« 雨の日のバス停<前編> | トップページ | ノーシューズ・ノーマネー »

雨の日のバス停<後編>

<前回ブログのつづき>

                                                        

その女性に会ったのは、その時、一度きりだった。

朝のラッシュ時、忙しい時間帯に、わざわざ私のところへ来てくれて、メッセージを残していってくれた女性。

今でも、彼女が着ていた水玉模様のレインコートとともに、私の記憶に鮮明に残っている。

なんでもない日の、なんでもない雨降りのある朝、思いがけず私の耳に届いた言葉。。。

それは、不意打ちであり、それだけに、胸にズドンときた。

そうちゃんに障害があることは、日々、実感する事実であり、長女や次男を育てるにつけ、またあらためて、成長の違いをまのあたりにする。

でも、一方で、私の中では、障害のあるそうちゃんは、いつの間にか、特別なことでない”日常”になってきていたからかもしれない。

彼女が去った後、ポタッポタッポタポタッ、、、、という、傘に落ちる大粒の雨の音が、あの日はやけに響いた。

                                                            

健康な子供のお母さんもいろいろであるように、障害をもつ子供のお母さんもいろいろ。

ゆえに、子供の将来についての考え方もいろいろだ。

けれど、あの日の朝、私は、障害があっても、子供っていうのは、自分とはまったく別の道を行く、“個”なんだなあ、、、とあらためて感じた。

そう、、、思えば、それは、赤ちゃんがお腹にいるときからわかっていたはずの事、、、。

赤ちゃんがお腹にいるとわかり、ちょうど5ヶ月目くらいになる頃から、”胎動”があるけれど、それが、赤ちゃんが大きくなるにつれ、だんだんとダイナミックになってくる。

しまいには、お腹をユサユサ揺らすほどまでになる。

”そろそろ寝ようかなー。。”と思って横になっても、赤ちゃんは、おかまいなしに、ドンドンゴロゴロとお腹のあっちこっちをキックして、寝苦しかったっけ。。

あの時、思った。

「はあ、、、。 赤ちゃんって、私のお腹に一緒にいるっていうだけで、私とはまったく違う人間なんだなあ、、、。」って。

                                                                

「親」という字は、”木”の上に”立って””見る”と書く。

”木の下に親がおりて、あまりに近すぎるところで親が見ていては、子供を監視する事と同じ事になるので、それじゃあいけないんです、、、。”と、いつの日だったか、テレビで言っていたのを思い出す。

それを聞いた時、”なるほどなあ、、、。 親っていうのは、遠くまでサーッと見渡すことができるように木に登って、視野を広くもつ。

そして、向こうから危険が近づくのを察した時、いちいち急いで下におりて行って、子供を保護するのではなく、「もうそろそろ危険が近づくよー! 覚悟しときなさーいっ!!」と、木の上から、下にいる子供に叫ぶくらいの気持ちで見守ることのできる人が、「親」と呼ぶにふさわしい人なんだなあ、、、。”と感じたのを思い出す。

危険だからと、いつまでも自分の手の届くところに置いておくことは、子供のもつ、いろんな可能性をもつんでしまうことさえあるのかもしれない。

”親”といっても、一人の人間。

人間が人間にできることなんて、そう多くはないのかもしれない。

                                                              

私にも、子供をさっと手放さなければならないタイミングが、いつの日か必ず来ることを思うと、だからこそ、今、楽しめる事は楽しんでおきたい。

学校大好き、バス大好きで、毎朝、高揚しながら、鼻歌を歌い、妹と弟の乗る双子用ベビーカーを私と一緒に押しながら、小走りにバス停へ向かうそうちゃん。

帰りは、スクールバスをおりてから、ひと時、バス停のベンチに座り、大好きなバス見学。

(バスの番号と行き先をずーーっと私に聞き続ける。)

その横で、私は、いちいち、「はーい。 10番。 00行き~。」と答えながらも、ちゃっかり隣で読書タイム。

、、、そんな暮らしのひとこまを、大切にしたい。

「そうちゃん おかえり~。」

今日もまた、そうちゃんのバス停まで行ってきまーす!

                                                                

P.S.

でも、これ、お迎えの時間に遅れたら、大変なことに!

もし遅れたら、スクールバスは、終点(学校から1時間かかるところ)まで、子供とともに行ってしまい、そこから子供はタクシーに乗って学校へ直行することになっており、親は、その時間をみはからって、子供と引き換えにタクシー代片手に学校へ迎えに行く、、、というシステムになっている。

毎日、お迎えの時間はまちまちなので、うっかり者のこの私が、今までタクシーのお世話にならなかった事は、まあ、言ってみれば、奇跡のようなもの。。。

その話をしたら、母・よしこは、「は~。。。ちはる(私のこと)ちゃん、よく毎日遅れずに行けるわねー。 すごいわー。

ママだったら、毎月、タクシー代、いくら払ってるかわかんないわ~。」と言っていたっけ。。

確かに、、、。

確か~に!!

                                                             

<ブログランキングに参加しています>

下の”人気blogランキングへ”というところをクリックしていただくと、一票アップです。

いつも、長いブログにおつき合いいただき、お疲れのところ、、、その上、スミマセン。。

よろしくおねがいしまーすっ。

人気blogランキングへ

|

« 雨の日のバス停<前編> | トップページ | ノーシューズ・ノーマネー »

そうちゃん」カテゴリの記事

コメント

雨の日の偶然の出会い。。。
そのおばあさま、まるで神さまのお遣いの天使さんが
姿を変えて大切な事を教えにやってきてくれたみたいですね~。。
何だか読んでいてとても不思議な気持ちになりました。
(と、ガラにもなくスピリチュアルなこと言っちゃいました・・照。)


・・でもそのとき、もしちはるさんが眉間にしわを寄せて険しい顔をしていたり
余裕の無い雰囲気だと、話し掛けたりされなかったんだろうな、、とも
思います。

きっと実際のちはるさんも文章と同じように
やわらかで前向きで、
すーっと素直にメッセージを受け入れてくれそうな そんな素敵な方なのでしょうね。

親のありかた、、、今回のお話を読ませて頂いて
私もあらためて考えました。
ベースになる部分は同じでも
子供の数と同じだけバリエーションがありますよね。
親の数だけ、だとこっちは随分と楽なのですが・・・。ふー。。

お互いがんばりましょうねー。

投稿: ciao ! | 2006年7月 7日 (金) 23時07分

子供が産まれてからというもの、街でいろいろな方が声をかけてくれるということがとても嬉しい私です。
多くは育児の先輩で、小さなアドバイスをくれたり思い出話をしてくれたり。
せちがらい世の中と思うこともあるけれど、ヒトのこころってやっぱり変わらずあったかいですね。

投稿: こころ | 2006年7月24日 (月) 14時14分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/12217/2535861

この記事へのトラックバック一覧です: 雨の日のバス停<後編>:

» 子育てQ&A [楽しい子育て@育児なんでも情報館]
子育ての疑問について書いてます。今回は「発達の悩み」 [続きを読む]

受信: 2006年7月10日 (月) 16時18分

» 村上ファンドが捕まった裏事情 [裏ニュース]
そんなミスを犯すはずがない、俺は裏で色々あったと思ってる [続きを読む]

受信: 2006年7月23日 (日) 10時38分

« 雨の日のバス停<前編> | トップページ | ノーシューズ・ノーマネー »