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2006年5月

テレビ・天ぷら・すきやき

その昔、結婚して間もない頃、ダンナさんが、驚いた顔をして、私に言った。

「ねー、ちはる(私のこと)ちゃんの家族、テレビ見るとき、面白いよねー。。」

聞けば、私の実家に皆が集まり、(特に、私と姉と母・よしこの三人が)、テレビに向かうと、延々、しゃべり続けているというのだ。

ダンナさんの実家では、しゃべるのは、あくまで、テレビの中の人であって、テレビを見る茶の間側の人間は、時々、ウンウンとうなづく程度で、静かなものだという。

 

そう言われてみれば、その通り。

私の家では、昔から、テレビに向かうと、ドラマに出てくる女優さんや俳優さん、そして、CMにいたるまで、映像をみながら、まるで、同時通訳しているかのように、あーだらこーだらとコメントする。

私たちは、「この人きれいねー!」だとか、「いやー、最高におもしろいよねー!」とか、いろんな事を言っているらしいが、中でも、「わーっ、この人、ふけたねー!」というのが、ダンナさんが耳にする頻度としては、何といっても、ダントツのトップらしい。

そして、このコメント、ただ、ボソッと独り言のようにつぶやくだけでは終わらず、「ねーっ?」 「ねーっ?」と、まわりの同意を求め、「あらやだー!」 「ホントだー!」 「うわーっ!」、、、と、異様な盛り上がりようなんだそうだ。

その上、「やっぱりさあ、目鼻立ちのハッキリした美人顔は、かえって、ふけちゃうのかなー。」(参考:ここで、目鼻立ちのハッキリしない三人<私・姉・よしこ>、大きくうなづく。) 「前は、あんなにキレイだったのに、どうしちゃったんだろうねー。」などと、自分のことは棚に上げて、大きなお世話としか言いようのないところまで発展するので、あたかも、”テレビに向かって、ペラペラペラペラしゃべり続けている”ように見えるらしい。

 

思えば、小さい頃から、テレビとは、そういう風に、つきあってきた。

だから、外国映画を見る時のように、映像を見ながら、字幕を読む事が、ごく自然にできるのと同じく、私たちは、しゃべりながらも、ストーリー・CMのポイントを、きっちりおさえている。

が、その文化に不慣れなダンナさんは、側にいる私たちのピーチクパーチク、くだらない会話に気をとられるがあまり、(もちろん、途中、同意を求められるわけだし、、。)集中力を欠き、テレビの内容を把握するまでは、到底いきつかないらしい。

長時間、テレビを見ていると、同じCMが流れる事もしばしば。

それでも、私たちは、「ほらっ。 やっぱりふけたよねー。」などと、またさっきの会話をみんなで、それはそれは熱意モリモリに繰り返し、「ねーっ?」 「ね~っ!!」と、またまた周囲に同意を求め、こりることがないらしい。

そこが、ダンナさんから見て、”面白いところ”なのだという。

 

同じ事を繰り返し言う、、、と言えば。。。

たとえば、母・よしこ。

みんなで卓上天ぷらを囲む時。

よしこの揚げる天ぷらは、衣がカラリとしていて、本当に美味しい。

なので、一口食べた瞬間、「う~ん。。ママの天ぷら最高だね~!」と思わず私が、、、そうでなくても、誰かが必ず言う。

すると、「あらー そ~?」と言った後、必ずつづくセリフは、「あのねー、天ぷらだけは、みんなからほめられるの。 パパのおじいちゃん(よしこの義父)も、”よしこさんの揚げた天ぷらが、一番美味しい”って、いつも言ってくださったのよー。」

ここ何年、、、いや、何十年、変わらず、私が天ぷらを食べるたびに、よしこは、こう言い続けている。

"卓上天ぷら”に、このフレーズは欠かせない。

でも、このよしこのセリフは、天ぷらを食べはじめて間もなく、誰かが、「美味しい!」と言った直後、間違いなくやってくるので、”それきたっ!”という感じで、とてもわかりやすい。

セリフのタイミングが決まっているからだ。

 

が、父の場合は、、、。

みんなですき焼き鍋を囲む時。

父が決まって言うセリフがある。

「昔ねー、パパのお兄さんが、すき焼きした後の、この残ったつゆが好きでねー。。次の朝、必ず、このつゆをご飯にかけて食べてたんだよー。。」

ところが、すき焼きを食べるたびに、昔から、聞き続けているにもかかわらず、この、父のセリフがでるタイミングは、読めそうで読めない。

それが、なぜだか、みんなをドキドキさせる。

鍋のお肉も食べつくし、しいたけも、糸こんにゃくも、あと残りわずかになり、、と、すき焼きも終盤にかかってから、、、というタイミングでの発言であることには間違いないのだけれど。。

そう、お化け屋敷に行って、「向こうの出口の”あのへん”で、大げさなオバケが、最後にもう一度でてくるぞ、、、。」という事はわかるのだけれど、それが、正確に、どこの位置で、、、というのが特定できない、、。

そういうドキドキに近いものがある。

この、最後のお汁をたっぷりすいこんだお麩を食べたところで、父の口から出るのか。

くったりと、とろけそうなネギを食べたところで、父の口からでるのか。

そして、”そろそろかな、、?”という頃から、皆、今か今かと待ち構えるがあまり、なんだか、むしょうにおかしくなってきて、ソワソワと落ち着きがなくなり、なんとなく目を見合わせては、ニヤニヤしてくる。

もし、今日もまた、父が同じ事を言ったなら、今日こそ、ずっこけて笑いこけるんじゃないか、、、という懸念も、毎回みんなの中に、うずまく。

が、そこは、さすがに長年の習慣。

またまた、いつもと同じように、それ来たとばかり、プーッとふきだすのを、ギリギリガマンしなから、「ねー そう言ってたねー。」とコメントし、、、コンロの火が消える。。。

実家にみんなが集まると、何度聞いても、一言一句、話がかわることがない、"日本むかし話”みたいな会話であふれている。

卓上天ぷらも、すき焼き鍋も、この、日本むかし話を聞かないことには、物足りなくて、スッキリ終われないことになっている。。。

 

P.S.

月日は流れ、今や、ダンナさんもすっかり私の実家派。

「げっ! ふけたー!!」 「一気にきたねー!!」

、、、テレビに向かって、しゃべり続ける、その勢いは、もはや誰にも止められない。。。

 

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チャングム・誕生日にコメントいただき、ありがとうございました。

チャングム見たら、また、お知らせしますね。

気長に、、気長にお待ちくださいませー。                                                       

 

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耳鼻科・待合室にて

この間、次男(1歳)が初めて中耳炎に。。

その時に行った、病院での待合室での話。

 

次男が、鼻をたらし、食欲もなく、よく耳をさわる。

まわりの人に、”中耳炎かもよ。”と指摘され、耳鼻科へ。

前に小児科へ行った時、たまたま隣に座っていた子供連れのお母さんが、”耳鼻科へ行くならここがいいですよ”と、評判の病院を教えてくれたので、そこへ。

なんでも、耳鼻科は、一度かかると、”毎日来てください”と言われ、なかなか長い付き合いになるらしい。

が、その耳鼻科は、バッチリ腕もよく、治療が終わったら、「もう来なくてよろしいっ!!」と、大きな声で、気持ちよくスパッと言ってくれ、きっぱりすっきり病院通いとサヨナラできるという。                 

 

行くと、さすがに、人気の耳鼻科とあって、待合室には、人がぎっしり。

でも、人数の割には、サッササッサと次々名前が呼ばれ、思ったよりは、スムーズにリズミカルにすすんで行く。

とは言え、何せ、人数が人数だけに、それなりには待たされていた。

 

待合室から診察室へは、ドア1枚あるだけで、そのドアも全開になっているため、診察室は、筒抜けだ。

どうやら、ほとんどの人が、風邪か鼻炎あたりで来ているらしい。

”鼻をチューッと管を入れてとってもらい、先生が「のどをあけて、”あーっ”って言ってー。」と言うと、「あーっ。」

その声と同時に、先生がチョチョイと、のどに何かをぬり、、、、その後、必ず、「オエっ」と言う声。

、、、と、このセットが、耳鼻科では人気のコースらしかった。

 

待合室の壁には、大きな張り紙があった。

そこには、大きく太い文字で、「名前を呼ばれた時、いらっしゃらない場合は、その時点で、順番は最後となります。」と書いてある。

こんな張り紙を病院で見たのは、初めてだった。

どうりで、さっきから、看護婦さんが名前を呼ぶたびに、みんな、本を読んでいる手をやすめ、隣の人とおしゃべりしているのをやめ、耳をそばだて、聞き逃すまい、、、、と緊張感漂っていたはずだ。。

”なるほどねー。 さっ、私も、ウッカリとばされないようにしなくっちゃ。。”と思っていた矢先、、、、プーン。。

何やら私のそばで、怪しげなニオイが、、。

何食わぬ顔で、ご機嫌に笑っている次男を引き寄せ、怖いもの見たさで、次男のオムツをソーっと見ると、、、、臭い方(大)をしていた。

げーっ。。。

私は、受付の方に歩いていき、オムツをかえる所を尋ねたが、「あー、オムツかえるところねー、ないんですよー。 申し訳ありませーん。」とのこと。

 

えっ、、、そういうことなら、、、私の方こそ、申し訳ないかも。。。

もし、子供の頃、大好きだった人生ゲームの”ふりだしにもどる”だったら、畳をバンバンたたいて、キャーキャー悔しがりながらも、「はいはい、またここからね。」と、気持ちも新たに再出発できるが、この待合室では、残念ながら、そういうわけにはいかない。

今日、一日のスケジュールを考えると、オムツをかえに、外に出て行ったがために、順番がふりだしにもどる、、、なーんてことになって、ここで、これ以上時間を費やすことは、許されない。

もうそろそろ、次男にお呼びがかかる、、、というタイミングでもあったし。。

 

私は、ひっそりと静々と待合室のイスにもどった。

もう、このまま、こうやって名前が呼ばれるのを待つしかない。

そうだ、、、私のひざの上にチョコンと次男を座らせ、“ニオイ封じ込め作戦”でいこうと、次男を羽交い絞めにしたが、そこは、なんてったって1歳児。

”ギーギー”と言いながら、体をくねらせ、何が何でも、私のひざから降りたがり、歩きたがった。

仕方なく、次男をはなすと、ヨチヨチと歩き回り、ニコニコと愛想をふりまきながら、見知らぬ人に、両手いっぱい広げ、ダッコまでせがんでいる。。。

”なにか、この、次男から放たれるニオイより、インパクトのある事が起こらない限り、この待合室のよどんだ空気は、なんとなーく気まずい雰囲気のまま、、、!”と思っていたその時。

突然、診察室がドタバタしはじめた。

、、、と、奥から、「お母さん! 頑張ってください!!」と、甲高い看護婦さんの声が聞こえた。

と思ったら、今度は、「お母さん! 動かないで! お願いだから動かないで!」 「危ないですよ!」と、看護婦さんの声も、二重奏となった。

 

この時点で、待合室の皆の注目の対象は、次男から診察室のお母さんへと、ガラリとうつった。

そういえば、さっき、お母さんと息子さん(3歳くらい)が診察室へ入って行った。

中を見ると、子供は、診察台の横で、心配そうに、お母さんを静かに見守っている。

お母さんは、診察台の上で、首を左右にふりながら、バタバタしており、「先生! 先生! それ、どうするんですかー?!」 「えっ?? ムリです、ムリムリ!」 「キャー 死ぬー!」と叫んでいる。

その後、なだめるような、「ねー 大丈夫よー、お母さん。。 あのねー、これねー、幼稚園の子供でも、赤ちゃんでもできるとよー。 はいっ、動かないでっ!」という先生の声が、診察室をこだました。

 

どうやら、そのお母さんは、鼻から耳に空気をおくる治療を受けているらしい。

この治療、私も一度経験があるが、どういうものかというと、金属の長い棒を鼻に入れて、その棒を通して流れてくる空気を耳におくるのだが、その棒の長いこと! 太いこと!、、、そして、痛いこと!!

エンピツほどは太くはないかもしれないが、間近でみると、十分、そのくらいはあるように見える。

その棒が、ありえないほど、鼻の奥に奥に入っていくのだ。

 

それからまもなく、どうやら無事終わったらしく、そのお母さんは、ガックリと疲れ果てて、診察室から出て来た。

私は、このお母さんの気持ちがよーくわかるので、出て来たお母さんと手をとり合って、この治療の恐ろしさを分かち合いたい気持ちでいっぱいだった。

が、ちょうどその時、次男の名前が呼ばれた。

なので、あの、なんともいえない、”気まずいニオイのプレッシャー”から私を解放してくれた、そのお母さんとは、深く、深く、感謝の会釈だけしてのお別れとなった。。

 

あらためて、、、お母さん、その節は、どうもありがとうございましたー。

 

 

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恐るべし・円形脱毛症<後編>

<前回ブログのつづき>

 

私のハゲに対する家族の反応はというと。。。

ダンナさんは、さすがに、私が毎日、鏡を見ながら、あーだこーだ大騒ぎしていたので、「いやー 生えてくるやろー。。。生えてくる! くるって!!」と、力を込めて言った。

が、その唇は、笑いでプルプルとふるえており、、、かなり、憎らしかった。

遊びに来た私の姉は、ゲラゲラ豪快に笑いながらも、やはり、ダンナさんとまったく同じような事を言った。                                                         

 

私は、数回、その”液体窒素治療”に通った。

でも、行くたびに、看護婦さんは、「んー これをしたからって、、、。」と申し訳なさそうに、伏目がちに言うので、もう、病院へ行くのはやめて、自然にまかせて、しばらく、待つことにした。

が、待てども、待てども、髪が生えてくる気配さえ感じられないまま、数ヶ月が過ぎた。

 

そんなある日、私は、姉と一緒に買い物に出かけた。

そう、あれは、松屋銀座の上りエスカレーターにて。

姉は、前にいる私の後頭部をみて、いつものように、クックックックッ笑ったかと思うと、言った。

「ねーねー、もう、ちはる(私のこと)ちゃん、、、ヒーっ(笑う声)、ダメかもよー、ヒーっ!」

(私は、正直、ドキリとした。

実は、私も、そろそろ本当にマズイかも、、、と感じていたからだ。

皮膚科の銀ぶちメガネ先生が、”そのまま、毛の生えてこない人をたくさん診てきた”と言っていたが、「私は、まさしく、そちらの集合の方に、属するんじゃーなかろーかー、、、。」という疑惑が、モクモクと私の頭の中に、たちこめていた。)

「ねーねー、もうさ、やるんなら早い方がいいよ、アデランス! ヒーっ!」とつづく。

「りか(姉のこと)ちゃん、やっぱり、ここ、目立つ?」と聞くと、”そりゃーもう当然!”という顔をして、姉は、ウンウンと大きくうなずいた。

 

思えば、私だって、こんな事で、ハゲになる予定はなかった。

私は、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)に障害があることを告げられてからというもの、絶望のふちに立たされた日々があった。

「人間ね、心底悲しい事があったり、過剰なストレスがあると、一夜にして、髪の毛が真っ白(白髪)になることがあるんだってよー、、、。」という話を、母・よしこからだったかな、、、聞いたことがある。

それを聞いてから3日間くらいは、さすがに私も気になって、朝起きると、パッと洗面所へ直行し、鏡を見て、”今日もよしっ。”と安堵したものだ。

、、、が、ハゲは、ノーマークだった。。

そうちゃんのハンドパワーは、あまりにダメージが大きかった。。

 

私は、それからしばらくの間、家族に”笑いの種”を提供できたし、”私のハゲのこれから”についても、よく話題にのぼり、”酒のサカナ”程度には十分なった。

そう、皆(家族)の関心は、驚くほど高かったのだ。

が、一方、フシギな事に、まわりの人からの反応は、ことごとく鈍かった。

、、、というより、こちらから切り出さない限り、”無”に等しかった。

男女問わず、こと、”髪”に関しては、どうやらタブーらしかった。

もちろん、あの時の私の頭を見て、”あっ、、、。”と気付かない人は、いなかったと思う。

「キャー どーしたの、その頭?」と聞かれたら、「ちょっと聞いてよー、それがさー!」と、こちらも笑って言えるのに、何も言われないとなると、私のテンションもかなり下がった。

こうなると、”言おうか言うまいか”、”聞こうか聞くまいか”、、、と、お互い、さぐりあいの世界となる。

もちろん、友達や親しい人には、ハリキッて説明するが、よく行くクリーニング屋さんや、八百屋さん、薬局、、、このへんになると、打ち明けようか、どうしようか、非常に迷うところだった。

 

そんなこんなで、日は何となく過ぎていき、”そろそろ資料請求するか。。。”と思っていたある朝、私のハゲに、ヒョロヒョロっとしたものを発見した。

私は、何度も何度も鏡で確認し、嬉しさのあまり、目には涙が浮かんでいた。

さっそく、ダンナさんを呼び寄せ、見せてあげたが、あまりの細さによく見えないらしく、「は~っ?? どれ~??、、、これ? 髪? ちがうやろ~? ホント?」と言って、なかなか信じようとはしなかった。

その後、そのヒョロヒョロは、順調に育ち、おかげ様で、今はバッチリ、何事もなかったかのように、整然と生えそろっている。

めでたしー めでたしー。

 

P。S。

髪つながりで、もう一つ。

昨日、洗面所で私が顔を洗っている時のこと。

ダンナさんが、「いやー、、、。 オレのカミ(髪)、どこへ行ってしまったとかいなー。。。 おかしいなー。。」と、私の背後でつぶやいた。

私は、この手の話で、こんなにストレートに”思い”をぶつけれたのは、今回が初めてだったので、一瞬、モクモクと泡のついた手をやすめ、返事に困った、、、なんで、今さら??

で、「う~ん、、、ホント、どこに行っちゃったんだろうねー。。 でもさー、昔から、その気はあったよねー。。」と、しんみりしながら答えた。

すると、鏡ごしに目がバシッとあったダンナさんは、私を不思議そーにながめている。

、、、そう、”オレのカギ(鍵)、どこへ行ってしまったとかいなー”の聞き間違いであった。。

 

 

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恐るべし・円形脱毛症<前編>

かれこれ、7年くらい前、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)が2歳の時、私は、ヒョンな事から、円形脱毛症になった。

その時の話。。。

 

ある朝、私が寝ていると、先に起きていた、そうちゃんが、私の枕を引っこ抜いて、私のことを起こそうと必死だった。

、、、が、なにしろ、私は眠かったので、枕を引っこ抜かれても、めげずに、顔をパシパシたたかれても、めげずに、「そうちゃんー、、もうちょっと寝せて~。。」と言いながら、こちらも必死だった。

そうこうするうちに、「ギャッ!! 痛い~~!!」

私は思わず叫び、飛び起きた。

悪気はなかったのだろうが、そうちゃんが、私の髪の毛を、ものすごい勢いでひっぱったのだ。

イヤ~ 痛かった!

しばらく、頭をかかえるほど、痛かった。

私は、とっさに、髪がごっそり抜けてしまったんじゃないかと思って、パッと髪に手をやって確かめたが、幸い、10本くらいしか抜けていなかった。

ホッ。。

、、、が、数日たっても、ジンジンとした痛みは治まらず、次第に地肌が、赤くはれてきたかと思うと、あっという間にかさぶたになった。

、、、で、かさぶたになっただけでは、終わらなかったのである。

かさぶたがポロポロと乾いて、取れかかっていたので、ちょっと頭に手をやって、かさぶた部分をうかしたら、、、。

髪がっ、、、髪が、なんということもなく、スルリと、かさぶたと一緒についてくるではないか!!

そして、ついには、そう、”一円玉よりチョイ大”くらいのハゲとなってしまったのだ。

マズイ、、、。

鏡をのぞくと、横の髪でも、前の髪でも、隠しようのない場所、、、ちょうど、後頭部のてっぺんより、ちょっと下に、ハゲは、でき上がっていた。

(私は、この時、バーコードおじさんの気持ちが、痛いほどよくわかった。。)

こんなこと、さすがに初めてで、とにかく驚き、焦り、オロオロした。

、、、が、抜けてしまったものは、しょうがない、、、髪が生えてくるまでの辛抱だ。。。

そう言い聞かせながら、自分を慰めた。

 

しばらく、そのまま放置し、髪が生えてくるのをひたすら待ったが、いっこうに、生えてくる気配がない。

で、ある日、私は、家の近くの皮膚科へ行ってみる事にした。

その皮膚科、、、ドアを開けると、外観と同じく、中も、コンクリートうちっぱなし風となっており、なんとも殺風景な雰囲気の病院だった。

診察室に入ると、銀ぶちのメガネをかけた、これまた、これといったインパクトの薄い先生が座っていた。

 

「こんにちはー。」と言う私に、銀ぶち先生は、ニコリともせず、「はい、どーしましたー?」とだけ言った。

私は、ヒョイとイスを回し、後ろを向き、「あのー、ここ。」と言って、指差した。

そして、”息子にやられた”事を詳しく話そうとした矢先、、、銀ぶち先生は、「あー、円形脱毛症ですねー。」と、あっさり言った。

私は、そんな事を言われるつもりで病院へ行ったのではなかったので、一瞬、あっけにとられ、キョトンとした。

でも、しばらくして、”そうそう、、、こうなった理由をまだ説明してないんだから、まだ何も知らない先生に、早く教えてあげなければ、、、。”と、我にかえった。

円形脱毛症であるハズは、ないのだから。。

 

そこで、私は、「いや、違うんです。 実は、この子(ベビーカーに乗っている、そうちゃんを指差す)が、私の髪をひっぱって、、、。」と、事の一部始終を口早に説明した。

私は、銀ぶち先生は、”あー そうでしたかー。 それは大変でしたね。 そういう事なら、もう少ししたら、自然に髪が生えてくるでしょう。 もう少し、待っててください。”、、、というような事を言ってくれるだろうと思っていた。

が、先生の口からでた言葉は、意外な事だらけだった。

「えー、ですから、円形脱毛症ですねー。」

「えっ? 自然に抜けたんじゃなくって、子供からひっぱられて抜けたのに、、、、ですか?」と、私。

「だからー、どういう原因であれ、現段階では、これは、まさしく、円形脱毛症です。」

「はあー。。」と私は、気の抜けた返事をするのが精一杯で、「なにか、いい薬、、、あるんですか?」と、すがるように聞いた。

すると、先生は、「窒素、窒素。 液体窒素で頭に刺激を与えます。」と、何やら、カルテにモチャモチャと書きながら、面倒くさそうに言った。

(これは、ドライアイスみたいな、冷たいものを、サッと頭に当てる治療。)

その後、私は、単に、”いつごろ、毛が生えてくるのか”の確認のため、「こうなっちゃってから、けっこう時間たつんですけど、もうそろそろでしょうかー?」と言った。

すると、その銀ぶち先生は、チロっと私を横目で見て、「やー、それは、わからない。

生えてくるかもしれないし、もう、生えてこないかもしれないし。」と、何の感情もなく、あっさりと言ってくれた。

えっ、、、?

えーーっ!!!

「生えてこない人もいるんですか?」と私が、恐る恐る聞くと、「えー いますよ。 そういう人、たくさん、診てきていますから。」と言った。

 

聞けば、これからしようとしている、その、液体窒素の治療とやらも、どうやら、”しないよりした方がマシ”という域をでない程度の治療らしく、頭皮に刺激を与えて、髪の発毛を促すだけらしい。

実際、先生は、「治療したからって、髪が生えてくるわけじゃないよ。 生えてくる時は生えてくるし、こない時は、こない。」と、ダメ押しした。

 

その日、私は、ガックリうなだれて、病院を後にした。

ハゲ、、、ハゲ、、、ハゲ、、、私の中で、走馬灯のように、その言葉だけが、クルクルクルクル回っていた。。。

 

次回に続く。

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いつか私も、”チャングムの誓い”。。。

韓国の人気ドラマ、”チャングムの誓い”。

私のまわりにも、2度、流行の波が訪れた。。       

 

1回目。

それは、ちょうど、昨年の今頃。

私が、次男を出産して、病院に入院していた時。

私の母・よしこと姉が、はまりに、はまっていた。

姉は、私のちょうど1ヶ月前、二人目の子供を里帰り出産し、実家に帰って来ていたのだ。

 

トントン。

ノックする音が聞こえ、よしこが私の病室にお見舞いに来てくれる。

よしこは、ドアを開けると、べビーベッドに寝ている次男のところに直行し、のぞき込む。

そして、「あらー。 また寝てるー。。。 どうして、寝てばかりいるのかしらー? せっかくお見舞いに来たっていうのに、目を開けてないなんて、面白くないわねー。 ほらっ、ほらっ、起きなさーい。」と言いながら、ベッドをゆらゆらと揺らす。

そして、「あらーっ! なに! この太い腕! ホント、”男の子”って感じねー。」、、、と、お見舞いに来るたびに、ほぼ毎回、私に同じことを言った。

そして、必ず、「かわいいわね~!」と、ついでのように付け加え、それから、本題に入る。                                                    

 

「もーね、ママ、眠いのよー! だってね、昨日もあんまり寝てないの。」

聞けば、姉と二人で、毎晩、深夜まで、”チャングム”をレンタルして、見ているらしい。

「もー 最高よ! 昨日も面白かったわー! ちはる(私のこと)ちゃんも、退院したら、一緒に見ましょうよ。」と、私を誘った。

 

私が退院して、週末、実家へ行くと、なるほど、よしこに聞いた話どおり、二人(よしこと姉)は、深夜まで延々、チャングムを見続けていた。

途中、傍らに寝ていた、姉の生後1ヶ月の赤ちゃんが泣いた時。。

「あーら、、なんで泣いているのかしら?? さっき、ミルク、あげたばかりじゃない?、、、(壁にかけてある時計を見上げながら)あらやだ、りか(私の姉のこと)ちゃん! もう3時間たってるわ。ほんと、赤ちゃんのお腹って時計みたいねー!」と、よしこは言い、二人でウンウンうなずいていた。

それから、仕方なく、姉がミルクをあげ、、、、。

と、言いたいところだが、姉は、立ち上がろうという気は、さらさらない様子で、代わりに、テーブルの上にあるリモコンの”一時停止ボタン”をピっと押した。

すると、そのピッという音と同時に、よしこが、ヨイショと立ち上がり、ミルクをキッチンでチャッチャーとつくったかと思うと、タッタカターッと小走りでリビングに戻って来た。

そして、姉がリモコンをピッ(今度は、”再生ボタン”を押す音)とする音と同時に、よしこは赤ちゃんにミルクを飲ませた。

この辺の一連の動作には、少しの無駄も感じられず、どうやら、二人の間では、暗黙の了解の中、役どころ(姉は、ピッ・よしこは、ミルク当番)が決まっているらしかった。

 

チャングムは、全54話あるらしく、よしこたちは、あと、もう残り20話、、、というところにきていた。

よしこは、今までのストーリーを、テレビを横目でしっかり見ながら、”この人が、あーでこーで、、、あーしてこーして、、、。”と、私に、ベラベラベラベラ・ベラベラベラベラ話して、解説してくれたが、、、、なにやら、サッパリわからなかった。

ただ一つ、よしこの長い長い解説の中でわかったのは、”こんな面白いものはない”という事だけだった。

”こういう「続きもの」は、ぜひとも、最初から、じっくり見たい。

そんな素晴らしいものなら、なおの事!”

私は、そう思い、途中から仲間入りすることは、あえてせず、見たいけれど、見ないようにガマンして、チャングムは、これからの私の楽しみにとっておくことに決めた。

 

父は、よしこと姉が熱狂する中、最初は、一緒に見ていたらしいが、”「毎回、事件が勃発して、それから、こうなって、、、。」と、ストーリーが、いつも決まっていて、その繰り返しなので、つまらない。”という理由から、途中リタイアしており、なんとなーく、リビングの中で、一人、仲間はずれっぽくなっていた。

(その、父のチャングム評が正しいとすれば、そんな、”パターンもの”、それこそ、父の、もっとも好むところだと思うのに、、、リタイアするなんて、意外だった。

だって、父は、誰もが認める、”サスペンス番組”の大ファン。

視聴率アップには、相当、貢献しているハズだ。。。)

 

よしこは、「これは絶対に見たほうがいいわよー。 一緒に見ましょーよー!」と、私のダンナさんも誘っていたが、ダンナさんは、チラリとテレビに目をやったものの、「あー、面白そうですねー。、、、じゃ、私、お先に、やすませていただきます。」と、義理息子として、当たり障りのないセリフを残し、お布団の敷いてある和室へとスーッと消えて行った。

 

そして、2回目の波。

なんと、1回目の波の時、まったく関心を示さなかった私のダンナさんが、目覚めた。

今年に入り、たまたま、テレビの再放送を見て、”これはおもしろい! 見るぞっ!!”という事になったのだ。

週末になると、チャングムをレンタルし、それはそれは嬉しそうに大事そうに、小脇に抱え、帰って来る。

どうせ見るなら、大きな画面で、、、ということで、家のテレビより大きいテレビがある、私の実家へと泊りがけで通った。

 

私も、この2回目の波にのって、一緒にハマルはずだった。

、、、、が、そこには、思いがけない壁が立ちはだかっていた。

”睡魔”という、えたいの知れない壁が。。。

リラックスチェアー。

これこそ、私の最大の敵であった。

実家のテレビの前に置いてある、このチェアー。

角度にして、70度くらいだろうか。。

いけないことに、スツール(足置き)までついている。

この、素晴らしく座り心地のよいチェアー。

これが、思わぬ誤算だった。

このチェアー、”いつもお疲れでしょう。 さあさ、どうぞゆっくりお眠りください。”というために、この世に存在するものらしい。

毎回、「チャングム! チャングム! さー 見よう! 早く早く!!」と、私は、ハリキッて、そのチェアーを陣取り、見始めるのだが、5分とたたないうちに、私は、意識を失い、、、、気がつくと、私の上には、毛布。。

そして、”チャーチャーチャー  チャーチャチャー  チャーチャーチャーチャー  

チャーチャーチャー  チャーチャチャー  チャーチャーチャーチャー~”

という、心にしみる、あの美しいチャングムのエンディング・テーマが聞こえてくる。

ハッ、、、また寝てしまった!!

サッと、そばにいるダンナさんを見ると、決まって毎回、大きなため息をフーッと、ひとつつき、「あー。。今日も面白かったー。 いや~ 面白い!!」と、悔しいほどの満足顔。

、、、、という事が、しょっぱなから、何度もつづいたため、またもや、”こういう「続きもの」は、ぜひとも、最初から、じっくり見たい。

そんな素晴らしいものなら、なおの事!”、、、という事になり、またまた、54話を、泣く泣く見送る事となった。

 

姉は、”初めから、もう一度、ストーリーを何も知らない状態でチャングムを見てみたい。

まだ、見ていないっていう人がうらやましいー!”と言って、私のことを、とてもうらやましがっている。

ダンナさんも、54話、見終わり、週末は、心なしか寂しそうだ。

さー、みんながうらやむ中、ゆーっくり見るぞーっ、チャングム!

今度こそ!!

 

 

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次男・もうすぐ1歳

早いもので、昨年生まれた次男が、まもなく、1歳の誕生日を迎える。

ヨロヨロしながらも、9歩くらい歩けるようになったり、”バイバイ”などの真似っこができるようになったり、、、と、何もかもが、そうちゃん(長男・10歳・知的障害アリ)の時と、あまりにも、成長のスピードが違うので、私は、驚くばかり。

(何しろ、そうちゃんの時は、歩けるようになるために、毎週、リハビリに通い、、、やっと、最初の一歩がでたのは、3歳8ヶ月の時だった。。)

 

そんな、日々、進化して行く次男を尻目に、さすがと言うべきか、そうちゃんに、”焦り”は、みじんも感じられない。

、、、が、ライバル意識は、確実に芽生えている。

次男が、ヨチヨチと、たどたどしく歩くたびに、そばにいる、そうちゃんは、一瞬ハッとした顔をしたかと思うと、大きな体を左右に、上下に、大げさに揺さぶりながら、ゆーっくりと立ち上がり、ロボットのように、ガックンガックンと手足を動かし、歩く。

「ママー! ママー!」と私の注目をひきながら。。

これは、単に、次男の歩き方をマネしているのではないのだ。

「わーっ!歩けるの~?すごいねー!!」と、私が次男に言うのと同じ言葉を、自分にも言って欲しいがための、オーバーアクション・パフォーマンスなのだ。

もう、10歳だというのに、まったく力が抜けるなあ。。

それにしても、いつの間にか、超・スロースローな成長ぶりを、じっくり、まったりと味あわせてくれる、この、そうちゃん独特のペースに、私も、知らず知らずのうちに、まんまと巻き込まれてしまった。

おかげで、長女と次男の成長のテンポには、はっきり言って、ついていけていない。

 

ゴールデンウィークにダンナさんの実家に泊まりに行った時。

そうちゃんは、おばあちゃん・おじいちゃん・遊びに来てくれた従兄弟のお兄ちゃんが、快く、何回でも答えてくれるのをいいことに、一日中、「何歳?」と聞いては、ウケまくり、笑い転げていた。

首に青筋をたてながら、屋根も吹っ飛ぶほどの大きな声で。。

(前のブログ・「突然に、、、何歳?」参考。)

そして、「これ、なに~?」 「これ、どこで買ったと~?」 「だれにもらったと~?」と、次から次へと質問攻めの長女(2歳)。

さっき答えた事と、ウッカリ、違う返事を返そうものなら、長女は、”もしかして、、、私のことダマしてる?”と言わんばかりに、眉をへの字に曲げ、懐疑的な顔をし、その後、少なくとも、3回は、同じ質問を反復し、確かめる。

そして、何でもかんでも、さわりまくっては倒し、、、すぐにモゴモゴと口に入れ、スタスタスタスタ、、、ハイハイで高速移動しては、ちょっと目を離したスキに姿をくらまし、悪事をはたらく次男。

さらには、そうちゃんと長女とのいさかい。

、、、そんなこんなを見て、義母は、「いや~、、、。この三人を同時に育てるって、並大抵のことじゃないねー! ちはる(私のこと)さんは、スゴイっ! 私には、とてもできないー。。」と、ボソッと、お味噌汁の味噌をときながら、誰に言うともなく言っていた。

いやー、、、”大変”という事だけを、かいつまんで言うのなら、私にも、とてもできない。

だって、このお三方、どこの星からやってきたのか、はたまた、海のものとも山のものとも、まだサッパリわからない。

理屈を説明して、「はい、わかりました。」と納得できる者は、残念ながら、一人として存在しない。

 

私は、この三人衆が、そろって家にいる「魔の時間帯」には、毎日、”やれ、お風呂だ” “オムツだ” ”着替えだ” ”食事だ” ”ケンカの仲介だ”、、、と、家の中を駆けずり回っている。

佐川急便のトラックの側面に描いてある、あの、”飛脚の人”のように。。

あれを見ると、家の中での私とダブっていけない。

相通じるものを感じ、思わず、ジーっと見てしまう。

そう、とにかく、”次!” ”次!” ”次!”と、サッサかサッサか走ってかからないことには、一日が終わらない。

 

けれど、もちろん、子供が一人増えるごとに、楽しみも倍増する。

子供は、とにかく、大人が予想だにしない、何とも不可解な、フシギな行動をする。

そこが、子供の最大の魅力なのかもしれない。

 

この間もそういえば、、、。

長女のオムツ(クサイ方)をかえ、リビングに戻ってきたら、、、モア~っと、なんだか臭う。

なんとなーく、どこからともなく臭ってくる。

、、、と、テレビの前に座っていた次男が、私を見つけ、「ちゃっ ちゃっ ちゃっ!」と、何の暗号だかわからないような、意味不明の言葉を発しながら、うれしそうに、ハイハイでやってくる。

「えっ??」

「そんなー。。」

「まさか、、、!」

、、、が、私の疑いは、次男が私の方に近づいて来るにつれ、”確信”となった。

ニーッと笑う次男、、、その口もとを見て、私は、思わず、「ギャッ!!」と言って、身を引いた。

次男は、あっという間に、私の足元に来て、”だっこ だっこ”と、両手を差し出す。

このときばかりは、私は、一瞬、固まった。

さすがに、かわいい我が子といえど、腰が引けた。

なんと、次男の歯には、お歯黒のようにペッタリと黒い、、、そして、臭いものが、こびりついていたのだ!

そう、、、それは、長女のオムツをかえた際、一片が、うっかり、コロコロと床に転げていってしまったらしく、、、。

その黒い物体は、紛れもなく、ウンチであった。

今、何かと、抗菌・除菌モノがでまわっているが、なんだか、そういうものが一切、”無駄なもの”に感じた瞬間であった。

 

さすがに三人目ともなると、”ノーマーク”になる事も多々あり、この手の事件は、後を絶たない。。。

 

 

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子供の頃の習い事・ピアノ編(3/3)

その後、母・よしこは変わった。

それまでは、”音大に行く”という、果たせなかった夢を、私たち(私と姉)に託していたが、それが一変、リベンジ。

今度は、”エレクトーンの資格をとって子供たちに教える”という、自分の夢に向かって、突っ走った。

 

よしこは、朝早くから、夜遅くまで、ずっとエレクトーンに向かっていた。

夜は、ヘッドホーンをして、練習していた。

その時の、”カタカタカタカタ、、。カタカタカタカタ、、。”という、鍵盤とベースがなる音が、今でも、私の耳に、やきつきている。

その姿をみて、「いつも練習して、すごいなあ。。。」という気持ちが、ようやく私の中に生まれた。

その後、資格をとった、よしこは、生徒さんに囲まれ、とても楽しそうだった。

私たちに、まだ手がかかる時は、生徒さんの数をセーブして、許される時間の合間に教えた。

また、私たちに、手がかからなくなったら、生徒さんの人数を増やし、、、と、バランスを調整していた。

その姿をみて、「自分の好きなことの延長線に仕事があるっていいなあ。 自分の生活のペースに合わせてできる仕事だから、私も、結婚したら、よしこのように、エレクトーンやピアノを教えたいなあ。。」と思うようになった。

そして、私も、いつの間にか、ピアノからエレクトーンへと転向し、気がつけば、よしこの後をついて来た。

 

エレクトーンとピアノ、やってきてよかったなあ、、、と、しみじみ感じたのは、そうちゃん(息子・10歳・♂・知的障害アリ)が生まれてから。

ちょうど、息子が1歳の誕生日を迎えたのを境に、また、自分自身が、エレクトーンのレッスンに通い、もう一つ上のグレードを目指す事と、家で、子供たちに教える事を再開した。

あの時ほど、音楽が私の心を癒してくれると感じた事は、なかったなあ。。。

エレクトーンは、誰よりも、私のやるせない気持ちを、黙って聞いてくれ、受け止めてくれた。

 

そうちゃんが2歳になった頃、私のエレクトーンを買いかえた時のこと。

(ピアノと違い、エレクトーンは、何年かおきに、”機種”が変わるため、買いかえなければならなくなることが、多いのです。)

今まで使っていた私のエレクトーンを、今日、業者の人が、引き取りに来るという日に、たまたま、母・よしこは、私の家に遊びに来ていた。

その日、もうすぐ、業者の人が来る、、、という時、よしこは、私のエレクトーンを、両手で何回もさすりながら、「あー。涙がでちゃうわねー。。今まで、ちはる(私のこと)がお世話になってたかと思うと。。どれだけ、ちはるを支えてくれたことでしょう。。。」と言い、「本当にありがとう。。」と繰り返し、涙ぐんでいた。

私は、その姿を見て、よしこの、エレクトーン(音楽)に対する深い思いを、あらためて感じた。

と同時に、私の中に、いろんな複雑な思いがワッと押しよせてきて、胸がいっぱいになった。

そして、その時初めて、小さい頃、私が、あれほど嫌がっていたピアノを続けさせてくれたことに、心から感謝した。

 

今、個性と自由が叫ばれる中、習い事も、いろいろ増え、その中から、”どれがいいかな。。”と選択する楽しみも増えたと思う。

けれど、”本当に好きなこと”を見つける事は、昔も今も変わらず、実は、とても難しい事だと思う。

最初好きでも、途中で、そうでもなくなる事もあるし、私のように、最初、途中は、散々でも、何年、何十年経た今、大好きになる事だってある。

大切なのは、途中でめげても、ふてくされても、挫折しても、、、、どうでもいいから、まずは、続けてみることなのかもしれない。

そのことを、私は、よしこに教えてもらった気がする。

 

それにしても、あの日、私の家に、エレクトーンを取りに来てくれた業者の方、、、ビックリしただろうなあ。。。

ピンポーン。

玄関のドアが開くと、一人、、、そして、その後ろに、もう一人、女の人が立っていて、しかも、その二人(私とよしこ)は、どうやら泣いていたらしく、目をぼっこり赤くはらしている。

そして、部屋に入ってきて、エレクトーンを部屋から搬出するまでの一部始終を、その二人は、仁王立ちになり、背後から、ジーッと見ていて、時おり、「ありがとう。。」「ありがとう。。」という言葉がもれ、嗚咽が聞こえる。

”やれやれ、、、。あの親子、いったいどうしたっていうんだい??”と思いつつ、エレクトーンを玄関から運び出し、ようやく、あの、何ともいえない重苦しい雰囲気から開放され、”さてさて、運び出したエレクトーンをトラックに乗せよう、、、。”と思い、ふと、上を見上げると、、、。

さっきの親子が、ベランダから身を乗り出し、またしても、二人で、ジーッと覗き込んでいる。

母親の方は、泣きながら、”バイバイ、、。バイバイ、、。”と、力なく手をふり、娘の方は、うつろな目でこちらを見ている。

(その時、私の頭には、「ドナドナ」の曲が、繰り返し繰り返し、流れていた。

あーるー晴れた ひーるーさがり 市場へ続く道~

荷馬車がゴトゴト 子牛を乗せていく~

かわいい子牛 売られてゆくよ~

悲しそう~な瞳で 見ているよ~

ドナ・ドナ・ドナ・ド~ナ~ 子牛をのせて~

ドナ・ドナ・ドナ・ド~ナ~ 荷馬車がゆ~れ~る~”

きっと、その男の人は、おそらく、”事情あって、家具や電化製品を一斉に差し押さえられ、事始めに娘の大好きなエレクトーンを、無理やり、手放すことになった親子”というシナリオを描いたのではないか、、、というのが、私の読み。

 

エレクトーンが行ってしまった後、まもなく、”3時のおやつ”の時間がきた。

私とよしこは、重い気持ちを引きずり、、、。

、、、と思いきや、私が、「ねー。今度のエレクトーンさあ、音色が増えて、ものすごくよくなったんだってー。」と言うと、よしこは、「あら、そうなのーっ! まーっ 楽しみじゃない! もー、待ち遠しいわね~!!」と言い、私たちは、口いっぱいに、クッキーをほおばりながら、エレクトーンのパンフレット片手に、大いに盛り上がっていた。

あの男の人には、ずいぶんと余計な心配をかけてしまった。。。

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