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そうちゃんの古着 ~その2

前回ブログのつづき

 

”思い出のアルバム”(1番)のメロディーにのって、”嬉しかったこと 面白かったこと いつになっても 忘れない~”と、軽やかに歌ってみたいものだけれど、残念ながら、そうはいかない。

歌にするならば、私の場合、”1番”は、まずは、”つらかった事 悲しかった事 いつになっても 忘れない~。”から、はじめたい。

 

この服(次男・1歳が、寝る前まで着ていたブルーのベスト)を着ていた時、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)は、”療育園”に通っていた。

療育園というのは、障害をもった子供たちの行く幼稚園のようなもの。

そこに、そうちゃんは、1歳になってすぐの4月に入園した。

週に2日、電車とタクシーに乗り継いで、そうちゃんと通った。

(その頃、私は、立派なペーパードライバーだったので。。)

障害をもつ子供が通う療育園も、地域によって形態(療育をはじめる年齢や、母子そろって通うのか、子供だけ預けるのか、、、などなど。)はさまざま。

そうちゃんが最初に通った療育園は、”母子通園”だった。

(お母さんと子供が一緒に通うもの。)

 

そうちゃんは月に1回、大学病院で診察してもらっていたのだけれど、その病院の先生から療育園を紹介してもらった。

その療育園には、小児科と歯科も併設してあって、入園する前に、まずは、小児科の先生に診察してもらうことになっていた。

1歳を迎える前のそうちゃんを連れて、ある日、その診察と園の見学に、初めてそこを訪ねることになった。

そうちゃんに障害があるといわれた時もショックだったけれど、そうちゃんが、保育園でも幼稚園でもない、療育園に通わなければならないということも、同じくらいショックだった。

療育園に通うことは、すなわち、そうちゃんに障害があるということを、いやがおうでも受け入れなければならないことだった。

 

あの日、ベビーカーをカラカラカラカラと押して、初めて療育園の門をくぐった日のことは、今でも忘れられない。

重い足取りで、”とうとう来るべき時が来た”という感じで、地図を片手に園のある方へ向かった。

だんだんと見えてくるコンクリートの建物。

これから、ここに、そうちゃんと二人で通うことになるのかと思うと、悲しい、やりきれない気持ちで私の心はよどんだ。

やっとの思いで門のところまでたどりつき、ふと見ると、そこには、”○○療育園”と書いてある表札がかかっていた。

その、”療育園”という、冷たい無機質な文字を見たとき、それまでガマンしていたものがあふれて、胸がギューッとなり、文字が涙でよがんで見えなくなった。

私は、門の前で思わず立ち止まった。

なんだか、このまま逆走して、そうちゃんといっしょに家に帰ってしまいたい気持ちでいっぱいになった。

 

その時、「ほら、、、。 さあ、しっかりして。」。

そう言って、母・よしこが、私の背中をポンと押した。

こういう時は、いつもそうだった。

いつも、私の傍らには、よしこがいた。

こういう日は、よしこが、はるばる飛行機にのって、必ずやって来た。

旅行へ行ったり、買い物に行ったり、遊びに行ったり、、、そういう楽しい事のある日に一緒に行ってくれる人は多いけれど、よしこは、あえて、”つらい思いをするであろう日”に、自ら率先して、やって来た。

 

よしこがつらい思いをするのを見るのは、私だってつらいから、「ママ、いいよ、来なくても。」と言うのだけれど、「ううん、ママも一緒に行くわ。 ママも行って、どんなところか見ておくわ。」と言った。

当時、「ちはる(私のこと)がどんな思いでいるかと思うと、じっと家になんかいられないわ。」というのが、よしこの口ぐせだった。。

次回へつづく

 

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コメントをどうもありがとうございます!!

ういちんさん。。はじめまして。コメントをよせていただき、うれしかったです。

本当に、、、スゴイ確率です。。

そろそろ年末ジャンボ宝くじ発売の季節です。

「そうちゃんが当たったくらいやけん、うちは何が当たるかわからんよ~。」と、宝くじを買いに行くダンナさんは、いつもかなりの気合です。。

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そうちゃん」カテゴリの記事

コメント

そっかあ~そうだったんですね・・・そうちゃんとの養育園への第一歩・・・ちはるさんの思いがとても伝わりました・・・・。
けれど・・・・・母ってありがたいし、偉大ですよね~~私もそんな・・母になりたい・・・!!
コメントありがとうございます!いつもうれしくて感激してます・・・。

投稿: haru | 2006年11月22日 (水) 15時26分

はじめまして。いつも楽しみに読んでます。私は三人姉妹なのでちはるさんやり香さんのお話を読んでは、自分の子供時代を思い出したり、子育てのもやもやがすっきりしたり・・・。今回のは特にぐっと来るものがありました。3歳の息子が、生後一週間目にNICUに入院することになった時、受付の文字が涙で見えなかったことを思い出しました。それに、お母様の言葉にも胸ジーンと・・・。辛いときこそ側にいる、そんな人に私もなろう!続き楽しみに待ってまーっす。

投稿: みほ | 2006年11月22日 (水) 17時20分

二度目書き込みです。以前こちらに別のあかねさんが書き込みされていましたので今回からacaneで書き込みします。「ちはるさん今回PSが長いです」とツッコミさせてもらったほうの私です。(しつこい?)
私の子供もファイファー症という重ーい、障害があります。ジャンボ宝くじの発売時は毎回「ファイファーが当たったんだ宝くじも当たるわ!」と気合をいれながら購入していますよ。
私と旦那様とはライバルになりますね(笑)

投稿: acane | 2006年11月22日 (水) 18時00分

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