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2006年8月

そうちゃん・理髪店へ行く<後編>

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理髪店には、機会をみては、何度か足を運んだ。

でも、そうちゃんは、お店に入ることもなく、いつも、お店の入口のドアを開けることさえできずに引き返していた。

                                                

一度、3年くらい前、パパが行っている理髪店に行ったとき、私は事前に、お店のお兄さんに相談した。。                                                                                                                       

「(これこれこういう理由で)ただお店に連れて行っても、断固拒否して、髪を切らせてくれないと思うので、ちょっとお願いがあるんですけどー。。」

その理髪店、大きな通りに面したお店で、そうちゃんがこよなく愛す“バス”がよく通っている。

だから、お店の中でなく、外に新聞をひいて、イスを置き、バスを見せながら切ってもらうとうまくいくんじゃないかー、、、という作戦。

で、お店のお兄さんは、快くひきうけてくれた。

                                                

当日、そうちゃんを理髪店へ連れて行くと、そうちゃんは、不安そうな顔をしていたものの、外に設けられた特別席に、無事着席。

けれど、お兄さんがエプロンのケープをそうちゃんにサッと巻いた時、そうちゃんの頭の中で、そのエプロンは、「いつもの生活には馴染みのない、“新しい物=異物”」と判断されたらしく、すんなりと快くは受け入れたくないようで、ちょっとバタバタして、拒否。

私は、“はあ、、、今日も、これまでかあ、、、。”と思ったけれど、警察の人が犯人にやさしくなだめ、説得するかのように、私も、その手法で、そうちゃんを落ち着かせると、なんとかもう一度、イスに座る気になってくれた。

そこへ、バスが向こうの方から連なってやってきた。

その瞬間をねらって、理容師のお兄さんは、ザクッと、絶妙のタイミングでハサミを入れ、サッサッサッと髪をすいた。

“おーっ! 今日は、ひょっとするとうまくいくかも、、、!!”と、あわい期待を抱いたその時、「いやったー!!(訳:いやだー。)」。

そうちゃんは、エプロンをはぎ取り、早くも退席のご準備。

、、、ということで、あえなく、リタイアー。

またか、、、、。

                                                    

いや~、それにしても、あの時のそうちゃんの髪型は、すごかった。

だって、そうちゃん、ザクッとハサミをいれられたところが、左側面であったため、当然、そこだけが短くなっていて、正面から見ると、右と左が7~8cmは違う、ちぐはぐな長さとなった、何ともおかしな、冗談のような髪型だったのだから。。

プロの理容師さんにとって、自分が手がけたお客さんを、あんな形で家に帰さなきゃいけなかったことは、どういう事情にせよ、納得いかなかったに違いない。

で、おそらくは、あんな髪で帰っていったのは、そうちゃんが初めてだったに違いない。

その後も、何度か、理髪店を訪ねてはみたものの、夢かなうことはなかった。。

                                                 

“もうしばらくは、そうちゃんが理髪店で髪をきることは、難しいのかなあ、、、。”と最近さすがに私も、思いはじめていた。

それが、ついこの間のこと。

毎週一回通っている、そうちゃんのプール教室の先生にその話をすると、先生は、「今度、私が連れて行きましょうか? そうちゃん、できると思いますよ。 行ってみましょう。」。

そのプールの先生は、障害をもった子供たちを対象に、スイミングを教えてくれている。

もとは、長い間、施設で知的障害のある方をお世話していたこともあり、障害をもった子供たちのことを、驚くほどよく理解し、つかんでいて、本当の意味でのエキスパート。

そうちゃんは、“人”を見抜く才能にだけはたけていて、プールの先生は、そうちゃんが大好きな人の一人。

                                                      

当日、パパは、そうちゃんを連れ、車に乗って、待ち合わせの理髪店へ。

(その理髪店の理容師さんは、近くにある施設(障害のある子供たちがいる)の子供たちの髪をいつも切っているらしく、そうちゃんのような子供に慣れているということで、プールの先生は、その理髪店を選んだ。)

お店の前に到着して、先生が立っているのを見ると、そうちゃんは、大喜びでハシャイデいたらしいけれど、いざ、三人で、お店の中に入ると、やはり、嫌がり、バタバタさわいだらしい。

プールの先生に、「じゃ、お父さん。 ここは私にまかせて。 外で待っていてください。」と言われ、パパは外で待つことに。

                                                   

で、15分後、出てきたそうちゃんの髪は、すっきりさっぱり!!

なーんと、ここにくるまで、10年。。。

                                                          

長女が、半年前、初めて美容室に髪を切りに行った時、最初こそ、お店に入るのを拒んだ娘だったが、最後には、“かわいいよ~。”“かわいいよ~。”というお店の方のおだてに、すっかり気をよくして、手鏡をみては、うっとりしたりと、それはもう、余裕シャクシャクだったっけ。。

私は、今までのそうちゃんを見てきただけに、“すごいなあー。。”と感心したものだ。

あの時も、うれしかった。。

けれど、先週の金曜日に、「そうちゃん、髪きれたよー!!」と、ダンナさんから送られた、そうちゃんの写真つきメールを見たときは、ザーッと鳥肌が立って、涙がポロポロ。。

内心、“今日もダメだろうなあ。。”と思っていただけに、心の底から、ふるえるようなうれしさがこみ上げてきた。

その時、娘が美容室で初めて髪を切れたことを、“成長”と言うのだとしたら、そうちゃんが理髪店で初めて髪を切れたことは、“革命”って言ってもいいんじゃないかな、、、と思った。

                                               

そうちゃんを連れて返ってきたダンナさんも、あの時ばかりは、「オオ~。 今日は泣けたぜ~!」と言って、さすがに目に涙を浮かべ、感動にひたり、しばらくの間、玄関に突っ立っていた。

                                                       

そうちゃんが、一歩前にふみだすとき、そこには、必ず、家族だけでない、誰かが存在する。

本当に、いろんな人に助けられ、応援してもらって、そうちゃんは生きているなあ、、、と、実感する今日この頃。

これからも、出会いを大切にして、ゆっくりでいいから、前にすすんでいってくれたらいいなあ。。。

                                          

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P.S.

”オムツの底力”にコメントをありがとうございました。

いやー、経験者でないと、あのショックを共有できませんね、ホントに。 で、さっそくですが、人間は過ちをくり返す動物です。。 そう思わずにはいられません。 、、、、というのも、昨夜も私、”オムツ入り洗濯”をやってしまいました!! バンッと洗濯機のドアを開けた瞬間、驚くやら、あきれるやら、、、、。 でも、コメントを寄せていただいたのを読ませていただいていたおかげで、へこむことなく、昨日の私は、淡々としたものでした。 ”このまま、乾燥機にかけちゃうかなー。。”と、モクモクとチャレンジ精神までわいてきたほどの余裕でした。 けれど、まあ、昨日は、スゴイ量の洗濯物だったので、このまま乾燥機にかけると、クチャクチャになることは、容易に想像できたので、ベランダに干しました。 さっき見たら、前回同様、昨夜の惨劇はどこへやら、何事もなく乾いていました。 けれど、パパの黒いポロシャツと黒い靴下だけは、白い毛のようなものがつきまくり、、、。 あれはちょっと、、、どうするかなあ。。。 でも、、、まっ、いっか。。

                                             

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そうちゃん・理髪店へ行く<前編>

そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)が、先週の金曜日、生まれて初めて、理髪店で髪をカットしてもらった。

理髪店で髪を切れるようになることは、ここ数年の私の夢だったので、本当にうれしかった。。

ここに来るまで、長い道のりだった。。。

                                                                              そうちゃんの髪は、これまで私が“ニセ美容師”になりすまし、ずっと切ってきた。

そうちゃんは、髪を切るのが大嫌い。

(そうちゃんは、精神年齢1才ちょっと。 

1才ちょっとの子供の髪を切ろうとするときを想像してもらうとわかりやすいかもしれないけれど、“なんのために髪をきるのか”という事自体がわからないため、髪を切ることは、ただひらすらに、“耐え難くイヤなこと”らしい。)

「さっ、そうちゃん、髪切ろうかー。」と私が言うと、まずは、そうちゃん、必ず、ギョッとした顔をして私を見る。

で、お次は必ず、「いやったー!!(訳:いやだー!!)」。

この声とともに、バタバタ転げて、体中で拒否。

そんなそうちゃんをなだめながら、夏は裸にして、お風呂でチョキチョキ。

冬は、寒いので、市販のヘアーエプロン(落ちる髪をキャッチしてくれる円盤のような形のエプロン)をつけて、部屋でチョキチョキ。

                                                      

で、このチョキチョキ、優雅にゆったり切っている時間はない。

そう、せいぜい2~3分がそうちゃんの耐えうる限度というのは、長い経験からわかっているので、左側面ザクッ。

右側面ザクッ。

後ろをザクッ。

その後、“すきバサミ”にすばやく持ちかえ、根元の部分をサッサッサッとすいてる途中で、はいっ、そこまで~!

制限時間終了!

忍者も顔負けのスピードで、どうにか“短くする”ところまではできるけれど、もちろん、この時点でのそうちゃんの髪は、見られたもんじゃない。

“このまま、今日、そうちゃんに切らせてもらえなかったら、、、!!”と、毎度のことでありながら、私は内心、かなりうろたえる。

でも、そこは気を取り直し、残りは、ちょっと時間をおいてから、警戒心がなくなったそうちゃんをねらって、背後から忍び寄りチョキチョキ。

たいていは、テレビを見ているので、その後ろから、危なくないように、“先のとんがった髪きりバサミ”から、今度は“赤ちゃんツメきりばさみ”に持ちかえ、整えていく、、、、というのが、“ニセ美容師”の手法。

                          そうちゃんのヘアースタイルは、基本的には、幼稚園のころから変わっていない。

歩くと、後ろの髪が、“サラッサラッサラッ”とゆれるのが特徴。

全体的には、かなりロング。

そうちゃんを育てるのは、なかなか一筋縄ではいかないのだけれど、私は、そうちゃんの茶色い、まっすぐな髪が、“サラッサラッサラッ”とゆれて、キューティクルがキラキラしているのを見るのが好きで、そうちゃんの後ろ姿をみるたびに、「、、、、、、(いろいろあって悩ませてくれるけど)、う~ん、許すっ!!」という気持ちになってしまう。

                                                    

けれど、ここ最近、小学校に入ってくらいから、髪の量が増えて、切りにくくなり、とても“ニセ美容師”の手にはおえなくなってきていた。

(一応、気にとめていても、髪って、不思議と切ったその時より、次の日に、必ず短くなってしまう。。

髪を切った次の朝、「おはよー。」と言って起きてきた、まるで“かっぱ”のような頭のそうちゃんに、私は、「そうちゃん、、、、ゴメーン、、、、。」。

クックックックッ笑いながら、何度、手を合わせたことか、、、。)

そういうことが続いたこともあり、私はこの数年、“そうちゃんが、理髪店で髪を切れるようになったらなあ。。。」と、夢みてきた。

けれど、これがどーして、そう簡単にはいかないのが、そうちゃん。。。

                                                   

健康な子供は、“新しいこと”が好き。

最初こそ、多少不安を感じることがあっても、そのうち、興味の方がまさって、積極的に新しいものや体験を受け入れ、吸収し、どんどん自分のものにしていく。

けれど、そうちゃんは、障害のためだと思うけれど、新しい場所・新しい体験・新しい物・・・など、いつもと違う“新しいこと”を受け入れる事が、とても苦手。

何にせよ、“目的が理解できない”というのが大きいと思う。

そのことが、不安をさそい、恐怖となり、混乱させるのだと思う。

                                                

きっと、そうちゃんにしてみれば、言葉の通じない、文化をまったく理解できない異国で、ポーンと一人、送り込まれ、暮らしている感じなのかもしれない。

私は、時々、“もし、自分だったら、、、。”と思いながら、想像してみる。

すると、そうちゃんがどうして、そういう行動にでるのか、一つ一つの行動がよくわからないではない気持ちになってくる。。

(まっ、そう思って、想像力をはたらかせて、そうちゃんを見ても、なかなかナゾは多いけれど。。)

少しずつでないと受け入れられないそうちゃんなので、尚のこと、歯医者さんにしても、どこにしても、これから生きていく上で、必要となってくる場所には、なるべく小さい時から、ちょっとづつでいいから慣れてもらいたい、、、と、私は、ずっと思ってきた。

その一つが、理髪店。

                                                                    次回につづく。                                                                        

 P.S.

”オムツの底力”にコメントをたくさん、ありがとうございました。

ほーんと、日々の生活の中で、こういう笑うに笑えない瞬間ってありますね~

でも、おかげさまで、これからは、オムツを洗濯しても、笑えます!

ところで、よぴさんのコメントで、よぴさんのところもドラム式で、”糸くずフィルター”がある、、、というのを読んで、私、一瞬、凍りつきました。

「なにそれ、、、? いっ、、、糸くずフィルター???」

「そう、、、、そういえば、前の洗濯機にはついていたのに、私、このドラム式になって、見たことないから不思議に思ってたんだー。。」とパソコンを見ながら、つぶやくと、横でそれを聞いていたダンナさんがギョッ!

「あれ、買って何年になる? すごいっちゃない、うちの、糸くず、どこかにつまってー?」

さっそく、取扱説明書を見て、確認してみましたが、どーやら、うちのドラム式には、ついていないようで、、、、ホッ!

、、、、でも、まだ、ダンナさんは、”いやー、気がついてないだけで、あると思うよー。。”、、、と、疑いの目ははれていません。。。

もしあったら、かなり笑えます。。

 

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オムツの底力

 昨夜は、とんだことだった。

洗濯機から、ピーッピーッピッ。

洗濯終了のブザーがなったので、“あ~ ねむたい。 でも、これを干したら今日は終わり。。。パッと干して、スッと寝るぞ~。”と思いながら、洗濯機のところへ。

バンっとドアを開けると(私の家はドラム式)、中から最初に出てきたのは、そうちゃんのTシャツ。

サッと広げると、白いものがたくさんくっついていた。

”わっ なに、このごはん粒、、、?そうちゃん、今日は、どうしたって、こんなにこぼしちゃったんだろう、、、。”

2枚目は、次男のパジャマ。

サッと広げると、やはり、白いものがたくさん。

”、、、、、? なにこれ?”

で、三枚目は、ダンナさんの靴下。

サッと広げると、またまた、白いものがたくさん。

”、、、、、まさかっ?!”

 

そう、私は、今まで、ティッシュがポケットに入っているのを気付かずに洗濯したことは、何度かあった。

あの時も、確かに、ショックだった。

なにやら、白い毛ばだったものが洋服につきまくり、、、、ガーーン。

、、、、が、昨日のは、ティッシュの時のショックどころじゃなかった。。

比にならないくらい、洗濯機の中は、スゴイことになっていたのだ。。。

 

私が、ドラムの中に頭をつっこみ、探したもの、、、、、それは、オムツ。

、、、で、ありましたありました。

中から、ビヨ~~~~~ンと伸びきったオムツがっ!!

何者かによって、洗濯ボックス(よごれ物入れ)にピョイと投げ入れられたオムツが、あろうことか、ノーチェックで、他の洗濯物と一緒に洗濯機へスルーされた模様。

 

で、オムツを手にとってみて、ビックリ!

“紙おむつ”なんて言うくらいだから、それこそ、ティッシュの時のように、チリヂリバラバラになってるんじゃーないか、、、、と、想像するけれど、とんでもなかった。

あれだけ、ガラガラガラガラと洗濯機の中でゆさぶられ、水をあび、絞り上げられたにもかかわらず、そこには、しっかり原型を留めたオムツがあった。

すっ、、、すごいっ!!

そのオムツの、重いこと、重いこと。

いったい、オムツって、どのくらいの水分を吸収できるようになってるんだろう、、、しばらく私は、洗濯機の前で、オムツを持って、呆然と突っ立ったまま、ジーッと観察した。

プヨプヨにふくれあがった“これでもか~っ!”というほどの重さに、オムツの底力を感じた一瞬だった。

 

、、、が、感心ばかりしているわけにはいかなかった。

オムツは、原型をとどめていたものの、内側が破けているようだった。

で、そこから、ジェル状になった透明の物体(これが、高分子吸収体というもの。もとは粉末で、水分をすいとるとジェル状になるらしい。)と紙ふぶきのようになった紙くずが、洗濯物と洗濯機のドラムに、あたり一面、ものすごい量、飛び散っていたのだ。

もう時は、夜中の12時半、、、、私は、この目の前の出来事にあまりのショックで、ペタンと洗濯機の前に座り込んだ。

もう、どーするエネルギーもわいてこなかった。

“はーっ、、、ちょっと、、、これ、すごくない? これからどーしようか。。”と思いあぐねるばかりだった。

 

そんな私の姿を見て、驚いたのが、ダンナさん。

夜中に、ペタンと洗濯機の前で座り込み、微動だにしない私を目撃し、「ど、、、、どうしたと~???」

そう言われて、ダンナの方を振り向いた時には、私は、すでに、どこへもぶつけようのない怒りでいっぱいになっていた。

声をかけてくれた事をいいことに、「ちょっと、これ見て~! これ、どーしたらいい??」怒りの矛先はなぜかダンナさんへ向けられていた。 話し合いの結果、もう一度洗いなおしたところで、このジェル状の物質は、水に溶けそうもないから、意味がないんじゃないか、、、という結論に達し、結局、とりあえずはこのまま干して、明日、また考えようという事になったのだった。

 

今朝、ベランダに出てみると、洗濯物は、すでに乾いていた。

ちらほらとティッシュのようなものがついているものの、ジェル状物質は、どこへやら、姿を消していた。

本当は、これ、洗いなおした方がいいに決まっているけれど、、、、。

この程度なら、、、まっ、いっか、、、、よしよし!

、、、、ということで、パンパンとはたかれた後、今日の洗濯物たちは、何事もなかったかのように、そのまま取り込まれ、それぞれの収納場所へ。。。

 

それにしても、よく考えると、あのジェル状になった、たくさんの高分子吸収体が、サッとどこかへ飛んでいったとも考えずらい。

、、、、とすると、単に、乾燥して、また元の粉末になって洗濯物にひそんでいるのだろうか。。

だとすると、水分を含んだら、また再び、あの無数のジェル状物質となって出没したりするのだろうか、、、。

う~ん、、、ナゾだなあ、、、。

あのタオル使うの、ドキドキだなあ。。。

みんなの、汗をいっぱいかいた後のTシャツも、要観察だな~。

 

P.S

”長女もうすぐ3歳”に、たくさんのコメントをありがとうございました。

私が書いたブログに、こんな風に、わざわざコメントを寄せていただくこと、本当にうれしいです。

皆さんがよせてくださるコメントを読んで、気付かされたり考えさせられたりする人は、いっぱいいるんじゃないかなあ、、、と思います。

私も、そして、いつもコメントをチェックしている姉がそうであるように。。。。

 

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長女もうすぐ3歳<後編>

前回ブログのつづき

 

そのお母さんは、言った。

「下の子に障害があるってわかってからは、いろいろと回り道もして、大変な思いもしてきたけれど、、、私ね、自分の人生に、なーんにも悔いはないと思ってるの。

できる範囲内で、やりたいと思ったことは、全部やってきたし、楽しめる事は、積極的に楽しんできたから。 

でもね、たった一つだけ、悔いがあるとしたら、それは、何かって言うと、”どうして、あともう一人、子供を産まなかったんだろう”っていうこと。

あの時は、お姉ちゃんの時とは比較にならないくらい子育てが大変で、もう、これが精一杯という毎日。 その上、赤ちゃんをもう一人だなんて、そんなこと、考える余裕もなかった。

だけど、もう一人、産んどけばよかったなあ、、、って。

ねっ、そんなこと聞いても、あなたたちだって、”もう一人赤ちゃん?! いや、、、今で手一杯だからー、、、。”って思うでしょ?!

でもねー、産んでたほうがいいわよー。 子供は多ければ多いほどいいんだから。

たとえば、遊びに来てくれたあなたたちに赤ちゃんが生まれたとするでしょ。

それで、赤ちゃんが生まれたら、上の子の幼稚園のお迎えとかが大変になったりするじゃない?

そしたらね、私、とんで行って、”私が、幼稚園のスクールバスのお迎えします!”って手を上げて、手伝ってあげたい気持ちでいっぱいなのよー。

だれか、困っている人がいれば、とんで行って、手伝ってあげたい気持ちなの。

私ね、この年になってわかったんだけど、そんな風に思ってる人、実は、世の中にいーっぱいいると思うのよー。

だから、あの時、私も、赤ちゃん産んで、それこそ、大変だったら、電柱に、”助けてください! ~これこれこうで、大変なので、手伝ってくださる方いませんか?”っていう、張り紙してでも、もう一人産むべきだったなーって思う。 それだけが、後悔よ。

赤ちゃんを産むってことだけは、今の年では、どーにもならないもんねー。

もう、どうひっくり返っても、間に合わない!

そしてね、そういう風に助けを求めたら、絶対に、誰かが、必ず助けてくれるもんだから、ぜひ、産んでください。 まずは、産んでみて。」

私は、その後、「ねーねー、あなた、まだ一人? まだ若いんだから、絶対に赤ちゃん、産まなきゃ。 一人なんてダメ! ダメ!!」と、お母さんから厳重注意(?)をうけた。

 

私は、それまで、二人目のことは、頭の中だけで、モチャモチャと考えるだけだったけれど、その話をきいてから、初めて、真剣に自分の心に問いかけるようになった。

それと時期を同じにして、もう結婚しないかも、、、、と思っていた私の姉が、思いがけず、結婚。

そして、妊娠。

姉は、「ちはる(私のこと)ちゃん、あのねー、何回も言うけど、本当に、もう一人、欲しいと思ってるんだったらね、もう迷ってる時間はないよ。 年齢的に考えて、もう、これがラストチャンスだよ。」と、スパーッ。

この言葉も、私の胸に、ダイレクトに飛び込んできた。

で、この二人の言葉に後押しされて、長女は、今、ここに存在している。。。

 

もうひとつ、私が影響を受けた言葉は、そうちゃんが通う幼稚園の先生のひとこと。

ちょうど、長女がお腹にいることがわかってまもない頃。

幼稚園に行くと、先生がとんで来て、「お母さ~ん、おめでとうー!! よかったね~、赤ちゃん!」

私が、「ありがとうございまーす。」と、言い終わらないうちに、先生は言った。

「ねー、あのね、二人目産んだら、もう一人。 三人産んでね。」

私は、”え~、、、??”。

やっとこさ、二人目をという気持ちになって、”どうかお腹の赤ちゃん、元気に育ってくれたらいいなあ。”と思っているところで、早、三人目のことを、、、。

不意だったので、私は一瞬、当惑した。

そして、「やー、先生、これから、二人目が生まれたら、私、やっていけるかな~、、、って思ってる時に、、、やめてくださいよ~。 いや~ 三人目だなんて、ムリ、ムリ。 まずは、二人目、産ませてください。。」と言って、一緒にハッハッハッと笑う予定だったのだけれど、先生は、「ねー、冗談で言ってるんじゃないのよ。 二人目産んだら、三人目も産まなきゃ。

お腹にいる赤ちゃんは、そうちゃんのために。 でね、三人目の赤ちゃんは、(私のお腹をさわりながら)この赤ちゃんのためにね。 お母さんなら、できる、できる!」

先生の目が、私の目の奥を見て、”必ずだからね”と、何か、ものすごく強いパワーを発していたので、私は、ただ、「はあ、、、、。 えーーーっ!」と言っただけだった。

 

もちろん、それからしばらくは、”三人目なんて、とっ、、、とんでもない!!”と思っていた。

でも、長女が生まれて、まもなく1歳になろうというある日、長女のあどけない笑顔を見ていたら、いつかきっと、この長女も、そうちゃんのことで、心を痛める日がくるだろうな、、、と、ふと思った。

そんな時、誰か、あーでもないこーでもない、、、と、何でも話せる話し相手がいたら、どれだけ心強いだろう、、、。

その時、私の心の片隅にあった先生の言葉が、再び、私の心の奥底で響きだした。

で、この言葉に後押しされて、次男は今、ここに存在している。。。

 

子供を育てていて思うのは、親が子供にしてあげられる事なんて、そんなにたくさんはないなあ、、、ということ。

健康に生まれれば、なおの事、生命力に満ち満ちていて、子供は、自ら、外へ外へと目を向け、まわりがびっくりするくらいのスピードで、生まれ持った力をバネに、自分でグングン成長していくのだから。

だから、私に唯一、できることといえば、”そうちゃんには、長女を。 長女には、次男を。”、、、と、そのくらいの事かもしれないと思い、三人兄弟になった。。

 

これから先も、ケンカあり、競争あり、、、三人の間で、様々なドラマが繰り広げられることと思うけれど、大きくなった時、「このメンバーで、よかったねーっ!」と言えるような兄弟になってくれたらいいなあ。。。

 

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長女もうすぐ3歳<前編>

長女が、まもなく3歳になる。

あの夏の暑い日、長女の産声を聞いてから3年がたつだなんて、、、早いなあ。。

つい最近まで、まだまだ赤ちゃんと思っていたけれど、この間、「ねー、そのスカート、どこで買ったとー? ママ、かわいいよ。 似合うよ、そのスカート。」と、口をとんがらせながら、大人びた表情でサラリといわれた時には、さすがにドッキリ。

いっ、、、、いつの間に、こんなにお姉ちゃんになったのかしら、、、と、ハッとした。

 

私は不思議と、一番初めの子供(私の場合は、そうちゃん)は、いかにも、”この世に生まれるべくして生まれた子供”という感じがするのだけれど、二番目の子供から(私の場合は、長女と次男)は、”もしかしたら、生まれていなかったかもしれない子供”だった気がしてならない。

 

私は、姉と二人姉妹で、小さい頃は、ケンカもいっぱいしたけれど、”姉がいて、よかったなー。”と、いつも思ってきた。

だから、もし、将来、自分が子供を産むとしたら、小さい頃から漠然と、”子供は二人かな。”と思っていた。

まさか、私が、三人の子供をもつことになるなんて事は、私自身、想像したこともなかった。。

(もし、そうちゃん<長男・10歳・知的障害アリ>が健康に生まれていたとしたら、もう一人、年の

くっついた兄弟が、いたんじゃないかなあ、、、と思う。)

 

私のまわりの友達は、一番目の子供が3歳になったかならないかの頃、「そろそろ二人目を、、、。」と思うらしく、だいたいその頃、二人目を出産していた。

私も、”そうちゃんには、兄弟がいた方がいいな。。。”という思いと、”障害のある子供を一人、引き受けるから、どうせだったら、健康な子供も一人、育ててみたいな。。。”という思いは、あった。

けれど、実際は、そうちゃんが3歳くらいの時は、”そろそろ二人目を、、、。”なーんて思う余裕はなく、そんなことよりも、「そうちゃん、、、、そろそろ歩いてくれないかなー。。。」と、思い焦がれていた。

だって、そうちゃん、3歳の時は、まだまだ、つかまり立ちを、やっとこさ始めたところで、歩く気配は、まったくなく、もしかしたら、このまま一生歩けないのではないかと案じていた頃だったのだ。

(その後、そうちゃんは、ジワリジワリと成長し、3歳8ヶ月の時に、晴れて、最初の一歩を踏み出すことに、、、。 で、そこから、”歩ける”ようになるには、またさらに時間がかかった。。。)

 

義母は、それこそ、ただの一度も、「ちはる(私のこと)さん、そうちゃんの兄弟は考えてるの?」なんて、口にしたことは、なかった。

母・よしこは、デパートのバーゲンに、そうちゃんの洋服を買いに行った時、「男の子の洋服は、つまんないわねー。 なんか、ちっともかわいくないわね。。 まー、それに比べて、女の子の洋服は、なんてかわいいのかしら~。。。 ねー、ちはるちゃん、今度は、かわいい女の子、産んでちょうだいよ~。」と、たった一度だけ、私にサラッと言ったことがある。

姉は、久々に会ってしゃべっている時に、そうちゃんの話題になると、何気に、「ねー。 そうちゃんには、絶対に兄弟、いた方がいいよ。 ちはるちゃん、もう一人、赤ちゃん産んだ方がいいよ。」と、これまたサラッと、片手よりは多い回数、、、両手くらいかな、私に言った。

そう言われるたびに、「ねー、りか(姉のこと)ちゃん、そうだよね~! いた方がいいよね~!! ホントホント。」と、大きくうなずきながら、そうしよう、そうしよう、、、と、強く思った。

 

、、、、、が、その思いが、ずっと同じテンションのまま続く事は、なかった。

そうちゃんがお腹にいるとわかってすぐあたりから、私は、つわりがひどく、妊娠6ヶ月くらいまでは、きつかった。

そうちゃんを育てながら、またきっと、あんな風なつわりがあるんだろうな、、、と思うと、そうちゃんが歩けるようになって、せめて、もう少し、そうちゃんに手がかからなくなったら、、、と、結局は、”もうちょっと先でいいかな、、、。”という方向に向かってしまっていた。

 

でも、きっと、本当の理由は、そんなことではなかったと思う。

なんと言っても、そうちゃんの時の、”生まれてすぐに、救急車がやって来て、病院へ運ばれ、、、。”という、あの時のことが、どうしても忘れられず、鮮明に頭にやきついていて、、、、やっぱり、こわかった。

恐ろしかった。

もし、また、同じ事があったら、、、、。

そうしたら、その時は、そうちゃんは、誰が面倒をみてくれるのだろうか、、、。

そんなことが頭をグルグルとまわりだすと、それから先には、すすまなくなってしまう。

 

今、思えば、あの時は、きっと、”そう思わずにはいられなかった時期”だったのだと思う。

で、そういう時期があったおかげで、そうちゃんと二人、ゆっくり向き合う時間をもてたし、自分の時間(エレクトーンが楽しくて楽しくて仕方なかった)をじっくり楽しめたなあ、、、と思う。

 

けれど、どんどん、そうちゃんが大きくなっていくにつれ、”次の赤ちゃんは、どうするかな。。。”というのは、漠然とではあったけれど、私にとって、大きなテーマとなった。

そんな中、ある日、下のお子さんが知的障害をもっていらっしゃる、ある方のお家に、当時通っていたそうちゃんの幼稚園(知的障害をもった子供が通う幼稚園)の同じクラスのお母さんたちと一緒に招かれた。

(障害をもっているお子さん<男性>は、もう成人。 その上に、お姉さんが一人いる、、、という家庭。)

そのお母さんは、とても気さくで明るくて、サクサクと、これまでの子育てで大変だったこと、子育てのアドバイスなどを話してくださり、ケラケラケラっと笑う、とっても楽しい方だった。

いろんな話を聞いて、”なるほどなあ。。。”と思うことがたくさんあったのだけれど、私が一番印象に残っているのは、そのお母さんのこんな言葉だった。

 

次回につづく。

 

P.S.

みゆきさん、ある。さん、ciao!さん、いつもコメントありがとうございます。

ciao!さん。

10年たった今、私以外にに、母・よしこの行動をこんな風にたたえてくださるのは、ciao!さん、お一人ですっ! 

 

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母の強さ(3/3)

前回ブログのつづき

                                                        

そういえば、母・よしこの強気な発言で、もうひとつ、思い出に残っている事がある。

それは、いったん退院したそうちゃんが、また、入院しなければならなくなった時のこと。。

                                                         

そうちゃんは、いったんNICUから退院し、家にもどってきたものの、依然として、呼吸が速く、苦しそうだった。

で、退院から数日後、家で寝ていたそうちゃんは、次第に、”ハアー、ハアー、ハアー、ハアーーー”と、呼吸が苦しそうになり、ものすごく息づかいが荒くなった。

ちょうど、私のダンナさんは、出張に行っており留守だったので、家には、私とよしことそうちゃんだけだった。

そうちゃんのあまりの様子に、”救急車を呼ぼうか、、、。”と、よしこと二人でオロオロして、一時は迷ったけれど、やっぱりもう少し様子をみて、朝一番で病院へ行こうということになり、その日は、よしこも私も、そうちゃんの横に付き添い、一睡もできなかった。

明け方、もう、あんまり心配だったので、とりあえず、病院に行った方が安心だという事になり、タクシーをよんだ。

東京といっても郊外の私の家から、都心にある病院へ、中央自動車道を走って行った。

                                                        

診察が始まる時間まではかなりの時間があったので、私たちは、診察室前のイスに並んで座り、ずっと待った。

そして、ようやく診察の時。

先生に診てもらうと、「、、、まあ、様子を見て、、、ということで、今日は家に帰ってください。」とのことだったので、私とよしこは、ひとまず安心して、立ち上がり、診察室を出ようとした。

私が何気に後ろを振り向くと、もう一つの入口から他の先生が診察室に入って来て、何となく診察室はざわめいていた。

と、その時、「ちょっと待ってー!」と、先生の大きな声で、私たちは呼び止められた。

「ちょっと、、、今、血液検査の結果がでて、見てるんですけどねー、、、異常にCRP(炎症反応)が高い。 熱もあるでしょ、、、。 今日、これからすぐに、入院してください。 感染症にかかってるおそれがありますから。」と、ひとこと。

いろいろと説明を聞いた後、先生は、「今日から入院してもらう小児病棟は、24時間付き添いしてもらうことになっているので、今日、これから入院に必要な荷物を取りに帰ってもらって、今日から、お母さん(私のこと)、泊まってください。」と言った。

                                                        

まだ、そうちゃんは、NICUを退院して、数日もたっていなかったので、私は、”えっ、、、また入院???”と、愕然としていた。

すると、ここで、よしこは、スックと立ち上がり、、間髪いれずに、先生の目をまっすぐ見ながら言った。

「先生。 この子(そうちゃん)は、今からすぐに入院させますが、今日は、この子(私のこと)は、病院には来れません。」

先生は、”????”という顔をして、「えっ?」と言うのが精一杯だった。

すると、よしこは、「娘は、帝王切開で赤ちゃんを産んで、まだ半月しかたってないんです。 まだ、もとの体には、なっていないんです。 今までも、この子(そうちゃん)が入院して、本当に大変な思いをしているんです。 ですから、せめて、今日だけは、ゆっくり休ませたいんです。 明日の朝、荷物をもって病院へ来ますので。」と言った。

先生も、まわりの看護婦さんも、”なんだって~??”という顔をして、サッと、よしこに注目。

先生は、「24時間付き添うというのは、決まりなんです。 だから、それは困ります。 今日、来てもらわないと。」と、カルテに書き込む手を休めて、言い放った。

険悪な雰囲気になってきた。、

先生は、最後には、ちょっとお怒りの様子で、”べつに、うちの病院じゃなくても、いいんですよ。 病院変わってもらってもいいんですよ。”と、ハアーハアーと苦しそうに呼吸するそうちゃんを前に、プロらしくからぬことまで言っていたので、うひょ~!

私は、その言葉にびっくりあきれ、そっちに気をとられていたが、よしこは、それに対してはひとことも言わず、ただ、「じゃ、明日の朝、必ず来ますので。 どうぞよろしくお願いします。」とだけ言い、ここでも、なかば、押し切るかたちで私たちは病院を後にした。

いや~、あの時のよしこは、強かった。

誰にも”NO”と言わせない気迫があった。

                                                                   

確かに、その日の朝、タクシーを飛ばして、片道1万円ちょっとかかったのだから、病院と自宅は、決して、サッと帰って、スッともどって来られるような距離でもなかった。。

それにしても、今でも、この時の事は、昨日の事のように、はっきりと覚えている。

当時は、なんだかピンとこなかったけれど、何を言われても、私のことを体をはって守ろうとしてくれたよしこの事は、時がたつにつれ、私も子供を育てるようになって、なお更に、ひときわ鮮やかな思い出として、今なお、色濃く心に刻まれている。

なんとしても、子供を守ろうとした、よしこの凛とした強さを目の前にみたのは、「外食にいってきます。」と言ったあの時とこの時が初めてだったのだから。。。 

                                                             

 P.S.

そういえば、今だから笑えることなのですが、そうちゃんがNICUから退院して、家にもどってきていた時の事。

私がお風呂に入って髪を洗っていると、「キャー!! ちはるちゃん、どーしよ~、、、。 ちょっと、出てきて! 早くーーーー!! ちはるちゃん、そうちゃんがー、、、そうちゃんが大変なことになってしまったあー!!」と、よしこの絶叫が!!

私は、とっさに、イヤな予感がし、泡ぶく頭のまま、はだかのまま、リビングへ突っ走った。

すると、よしこが、泣きながら、「そうちゃんが、、、そうちゃんが、、、息してないのー!」とうずくまり、しぼり出すような声で言うので、私も混乱。

泣きながら、そうちゃんをゆすってゆすってゆすって、、、。

、、、でも、よく見ると、そうちゃんの胸がぺッコンぺッコンと膨らんだりしぼんだりしているではありませんか、、、。

それに、耳をすますと、スースーという小さな寝息が聞こえるではありませんか。。

「そうちゃん、、、、息してるよ、、、ね、、、? してるよね?!」と私がよしこに詰め寄ると、「、、、、。 あらやだっ! ちゃんと息してるわね。 あら、ちはるちゃん、ごめんなさいね~!」と、よしこ。

あの時ほど、驚いた事も、そーはない。

けれど、寝息が小さくて聞こえないというのは、そうちゃんにしては珍しかったのだ。

そのくらい、ハアーハアーと苦しそうに、息をしていたあの時のそうちゃん。。

私とよしこは、うっかり者なので、この手の話は、いくらでもころがっています。。。

                                                       

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母の強さ(2/3)

前回ブログのつづき

 

カキフライがくるまでは、母・よしこと二人で、”これからいったい、そうちゃんは、どうなるんだろう”話で、ガックリうなだれていた私たちだった。

私は、カキフライを注文したものの、なんやらかんやらが心配で、これからごはんをモリモリ食べるという気には、とうていなれなかった。

が、そのカキフライ、いざ、私たちの目の前にくると、なんだか”美味しい予感”を感じさせるものだった。

で、実際、ものすごーく美味しかった!

ひと口ほおばると、衣が”サクッ”と音をたて、中は、ジューシー。

ヤケドしそうなほどのアッツアツ。

 

この喫茶店の雰囲気にして、この実力。

季節外れのカキにして、意外ともいえるこの味に、よしこと二人、「なんて美味しいのかしら!」 「このお店、大当たりだね~!」と言いながら、モリモリモリモリ、あっという間に食べてしまった。

よしこは、「ちはる(私のこと)ちゃん、明日から、看護婦さんに何か言われても、ここに、夕食通ったら? そうしたらいいわよっ!」とさえ言ったが、こんなに美味しいのは、よしこと一緒に食べるからであることは、わかっていた、、、。

 

カキフライを大急ぎで食べた私たちは、小走りで病院へもどった。

ナースステーションに、”今、もどりました”の声かけに行くと、さっきの看護婦さんは、ムッとした表情で、「赤ちゃん、泣いてましたよー。」とひとこと。

で、病室へもどってみて、びっくり!

そうちゃんは、確かに泣いていたようで、その口には、チュパチュパ(おしゃぶり)を入れられ、その上からご丁寧にも、ガムテープのようなもので、チュパチュパが落ちないように固定されていた。

よしこは、「ま~ なんてひどいことするのかしら~!」と怒っていたが、その後の私たちは、”かわいそうに、そうちゃんおいて、外食なんて行くんじゃなかったね。。。”という話になるどころか、「看護婦さんをおしきってでも、食べに行った価値があったねー、今日のカキフライ。 いや~ 美味しかったね~!」という話でもちきりだった。

 

今思えば、そうちゃんの小さな手には、点滴。

(生まれたばかりの小さな手に、点滴を連日していたので、その手は、はれあがって紫色になり、本当にかわいそうだった。。)

心臓の状態をチェックするために、体のいろんなところにコードがついていて、あおい顔をして寝ていたそうちゃんをおいて、外食になんて、よく行けたもんだと思ったりもする。

携帯電話も持っていなかった頃だったから、そうちゃんを一人、病室においていく事は、勇気もいった。

でも、実は、そういう時だからこそ、人間、ぴんと張りつめた糸を、時々、緩めてあげないといけない、、、、、という事を、あの時、よしこに教えてもらった気がする。

もし、あのまま、よしこと外に出ることがなかったら、私は、外と病院の間の温度差を客観的に感じることなく、あたかも、自分だけが取り残されたような気持ちになって、自分の殻に閉じこもって病室ですごしていたかもしれない。

外に行って、新鮮な空気をすい、楽しそうにケラケラ笑いながらごはんを食べている人がいたり、颯爽とビジネスマンが歩いていたり、のん気にボーっと本屋さんで立ち読みしている人がいたり、、、、というような、病院生活とはかけはなれた、こういう日常を前にして、ハッと目が覚める思いもしたけれど、同時に、ものすごくホッとして、落ち着いた気持ちになれた。

 

次回につづく

 

P.S.

そうちゃんがいたNICU(新生児集中治療室)には、たくさんの赤ちゃんがいました。

その中には、赤いランドセルがかけてあるベッドもありました。

おそらくは、生まれてすぐ、NICUへ運ばれ、そのまま家にもどることができずに、治療をうけていたのでしょう。

元気になって、お家に帰ることができたでしょうか。。

10年たった今でも、赤いランドセルをみると、そのお子さんのことを思い出します。

 

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母の強さ(1/3)

私は、ちょうど10年前の5月のある日、母・よしことカキフライを食べに行った。

とある、なんの変哲もない喫茶店みたいなお店で食べた、カキフライ定食。

月日がたった今でも、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)が入院していたあの頃と重なって、いろんな思いとともに、私の大切な思い出として心に残っている。。。

 

10年前の5月といえば、ちょうど、そうちゃんが生後すぐ救急車で大学病院へ運ばれ、NICUに入院。

それからいったんは退院したが、また、再び、小児病棟へ入院していたころ。

そうちゃんが生まれるちょっと前から、母・よしこは、私のところに手伝いに来てくれていたが、入院生活も長びき、いつ退院できるかわからなかったので、いったん、よしこは、父の待つ私の実家へ帰ることになった。

 

よしこが帰る前日のこと。。

よしこが、病室で、「ねー、今日が最後の夜になるから、なにか、外にごはんでも食べに行きましょうよ。」と言う。

「そうだね。」と言って、病室をでた私たちは、ナースステーションへ、看護婦さんにひとこと、”今から外食にいくので、病室を離れます。”と言いに行った。

そこは、24時間付き添いの病院だったので、だれか必ず病室にいなければならなかった。

だから、病室を離れる時は、こうやってひとこと、声をかけなければならない事になっていた。

よしこが、看護婦さんに、そう伝えると、看護婦さんは、”はあ~っ??”と、あきれた顔をして、「がっ、、、、外食ですかー? 病室には、必ずだれかいてもらう決まりになっているので、外食は困ります。」と、何やら書類を整理しながら、面倒くさそうに言った。

それであっさり、よしこは引き下がるかと思ったが、あの日のよしこは強かった。

「はい、病室にいないといけないことは、わかっています。 でも、明日、私は、この娘(私のこと)をおいて、帰らないといけないんです。 だから、最後の夜くらい、ちょっとごはんを外に食べに行きたいと思って。」

看護婦さんは、如実にムッとした顔をしたが、よしこは、「40分でもどりますので。」ときっぱり。

看護婦さんは、「赤ちゃんに泣かれると困るんですよね~。 誰もいないと危険ですし。」と、こちらもあっさりしたものだったが、よしこは、「あの子(そうちゃん)は、まだ動きませんから。」と、言い切った。

最後は、よしこの、「じゃ、行ってきます。 よろしくお願いします。」というひとことで締められ、私たちは、なかば、強引に病院を後にした。

この時のよしこには、誰にも”NO”と言わせない強さがあった。

 

私は、その時、そうちゃんが、この先、どういうことになるんだろうという漠然とした不安と、明日、よしこが帰ってしまうという心細さが入りまじり、心にドンと鉛のようなものがぶらさがったようだった。

病院で食べるお弁当には、もう、うんざりしていたけれど、だからといって、これといって食べたいものも思い浮かばなかったし、正直、べつに、外食に行きたいという気持ちがあったわけではなかった。

 

けれど、病院を一歩でると、そこには、思いがけず、病院の中とは全く違う世界が広がっていた。

病院へは、1日交代で通っていたので、(よしこと私が交代で、そうちゃんの病室に泊まった)病院の外に出てはいた。

でも、それは、あくまで、病院と自宅の行き来にすぎなかった。

いつも足元をみつめ、ただただまっすぐに歩いていただけ。。

なんだか、こうやって、視線をまっすぐにのばし、外の風景を見たのは、久しぶりだった。

何より、こうやって、よしこと二人で外に出かけるというのが、久しぶりだった。

窓も開かないような、ボロい病室は、自然の風とは無縁だったけれど、こうやって、外に出ると、5月のさわやかな風が吹いていて、私が知らないところで、季節は着々と移り変わっていることに、あらためて驚いた。

 

私とよしこは、薄暗くなった道をテクテクと歩いた。

(その病院は、テレビ局の近くにあったので、時折、テレビで見たことのあるアナウンサーとすれ違ったりして、私とよしこは顔を見合わせながら、「ねっ、、、今の人、見たことあるね! 実物のほうが数倍いいねっ!」

とか言いながら、それだけは、唯一、楽しかった。)

”40分でもどる”と言ったので、なるべく病院の近くで食べようということになり、入ったのが、その喫茶店。

急な階段をのぼってドアを開けると、中には、ズラリと”メニュー”が壁にペッタンペッタンはってあった。

喫茶店でありながら、そのメニューの数は、すさまじかった。

で、喫茶店でありながら、コーヒー、紅茶以外のメニューは、すべて、「000定食」になっており、ちょっとフシギな雰囲気をかもしだしていた。

私たちは、グルリと壁を見回しながら、なぜか、”カキフライ定食”に目がとまり、「カキフライだって、、、。 カキフライ定食にしようか、、、?」と言って、いつもは、どれにしようかと、かなり迷う私たちにしては、珍しくあっさり決まった。

 

次回につづく。

(ちょっと長いので、3回に分けて。。。)

                                                         

P.S.

今日は、みんなで”夜の動物園”へ行きました。

長女が、「今日は、だっこって言わないよ。 ちゃんと歩くよ!」と言ったのをうのみにして、ベビーカー1台(次男用)で行ったのですが、途中から”疲れた~。 だっこ! だっこ!”と大騒ぎ。

まんまとだまされましたっ。。

疲れた~!!

そうちゃんのリクエストにより、もちろん、今日もまた、”ぽっぽ号”(動物園の中を走る子供向けの電車)に乗ってきました。

で、もちろん、お客さんの中で、今日もまた、そうちゃんが最年長!!

 

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バイキングと私<後編>

前回ブログのつづき

 

私たち(私とダンナさん)が行ったのは、なかなか美味しいと近所で評判のお寿司屋さん。

その日は、ただお寿司が食べたかったので、ふらりと行ったのだが、店内に入ると、”一定料金払えば、にぎり寿司食べ放題”というメニューもあるようで、それがどうやら人気をよんでいるらしく、隣の席の人も、そのメニューをオーダー。

、、、、ということで、私たちも、それにしてみることにした。

”にぎり寿司食べ放題”の醍醐味は、きっと、自分の好きなネタを好きなだけ、安心して、いくらでも食べられるところにあるのだろう。

だから、好きなだけ食べられたら、ホントは、それでいいのだ、、、十分、目的を果たしたといえる。

が、、、。

 

私は、その、”にぎり寿司食べ放題”で、自分の好きなお寿司を食べ、満足満足、、、けっこうお腹もいっぱいになってきたなあ、、、という頃、ふと、壁にかけてあるメニューを見て、愕然とした。

私は、メニューを指差しながら、「、、、、ねー、、、、上寿司で、あの値段でしょ、、、、。 、、、、ってことは、今、これとこれとこれと食べて、、、、。 げっ、まだ半分にもならないよっ! これじゃあ、これからよっぽど食べないと、元とれないじゃないっ!!」

二人の間で、シーン、、、しばし、沈黙の時。。

で、次の瞬間、サッとダンナさんの顔色が変わったかと思うと、みるみる気合がみなぎった。

「たのもうぜー。 頑張って、どんどん食べようぜー!」

そのかけ声とともに、それからは、”制限時間”を見据えながら(バイキングには制限時間があった。)、二人、無言で、ただただひらすらにモクモクと食べる事に専念。

しゃべっている暇はなかった。

頭の中で、そろばんをはじきながら、好む好まざるに関係なく、ネタの高い順から注文して食べた私たち。

お寿司を一貫ずつ口にほおばった後にでる私たちの会話は、いつの間にか、「美味しいねー。」から、「まだ、食べれるよね?!」へと、変化していった。

もう、最後の方では、上にのっかっているネタの違いも、ほとんど感じる(味わう)ことはなく、「なんだ、、、、お寿司って、結局は、酢飯なんだね、、、、。」と、ただため息をつくばかり。

二人で、「このごはんさえはずせたら、もう少し食べれるのにねー、、、。」と悔しがり、シャリが邪魔で邪魔で、憎らしく思えたほどだった。

 

その帰り、車に乗って帰る途中、さすがに二人して、気持ち悪くなった。

「お寿司の食べ放題になんて、行くもんじゃないね、、、。 ごはんが、ほら、ここ、頭の上までつまってる感じがする。。」

「あー 気持ち悪い~!」

、、、ということで、”バイキングは、もういい。 もうたくさん!”と、意見は一致。

もう、こりごりだった。

以来、その日を境に、私たちは、完全にバイキング嫌いとなり、もう、バイキングに出かけることはなくなった。

 

もう一生行くまいと思っていた。。。

が、下の子供が生まれてからは、なかなか、子供連れで気兼ねなく行けるお店がない中、バイキングは、小さい子供もウェルカムとあって、またまた、最近、バイキング流行が、長い沈黙を破って復活!

実家に、姉家族と私の家族が集まった時などは、小さい子供が多い事もあり、最近、「行く? バイキング?」というのが、”合言葉”になりつつある。

ゾロゾロとベビーカーを率いた集団が、大きなテーブルを占領。

私は、今では、あの時の教訓から、好きなものを好きなだけ適量食べる術をきっちり身につけた。

(私以外の家族もまた、私たちとそっくり同じ”まわり道”をして痛い目にあい、皆、ここに至った。。)

だから、もう、以前のようにガツガツしていないので、、私たちのテーブルは、上品で整然とした雰囲気にあふれ、、、、。

、、、、、と言いたいところだが、そうはいかない。

私たちのまわりで食べる小さい子供たち(姉の子供2人と私の下の子供2人)の、なんと激しい口の動きよ!!

4人が4人とも、そばで見ていて恐ろしくなるほどの大食漢。

で、しかも、その4人みんな、3歳以下なので、たいてい、バイキングに行くと、料金はフリー、、、つまりタダ。

 

その子供たちの食べっぷりを目を細めて見ながら、私たちのテーブルでは、私・姉・母よしこが、「ねー、すごくない? これだけ食べて、子供はタダっていうの。。」

「バイキングって、いーよね~!」

「まー、なんだか、お店に申し訳ないようだわね~。」

「しっかし、こんな小さな体で、よくこんなに食べられるよねー、どこに入っていくのかねー?」

「ねーねー、お店の人、驚いてるんじゃない?」などと、”元をとりまくったこと”に大満足! 大興奮!!

で、こんな会話で盛り上がっていると、ここでたいてい、いつも冷静な父が、「こういう状況は、想定内なんだから。。 そのぶんは、大人のバイキング料金に上乗せされているんだから、べつに、”得してる”ってことはない。」と、ボソッ。

それをとりまとめるかのように、私のダンナさんが、「そーですね~。 そのへん、どーなんでしょうかね~。」

で、これといった結論がでないまま毎回お開きとなるので、私たちは、毎回、バイキングにいくたびに同じ会話を繰り返すこととなる。。。

 

ところで、私の父のこの、”得してるってことはない”発言は、はっきり言って、正しい。

だって、結局、こうやって大人数でバイキングへ行った時、”ありがとね~” ”ごちそうさま~”と、軽く一声かけてもらったのとひきかえに、レジでお金を払うのは、他でもない、この父なのだから。

どんなに孫たちが元をとりまくったとしても、父が得する事は、ありえない。

 

<P。S。>

そういえば、母・よしこがカキにあたったときのことを思い出しました。。

「もー、ママ、カキにあたって、さっきまで、タイヘンだったのよ~! こんなこと、初めてよー。 上から下から、でるものは全てでたって感じよ~!」と、ある日の深夜、電話がかかってきた。

次の日、私が、よしこの様子が気になって電話したら、留守電。

どこに行ったのかなあ、、、病院かなあ、、、。

しばらくして、よしこから電話がかかってきたのだが、それは、意外な言葉から始まった。

「ねー、今日ねー、バイキングに行ってきたのよ~! 美味しかったわよ~! もう、お腹がすっきり、すっからかんになっちゃったでしょ~、ほら、昨日のカキで。

だから、今日は、こんなに食べれるのっていうくらい、すごい量、食べちゃったわよー!!」

カキにあたった人の話は、今までいくらでも聞いたことがあった。

でも、カキにあたった次の日に、バイキングに行って、前日のものを取り返すかのように、たらふく食べた人の話は、さすがに、よしこが初めてだった。。。

よしこ、根っからのバイキングファン。。

 

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バイキングと私<前編>

バイキング(食べ放題)は、楽しい。

いろんな美味しそうな料理が並んでいるのを見たときの、あのドキドキ。

私は、かつて、バイキング、大好きだった。

で、ある時期、いったん嫌いになり、そしてまた、最近好きに。。

今日は、その辺のお話を。。。

 

まずは、さかのぼって、私が結婚する前。

それまでは、私の家族の間で、”バイキング”が、特に流行ったことはなかった。

けれど、一度、家族みんなで、ホテルのバイキングに行った時のこと。

それまで、バイキングに馴染みのなかった私は、その時、母・よしこから、”バイキングたるや、、、。”の手ほどきを受けることとなった。

 

そこは、ホテル最上階にある、並ぶほど人気のある洋食バイキングのお店。

エレベーターをおりると、そこにはグルリと長蛇の列。

かなりの時間待たされた後、店内に案内されると、周りの人たちはみんな、バックをイスに置くやいなや、サーッ。

ものすごい勢いで、いろんな料理が立ち並ぶコーナーへと散っていった。

そこには、サラダ・前菜から、肉料理・魚料理、、、が並び、ところどころで、シェフがローストビーフを切っていたり、ステーキを焼いていたり、、、。

デザートやドリンクも所狭しといろいろ並んでいた。

 

私たちは、お店のお客さんの勢いに圧倒されながらも、各々、料理をとりに。。

私は、とりあえず、パーッと、どんな料理があるか見渡した後、一番手前のサラダコーナーから順路通りに歩き、好きなものをゲット。

帰ってくると、私の父と姉は、すでに席にもどっていて、プレートをのぞくと、私とはちょこっとずつメインが違うくらいで、”前菜・サラダ・メイン料理”と、似たような感じで、バランスよく盛り付けてあった。

私たち三人は、テーブルで、「なんか、ここ、すごい人気だねー。 こんなにいっぱい美味しそうな食べ物があったら、なにから食べていいか、迷っちゃうね。。」という話をしながら、まだ料理をとりに行ったままもどって来ないよしこを待った。

 

しばらくして、てんこ盛りに盛られたプレートを、大切そうに両手で持って、テーブルにもどって来たよしこは、「おまたせー。」

そして、私たちのプレートを見るなり、目をクリクリしながら言った。

「あらー、、、、どうしてー?

どうして、そんな、レタスやトマトなんて、家でいくらでも食べられるようなものをとってくるの?

そんなのバリバリ食べてたら、お腹いっぱいになっちゃって、他のもの、食べられなくなっちゃうわよー。

そんな、サラダなんて、とらないで、バイキングっていうのは、普段食べられない、こういうのをとるものなのよ~!!」

よしこは、自分のプレートを指差しながら言った。

見ると、よしこのプレートには、サラダなんてのは、葉っぱ1枚なく、”すべてがメイン料理”となっていた。

そして、よしこは、そのあとも、足繁く、食べてはおかわりに行き、最後のデザートなんて、私たちが横で見ているだけでも気分が悪くなりそうなほどの、たくさんの色とりどりのケーキをプレートに盛ってニッコニコ。

「ママ、不思議だわー。 おいしいケーキだったら、いっくらでも食べられるんだからー。。」

 

もし、私がバイキングの経営者なら、きっと、よしこのプレートを見て、ギョッとするだろう。

そう、、、、要するに、私はこの時、よしこから、”バイキングたるや、いかにして、元をとるか、、、。”ということの教えをすり込まれたのだった。

最初は、よしこの食べっぷりに、ただただ驚いていた私も、いつしか、その辺の駆け引きを楽しむようになり、よしこの教えは、素直に私の中に浸透していった。

 

すっかりバイキングファンになった私は、結婚してからしばらくは、空前の”バイキングブーム”。

なぜか、お給料日前になると、ダンナさんと二人で、”焼肉食べ放題” ”バイキング”、、、という看板に誘われては、よく足を運んだ。

それを知っていたよしこは、たまに私の家に遊びに来た時など、「これで、栄養つけてきて。」と言っては、私たちにお小遣いをくれた。

私たちは、そのお金を片手に、”しゃぶしゃぶ食べ放題”のお店へ直行。

たらふく食べたものだ。

が、回数を重ねるうちに、どうしても、”食べ過ぎて、おなかいっぱいになりすぎる”という問題が発生。

食べた後、お腹が膨張して不快になり、後悔、、、という日が何回か続いた。

魅力的だった”バイキング”に影がさしかかってきたある日、私たちはお寿司屋さんへ。

そのお寿司屋さんへ行ったのを境に、私は、一時期、”バイキングは、もーたくさん!”とバイキングには、こりることとなる。。

 

次回へつづく。

 

P.S.

コメントを、あたたかい言葉をたくさん、どうもありがとうございました!

すっかり、元気になりました。

今頃になって、「ママ、もう治った~?」 「大丈夫~?」と声をかけてくる子供たち。。

やー、もう、オソイです。。。

 

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恐るべし・我が家の三人衆

一昨日は、次男から風邪(嘔吐・下痢症:文字通り、上からゲー・下からビーの風邪)をうつされ、さんざんだった。

この風邪、いつも突然にやってくる。

”なんかちょっと、調子が悪いかな。”というような前ぶれは全くなく、突然、”おっ、なんかムカムカしてきた、、、。”と思ったとたん、ピークがくるまでに、そう時間はかからない。

カキであたったことはないけれど、突然に上に下にくる、、、というところは、似ているかも。。

 

で、一昨日の風邪、そのピーク時に、三人衆(そうちゃん・長女・次男)が家にいた事もあり、やーもー そりゃ大変だった。。

初めのうちは、ソファうずくまりながら、「マズイ、、、。」と思いながらも、どうか、次男の風邪がうつってませんように、、、、と、ただただ願ったが、それもむなしく、どんどんピークに向かってまっしぐら。

だんだんと脂汗がでて、あまりの気持ち悪さに、背筋がまっすぐにのびず、猫背のような姿勢でしか歩けなくなった。

そして、だんだんと声をだすことすら苦痛になるほど衰弱。

 

これはいけない、、、、あの三人衆に、私が体調が悪いという事をわからせねば!!

私は、体をひきずりながら、三人衆のいるリビングへ、トボトボと行き、「ねー、、、ママね、今日、病気なの。 わかる? 病気できついの。 だから、大切にしてねー。。」と、しぼりだすように言った。

すると、長女(2歳)が飛んで来た。

「ママ、病気? 大丈夫? ヨチヨチ(ヨシヨシ)してあげる!」と言って、私の頭をなでてくれた。

気がつかないうちに、長女は、こんなにやさしい娘に成長していたのか、、、、長女だけは、病気の私を気遣ってくれるかもしれない、、、という淡い期待をいだいたのもつかの間、「どーして? ママ、なんで病気なの?」

「ここ? ここが痛いの? かゆいの?」と、あれやこれやの質問攻め。

そして、しまいには、なにやら”お医者さんごっこセット”に入っているクリームを持って来て、私にそれを塗るマネをし、「ねっ、ママ、なおった? なおったでしょ?!」

いや、、、、ぜんぜん、なおらない。

それどころか、どんどんひどくなっていく。。

その後も次々と、やれ、お人形の服を着せてだの、プールバックがなくなっただの、頭にスカーフをまいてだの、、、、普段となんら、変わりはなかった長女。。。

 

次男(1才)は、だっこ、だっこ!

私が抱き上げるまで、私の足にからみつき、ネバーギブアップ。

そして、本を持ってきては、”よんでー。”とせがむ。

そして、さっきからこの次男、家のコードレス電話を持ち歩いていたのは知っていたが、そのイタズラをとめる気力さえなかった私は、それを放置していた。

しばらくして、次男が私のところに来て、「はーーーーーい。」と電話を渡すので、それを手にとってびっくり、、、。

なんと、その電話、”通話中”となっており、ちょうど、51分経過しているところだった。

この子は、いったい、どこのだれと、今まで話していたのだろうか、、、。

 

リビングでは、テレビのチャンネル権をめぐって、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)と長女が争っている。

この争い、日常の事で、普段、私が仲介に入っても、延々と続くもの。

でも、今日は、長引かせてはならない、、、私の体力消耗にかかわる、、、ということで、テレビの裏のコードに手を伸ばし、スポン!

非常時対策として、私が思いついた”荒業”により、ここは、一件落着~!

 

そうちゃんは、トイレの前でうなだれる私を見て、「ママー ねむたーい(眠たいの)? だいじょうぶ~?」とやさしい声のひとつは、かけてくれた。

が、後は、長女と何ら変わらず。

「(明日)学校ある?」

「ごはんは?」

「ファイナルアンサーある?」(みのもんたの番組が今日あるか?、、、という質問)

私が、答えられずに首をガックリうなだれていると、そうちゃんは、なぜか、その私の姿がおかしいらしく、私をゆさぶってはケラケラ笑っている。

キャー 鬼~!!

 

あーダメだ、こりゃダメだ!

せめて、今日は、ダンナさんに早く帰ってきてもらわねば!

今朝、玄関で、今日は会社の懇親会の飲み会があるから、帰りが遅くなるとかなんとか言っていたが、さっそく電話。

「あっ、今、いーい? 私さあ、、、」と、声も絶え絶え言いかけた途端、返ってきた言葉、、、。

それは、「まいった~! オレさー、やられた。 カンペキ、風邪うつされた。 もう、今、気持ち悪くて、吐きそー。」

、、、、という事で、最後の頼みの綱は、あっさり消去。

 

もう、ここは、なんとか自力でのりきるしかない。

もう、夕食だって、作るどころではなく、”今日は食べた事にしてくれないか、、、。”と、向こうの三人衆を薄目で見ながら、マジで思ったくらいだったが、そういうわけにもいかず、、、。

なんとか、冷凍していたおかずをレンジでチンして寄せ合わせ、形にし、、、。

なんとか、食器を、食器洗い機におさめ、、、。

なんとか、キャーキャーいって、逃げ惑う子供を力なく追いかけ、パジャマを着せ、、、。

そして、なんとか、寝る時間へとこぎつけた。

やっと、この布団にまでたどりついた。

あとは、横になるだけ、、、。

おお神様、今日は、あまりにひどい一日でした、、、。

さあ、電気を消そうと思ったその時、「ねー、ママ。 まねっこピーナッチュ(まねっこピーナッツ)は?」

長女がトドメをさした。

そういえば、うちでは毎晩、お布団で寝る前にすることがあった。。

NHKの子供番組で、”まねっこピーナッツ”というキャラクターがある。

”まねっこピーナッツの歌”を歌い、”まねまねまねっこピーナッツ!”というフレーズにあわせて、ポーズをとる、、、というもの。

それを一人一人順番で回していく。

もちろん、手拍子をとって歌を歌うのは私。

でも、一昨日は、フラフラで、とても、そんなお付き合いのできる余力は残っていなかった。

だから、私は、か細い声で長女に、「今日はね、、、ママ、病気だから、ピーナッツなしよ。。。」と、説き伏せるように言った。

が、長女は、素直に納得するどころか、泣きわめかんばかりに、「ピーナッチュ するの~! ピーナッチュ したい~!」

長女の性格上、無理にねじ伏せるより、ここは、素直に従ったほうが得策とみた私は、仕方なく、いつものように、「オイラと勝負だ~、、、いかしたポーズだ~、、、」と、まねっこピーナッツの歌を、ドーナツ盤のレコードの回転が違ったときのように、ゆーーーーーっくり、小さな声で、ボソッボソッと歌わされたのだった。

もちろん、三人はそれぞれに、自分のポーズできめ、いつもと変わらず楽しそうだった、、、。

 

一昨日は、嘔吐・下痢症との闘いだったとともに、この三人衆との闘いでもあった。。。

 

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チュンチュンとミーンミンミン

気がつけば、夏、真っ只中。

もう8月かあ。。

もう少ししたら、台風シーズンの到来。。。

 

子供の頃、台風が来るのが、たまらなく好きだった。

家に備蓄したラーメンやお菓子を横目に、”ピュ~ ウ~ ウ~ ガタガタガタガタガタッ!!”という風の音や、”ピタピタピタピタっ!!”という窓ガラスにたたきつけられる雨の音を、キャーキャーいいながら楽しんだ。

(私と姉は、こういうのが妙に好きだった。

だから、ガソリンスタンドへ洗車(機械洗車)に行った時は、必ず、「今日も、乗っとくー!」と言っては、いつも私たちは、車に乗ったまま洗車機の中へ。。

前から横から”ブ~ルブル ブルブルブル~!!”と、音をたてて迫ってくる、あのクルクルブラシと、すごい勢いの水のシャワーに、なぜかウケまくり、どうしたって笑いがとまらない状態になり、アーハハハハハハハ、、、。

洗車が終わって、母・よしこが運転席に戻ってくる時には、私たちは、笑いすぎてガックリ疲れているほどだった。)

 

台風の日は、普段だったら空中にあるはずのない物が、その強風にのって、ヒュ~ンヒュ~ンと舞っていたりするので、それを見るのが楽しくて仕方なかった。

看板だったり、バケツだったり、ビニール袋だったり、カサだったり、、、。

次は何が飛んでくるんだろうと、窓の外をずっと見入った。

 

で、あわよくば、”停電”になることを、いつも姉と一緒に願っていた。

バチっと消えたら、待ってましたー!

懐中電灯とローソクを持ってきて、大盛り上がり。

室内にいて、屋外キャンプを味わえるような感覚が、子供心をくすぐった。

 

そして、私が、子供の頃から変わらず、心待ちにしているのが、台風が去った後に初めて聞く、小鳥の”チュンチュン!”という声と、”ミーーーーンミンミンミン”のセミの声。

昔も今も、あの声は、私を不思議な気持ちにさせてくれる。

人間は、台風が来る何時間、何日も前から、今度は、どのくらいの規模の台風で、どこに向かって進んでいるのかを、何度も何度も確認する。

そうであってでさえ、台風が去った後、各地で、命をおとしたり、ケガをしたりというニュースが絶えない。

なのに、あの小さな生き物たち、あの強風に、ひと吹きで、のみこまれてしまってもフシギはないのに、どうやって台風が過ぎ去るまで、しのいでいたんだろう。。

どこに身をよせて、じっとしていたんだろう。。

 

台風が去った後の小鳥とセミのあの第一声は、赤ちゃんが生まれたときの産声と似ている。

あの声を聞くと、こんな小さな体で、よくがんばったなあ、、、、という、感動に似た思いを、いつも新鮮に感じる。

小さいから弱い、、、と、考えがちだけれど、実は、小さいからこそ、自分を守ることに真摯なのかもしれない。

”セミは、地上にでてきてからは、短命で弱い”という、いつの間にかできあがってしまった私の中にある先入観を打ち破ってくれる、痛快な一瞬でもある。

(セミは、土の中にいる時代は、長いらしいですね。)

 

そういう先入観って、他にもたくさんあるんだろうなあー、、、と思いながら、台風一過の青い青い空を眺めるのが、私は好き。

そうちゃんだって、誰だってみんな、気がついていないだけで、まだまだいろんな力や可能性を、もっているんだろうなあ。。

 

P。S。

コメントをありがとうございました。

ゆきべさんの長男君かわいいー!

長男君の「助けてくだちゃい~」で思い出しましたが、私の小学校の時の友達は、追い出された時に、まともに大人と取り合ってはダメだとレクチャーしてくれました。

いろいろ試した結果、「お母さんに殺されるー!!」と言うのが一番効果がある、と彼女は言っていたっけ。。

 

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次男の最近

「男の子の赤ちゃん育てるのは、タイヘンよー。 女の子とは、ぜんぜん”動き”が違うんだからー。」

というのは、私がこれまでに、よく耳にした言葉。

よく聞いてはいたけれど、今まで、実感した事はなかった。

けれど、ここ最近、この言葉がしみじみ説得力をもつようになってきた。。

 

そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)も男の子だけれど、そうちゃんは、いたずらしようにも、赤ちゃんの時期は、まだ歩くどころか、動くこともできなかったので、そういう意味では、”タイヘン”な思いをした記憶がない。

長女(2歳)が赤ちゃんの頃、、、、確かに、いたずらは、よくしていた。

ひたすらに引き出しの中の物を出しまくったり、フタをあけて、中身を全部だしたり、、、でも、まあ、そんなものだった。

甘えん坊なので、私の後をついてまわって、”だっこ だっこ”というタイプだったので、いつも私の見えるところに、彼女はいた。

 

が、ここのところ、次男(1才2ヶ月)、まさに、”動き”がちがう。

最近の次男は、ピョコンと飛び出たお腹をつきだし、背筋を弓なりにそって、タッタッタッタッ、、、、もう随分昔から歩いているような顔つきをして、早歩きで、どこまでも行く。

家の中でも、ひとところに落ち着いておらず、部屋を巡回してまわり、なにかいいものはないかー、、、と、常に探し回っているご様子。

 

いたずらだって、もー、誰にも止められない。

引き出しという引き出しを開けまくり、ちらかしまくる。

長女の時は、一個一個ゆっくりした動作で、中の物を出していたが、こちらは、豪快にザバーっと、一気にひっくり返すタイプ。

で、あっちこっちで、ザバーっ! ザバーっ! しているので、気がつくと、大海原のごとく、部屋にはいろんな物が散乱し、あっという間にメチャクチャに。

泥棒でも、もう少し気をつかって、荒らしてくれるだろう、、、ってもんだ。。

そして、手に届く所には、すべて手を伸ばし、上に置いてあるものを、片っ端から、ダーっと落としたり、、、と、ただひたすらに、いたずらに専心の毎日を満喫。。。

”こんなことしたって、べつに、どうなるってことは、ないんだけどさー”というような、サラリとした無表情な顔で悪事をはたらくところが、余計に私を唖然とさせる。)

 

面白いのは、ここ最近、ペンやお煎餅や、ありとあらゆるものを、鼻や耳に入れようとしている奇妙な光景を目にすること。

最初は、「、、、、、何してるの??」と、不思議に思ったのだけれど、これ、どうやら、耳鼻科に行った時の治療のマネをしているようなのだ。

この間、中耳炎になってからというもの、耳鼻科へ行く事の多い次男。

病院では、鼻に管を入れて、鼻水をとったり、耳に、三角錐のようなものを入れて、耳の中の様子をチェックするのだ。

何度行っても、その治療のたびに、ベソをかいているのに、家で、その嫌いなはずの治療を、なぜか自ら率先してやっている次男。

ご苦労。。。

 

で、長女と決定的にちがうのは、縦の動き。

そう、高い所が大好きなところ。

まだ小さいのに、上昇志向(?)に満ち満ちていて、どこへでも、ズズズーっといわせながらイスを自ら運び、それを足場にして、登る、登る。

テーブル、コンポ、キッチンのカウンター、机の上、、、。

その登りっぷりは、まるで、野猿のようでもあり、とび職人のようでもある。

イスの背を足場にして、上半身をグイーッとのばし、目標(カウンターなど)に手をかける。

足場から目標まで距離がある時は、当然、目標に手をかけ、足場から足を離した瞬間に、下半身は宙ぶらりんになる。

私も、それをヒヤヒヤしながらも、横で見ていて、”もはや、そこまでか、、、。”と、助けの手をのべようと思うが、次男は、特段、焦った様子もなく、「ウッ ウッ ウッ、、、。」と言いながら、腕に力をこめ、グイーッと身をよせて、見事、よじ登りに成功!

で、これ、私がそばで見ている時だけだったらいいのだけれど、私が目を離している時も、部屋のあちこちでしているので、危なっかしくって見ちゃいられない。

ごはんを作っている時などに見かけたら、その都度、現場へ飛んで行き、次男をさしおさえ、下におろすのだが、何回も何回もそれの繰り返しとなり、なかなか家事もはかどらない。

 

、、、、というわけで、この、次男の危険な行動を阻止すべく、思いついたのが、”部屋の中のイスというイスを、全部ねかせる作戦”。

で、ただ今、実行中。

が、これ、次男は、確かに、高い所には登れなくなったので、その点は、めでたしめでたしなのだが、なにしろ、狭い部屋のあちこちに、イスがゴロゴロしているわけで、私をふくめ、イスに突っかかっての”けが人”続出。

この間なんか、そうちゃんがつまずいて、次男が下敷きになった事件も発生。

、、、、ということで、次男が高い所に登る危険より、こっちの方がよっぽど危ないんじゃないか説も、ちらほらでてきていたりする。。。

う~ん、迷う所だ。。

 

こんな調子で、次男は、起きてる間中、パワー全開、元気元気!

そのパワーの源は、月並みだけれど、よく食べて、よく寝ること。

そして、もうひとつは、”余計なエネルギーは使わない。(チャンスがあれば、エネルギー補充を心がける。)”というところにありそうだ。

たとえば、次男にとって、”車に乗って、ボーっと起きている事”は、どうやら、無駄なエネルギーを使う事、とみなされるらしい。

最近、不思議で仕方ないのだけれど、次男をチャイルドシートに乗せ、カチッとベルトをはめた瞬間、”さあて、、、寝るか。。。”という顔にサッと変わる。

私が運転席にまわり、エンジンをかけ、後ろに座っている次男を見ると、もうすでに、あくびのひとつもしている。

で、車を走らせ、最初の赤信号で車をとめたとき、クルリと振り向くと、すでに、次男は、”ZZZZ,,,,.”

寝息をたて、ちゃっかり眠りに入っている。

このへんの、次男の、オンとオフの切り替えのうまさは、私もこれからぜひ、見習っていきたいと思う。

 

P.S.

コメント、たくさんありがとうございます。

ciao!さんの、そうちゃんが、CMの最終チェックをしたら、、、、ですが、厳しいですよ~、きっと。。

なんたって、理屈なし、お世辞いっさいなしの、直感勝負ですから!

 

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