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2006年10月

食卓の風景 ~金曜日

私の家では、食事中はテレビを消すことになっているのですが、金曜日だけは別です。

金曜日・18時からある「BSどーもくん」。

この番組は、子供たち三人そろって大好き。

毎週、すごーく楽しみにしている事に加え、私にも、思いがけない副産物(いつもは味わうことのできない余裕のお食事タイム)が与えられる、、、という理由から、この日だけは、食事中テレビを見ていいことにしています。。

 

ではでは、金曜日のある日の食卓の様子を、実況でお伝えいたしましょう。

「どーもくん、もうすぐ始まるよ~! みんなー、ごはんよ~!」。

金曜日は、ヘルパー(私)のこのひと言からごはんの時間がやってきます。

三人衆(そうちゃん・長女・次男)、いっせいに丸テーブルに集まってきました。

今日のメニューはなんでしょうか?

今日は、パスタとスープの模様です。

野菜たっぷりのスープは、このヘルパーがつくったようであります。

おっと、どうしたんでしょうか、、、この夕食時の忙しい時に、意外にも、ヘルパー、今日は、”どーも、ありがと!”(どーもくんの歌)を歌いながら余裕の表情であります。

それもそのはず、、、あきれたことに、このヘルパー、ゆであがったパスタに市販のパスタソース(日清・青の洞窟・ボロネーゼ)をかけております。

”金曜日&パパが飲み会でごはんがいらないって言ったら、手抜きしかないでしょう!!”と言わんばかりに、ニヤリとした表情をしております。

 

さあさあ、テーブルにあつあつのパスタが運ばれてきました。

と、今、「どーもくん」のオープニング、テーマソングが流れてきました。

そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)は、思わず、「どーもー!! どーもー!!」と、早くも感極まった表情でおたけびをあげております。

長女(3歳)は、イスに座ったまま、手拍子しながら、身をのりだすようにして歌を一緒に口づさんでいます。

次男(1歳)も、「あー! あー!」と言いながら、体をピョコピョコ上下に揺らしながら、興奮しております。

三人衆、さっそくテレビにクギ付けです。

 

さっ、ここで、みんなでいっせいに、「いただきまーす!!」

、、、と、三人衆、これは珍しい!!

いつもなら、”いただきます”と同時に、みんなガツガツ食べはじめるところですが、なんと、今日は、テレビに目をうばわれ、フォークをもったまま、そのままフリーズ状態でありますっ!

”それっ 今のうち!”と言わんばかりに、ヘルパー、真っ先にパスタをほおばっております。

ヘルパーのフォークだけは、クルクルクルクルよく動いています。

ヘルパー、なにやら、モニョモニョ言っています。

「へたなお店で食べるより、美味しい~!! う~ん、なかなかよ~。 たまにはいいよね~。」を一人、連発しているようです。

手抜き夕食にもかかわらず、まったく悪びれた様子が感じられません。

どうやら、このパスタソースをいたく気にいっている様子であります。

三人衆のフォークも時おり動く気配はありますが、いつもの勢いはありません。

いつもだったら、もう、ここらへんで、超・早食いそうちゃんの「ママ、おかわりー!」の声が飛んでいるはずなんですが、、、。

 

そうちゃん、こんなに集中してテレビを見るのは、週のうち、この時間だけであります。

それにしても、相変わらず、そうちゃんのテーマは、”年齢”。

さっきから、とぎれることなく、「どーも 何歳?」 「たーちゃん 何歳?」 「うさじい 何歳?」と、目にはいるすべてのキャラクターの歳が気になって仕方がない様子で、ヘルパーに尋ねています。

おっと、さっきから何度も何度もヘルパーが答えているにもかかわらず、何度でも何度でも繰り返し同じ質問を続けております。

これでは、ヘルパーもたまったもんじゃーありません。

、、、と、思いきや、このヘルパー、さっきから聞いていると、すべて、「10歳」。

誰でも彼でも、何の根拠もなく、「10歳。」ですませております。

かなり、いいかげんな性格と思われます。

 

おっと、ヘルパー、早くも、一人、”ごちそうさま”をしています。

もう、食べ終わったのでしょうか。

一人、立ち上がり、パソコンにむかいました。

おっと、ブログのコメントを読んで、うれしそうにニヤニヤしております。

 

、、、、と、ここで、次男の「ジャー!」という声が!

ヘルパー、サッと振り向き、”やられた~!!”という顔をしております。

この次男、何の予告もなく、突如、「ジャー!」。

で、そのかけ声と同時に、スープのはいったお椀をさかさまにして、テーブルの上に、わざとこぼした模様。

サーッ ポタポタポタポタ、、、という音とともに、イスの下に敷いているレジャーシートにもスープが流れおちていっております。

これは最近、次男のマイブームらしいです。

とんだ”マイブーム”あります!

度重なる”ジャー!”の経験から、このヘルパー、”ジャー!する瞬間”をみはからって、瞬時にお椀をさしおさえる、、、という、かなりの瞬発力と予知能力をもとめられる技を最近身につけつつありますが、今日のところは、ヘルパーが目をはなした”スキ”をねらった次男の勝利となったようであります。

 

悪事をはたらいた次男に向かって、長女は、間髪いれずに、「悪い子ね~!!」と大人びた口調で言っております。

「赤ちゃんの時、こんなことしよらんかったよー! ちゃんと、食べよったよー!」と、しきりにヘルパーにアピールしております。

 

あとどのくらいたったらこの家の食卓に落ち着きと平和が訪れるのでしょうか。。

どちらにしても、せめて週一回、ヘルパーが落ち着いて食べられるようにしてあげるためには、もうしばらく、「どーもくん」に頼らざるを得ないようであります!!

 

P.S.

うちでは、そうちゃんが小さい時から、吸盤のついたエプロンを愛用しています。

防水加工してあるので、水分もエプロンがしっかりキャッチ!

テーブルに吸盤をぺッタンコするので、食べこぼしもしっかりキャッチ!

すぐれものです。

(ネットで購入できます。

株式会社 細井商店の”ごはんよ”というエプロンです。)

 

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男の子と女の子

この間、バスに乗った時のこと。

ふと、外を見たら、歩道を歩いている、超・ミニスカートの女性を目撃。

胸がガバッとあいたTシャツにミニスカート。

そして、7cmはあろうかと思われるピンヒール。

で、そんな格好をする歳は、おそらくは、ゆうに越えていると思われる女性だったので、「、、、、、。 わっ、勇気あるなあ。。」と思いながら、私は見ていた。

と、その瞬間、私の後ろの席に座っていた男の子(2~3歳くらい)が、大きな声で叫んだ。

「ママー! あのおばちゃん、かわいいね~!!」。

バスは、信号待ちのためエンジンをきっていたので、その声は、信じられないくらいバスいっぱいに響いた。

たぶん、私と同じ、左サイドに座っていた、あの女性を見ていた人ならみんな、”ビクン”と、一瞬、腰が浮いたと思う。

さらにおかしかったのは、男の子がそう言ったあと、隣にすわってたお母さんが、慌てて、「おばちゃ、、、おばちゃん、、、って、、、。 おっ、、お姉さんでしょ?!」と、間髪入れずに、これまたわざとらしく大きな声で”訂正”したところ。

私は、もう、笑いをおさえるので必死だった。

                                                            

それにしても、子供のアンテナは意外に鋭かったりする。

まずは、その男の子が、その女性を即座に、”おばちゃん”と見抜いた感性に舌を巻く。

まだまだ小さいのに、”みため”だけで左右されない独自のものさしを、すでにもっているんだもの。

男の子は、今、思ったことを、そのままパッと口にするところが、たまらなくかわいい!

                                                              

この間、姉が私の家に遊びに来たとき、部屋に入るなり姉は言った。

「ねー、、、。 ちはる(私のこと)ちゃん、このイス、なーに? なんか、ちはるちゃんの家は、”営業の終わったお店”みたいだね。。」。

そう、、、相変わらず、次男(1歳)は、イスがあると、それに「よいしょ。よいしょ。」とかけ声をかけながら、よじ登り、それを足場にさらなる高い所へ登ったりして、電話をさわったり、カウンターの上にあるものをさわったりしてイタズラする。

いちいち、「危ないよ~。」 「イスからおりて~。」 「それは、ダメ。」というのが面倒くさくなった私は、部屋中のイスというイスを全部寝かせた。

毎日のことだから、私はこの状態には慣れているのだけれど、慣れない人にとっては、”奇妙な風景”そのものらしい。

母・よしこも、私の家に来ると、「なーに、、、。 この家は、イスがみんなこんなだから、ゆっくり座るところがないのねー。 これじゃあ、落ち着かないわねー。」と、ひとこと言わずにはいられない。

(いえいえ、実際はその逆なんですよ。。

イスが起き上がった瞬間から、次男、イスをめがけて動き出すので、そっちのがよけい落ち着かないんです。

どうせ子供たちが起きている限り、ゆっくり座る暇はないし。。)

                                                           

姉の下の子供(女の子)は、次男とちょうど同じ時期に生まれたので、二人をみていると、”男の子と女の子の違い”がよくわかる。

次男は、なにかにつけ、目的をみつけては、そっちにまっしぐら。

チョロチョロチョロチョロとして、どうみても、ムダにエネルギーをつかっているようにしか思えないほど、体を動かし、体いっぱいで遊んでいる。

それに対し、姉の子供は、クマのぬいぐるみを抱きしめて、リビングの中央につったったまま、長い時間、ジーーーーッと、ただ立ちすくんでいることさえある。

(次男がこんな長い時間、ボーっとしている事は、ありえない。)

とにかく、姉のかたわらから離れずに、ストンといったん座ったら、手の届く範囲内で手を伸ばし、遊んでいる時間が長い。

そう、思えば、長女(3歳)もこんな感じだったなあ。。

                                                              

二人を見ていると、男の子と女の子は、まったく違う動物のように感じてならない。

考えてみれば、男の子は、こうやって、体をつかって、五感をフルにつかって、たまにイタイ思いをしながら、成長していく生き物なのかもしれない。

直感で動いているところが大きいと思う。

一方で、女の子は、きっと、男の子よりも、もともと頭がよくできているんだと思う。

「これは危ないことじゃないか、、、。」 「これは、どうだろうか、、、。」と常に、体を動かす前に、いったんじっくり考え、ムダにエネルギーをつかうことは極力避け、要領よく成長していく生き物のような気がする。

                                                              

昔、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)が、まだ歩けない頃、私の家にエレクトーンを習いにきてくれていた男の子たちはみんな、例外なく、そうちゃんを見るなり、迷わず聞いた。

「歩けないの?」 

「どうして歩けないの?」。

私が、”病気で歩けないのよ。”という事を言うと、それっきり、二度と”歩けない”ことについては聞かない。

「じゃあさ、○○はできるの?」

「○○は、できるんじゃない?」

そう言うと、サササッと、おもちゃ箱からおもちゃを持ってきて遊んでくれたり、体をさわったり、手をにぎったりしながら、興味津々、体全体でそうちゃんに向かっていった。

一方、女の子は、気をつかってからか、「どうして歩けないの?」と、私にストレートには聞くことはなかった。

でも、来るたびに、そうちゃんのことは気になる存在の様子。

だから、私から、”病気で歩けないのよ。”と説明するけれど、男の子ほどの「うそーっ!! こんなに大きいのに歩けないの?ぜんぜん? 一歩も?? えーっ!!」とかいうリアクションも、女の子にはなかった。

面白いのは、男の子は、一度”歩けない”と私が言ったら、それまでの先入観をすてて、即座にインプット。

次回からは、”そうちゃんは歩けない子供”としてみていたようだけれど、女の子は、レッスンにくるたびに”そろそろ歩けるようになったんじゃないか、、。”と思うのか、そうちゃんと遊ぶ代わりに、遠目にそうちゃんの様子を冷静にチェックしているようだった。

                                                            

あの時は、そうちゃんのとらえ方ひとつみても、男の子と女の子とでは、ぜんぜん違ったので、おもしろいなあ、、、と思った。

でも、最近、子育てを通して、「なーんだ。。 実は、男の子と女の子って、そもそも、ちがう種類の生き物だったんだあ。。。」と感じてからは、なんだかいろいろとナゾときができてきた気がする。。。

                                                             

P.S.

コメントをありがとうございました!

kokoroさん・naokoさん。。。今のうちに、ゆっくりかんで優雅に(?)ごはんを食べる時間を満喫してください! 私のぶんまで。。

ciao!さん。。。ホント、5人も子供がゾロゾロいたら、どんな感じでしょうね?!

sweetfortwoさん。。。三人目の赤ちゃん、待ち遠しいですね。 

私までなんだか楽しみです。。

                                                              

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三人兄弟<後編>

前回ブログのつづき

 

その昔、そうちゃんが幼稚園の頃、そうちゃんは、”とりのから揚げ”が大好きだった。

(今も好き。)

カリカリカリカリ、、、ものすごく美味しそうな音をたてて食べるそうちゃん。

当時、まだ、「おいしい!」と、言葉で言うことができなかったそうちゃんは、ニコニコ笑顔で、自分のほっぺをペンペン、、、ペンペン、、、と叩きながら、”ママ、おいしい!!”と、伝えてくれた。

で、そうちゃんがあんまり幸せそうな顔をするので、私は、たまに、「おいしいね~! おいしいね~!」と言いながら、涙がポロポロっ、、ポロポロポロポロっ。

”もし、この先、私が年老いて、そうちゃんと離れ離れに暮らさないといけなくなる日がやってきたら、最後の晩餐は、迷うことなく、から揚げにしよう。 から揚げをお皿いっぱいつみあげて、そうちゃんに食べさせてあげよう。”と思いながら。。。

なんて、おおげさなこと、、、と思う人もいるかもしれないけれど、私はマジにそう思って、感極まってオイオイと泣いたりしていた。

 

そうちゃんがテレビを見ている時、私はよく、”そうちゃんの背中は寂しそうだなあ、、、。”と思った。

「このままもし、兄弟をもたずに成長するとしたら、私は、ずーっと、この背中を見つづけないといけないのかあ、、、。」

そう感じると、胸がキュンとなった。

で、今思えば、こういう気持ちにどっぷりひたれたのは、子供が一人、そうちゃんだけだったからだろうと思う。

そうちゃんにだけ目をむけていればよかったので、時間に余裕があったからともいえる。

でも、あの頃は、体力的には楽だったけれど、精神的には、今よりずっと窮屈だった。

なにしろ、”そうちゃん次第”で、右にも左にも揺れ動くようなところがあった。

大人(私とダンナさん)二人に対して、子供一人なので、そうちゃんをゆっくりみることができた。

でも、ゆっくりみれるというのは、必ずしもいいことばかりではなく、それよりむしろ、みなくてもいいところまで目がいったりもするので、お互いに息詰まるところがあった。

そういう意味では、お互いに、”自由”がなかったのかもしれない。

 

これが、どっこい、子供三人となると、大人二人に対して、子供三人。

”マンツーマン”でついても、子供一人は、必ずあぶれる計算になる。

平日だったら、なおのこと、ダンナさんは全くアテにできないため、一対三。

こういう状況になった時点で、”しょせん、一人の人間ができることなんて限界があるんだ”、、、ということを、まずは確信。

本能のおもむくままに怒って泣いて甘えて要求して、、、。

そんな子供三人を前に、何度、「ターイム!!」と叫びたい瞬間が訪れたか数知れない。

でも、”タイム”なんてできるはずもなし、、、、。

そこでついに頭に浮かんだ言葉は、「もー、、、降参!!」。

子供三人になって、早い時点で、私は、もう降参することにした。

これからは、”最低限これだけは”というところだけに力を入れて、抜けるところは抜きまくろう~!

 

、、、そういう事になったとたん、すべてがとき放たれた。

”自由”がむこうからやってきた。

それからは、あれよあれよという間に、「やってらんね~!」 「ってやんで~!」 「へっへーんだっ、どーにでもなっちゃえ~!」と、ねじりハチマキでもした江戸っ子(ちなみに、江戸に住んだことがあるのは、たったの4年)のようになり、、、で、あとは精神的には、楽になる一方。

そもそも、子供なんて、親がコントロール(管理)できる存在じゃない、、、ということを体で感じた瞬間から、私は、今までにもまして、妙にのびのびした気持ちになった。

子供三人になって、一人一人をゆっくりみる時間は少なくなった。

でも、開き直りも大いに手伝って、なぜだか不思議と、子供一人一人のもつ持ち味をたくさん感じるようになり、今、”人間ウォッチング”するのが、とても面白い。

 

ちなみに、今じゃ、とりのから揚げを食べる時、涙なんてとんでもない。

そうちゃんが私のプレートにスプーンをのばし、「おかわり~。 おかわり~。」と言っても、「そうちゃん、もういっぱい食べたでしょ~?! ダ~メ、これ、ママのっ!!」。

たまに、テレビを見るそうちゃんの背中をみかけたとしても、悲しくなるなんてとんでもない。

「しめしめ、、、! どうぞ、このまま、ふりむきませんように!!」。

(ふりむいたとたん、そうちゃんは、ベラベラベラベラしゃべりはじめるので。)

 

P.S.

コメントをたくさん、ありがとうございました!!

ようこさん。。そんなミュージカル舞台だったら、平和的解決なんかより、ずっと楽しそうです!

さとみさん。。はじめまして。 さとみさんの”愛すべき父”という言葉が、すべてを物語っている気がしました。。

 

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三人兄弟<前編>

ふと思うと、小学校から歴代、私が仲のよかった友達は、”三人兄弟”が断トツに多かった。

私は、姉と二人姉妹だったので、”兄弟は二人”というのが、一番自然でしっくりくると思っていた。

だから、結婚して、もし子供が生まれることがあったら、”兄弟は二人”と漠然と思っていた。

 

でも、三人兄弟で育った私の友達は、みんな口をそろえて言った。

「子供は、三人はほしい。

だって、二人じゃ、なんか寂しそうだもん。 家の中がガランとしそう。」。

そう言う友達に、私はいつも、「私ね、姉と二人だったけど、寂しいと思ったことはないよ。

小さい頃、ケンカばかりしていた時なんて、”あー、一人っ子だったらどんなにのびのびして楽しいだろう。。”って、夢見た日もあるくらいだもん。」と言った。

すると、友達は、そろって、「そう? 私、兄弟がいないほうがいいって思ったことはないなあ。。。 

三人いたらケンカっていうケンカにならないし、、、。」と言う。

聞けば、三人兄弟も、もちろん、ケンカはするらしい。

けれど、だいたい、何かをきっかけに感情を激しくぶつけ合うのは、(その時どきで組み合わせは変わるものの)三人のうちの二人で、あとの残る一人は、必ず、”傍観者”的なニュートラルな立場の人となるらしい。

その、”ニュートラルな人”が、いつも、「、、、まっ、そんなことどーでもいいじゃない。」というような事を言い、もめている二人の間に入るので、だいたいそこで平和解決するらしいのだ。

 

私が結婚して、”子供三人”になったいきさつは、以前ブログ(バックナンバー8月:「長女もうすぐ3歳」)に書いたけれど、子供が三人生まれてみて”初めてわかったこと”は、意外と多い。

たとえば、”子宝母さん”(子供がたくさんいる大家族のドキュメンタリー)のテレビを見る時。

子供が二人(そうちゃんと長女)の時までは、”一日3回は洗濯機をまわす”と子宝母さんが言っているのを聞いては、「ひゃーっ!」。

部屋にあふれる洗濯物の山を見ては、「すごーいっ、、、。」。

ごはんの時間、いっせいに机につき、大皿料理を”われ先に!!”と、つまむ家族を見ては、「はーっ! あれじゃー、負けられない。 早く食べなきゃ!!」。

で、見終わった時には、”子宝母さんの健康”がまず気になり、そして、おそらくは、一日のうち、”自分の時間”というものをまったくもてないであろう子宝母さんを思うと、「わー、大変そう、、、。 

それにしても、どうしたら、あんなにたくさん次から次へと子供を産み育てる気持ちになれるんだろう。。」と、そっちの方にばかり気がむいた。

 

けれど、私自身が、子供三人(プラス・次男)になると一転、私のテレビの見方は、がぜん変わった。

「いや~、たくさんで食卓を囲んで、ワイワイ食べるのって、も~信じられないくらい楽しいんだろうな~!!」。

「楽しい事も大変なことも、色んな事をみんなで分け合って生活する大家族って、なーんか、いいな~! うらやましい!!」。

で、友達が、”兄弟二人だけじゃ、なんか淋しい。” ”子供は最低三人はほしい。”と言っていた気持ちが初めて、とてもよくわかるようになった。

子供二人の時は感じなかったけれど、子供三人になったとたん、子供たちは、”集団”となった。

すると、またたく間に、この集団のもつ、”ワイワイしたにぎやかさの魅力”に私は、とりつかれたのだった。

 

子供三人になった時、うちには、何かと手のかかるそうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)がいるので、その上、二人の子供も同時に育てる事は、大変だろうなあ、、、と思っていた。

で、実際、”そりゃーもー大変!!”な状況ではあるのだけれど、”体力的にはキツイけれど、思いがけず、精神的には、グッと楽になった”というのが、私の感想。

これは、私の中でも、かなりの誤算だった。。。

次回につづく

 

P.S.

今週の火曜日~木曜日にかけて、ココログ(ブログサービス)のメンテナンス&システム故障により、コメントが受けられなくなっていました。

ご迷惑おかけしました!!

 

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桐タンス事件

今日は、桐タンス事件を思い出したので、それを。。

桐のタンスは、”よしこの結婚”で登場したタンスです。

(父の手紙が出てきたのは、ここからです。。)

 

この桐のタンス、なんでも、よしこが結婚した当時のものとしては、なかなか高級なものだったらしい。

これは、私のおばあちゃん(よしこの母)が、男兄弟の中の、ただ一人の娘である、かわいいよしこのために、嫁入り道具として、頑張って買ってくれたもの・・・という話を、私は、よしこから何度も何度も聞いていた。

 

事件は突然に起きた。

ある日、私が学校から帰ると、いつもはグレーっぽい色の桐のタンスが、白っぽい色に変わっていた。

しかも、色には、かなりむらがあり、まだら模様になっていた。

そして、その桐のタンスの前には、よしこが力なく、ペタンと座り込んでいた。

私は、その光景をみて、即座に言った。

「ただいまー。 ねーママ、、、どうしたの??」。

すると、よしこは、ハッと我に返り、「あっ、、、ちはる(私のこと)、、、。 ママのタンスがこんなになっちゃったわ、、、。 どうしよう、、、何てことしてしまったのかしら! おばあちゃんから買ってもらった大切なタンスなのに!!」。

聞けば、この桐タンス、だんだんとネンキがはいってきて濃い色になってきたので、少し削ったら、また、もとのきれいな色に変わるんじゃないかと思い、よしこが一手間、加えたらしかった。

 

私は、ふと、ペタンと座り込んだよしこの右手を見て驚いた。

よしこは、”サンドペーパー(紙やすり)”をしっかりと握りしめていたのだった。

私は、幼心にも、ビックリギョーテンして、思わずふきだした。

こっ、、、こんなものを使って、、、。

そして、まじまじと”まだら模様”を観察するにつけ、当時、”ただひとつの家の家宝”と信じて疑わなかった私は、変わり果てた桐タンスに、かなりの衝撃をうけた。

無残にも、粉ふき芋のように粉をとばしながら、ガリガリと削られてしまった桐タンス、、、。

その後、よしこと二人で、”このまま、ガリガリを続行するか、、、。 それとも、このまだらのまま、やめておくか、、、。”について、相当時間をかけ、いつになく真剣に話し合ったものだ。。

 

で、なぜか、この手の被害は、後を絶たなかった。

時に、”父のメガネ”、時に、”買ったばかりの車”、、、と、ターゲットは変わっていった。

が、ただひとつ、共通しているのは、いつも、加害者は、よしこだということ、、、。

 

メガネの時も、そうだった。

「メガネが汚れてくもった。。。」という父の言葉を聞きつけたよしこは、父が寝てしまってから、そっと父の枕元からメガネをとってきた。

そこまではよかった。。

が、あろうことか、父のメガネを、食器用の洗剤を固いギザギザしたスポンジ(さわるとチクチクするタイプのあれです。)にたっぷりつけて洗ったというのだから驚いた。

 

で、私以上に驚いたのは、当然のことながら、父だった。

メガネなしでは生活できないほどの”ド近”の父が、たった一つしかもっていないメガネを傷だらけにされたのだ。

あの日の朝の父の絶叫は、忘れられない。

無数に線をいれられたのだから、あのくらいの声がでたのも、うなづける。

私は、横でお腹をかかえて笑っていたが、父は、母が好意でしてくれたこともあり、さすがに、頭ごなしに怒るわけにはいかなかい様子だった。

が、仕方なく、そのメガネをかけて出勤した父の顔は、ひきつりを隠せず、明らかに不機嫌だった。

 

次なるターゲットは、車。

車庫いれする時に、買ったばかりの車のボディーに、ちょっとキズつけてしまった(ポールの黄色の塗料が、そのキズ口に入り込んでしまった。)よしこ。

それを”なかったこと”にするために、よしこのした事は、少々手荒だった。

なんと、その部分を、タオルに歯磨き粉をつけて、ゴシゴシしたというのだから驚いた。

歯磨き粉だって、立派に研磨剤が入っている。

塗料は落ちなかったどころか、おかげで、一本しかなかったキズが無数に増えたというのだから、聞いてドッキリ・見てビックリ!!

 

”思い立ったら吉日”的なよしこの性格は、そばでみていて小気味よいものだけど、時おり、こんな感じで、”思ってもみない事件”をひき起こす。。。

 

P.S.

今朝、朝食を食べていたら、長女(3歳)が食パンを指差して、「これなーに?」というので、「パンよ。 食パン。 ここは、パンのみみ。」といったら、「ねー、、、じゃあ、おめめはどこ?」 「お鼻は??」。

食パン片手に、しばらくさがしていました。。

 

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急性胃腸炎

先々週、急性胃腸炎(お腹の風邪)になった時の話。。

(お食事前・お食事中の方は、読まないほうが賢明かと思われます。あしからず。。)

 

そろそろお鍋の季節到来!

そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)・長女(3歳)・次男(1歳)の子供三人、全員一致で”大好き!!”という食べ物は意外に少なかったりする(そうちゃんは、障害のためか、好き嫌いが多い)中、お鍋は、みんなが大好き。

その上、手間もかからない、、、とあって、これからの季節、私のお助けメニューとして、大活躍のお鍋。

この間も、みんなで、最後、卵たっぷりのお雑炊までたらふく食べて、ごちそうさまー。

満足、満足、、、あとは、いかに、この三人衆(子供たち)を1分でも早く寝せて、静かになってもらうか、、、という私の目標にむかって、つきすすむのみ。

さあさあ、まずは、「おかたづけ~おかたづけ~。 今日も一人でおかたづけ~。」

いつものように歌を歌いながらキッチンへ向かおうと思った瞬間、お腹がクルクルクルクル~。

つづいて、グルグルグルグル~。

ゴーゴーグルグルゴーッ。

時間がたつにつれて、腹痛はだんだんと激しくなってきた。

 

テレビのところでは、そうちゃん、長女が見ているテレビのスイッチをわざとパチンと消したりして、長女にちょっかいをだしている。

どうやら、そうちゃんは、長女の髪をひっぱろうかとチャンスをうかがっている模様。。

そんな光景を横目でみながら、”監視係(私)”も、もはやこれまで。

たまらず、トイレへ。。

 

で、あの日の腹痛は、どうもちがった。

トイレへ行けども行けども、グググググーっという感じで痛みの波がおしよせ、「イタタタタター!」という感じなのだ。

トイレからでるたびに、長女(3歳)が、「ママ、お腹いたいの? ママ、助けてあげるからね! 大丈夫だからね!!」と、言ってくれるものの、ぜんぜん大丈夫にはならず、お腹は定期的に痛む。

 

で、5回目のトイレで、なっ、、、なんと、ケッ、、、血便(以降、”K”とします。)がっ!!

一瞬、便器をのぞきこんで、ハッとしたものの、「そっ、、、そんなバカな、、、。」。

人間、イザとなると臆病になるもので、即座にトイレのレバーをキュッとまわして、シャーッ。

、、、、今のは、なかったことにした。

きっと、何かの間違いだ。。

もー、カンペキな現実逃避。

 

で、今度は6回目。

そこで、私が見たものは、、、またもや、K。

私の中では、”K=不治の病”というイメージがあったので、トイレからでてきた私は、「うそっ、、、。」という言葉をボソッと言ったのが最後、しばらくはドアの前にボーッとつったって呆然とし、みるみるうちにサーッと血の気がひいていくのがわかった。

「マズイ、、。 これは、ただごとじゃない、、、。」。

「明日にでも、大病院へ行かされ、相当に痛いと聞く、腸の検査。 そして、おそらくは、入院だ。きっと長期になるだろう。。」。

「、、、とすると、 あの三人衆は、いったい、明日からどうなるんだろう。。

だれが面倒みてくれるんだろう。。」。

私の妄想は、またたく間にふくれあがった。

あの、生態のあまりにちがう三人衆を一手に引き受けてくれるような人、、、動物園の飼育係じゃあるまいし、、、そんな人は、だれ一人、思い浮かばなかった。

 

私は、早くもよろけながらも、とりあえず、リビングに力なく歩いていった。

”やー、こんなことになるとは、、、。 きっと自分の健康を過信して、傲慢になっていたんだ。。 そんなことより、自分で思う以上に、きっと自分は繊細にできているに違いない。。 あー、それにしても、、、困った困った!!”

そう思いながら、一人、焦っていると、長女が、「ママ! どうしたと~?? なんでカーテン開けようと~??」と、けげんな顔で言う。

そう言われて初めて気付いたが、私は、気が動転するあまり、夕方閉めた部屋のカーテンを、気がつけば、シャーッシャーッと、無意識に開けまくっていた。

 

そんな中、さっき、”助けてくれる”と優しい言葉をかけてくれたばかりの長女が、「ねー、ママ、お風呂は?」。

「、、、はっ?、、、おっ、、お風呂?? そんなの、ないに決まってるじゃない、、、。 やー、それどこの話じゃないのよ。 今日は、ママ、お腹痛いから、お風呂なしね。」

すると、長女は、足をバタバタさせながら、「やーだー!! お風呂がいいのー! お風呂はいりたーいー!!」。

おっ、、、鬼~!!

でも、もし、私が明日から入院する事になったら、この子たちをお風呂にいれてあげられることも、今度はいつになるかわからないし、、、。

だいいち、長女を黙らせるエネルギーと、腹痛におそわれながらもお風呂に入れるエネルギーをてんびんにかけると、そう大差はないように思われた。

で、気がつくと、私は、トボトボと娘に言われるがまま、お風呂へと向かっていた。

 

子供たちの体や髪を洗っている最中も、心、ここにあらず。

ベラベラとしゃべり続ける長女にも「あ、、、そう。」とか、「はあ~ん、、、。」とか、返事をするのがやっとだった。

次男は次男で、そんな私をよそに、バスタイムを超・満喫!

浴槽ではしゃぎまくり、何がそんなに楽しいのか、キャッキャキャッキャと笑いまくっていた。

で、なかなか浴槽からでようとしなかったので、長女を先に浴槽からあげる事に。。

脱衣所でゴシゴシゴシゴシ。

長女をふきながらも、 ”とんだことになってしまったー。。”と、これからのことをいろいろ考えてはゾゾゾーっ!

 

、、、が、実際、”とんだ事”になってしまっていたのは次男の方だった。。

ふと、浴槽を見ると、今までいたはずの次男がいない。

あれっ、、どこにいっちゃったんだろう。。

そういえば、さっき、”ブクブクっ”と音がしたような気がしないでも、、、。

ハッとして、浴槽をのぞきこむと、、、。

そこには、カエルのように手足を広げ、バタバタして、おぼれかかっている次男がいた!!

ヒャ~ さすがにこれには驚いた!!

なぜかいつも余裕シャクシャクの次男が、あんなに焦っている顔を初めて見た。

アブナイアブナイ。。

それからも、お腹は定期的に痛み、夜中、痛くて、何度も目を覚ますほど、、、と、こんなこと初めてだったので、本当に怖かった。。。

 

、、、が、フタをあけてみれば、何てことはない、急性胃腸炎(おなかの風邪)と判明。

ホッ! よかった~!!

いやー、とんだお騒がせでした。

それにしても、おそろしい風邪があるもんです。。

 

P.S.

レミさん、はじめまして。

コメントありがとうございました。

大事な事・・・私も欠けっぱなしの毎日です。

私もこれからゆっくりさがしていくことにします。。

 

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よしこの結婚 ~その5(完)

前回ブログのつづき

 

里帰りして、東京から家へもどってきてからしばらくは、よしこは、ガックリうなだれた。

こんな元気のないよしこは見たことがなかった。

「あ~あ、、、。 ママ、もー何にもする気がしないわ。。」と、ペッタリと茶の間に座り込んだまま、いつになく無口になった。

で、その間だけは、期間限定、「ピアノを弾きなさーーーい!!」と叱られる事がなかったので、私たち姉妹は、まったく平和な時をすごした。

これはこれで、なかなかいいものだった。

が、やっぱり、よしこの浮かない顔を見ると、「親とはなれて暮らすって、こんなに辛いことなんだなあ、、、。 ママ、かわいそうだなあ、、、。」と思い、胸が痛んだ。

 

そういう日が数日つづいたあと、”もうきりがない”と思うのか、よしこが、「さあっ!!」と立ち上がる瞬間があった。

そして、その時、決まって、こう言った。

「しょうがないわ。 反対をおしきって、自分で決めたことだから。」。

そして、「ねー、ちはる(私のこと)。 これがね、自分で決めたことじゃなかったら、とっくに離婚よ。 パパじゃなかったら、とっくに離婚してるわ。 でも、好きで反対をおしきって来たんだから、しょうがないわ。」。

そのひとことを言い終わると、よしこは、また、いつものよしこにもどっていった。

 

子供の頃、その言葉は、私がよく耳にしたもので、特に、その言葉のもつ重みを感じた事はなかった。

けれど、今になって、その言葉は、私の中で説得力をもつ。

自分の人生は自分で決める事の大切さをつくづく考えさせられる。

それは、人生において、予測のできないことが起きた時、ことさらに思う。

 

たとえば、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)。

そうちゃんが生まれてしばらくの間は、「どうして、そうちゃんは、障害をもって生まれてきたんだろう。」

「どうして、私の子供として生まれてきたんだろう。」と思った。

”赤ちゃんがお腹に宿ること”は、ある意味、奇跡に近い確率で起こることであるにもかかわらず、その上、”ソトス症候群”という珍しい病気をもって生まれるなんて、またまた、とんだミラクルだと思う。

もし、今のダンナさんと結婚していなかったら、、、もし、結婚の時期や赤ちゃんがほしいと思うタイミングがほんのちょっとでもずれていたら、、、なんて思ったこともある。

 

けれど、よく考えると、、、。

結婚したいと思い、決断したのは、他でもない、この私。

そして、結婚したら、2年は、赤ちゃんは考えず、やっておきたいことを存分にしておこうと決めたのも私。

そうやって2年がすぎたころ、そろそろ赤ちゃんがほしいなあ、、、と思い、決断したのも、他でもない、この私。

そう考えると、よしこと同じで、そこは潔く、あっけらかんと、「そうちゃんは、私が選んだ子供。 障害があってもしょうがない。 自分で決めたことなんだから。」と思うようになった。

 

その昔、よしこは”仲人”に憧れた時期があった。

よしこのまわりの友人たちは、みんな仲人経験があったらしく、自分もいつか、あの、”ひな壇”に上がる日を夢見ていた。

で、ことあるごとに、父に、「ねえ~。 ○○さんの知り合いの方が、”誰かいい人紹介してくださらない?”って言ってたんですけど、だれかいい人いませんか?」と聞いていた。

父は、そういう話には一切乗らず、最初は「う~ん、、、いないねー。」とだけ言って、聞き流していた。

「誰かいるでしょ??」と、つめよるよしこに、「ううん、、、だーれもいない。」。

が、そのうち、よしこの方も、「ねーねー。 いい人、一人くらいいるでしょ~?! ほら~、△△さんなんて、どうかしら~?? 誰か紹介してくださいよ~!!」としつこくなってくると、父は言った。

「結婚っていうものは、自分で好きな人をさがしてするもんだ。 

紹介して結婚できたとしても、幸せになれるかどうかなんてわからない。

お見合いなんて、人の人生を決めてしまうような、そんな荷の重いことは、したくない。。」。

父が席をたったあと、「パパってホント、かたいねー!」と私がよしこに向かって言うと、「ほーんとっ! おもしろくないんだから~!!」と、よしこは言った。

その時は、そんなものだった。

 

けれど、これまた、今となっては、”名言”だと思う。

もし、自分はこれといった決め手を感じないけれど、まわりが、”まちがいない! 絶対にいい人だから!!”、、、なーんてことを言って勝手に盛り上がり、まかりまちがって”何となく結婚”していたら、そうちゃんのことを今のようにまっすぐ受け入れられなかっただろうと思う。

”だれのせいでもない、自分の決めたこと”と思うことが、どんなに自分の心の芯の部分をしっかり支えてくれているか、はかりしれない。

 

人間は、なんたって、自分が一番かわいい。

そんな自分が決めたことだったら、人は、たいていのことは許せちゃうものなのだ。。

 

おしまい

 

P.S.

今日で、ブログ更新100回目です。

最近では、「あっ。 おかえり~。 いいとこに帰ってきたね。 これ読んで~。」とブログの文章をさしだすと、「眠い~!」 「早く寝せろ~!」 「明日読む~!」と、ダンナさんさえ逃げていく中、今日もまた、読んでくださったみなさん、、、ありがとうございまーす!!

 

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よしこの結婚 ~その4

前回ブログのつづき

昔,”マッチ売りの少女”の本を私たちに読み聞かせしてくれては、最後のクライマックスで泣くのは、いつも、私たちではなく、母・よしこだった。

(本にはレコードがついており、レコードも、何回も針がとぶほど、よく聴いた。

「マッチー、マッチー、マッチはいかが~。 おじさーんいかが~。 おばさーんいかが~。 とってもよくつーくーマッチでーすー。」というメロディーが、今でも私の頭にやきついてはなれない。)

”マッチ売りの少女”の話は、本当に何度よんでも、悲しく、かわいそうな話だったが、あんまり、いっつも同じところでよしこが泣くので、私と姉は、その場面のちょっと前あたりから、目配せをして、クックックックッ、、、。

一番かわいそうな場面にあわせて、不覚にも、ガッハッハッハー!!

大声で笑っていた。

 

で、これと同じで、よしこが必ず、泣く場面があった。

それは、東京へ里帰りした帰りの寝台列車の中。

東京駅には、いつも、おじいちゃんとおばあちゃん(よしこの両親)が見送りに来てくれた。

「元気でね、、、。 体に気をつけて!!」 

「また遊びに来てね~!!」

そう言って、口をパクパクさせるおじいちゃんとおばあちゃんに、列車の中から窓越しに手を振る。

ガッタン、、ガッタン、、、ガッタンガッタンガッタンガッタン。。。

列車が動き出して、おじいちゃんたちが小さくなっていく、、、その時。

よしこを見ると、ハンカチで目頭を押さえ、シクシクと泣きだす。

これは、里帰りするたびのことなので、”ここからよしこが泣きはじめる”という事は、”マッチ売りの少女”の時と同じく、読めていることだったが、、、、笑えなかった。

 

子供ながらに、よしこの切ない気持ちが伝わってきて、姉と二人、なんとなく床に目を落とし、私たちは、ジッと押し黙った。

しばらくすると、よしこは、きまって、こう言った。

「なんてママ、親不孝なのかしら、、、。 あんなにかわいがってくれたのに、、、反対をおしきって九州になんてお嫁に行ってしまうなんて、、、。 おばあちゃんたちには、本当に申し訳ないことしたわ、、、。」。

この言葉がでると、私と姉は、待ってましたとばかりに、きまって、こう言った。

「ママ、また、お正月になったら、東京に遊びに行こうよ。 そしたら、おばあちゃんに会えるから。 また、すぐに会えるよ。」。

すると、よしこは、「そうね、、、。」と言って、今度は、人目もはばからず、ハンカチがクシャクシャになるほど泣いた。

そう言ったあとは、またしばらく(かなり長い時間)、列車のガタガタッガタガタッという音だけが響いた。

ようやく、夕食時になり、食堂車にごはんを食べに行く頃には、よしこの目は真っ赤にはれあがっていた。

 

寝台車に一泊して、夜が明けると、列車はまた、私の見慣れた風景のある駅へと運んでくれた。

「まもなく、博多に到着いたします~。」。

車掌さんのアナウンスが流れると、よしこは、フーッと大きなため息とともに、「あー、、、ついちゃったわね、、、。 帰ってきてしまったわ。」と、窓の外の景色を眺めながら、自分に言い聞かせるように言った。

 

家につくと、いつも、父は仕事に行っていて、だれもいなかった。

私たちが帰ってくる日、家の中は、整然と、、、とまではいかなかったけれど、朝、サッサカサーと、父が片付けた形跡はみられ、だいたいきれいにしてあった。

が、洗濯物は、私がもし、あの上にあと一枚、タオルでも重ねようものなら、ドドドーッと山がくずれるぞ、、、というほどたくさん、積み上げられていた。

そして、なぜか、台所には、数匹のショウジョウバエが飛んでおり、ブーンブーンブーンという声とともに、私たちを出迎えてくれた。(恒例)

私は、それを見て、”あっ。 ショウジョウバエが、またいる!”と、単純に思った。

あと、ブーンブーンがいることは、父が、私たちが留守にしていた長い間、何らかの形でごはんを食べ(お料理なんてできないので)、なんとか今日までしのいで生きてたんだな、、、という証のような気がして、なんだかホッとし、”パパ、元気だな。。”とも思った。

が、よしこにとっては、そのショウジョバエのお出迎えは、”許しがたい事”らしく、「あーあ、、、なんでショウジョバエがいるのかしら~。 ママが留守にすると、いつもこうなんだからー。 あーあ、、、これを見たら、本当、九州に帰ってきてしまったって感じがして、なんだかゾッとするわ~。」と、まずはぼやいた。

それから、「どーして、ママ、こんな遠くにお嫁になんて来ちゃったのかしらー。。 」と、”ショウジョバエ”から、話は複雑に発展した。

次回につづく

 

P.S.

”よしこの結婚シリーズ”、、、長くなっております。

そろそろ、「いったい、いつになったら終わるのよ~!!」と、よしこからクレームがきそうで、、、こわいです。。。

 

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よしこの結婚 ~その3

前回ブログのつづき

缶の中の白い封筒をのぞきこむと、そこには、まぎれもなく、父の筆跡の手紙の山があった。

母・よしこは、「この手紙のせいで、九州に来ることになっちゃったのよ~!」と言っていた。

なんでも、父は、ニョロニョロニョロっとした字とは裏腹に、意外にも、なかなかの文才があったらしく、その美しい文章に、よしこはコロッときてしまったらしい。

(ちなみに、そのニョロニョロ文字、いつも見慣れているよしこでさえ解読できないことがあり、手紙が来ると、よしこは、よく、よしこのお兄さんのところへ飛んで行き、いっしょに訳しながら読んでいたらしい。)

 

遠くはなれてしまい、手紙をやりとりする二人だったが、結婚するに至っては、トントン拍子で事がすすんだわけではなかった。

なにしろ、よしこは、男兄弟の中の一人娘。

ことに、おばあちゃん(よしこの母)は、それはそれは、よしこをかわいがった。

”目に入れてもいたくないような、たった一人の娘が九州に嫁ぐなんて、とんでもない!!”と、猛反対にあったらしい。

(昔の東京と九州は、まだまだ汽車で行き来する時代。

その距離は、今とは比にならないくらい遠かった。)

父の美しい文章と、両親の猛反対の板ばさみになったよしこ。。

が、しばらくそんな時間がすぎ、とうとう、よしこの根気に負け、”じゃ、一度、九州に行ってみて、家族に会ってみよう。”というところまでこぎつけ、よしことおばあちゃん、さらには、スケットとして、よしこのおばちゃんまで一緒に加わって、いざ、九州へ。。

 

九州でよしこたちが来るのを待っていたおばあちゃん(父の母)は、お座敷で、「大切な娘さんを、本当に申し訳ありません。 決して、粗末にはいたしません。 どうかお願いいたします。」と、三つ指をついて、深々と頭をさげ、しばらく頭をあげようとしなかったらしい。

そのあたたかい言葉と人柄に心うたれたおばあちゃん(よしこの母)は、とうとうGOサインをだしたという。

 

その九州のおばあちゃん、結婚してからも、その言葉通りに、遠い土地からたった一人でやってきてくれたよしこに、本当にやさしくしてくれたという。

よしこが、九州のおばあちゃんの家に遊びに行くときは、必ず、「何時ごろ来るか、電話してね。」と言われた。

約束の時間に行くと、まずは、お風呂の用意がしてあり、「疲れたでしょう。 ゆっくり入ってね。」といってくれ、お風呂上りには、よしこのために作ってくれた手作りの丹前(着物)が用意されていた。

夕食の時は、必ず、新鮮なお刺身の鉢盛りが用意され、たくさんのご馳走が並んだ。

「よしこさん、座って。 座って。」というのが、おばあちゃんの口ぐせで、よしこを立たせて、手伝わせることすらさせず、遊びに行くたびに、旅館さながらの心ばかりのもてなしで迎えてくれたという。

その話をする時、よしこは、目にいっぱい涙をためていた。

目の前の手紙の山を前に、私は、その甘美な話に酔いしれた。

 

が、そんな話の中でも、もちろん、よしこ節は響いた。

「そうだわー、この手紙にママ、だまされたのよ~!」。

なんでも、父は、このニョロニョロ手紙の中で、”結婚したらテレビを買おう”とか、”ラジオを買おう”とか、そんなことを書いていたらしい。

が、いざ、結婚してみると、テレビもラジオもない生活だったので、よしこは、驚き、あきれ、ワンワン泣いたらしい。

(う~ん、まるで、吉幾三の”オラ 東京さ行くだ”の世界。。

後に、よしこは、この歌の歌詞を聴きながら、「これ! これ! まさにこれよー!!」と言っていた。)

「釣った魚に餌をやらない。」という慣用句があることを、私は、この話を聞いた時、ひとつ、覚えたっけ。。。

次回につづく

 

P.S.

”アイスクリーム”のことを”アリスクムーリ”と言う娘(長女・3歳)。

今日もまた、アイスクリームを食べながら、そう言うので、一緒に練習していたら、、、。

私までわかんなくなってきちゃいました。。

 

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よしこの結婚 ~その2

前回ブログのつづき

 

ある日、私は、何を探していたのかは、もう忘れてしまったけれど、探し物をしていた。

茶の間にある、桐ダンスの小引き出しをゴソゴソやっていた。

すると、中から見慣れない、白い封筒に入った一通の手紙がでてきた。

”なーに、これ??”。

小引き出しの中には、いろんなものが折り重なるようになって入っていたけれど、私は、よくその引き出しを開けていたので、”新入り”は、すぐにわかった。

そばに座っていた姉に、その封筒をさしだすと、姉も、「なーに、これ??」。

 

宛名は、旧姓のよしこの名前。

差出人は、父の名前だった。

父が、結婚する前に、母にあてて書いた手紙である事は、すぐにわかった。

私たちは、頭をつきあわせながら、中の手紙をとりだした。

いったい、どんなことが書いてあるのか、もー、興味津々だった。

二人で、声にだして字をさぐりながら、読んだ。

、、、が、「よしこ様」まではわかるのだけれど、後は、なんて書いてあるのか、さっぱりわからなかった。

なにぶん、まだまだ小学校低学年の私たち。

読めなくて、当然、、、。

、、、と思いきや、私たちは、漢字がわからなくて読めないのでも、いいまわしが難しくて読めないのでもなかった。

その原因は、、、あまりに読みにくい、お世辞にも上手とはいえない、いや、はっきり言えば、へたっぴな、ミミズのはうような父の字にあった。

 

そこで、仕方なく、自分たちの力で読むことはあきらめ、その手紙をもって、母・よしこのところへかけて行った。

「ねー、ママ、ママ! これ、なーに? なんて書いてあるの?」

すると、よしこは、ギョッとした顔をして、「なーに、、、ってなによー! そんなもの、どこから持ってきたのー?!」

「タンスにはいってたよ。 ねーねー、なんて書いてあるの??」と、私たちは、よしこにつめよった。

よしこは初め、”子供には関係ない”とか、”人のものを勝手にさわるんじゃないの”とか、いろいろ言っていたが、私たちの勢いにおされて、とうとう、ポツリポツリと話し出した。

で、その話、最初こそ、”ちょっとだけよ、、、。”という感じで、照れ笑いをしていたけれど、気がつけば、よしこは、私たちにベラベラベラベラ、昔話をかなり詳しいところまで話してくれた。

 

なんでも、東京で父とは出会い、つきあっていたらしいのだが、父が転勤で九州に行ってしまった。

私が手にしていたのは、その遠い九州からよしこ宛てに届いた手紙だった。

私は、それまで、”お見合い結婚”と聞かされていたので、予想外の展開に驚いた。

そして、子供心にも、恋愛結婚の方が”ドラマ”があるような気持ちがしていたのか、これからのよしこの話に期待して、ワクワクした。

よしこは、それから、「パパからもらった手紙は、これだけじゃないのよ~。」と言いながら押入れの扉を開け、一番奥の棚から四角い大きな缶をとりだした。

パカンとフタを開けると、そこには、白い封筒に入った手紙がぎっしりと入っていた。

「わーっっ! いっぱーい!!」

私たちは、思わずのけぞった。

次回につづく

 

P。S。

”よしこの結婚~その1”にコメントをありがとうございました。

ちびっこさん・・・よしこが博多弁を話しているのは、聞いた事がありません。

博多弁の人に何人・何十人囲まれても、、、標準語です。

あかねさん・・・今日のP。S。は短めにしてみますっ(笑)。

 

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よしこの結婚 ~その1

昔、私が小さい時(小学校1~2年の頃)、母・よしこに、よく聞いていたことがある。

「ねえ~、ママとパパって、恋愛結婚? それとも、お見合い?」。

 

すると、いつも、よしこは、ハッとした顔をし、落ち着かない表情で、「なによー。 子供がそんなこと聞くんじゃないわよー。」と、お茶を濁し、シッシッという感じで私をそばから追い払った。

教えてもらえないとなると、どうにかして聞きだそうと必死になるもので、とうとう、ある日、よしこはそんな私のしつこさに耐えかねて、口早に言った。

「なによー、ちはる(私のこと)はー。 しつこいわねっ! お見合いよ、お見合い!!」

ようやく回答してもらえた私は、胸がすっきり。

そして、”ははーん。やっぱりねー。。”というのが、その時の私の感想。

で、なぜかというと、、、。

 

私が友達の家に遊びに行った時のこと。

どういう話からか、私の友達は、「うちのお父さんとお母さん、仲いいよ~。 いっしょにお風呂にはいるとよー。 ねえねえ、ちはるちゃんの家もそうやろ?」という話になった。

「えーーーっ!!(叫び) うちは、私とお姉ちゃんは一緒に入るし、私とママ、私とパパの組み合わせでも入るけど、パパとママがお風呂にいっしょに入ってるのは、一度も見たことがないよ!!」。

すると、私の友達は、今度は逆に、「えーーーっ!!(叫び) うっそー?!」。

私たちは、二人顔を見合わせながら、お互い、軽いカルチャーショックを受けていた。

 

いっしょにお風呂に入らないからお見合い結婚、、、なんて、その時どうして思ったのか、その辺は、ちょっと想像がつかないけれど、、、。

でも、私が”お見合い結婚じゃないか。。”と思った理由は、それだけではなかった。

 

当時、私のまわりの友達のお母さんは、お父さんのことを、「お父さん」とか「パパ」とかと呼んでいたのに、よしこは、父のことを、「あなた~」と呼んでいた。

そして、生まれた年は同じ(同じ歳)だったにもかかわらず、よしこは父に、「お風呂になさいます~?」とか、「すみませんけど、じゃ、よろしくおねがいします。」とか、敬語を使っていた。

さらには、月に一回、父だけおかずが一品多い日があった。

それは、父のお給料日の日だった。

私が冷蔵庫を開けて、「わっ! お刺身だ~!!」なんて言いながら、取り出そうとすると、よしこは、必ず、「それはダメ! パパのよ。」と言う日があったのだ。

こんな風な感じで、私が小さい頃、母は父をたてている、、、という風に見えた。

だから、私は子供心ながらにも、父と母の間には、ちょっとした緊張感があるような気がしたのだと思う。

そういういろいろを考え合わせると、私の両親は、きっとお見合い結婚にちがいない、、、と思ったのだった。

 

だから、よしこの口から”お見合い”だと聞いて、十分納得した私だったが、しばらくたったある日、そのこと(お見合い結婚だと言った事)は、よしこのでまかせだったことが判明する。。

私の家には、よしこの嫁入り道具の一つである、桐のタンスがあった。

その桐ダンスの右上の小引き出しから出てきた一通の手紙が、何よりの証拠だった。。。

 

次回へつづく

 

P.S.

私の父と母が、”ちょっとよそよそしい感じ”に見えたのは、もしかしたら、敬語をつかっていたせいかもしれない。

たとえ同じことを言ったとしても、話し方や言葉づかいで、かなりニュアンスがかわってくるからフシギ!

そういえば、小学生だった頃、私の友達が、ビックリして、目をクリクリさせながら、私に言ったことがあった。

「なんか、、、ちがう、、、。」。

私の家に遊びに来た友達は、私とよしこがしゃべっているのを隣で聞いていて、オドロキを隠せなかった。

次第に顔がこわばっていった。

そして、「なんか、、、今日のちはるちゃん、、、へん、、、。」と、私にささやくように言った。

私は、「はっ?? 何が?? いつものちはるちゃんよー。」と言って笑ったが、その後も友達は首をかしげるばかり。

しばらくしてから、「ねー、、、。 やっぱりなんか、いつもと違う人みたいやがー。。。 ねー、どうして、今日はまた、そんなしゃべり方するとー??」。

そこで、私は、やっと気付いた。

私も、そう言われるまで、まったく意識はしていなかったのだけれど、私は、家を一歩でたら、いつもはバリバリの博多弁。

もちろん学校でも。

なのに、「ただいまー。」と言って玄関に一歩入った瞬間から、家では、いつも標準語でしゃべっていたのだ。

これは、よしこが生まれも育ちも東京だったため、よしこ自身が標準語でしゃべっていた事に加え、私や姉が少しでも博多弁でしゃべろうものなら、いちいち、よしこの、”訂正”がはいっていたため。

家では博多弁禁止令がでていたのだ。

(よしこは、標準語をこよなく愛す。

たぶん、それは、標準語が、よしこの”お国言葉”だからだろう。)

私は、事の説明を私の友達にしたけれど、その後も一緒にブロックで遊ぶ間中、友達は私のしゃべり方の一言一句が気になって仕方ないらしく、いつも学校で遊ぶ時のようには盛り上がらなかった。

NHKで、宮沢賢治の”雨にもまけず”を全国各地の方言をつかって朗読する子供番組があったけれど、あれはとっても面白かった。

北に行けば行くほど、”雨にもまけず”の言葉はやさしく、哀愁をおび、南へ行けば行くほど、アッサリサッパリキッパリシャッキリして聞こえた。

言葉っておもしろいなあ。。。

 

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