはるちゃんなんだからね。 

ちはるちゃん、エレクトーン、がんばってね!」とエールをおくってくれた。

ダンナさんは、「俺は、ちはるちゃんの好きなようにする事が、一番いいと思う。

 そうちゃんにとっても貴重な経験になるから、ぜひ保育園に通わせよう。」と言った。

で、ただ一人、父だけが、「そうちゃんは、今、ニコニコ笑顔で天真爛漫にまっすぐ育っているのに、保育園に行って、いじめにでもあって、せっかくそうちゃんがもっている、いいものを崩すことにはならないか、、、。

 パパは、そうちゃんが保育園に行く事は、手放しで賛成という気持ちにはなれない。」と、言った。

                                                              

でも、、、。

「パパって、意外と暗いよね~。」。

父の意見は、私たち女三人組(よしこ・姉・私)に軽くかわされ、賛成大多数、そうちゃん、保育園へ入園することに決定!

私に迷いはなかった。

だって、こんなチャンス、二度とないんだもの!!

次回へつづく

                                                              

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P.S.

haruさん・コパンさん・ciao!さん・sa-yu-riママさん・みほさん・レミさん・oxxsanさん・いづみさん・ちえさん、コメントをありがとうございます!!

そうちゃんのこの辺の話は、仲のよい友人でさえ、話す機会も時間も(会えば、ほとんどお互い”近況報告”でおわる感じで、、、。)なかった話です。

なので、私のブログを読んでくださり、コメントをいただくことは、とてもフシギな気持ちでもあり、そして、本当にうれしいです。

いづみさん。。弟さんの事を”親ではないので深刻な悩みもない”と言いきれる”いづみさん”に育ててくださったお母様って、すごいなあ、、、と思います。

私も、そんな風に、のびやかに(自分は自分の道を歩いていけるように)、長女と次男が育ってくれたら、、、と思っているんです。。

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