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そうちゃんの古着 ~その3

入園した療育園の、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)のクラスには、たくさんのお友達がいた。

みんな、生まれてからまだ1年か2年の、小さいお友達だった。

そうちゃんのように、もともと障害をもって生まれてきた子供もいれば、途中まで健康だったのだけれど、はしかになったのが原因で障害をもった子供もいた。

そして、中には、心臓の病気がもとで、亡くなったお友達もいた。

それぞれに障害はちがったけれど、みんな、小さい体に、たくさんの不自由をかかえ、そして、一生懸命生きていた。

 

はじめてクラスで顔合わせした日、私は、びっくりした。

「なんて、たくさんの病気があるんだろう。」。

私は、そうちゃんが生まれるまで、”赤ちゃんは、みんな元気!!”とばかり思っていた。

思えば、私が唯一、障害のある友達として思い出せるのは、小学校の時、2年間いっしょのクラスだった、ゆかりちゃん。

軽い知的障害のある、目のぱっちりしたかわいい女の子だった。

でも、私がその小学校を転校してからは、障害のあるお友達とすごす機会はなくなってしまった。

私は、そうちゃんのクラスのお友達を目の前にした時、”私の身近にいなかった”という理由だけで、病気をもって生まれ、それでも一生懸命がんばっている子供(人)が、こんなにたくさんいることを、それまで気にとめることのなかった自分にハッとし、そして、唖然とした。

 

そして、そこには、障害をもつ子供の数だけ、障害のある子供をもったお母さんたちがいた。

これまた、私の身近に、障害のある子供をもったお母さんはいなかったので、私は、そこで初めて、そうちゃんが生まれてからのことをツラツラと話せる友達に出会った。

”大変な思いをしているのは自分だけじゃなかったんだあ、、、。”と思えたことは、本当に心強かった。

 

ある冬の寒い日、クラスに「おはよー!」と言って入ってきたお母さんが言った。

(そのお母さんの子供は、口からは栄養がとれず、鼻にチューブを通し、そこから栄養をとっていた。)

「あー、もー、ドキドキした~!! ここに来るまで、私、何回、車を停めて子供の顔をのぞきこんだか!」。

ニコニコしながら言うので、私は、「どうしたの?」と、軽い気持ちで聞いた。

聞けば、子供が風邪をひいていて、顔色も悪く、呼吸があまりにも静かだったので、”子供が息をしていないんじゃないか”と思ったのだという。

けれど、それは、決して大げさに言っているのではなかった。

そのお友達(子供)は、実際、心臓も悪く、風邪をひけばすぐに入院となるほど、そして、風邪すら命取りになるほど、体の弱いお友達だった。

 

私は、一瞬、言葉に詰まった。

長いこと、ずっと自分のお腹にいて、やっと生まれた赤ちゃん。

多くのお母さんが、子供の成長に目を細めながら過ごしているこの時期に、”自分の子供が息をしているかどうか”なんて、そんな当たり前のことを心配している母親がここにいる。

なんて残酷なことだろう。

でも、これが、このお母さんの日常だった。。

 

週二日通った療育園では、障害をもった子供たちの成長をすこしでもうながすため、リハビリがあったり、絵本読みがあったり、音楽にあわせて体を動かしたり、、、教室には先生たちの手作りの教材がいっぱいあった。

でも、入園した時、そうちゃんはまだ1歳だったので、せっかく連れて行っても、”さあ、これから療育の時間です!”という時には、いつも静かな寝息をたてて、zzz・・・。

部屋の隅に敷いているお布団で夢の中。

で、たまに起きていたとしても、障害のためか興味に乏しく、なかなかみんなと一緒に楽しむことができなかった。

なので、そうちゃんにかわって絵本読みをきくのも、工作をするのも、音楽にあわせて踊るのも、いつも私だった。

けれど、これが何やらとっても楽しかった。

私は無心に踊り、歌い、すっかり童心にかえったひと時をすごした。

 

そして、もうひとつ、楽しみだったのが、園の給食。

給食というと、”栄養”が重視されるあまり、どうしても、お味の方は、、、というイメージが強いのだけれど、ここでの食事は、彩りもきれいで美味しく、そこには愛情がたっぷり注がれていた。

(給食は、ニコニコ笑顔のおじさんとおばさんが作ってくれていた。

玄関の横に給食室はあったが、いつも朝、通園すると、「そうちゃーん、おはよー!」と声をかけてくれた。

そのあたたかい言葉とともに、給食室からは、いつも、おじさんとおばさんの手元から”トントントントン トントントントン”という野菜を切る音が聞こえてきた。

私は、その音を聞くと、なんともいえないホッとした気持ちにつつまれたものだ。

いつもその、”トントントントン”という心地よい響きとともに、私とそうちゃんの療育園での一日は、はじまった。)

 

トレイには、フタつきのごはん茶碗とフタつきのスープ椀、そしておかずをのせるかわいいお皿たち。

トレイの上には、給食だと言うのに、ポタージュスープやババロアやビーフシチューや、、、レストランで食べるような、オシャレで美しい盛り付けの食事がならんでいた。

私は、その食事に、そのおじさんとおばさんの、子供たちへの並々ならぬ愛情を感じ、いつも癒された。

 

で、そんな魅力的な給食だったので、私は、いつも、ひそかに、”今日、そうちゃん、このまま寝ててくれればいいのに。。 そしたら今日こそ、全部、私が、そうちゃんの給食食べちゃおう。。。”と、たくらんでいた。

が、それは、残念なことに、一度も叶うことはなかった。

そうちゃんは、絵本や手遊び歌などには何の興味ももてない中、どうやら、この給食だけを楽しみに通っていたようで(?)、給食の時間間近になると、必ず、”アーン アーン”と決まって泣き、目を覚ました。

これには、私も、フシギでフシギで仕方なかった。

 

ちなみに、そうちゃんは、クラス一の大食いだった。

おかわりをしてもしても、まだ足りないらしく、食事の後、”ごちそうさま”をしても、”まだまだ食べたい”とひっくり返って泣いていたっけ。

そういうわけで、そうちゃんは給食を残すということがなかったので、そうちゃんのトレイから、私は、いつも、ネズミがなめるほどの、ほんのひと口しか給食をちょうだいすることができなかった。。

次回へつづく

 

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P.S.

コメントをありがとうございました!!

みほさん。。はじめまして。三人姉妹、、、憧れます。

みほさん、参考までに、前回、私のブログを読んだ母・よしこは、「ねー、私、そんないいこと、言ったかしら~?!」と言っておりました(笑)。。

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そうちゃん」カテゴリの記事

コメント

ちはるさんの日記読ませてもぅて、なんか自分の子も
「奇跡的に、元気に生まれてきたんや。」て、漠然と思いました。

ちはるさんが大切にとっといた服を、そうちゃんの兄弟がまた着てる・・・。
なんか、そこにすごく愛情を感じます。

投稿: ある。 | 2006年11月24日 (金) 23時52分

ちはるさん先日は書き込みありがとうございました!
めちゃくちゃ嬉しかったです~!!
お笑い日記の更新楽しみにして毎日覗いている私です。
3人のお子様の子育ては大変だと思います。。。
脱帽です!
これからもわずかな時間を見つけて更新してくださいね~
(プレッシャーかけちゃった?)

投稿: acane | 2006年11月25日 (土) 10時05分

こんにちは。私は障害をもった子供たちもたくさん通ってくる病院でリハビリの仕事をしています。ちはるさん不安だったみたいに、通い始めたばかりの子供さんのそばには、お母さんが涙ぐんでいたり、お父さんやおばあちゃんが緊張しながらじっと後ろで見学していたりする・・・。そんな場面がよくあります。でも、母は強し!何ヵ月後かには、泣いてたお母さんも笑顔でリハビリに参加したり、ここでお友達をみつけて親しくしたり。。。そんなお母さんたちと接していると、たくましい!素敵だ!お母さん万歳~!!ってなるんですよ(涙)!

投稿: みほ | 2006年11月25日 (土) 14時01分

ちはるさん、お久しぶりです。
いつぞやは、お返事ありがとうございました。
とてもうれしかったです♪
私も今回のブログは、かなりグッときてしまいました(>-<)
がんばっている子供の分だけ、がんばっているお母さんが
たくさんいるんですね。
うちだけじゃないんだなって・・・
それどころか、もっともっと大変な思いをしているのに
がんばっている人がたくさんいるんですよね。
何だか忘れていたことや、自分の中に封印していたこと、
周りに助けられていたことを思い出しました。
私も一人目の時に健康に産んであげられなかったこと、
片道2時間半かかる大学病院に何度も検査で通っていたこと、
小さな体に全身麻酔でレーザー治療を何度もしたこと、
妊娠7ヶ月(二人目)でお腹から出さなくてはいけなくなったこと、
子供が産まれたのに、何ヶ月も側にいないこと、
NICUに通っていた事などなど・・・
また、子供に励まされた事もありました。
『僕は1000人に一人の病気だけど、他は健康だから
僕はやっぱりラッキーなんだよ。すごいラッキーな子だね。』って。
ググッときて泣けちゃいました。
こんなに小さくてもこんなこと言ってくれるんだって・・・
普通に生まれてれば、こんなに痛い思いもしなくてすんだのに、
こんな風に思ってくれるなんて・・・って。
幼稚園の時に治療で10日ほど休んだ時のこと、
久しぶりに行った時に、同じクラスの子達が事情を聞いて
『がんばったね!大変だったね!』って
ぎゅうーって抱きしめて、キスしてくれてました。
(ちなみにみんな男の子でしたが・・・)
まだ、小さくてわからないはずなのに『きっとがんばったんだ!』
ってことがわかったんでしょうね。すいごなって感動しました。
“赤ちゃんはみんな元気!!”私もずーーっとそうだと思ってました。
健康で生まれてくることが当たり前だと思ってたんですね。
でも、そうではないんだなと子供を二人産んでよくわかりました。
“普通”に産まれ、“普通”に育つこと、
“当たり前”と思っていたことを 現実に受け入れることの
難しさが・・・
でも、そんな時にいつも周りに助けられてるなって。。。
今では元気に育っている二人を見ると、
ついつい忘れちゃうんですけどね。
前のブログを読んだ時に思ったのですが、
もしかしたら、そうちゃんが入院していた大学病院と
うちの子が通っていた病院は同じだったかも・・・
あの時、すれ違ったりしてたのかなとか
勝手に想像してます。(ゴメンナサイ)
長くなっちゃてごめんなさい。


投稿: レミ | 2006年11月25日 (土) 14時18分

お久しぶりにこちらに遊びに来ることができました!
障がいをもつ子供の数だけ、その親がいる・・・それぞれが支えあって励ましあって子供たちと一緒にみんなで成長していく。
病院でそんな風景をずっと見ていました。
そして私ももちろんその一人。ちはるさんもお会いしたことはないのに、ブログで私を励ましてくれる大事な人。
今日もここに来れてよかった。

投稿: こころ | 2006年11月25日 (土) 16時21分

障害のある友人
勤務先の会社の別な事業所だけど障害者雇用枠でMちゃんが
入社したのは9年位前・・・
彼女は小人症というのでしょうか、大人の顔に小学生より低い
身長、見慣れないうちは、たまに何かで一緒になると視線を
どこにおけばいいか悩んだ・・・
ある日、帰り道彼女らしき人が歩いてるのを見た、で、電話で
(Mちゃんのこと昨日見かけたかも?)って話してみた・・・
答えは(絶対それ私、見てくれたんですよー、私のこと
見間違えるわけないんだから、次は声かけてくださいよ)
正直びっくり、そして9歳年下の彼女の気持ちの大きさに自分が
恥ずかしくなった。
それから月日は流れ・・・
いろんな話を交わすようになったのは彼女が結婚退職した
4年前から・・・もっぱらメールで・・・なぜかすごく深い話を
話せるかけがえのない友人になった。
(でも不思議だね、こんな風になるなんて)ある日のメールでの
問いかけに私は上のやり取り以来、年下だけどあなたに
教わったんだと思っていると返信した。
それまでのやり取りで垣間見れる彼女のご両親のこと、おじいさんやおばあさんのこと弟君のこと・・・そんな家族が今のMちゃんを作ったことも加えて・・・
お会いしたことはないけど彼女の母は私の中でなんとなく
ちはるさんとダブルのです。
お姉さんが(り香さん)が著作の中で、そうちゃんはちはるちゃんたちのところを選んで生まれてきたってこと書かれているけど
本当そうだと思う。
Mちゃんも絶対に。障害は無いに越したことはないだろう、
これは奇麗事ではなく・・・
でも、周りの心の持ちよう、育てようでたぶん人は成り立つんではないのかな・・・と、今しみじみと思う。
Mちゃんは今や、中学2年生の母として悩む私に心強い
アドバイスまでくれる・・・彼女を正視できなかった私・・・
今はたまに会えるときにはガッツラ凝視しております(笑)
長くなってすみません。
今回もいいお話をありがとうございます、続きも楽しみ♪

投稿: さとみ | 2006年11月25日 (土) 22時48分

ちはるさん、こんにちは。
今回の記事が全部終わったら、感想を書こうと思いつつ、途中で書いてしまいます。
そうちゃんが産まれてからの、様々な葛藤や喜びが手にとるように伝わってきて、涙がでました。
後ろからそっと背中を押すお母様の様子や、そうちゃんのお下がりを着ている妹さんたちを見つめるちはるさんを思うと、目の奥がつーんとしてきます。
障害を持つ子供を「福子」と呼んで大切にする風習が昔のある地域にはあったそうです。そうちゃんは、本当に福子なんじゃないかな、と感じました。周りの人に色んなことを気づかせてくれて、生きることの大切さを教えてくれて、遠く離れた私のことも幸せにしてくれるそうちゃん。
ちはるさんの記事同様、皆さんのコメントにもとてもじーんとしました。
次回の記事、楽しみにしています。

投稿: ぱる | 2006年11月26日 (日) 11時18分

こんにちわ!またまた涙涙で読みました。障害のある子供たち、大人の方たち、そのご家族、を、意外と日常で交わることなく、過ごしていく方々も多いと思います。でも、身近な存在になったとき、自分の世界がぐぐぐぐっと広がって、価値観が大きく変化したりして、びっくりするぐらい人生が豊かになる、と、私は思います。
もちろん一筋縄ではいかない、きれいごとではすまないこともたくさんあると思いますが。
ちはるさんの文章には、いつも癒されます。目指せ、東京タワー!ですね!

投稿: ままくま | 2006年11月27日 (月) 12時12分

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