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2006年1月

パパの水ぼうそう体験

<今日の話> 息子がかかった水ぼうそうに、パパがうつったときの話。

それはそれは、、、、スゴかった!!

 

 

数年前、息子が水ぼうそうになった。

つるんつるんのお肌に、突然ポチッと、できものの様なものが現れ、あっという間に水泡になり、体中に広がったが、熱もそれほどでることもなく、水泡がかさぶたになったら、驚くほどの回復力で、またいつもの、つるんつるんのお肌になった。

若いってことは、なんてすばらしい!!、、、といたく感動したものだ。

 

 

私は、小学2年生の時に、間違いなく、水ぼうそうになった。

パパも、小さい時、自分の中で記憶はないが、かかったと言っていた。

 

なのに、息子の水ぼうそうが治りかけていた頃、パパに水ぼうそうがうつってしまった。

”おふくろが、俺は小さい頃、水ぼうそうになったって言ってたから、これは、ただのできものだ。”と、最初のポツンをパパの首筋に、私が発見したときに言っていたが、そのうちポツンポツン、、、そして、またたく間に全身へと広がっていた。

 

 

その、”おふくろ”も、「いや~ あんた、かかったよ~。」から、「かかったと思うよ~。」

「かかったはずだけどね~。」から、「かかったのは兄ちゃんの方やったかいな?」

最後には、「昔のことやけん、忘れた。」

と、めまぐるしく供述をかえ、パパを落胆させた。

 

 

最近、大人の水ぼうそうも多いらしい。

小さい頃、かかっていても、かるく終わってしまえば、一生ぶんの免疫はできないので、大人になって、もう一度、なってしまうらしいのだ。

 

 

それからのパパは、スゴかった、、、、としか、言いようがない。

熱は40度ぐらい、一週間近く下がらず、顔から頭から、全身水泡だらけとなった。

いつも一緒の私でさえ、パパを見るたびに、「、、、すごいねー。。。」「、、、どんどん、すごくなるねー。。。」という言葉以外でなかった。

これ以上のおそろしい生き物は、見たことがないくらいだった。

 

熱が高かったので、夜中、急患センターへ、タクシーで行った時のこと。

帰りのタクシーに乗ったとき、タクシーの運転手さんが、ただごとでないパパの形相を見て、”いったいどうしたのか”と尋ねた。

自宅のマンションの前に近づいたので、タクシーをとめてもらい、降りようとする私たちに、”パタン”と”タクシーメーター”を下ろし、「家はどこですか? 私に、家のまん前まで送らせてください。お願いします!!」と言ってくださったほど、”ただごと”じゃなかった。

 

 

ようやく、一週間がすぎるころ、水泡は乾いて、かさぶたとなり、落ちていく。

身長180cmの体に、隙間なくできていたかさぶたが、きれいさっぱり落ちるのだ。

えっ、、、いったい、どこへ???

、、、病院以外、家にいるのだから、家に決まっているではないか。。。

そのことが、私を震撼させた。

たよりは、掃除機だけだった。

それからというもの、私はブーブーブーブー、ひたすらに掃除機をかけた。

 

 

かさぶたがとれた後は、こんどは跡が残り、肌がでこぼこになって、完全に治るのに、2年はかかった。

年はとりたくない。

 

 

もし、「水ぼうそう、、、かかったっけ?」と思った方は、ぜひとも、今からでも予防接種をおすすめいたしたくそうろう。。

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おじいさんと学割うどん

<今日の話> お昼に行ったうどん屋さんでのこと。カウンターに座っていたおじいさんが、メニューをサーっと見た後、「私もその、学割うどんっていうの、いいですか?」と突然言った。

がっ、、、学割うどん。。。??

 

 

私がお店に入った時、お昼どきで満席だったので、カウンターの後ろに立って待っていた。

そうしたら、かなりお年の、おじいさんとおばあさん夫婦がカウンター席に座っていて、ちょうど注文するところだった。

おじいさんから発されたオーダーは意外なものだった。

「私もその、学割うどんっていうの、いいですか?」

 

 

”私も、、、、”というからには、隣か近くに、実際、学割うどんをたべている若者がいてもよさそうだが、私の見渡した限り、若者とよべそうな人は少なくともいなかった。。。

 

 

カウンターの奥のお店の人は、忙しい最中の突如の意外なオーダーに、一瞬、言葉に詰まった。

本当に品のよさそうなおじいさんだけに、なんと言えばよいのか、、、と困っているのが伝わってきた。

「いえ、、、学割うどんは、、、学生さんだけなので。。。」と最初は小さな声で言った。

しかし、おじいさんは、耳が遠いらしく、「はっ? なんですと?」と聞き返した。

そのやりとりが3回も行われたので、カウンター席の人は、いっせいにうどんをすすっていた箸をとめ、心配顔になり、暗雲がたちこめた。

”だっ だれか一言、、、!”

、、、と思った矢先、おじいさんの隣で食べていたオジサンが、おじいさんの肩をトントンとたたき、「ねっ、学割はね、学生さんだけが使えるとっ。」

いきなり隣の人から話しかけられ、キョトンとしてフリーズしてしまって、まったくリアクションのないおじいさんに、もうひとこと。

「あのねっ、じいさんに使える割引はないとっ。」

 

 

おじいさんは、ポカンとしていたが、やがて、「あ、、、そうですかー。じゃあ、私にこのエビはいただけますか?」と言って、おじいさんの目の前に積み上げられているエビの天ぷらを選んだ。

おじいさんが、学割について、本当に理解できたかどうかは疑問だが、おじいさんがエビを選び、「はい、エビ一杯!」とお店の人が言い、注文が成立した瞬間から、安心したようにまた、”ズルズルズっ ズルズルズルっ”という、みんながうどんをすする音が聞こえてきた。

 

 

そーいえば、学割うどんって、はっきりした定義は、、、わからない。

老人割引のように”65歳以上”とか年齢制限があるわけじゃないし。。。

学生、、、たって、どこまでが学生なのか。。。

おじいさんが、もう一度「はっ?なんですと?」と聞き返していたら、おじいさんが理解できるように説明できた者は、あのカウンター席の顔ぶれからいって、いなかったに違いない。

それだけに、”ズルズルズっ”という音は、安堵の音だった。

 

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おばあちゃんの”写真結婚”

<今日の話> 私のおばあちゃんは90過ぎ。

せんべい片手にしゃべる、しゃべる。大のおしゃべり好き。

そのおばあちゃん、写真結婚をして、おじいちゃんと結婚した。ん、、、写真結婚、、、??

 

 

おばあちゃんは、せんべいとお新香があれば、いつまででも、どこまででもしゃべりまくる。

しゃべることが尽きるんじゃないか、、、なーんて心配はする必要ない。

しゃべることがなくなったら、また何もなかったかのように初めにかえり、あたかも初めて話しているかのように新鮮な表情をして、また話す、、、至ってシンプルなコースとなっている。

 

 

戦時中のこと、子供の頃の事など、昔の事をよく私に話してくれた。

それはそれは細かい事までよく覚えていて、私は、おばあちゃんに、”語りべ”という、あだ名をつけたほどだ。

目をつぶれば、映像が浮かんでくるほどだった。

 

 

中でも、印象的だったのは、おじいちゃんと結婚した、いきさつ。

茶の間でおせんべいをほおばりながら、「どうしておばあちゃんたち 結婚したの?」と私が聞くと、「そこなんだよー。」と、おばあちゃんは、おせんべいを口からパカッとはなし、よくぞ聞いてくれた、待ってましたとばかりにきりだした。

 

 

写真でおじいちゃんを見たとき、なかなか誠実そうで、好印象だったそうだ。

だが、仲人の人と待ち合わせのお店に行って、さあ、いざお座敷でご対面という時、玄関に脱いである、おじいちゃんのものらしき靴を見てゾッとして、もう、その場を逃げ去ってしまおうかと思ったらしい。

 

、、、というのも、実際、おじいちゃんは、とっても背が低かったのだが、その靴が、「こーんなにちんころこまくってさー、、、、で、おそるおそる障子を開けると、予想通りチビでさー。 もー やんなっちゃったよー。 こーんなチビと結婚するのかと思うと、もうイヤでイヤでさー。」と言う。

(ちなみに、おじいちゃんは、背が低すぎたため、兵隊にも行かなくてすんだらしい。

人生、わからない。 何が功を奏すやら。。。)

 

私が、「えっ。 じゃ、どうしておばあちゃん、結婚したの?」と。私は素直に不思議になって質問すると「もー 会ってしまったら断れないんだよー!!」と、眉をへの字に曲げ、甲高い声で言った。

 

「そーなのー? だってお見合い結婚でしょ?」と私が言うと、「違うよー。写真結婚っていうんだよー。」とつづく。

聞けば、”写真結婚”というのは、写真で見て、”この人よし”と思い、実際に”この人”に会ってしまえば、もう断る事はできないそうだ。

 

そんなヒドイ話があったとは。。。

昔なので、写真の”修整技術”はそれほどではないと思うので、恐ろしく綺麗かと思ったら、実際は、飛び上がるほどブスだった、、、、なーんてことはないと思うが、確かに、背の高さまではうかがい知る事はできなかったのだろう。

でも、一生に一度の大決心の時に、写真一枚で決まってしまうとは、何ともお粗末ではないか。。。。

 

せめて、どのくらい背丈があるのか、太っているのか痩せているのかをわからせるため、写真撮影の際は、”タバコの箱”をみんな持つよう、ルールをつくる、、、などのアイディアくらい、浮かばなかったものか。。。。

悔やまれる。      

 

 

横で聞いていたおじいちゃんも、「こっちだって、こんな気の強い人だってわかってれば結婚なんてしてませんっていうの。 いつもピーピー言ってはおじいちゃんをいじめてさー。イヤなのはお互い様なのっ!」と言い返した。

 

 

この手のケンカごしのやりとりは、おじいちゃん・おばあちゃんの間では、日常茶飯事だったが、漫才師を目の前でみているようで、とっても楽しく心地よい気分になったものだ。

”ケンカするほど仲がいい”、、、、、それを地でいっているようなカップルだった。。。

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よしこは買い物がお好き

<今日の話>買い物好きの母・よしこ。

いったいワンシーズンに何枚洋服を買うつもりなのか。。

いったいそれを着てどこへ出かけるのか、、、、。家族の関心は高まるばかりなり。

 

 

 

私のおばあちゃんは、90歳をすぎても今なお健在。

足腰は弱くなったが、今だ芸能界の話題にもついていけるし、季節のはじまりには、「新しいブラウスがほしいわー。」と言うほどおしゃれ。

が、血はあらそえない。

おばあちゃんのムスメ(=私の母)よしこは、そのはるか上をいっている。

 

 

何しろ、1年に4回、季節が変わるのがいけない。

そのたびごとに、「こまったわあー。 ママ、着る服がないわー。買わなくっちゃ。と、よしこは言う。

単なる口癖と思って、ぜひとも聞き流したいところだが、当の本人、まことにそのように信じきっているのでタチが悪い。

まっ、このセリフを聞くたびに、また季節がひとつ、移り変わろうとしている事を実感するので、家族にとっては”季語”に近いものではあるのだが。。。。

 

 

 

デパートに行くたびに、「これ、買ったの。どうかしらー。」と言って、買ってきた洋服を私に見せ、着替え、そして、感想を求める。

 

よしこは、着る洋服がないどころか、クローゼットには、収納できないくらい、東京の朝の通勤電車ばりに、もはや、1枚1枚が重なりあうようにクシャクシャになりながらつるされている、おそろしい数の洋服がある事は、私がよく知っている。

 

趣味のダンス用の、私でも、着るには勇気がいるようなヒラヒラした、ビーズをいっぱいにちりばめたドレスなんか、クローゼットの一角を占領し、目にも眩い”ダンス用ドレスコーナー”まである。

マンションを引越しした時、引越し業者の人が、ダンボールからそのドレスをクローゼットに収納する作業をしていた時、思わず、「わーっ。。。すごかー。。。きれいか衣装がいっぱいー。お人形さんの着る服ごたあー。。。」 (訳:わー すごい。きれいな衣装がいっぱい。お人形さんの着る服みたい。)と言って、半ばあきれたようにつぶやいていたのを、私は聞きのがさなかった。

 

そして、クローゼットの片隅には、申し合わせたように、まだ袖をとうしていない値札のついた洋服までかかっている。

、、、、、であるのになぜか、買っても買っても、まだまだ足りぬらしいのだ。

 

父なんか、40年、雨の日も雪の日も、家族のためにセコセコと働いてきたのに、一番スミのクローゼットをよしこから与えられ、そこには整然とひそやかに、シワになることも心配しなくてよかろう、ちゃんと等間隔に距離をあけた何枚かの洋服がかかっているだけだ。

クローゼットの中でも、なぜかこの部分だけが”質実剛健”をうたっている。

 

 

よしこはよく、「私ったら、パパにいろいろ命令ばかりされて、ほーんと、女中みたいなもんだわ。。。」とボヤくことがあるが、とんでもない。

こんな浪費癖のはげしい女中がいたら、即刻クビだと思う。

 

 

洋服なんて、たまーにしか買ってないと言いはるが、デパートに行くと、お店の前を通過する度に、奥からタッタッタッターっと、店員さんがかけて来て、挨拶に現れ、「こんにちはー。また、似合いそうなお洋服入ってますよー。」とか、「この間はどうもありがとうございましたー。」とか、「ちょっとだけ見ていかれません? 駐車券にスタンプ押しますからー。」などと、あちらこちらから声をかけられているよしこをみれば、そんなの、うそっぱちだという事は明白だ。

 

 

今日もまた、友人とデパートへ行くらしい。

行ってらっしゃい、よしこ。

でも、冬が終わったら、また春がくるんだよー。。

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お相撲の楽しみ方  ~私流

<今日の話> 息子は大の相撲ファン。障害あるゆえ、なかなか物事に興味をもつことが難しい中、お相撲をこよなく愛す。その影響で、いつしか、私も大好きに。。

 

 

 

息子・そうちゃんが、お相撲の季節になると、「すもう?すもう?」と言って、全身をふるわせ、喜び、あまりにも楽しそうにテレビを見るので、私も、つきあうともなくつきあっていると、これがどーして、思いの他おもしろい。

 

 

まず最初、私の興味は、土俵を囲む観客にあった。

皆、お相撲さんの一挙一動側に反応する。

 

花道を通って、お相撲さんが登場した時にまず、目がクリクリっとなる。

そして、土俵に上がると、「わーっ!」と言って沸き立つ。

土俵に塩をまけば、「うおーっ!」となり、応援している力士が勝てば、なぜか、ゲラゲラ笑いこけながら、割れんばかりの拍手。

負ければ、(私のおじいちゃんも、かつて茶の間でしていたように)後ろにのけぞり、それはそれは残念そうな顔をして、「あー、、、。」と言う。

最後の、結びの一番で、横綱が負けようもんなら、”やってらんねー!”とばかりに、座布団を天井高く、横綱めがけて、プイっと投げる。                  

 

なんと人間は、表現力豊かで、いろんな表情をする生き物だろう。

 

 

 

その昔、家の近くに動物園があった。

小学生は無料、ということもあって、学校帰りに、よく友達と遊びに行った。

 

いろんな動物がいて、何回行っても飽きる事がなかったが、私は中でも、チンパンジーが好きだった。

楽しそうに、オリの中を猿渡りして、上に行ったり下に行ったり、じっとしていることがない。

手を、パンパンパンと威勢よくたたいて、ご機嫌な顔(私には笑っているように見えた。)を披露したり、”なんかくれ。ほれ、ほれ。”と、毛むくじゃらの手を、オリからニョッキリ出して食べ物をせがんだり。。

 

チンパンジーが、おいでおいでと手招きするので、オリにいっそう近づいてみると、ペッと突然つばをかけて、からかう。

、、、かと思うと、オリの中のチンパンジー同士が激しいケンカをして、ものすごく怒った表情をして、耳をつんざくような大きな声で、キーキー叫んだり、そうかと思うと、”僕 暇なんだよね”という、ちょっと寂しげな表情をして、こちらを見ながら、じっと私の瞳をのぞきこむ。

 

 

人間が、オリの中のチンパンジーを見ているというよりは、チンパンジーが、オリを通して、人間をウォッチングしているという余裕すら感じさせる、そのしぐさが大好きだった。

 

お相撲を見に来ている観客のしぐさを見るとき、あの時のチンパンジーを不思議と思い出す。

似ているのだ。。。

 

 

 

それと、今度、お相撲のテレビを見るなら、ぜひ、注意して見てほしいのが、桟敷席の高級席に座っている人は、なんと派手な服を着ている人が多いことか!

ミドルエイジの女の人は、なぜか、赤い服が目立つ。

テレビカメラを意識していることは、容易にみてとれる。

 

殿方も、頭に鉢巻をまいたり、日も丸のついた大きな扇子を、隣の人の迷惑をかえりみず、ブンブン振り回したり、、、自己アピールの強い観客が目立つ。

きっと、家を出る前、クローゼットの前で、あれにしようか、これにしようか、とっかえひっかえ洋服を着まくり、そのあげく、これ一番のものがチョイスされたに違いない。

桟敷席は高いが、きっと、会場に着く前から、このような楽しみもプラスされるのだ。

 

 

全国放送は、だいたい幕内あたりからの放送となる。                                              

でも、実際は、その前に、十両力士、そして、まだまだこれからの力士の試合は、それよりさらに前から、あの同じ土俵で行われている。

まだまだこれから力士は、まげも結っていない。

行事の人も、最初は、質素な膝丈くらいしかない、バカボンが着ているような着物から始まる。

だんだんメインの力士に近づくにつれ、きらびやかな衣装へと変わっていく。

会場の照明だって、最初は薄暗いが、だんだんと明るくなっていく。

 

会場の明るさと、行事の人の着物をみれば、だいたいどこら辺の力士が試合しているのか、、、時計がなくても、今、だいたい何時ごろかくらいは、これでわかる。

 

 

このへんのわかりやすさと、土俵にあがり、塩をまき、しきりを数回して、”手をついてっ。はっけよい~のこったのこった~!”で始まる、、、という、あの、単調なリズムの繰り返しが、人を安心させてくれるのかもしれない。

 

 

、、、、というわけで、今日もまた、お相撲のテレビがあるので、そうちゃんも私も、う~ん、楽しみ~。

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たかが買い物、されど買い物。

<今日の話> 買い物のエキスパート・母・よしこ。

買い物における独自のポリシーをもつ。が、時に、とんだアドバイスをしてくれたおかげで、、、!

 

 

 

よしこは、買い物は「出会い」だと言う。

私が、買おうかどうしようか迷っていると、必ずやよしこが私の耳元でささやく。

「ちはるちゃん(私のこと)。出会いよ、出会い! 出会ったら、思い切って買っちゃいなさいよ。」

 

そして、電化製品でもなんでも、大きい方にしようか、小さい方にしようか。。。

つまりは、高い方にしようか、安い方にしようか迷っていると、またしても、よしこが私の耳元でささやく。

「高い方を思い切って買っちゃいなさいよ。安いのにすると後で悔いが残るから。」

 

こっちも言いしー、あっちもいいしー、、、。

どっちも捨てがたい、、、どちらを買おうか、、、、と迷っていると、さっと寄って来て、またまたよしこがささやく。

「なに迷ってるの。両方選べないほどそれぞれに違うよさがあるんだから、迷ったときは両方買っちゃうのよー。思い切って買っちゃいなさいよ。」

 

よしこを除いたあとの家族は、それほど物欲がなく、また、私に限っては、果物屋さんでバナナを買うときでさえ、青いバナナ(熟れすぎてない青いバナナが私好み)は、このうちのどれか、、、いったいどれが一番青いだろう、、、、レベルから”迷う性格”なので、よしこを連れることなく私の買い物はありえない。

よしこは、いいものを見抜く力もばっちりあるのだ。

 

 

 

が、そんなよしこを連れたとて、やはり無駄買いもいなめない。

家の押入れには、文字通り、”押し入れられた座布団”が5枚ある。

若草色のフカフカの、中央にふさのついた、お客様用の立派なヤツだ。

立派なだけに、普段使うことがない。

、、、、というより、結婚して12年がすぎた今まで、日の目をみた覚えがない。

 

 

おばあちゃんとよしこと私の三人で、デパートに買いに行った日の事を思い出す。

私の結婚のお祝いに座布団を買ってあげるから、好きなものを選んでと、おばあちゃんに言われたが、いざ、座布団を前にすると、あまりに大きくてかさがあり、かさばって後々ジャマになることは容易に予測できたので、「やっぱり、座布団はいらないよー。」と、一度は断った。

しかし、よしこは、これは持っていたほうがいいと言い張る。

いる、いらないと言い合っていたとき、よしこがスパンと言い放った。

ちはるちゃん。こういう座布団はね、ここぞという時には必ずいるものなの。

ちはるちゃんだって、この間 結納したでしょ。その時、お座布団がなかったらどう?

子供が生まれて、その子が結納するとき、お座布団いるでしょ?」

 

 

えっ、、、、。

ついこの前、この私が結納したばっかりだっていうのに、まだ生まれてもいない、存在のみじんもない子供のために座布団が果たしているものなのだろうか、、、、と私は思った。

だが、よしこは、「今、買っておかないと、結婚したら、あれやこれやお金がいるんだから、あらためてお座布団を買おうなんて絶対思わないわよ。だから、おばあちゃんに買ってもらいなさいよー。」とつづく。

 

確かに、、、、。

今、ここで買ってもらわなければ、自ら買うなんてことなんてありえない、と思った。

(ただその一点だけが、私の考えと一致した。)

買い物のエキスパートとして、一目おいている よしこ。

買い物とは、先の先まで見通してするものなのか。。。。なるほど。。。。

 

 

 

、、、、という経緯で、座布団を買ってもらったのだった。

しかし、実際は、、、。

生まれてきたのは、あろうことか、そうちゃん。

そうちゃんには悪いが、とても結婚はできるまい。

結婚できぬとするならば、いったい何ゆえに、この座布団は存在するのか。

何ゆえに、この狭い我が家の押入れを、我が物顔に占領しているのか。

 

 

そうちゃんに障害があると告げられた時、キツネにつままれたようで、どこか納得がいかなかったが、押入れを開けてこの座布団を目にする時もまた、なんだか腰から力が抜けるような気持ちになる。

 

 

あれから9年。

そうちゃんにつづき、二人の子供が生まれ、”結婚する可能性のある人”は出現したが、結婚するかどうかはわからない。

もしか、結婚するとして、結納の日に、私のお尻の下に座布団をひいた時、私はいったい、どういう気持ちになるのだろうか。。。

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焼き芋事件

<今日の話>  黄金色のホクホクとしたおいしい焼き芋。。。その焼き芋を皮ごと食べ

          た夜、、、激痛が!  そして、お茶の間での母・よしこと私の、ちぐはぐ

          なやりとり、、、、の巻。                                 

 

 

 

 

 

                                                       私がOL時代の事、ある日、家に帰るとプンと甘いにおいがたちこめていた。

見ると、ストーブの上に、アルミホイルに包まれた焼き芋があった。

それは、焦げ目がほどよくついた、カンペキな焼き加減のお芋だった。

パカンと二つに割って、皮をむくと、黄金色。

大当たりで、こんなに美味しいのは、珍しいので、一口づつ感動しながら食べていた。

ふと、「美味しいお芋は、、、もしや、皮まで美味しいの、、、?」

と思い、ちょっと試しに皮をかじったら、あーら、びっくり、、、皮まで美味しかったのだ。

で、皮も後から、ぜーんぶ食べてしまった。

 

 

夜、さあ、お風呂に入ろうかな、、、という頃になって、少し胃が重い感じがしたが、初めは気にしなかった。

でも、時間とともに、少しずつ痛みがましてきたので、これはひとまず、横になろうと、二階にある私の部屋のベッドで横になった。

、、、、と、痛みは突然に激しくなってきた。

「あっ お芋の皮だ!!」私は直感した。

しばらくすると、冷や汗がでるほどになったので、こりゃただごとじゃないと思い、下の茶の間へと降りていった。

ベッドから立ってみてびっくりしたのは、あまりの痛さで、体がまっすぐにならず、くの字におりまげないと歩けなかったことだ。

 

 

えらい事になった、、、いったい私の胃の中で何が起きているんだろうと、不安になりながら、茶の間へむかうと、そこには、コタツにすっぽり入ってクークー寝ている父と、同じく、コタツに入って寝転がってテレビを見ている母・よしこ、、、およそ緊張感のない二人がいた。

 

 

「ねえ。ちはる(私のこと) 胃が急に痛くなっちゃって、ほら、これ以上体がのびないよ。」と言って、くの字に曲がった体を強調した。

すると、思いがけず、よしこは、テレビを横目でしっかり見ながら言った。

「ちはるちゃん、驚かすんじゃないわよー。。。ウソつくんじゃないのー。あはははは、、。」

 

 

それは、全くの予期せぬリアクションだった。

心配するどころか、目の前で、よしこは笑っていた。

その時、私の頭によぎったのは。。。

 

 

会社で、上司とおしゃべりしていたら、藪から坊に、「ねー 本当に死んじゃうかもしれない瞬間って、人間、どう感じると思う?」と聞かれた。

聞くと、その上司は、昔、スキーへいって、遭難しかけたらしい。

「んーーーー、意外と、最後の最後は冷静だったりするのかなあ。。。」って、私が答えると、「はずれー。」と言う。

そして、「やーね、僕も、いや、これは、もしかしたらもう終わりかもしれないって思った瞬間、なんでだか、おかしくておかしくて、笑いがこみ上げてきて、ひたすら声をあげて笑いたくなったんだよー。」と言う。

”ほー そんなもんかねー”を、その時は思ったものだが、、、。

 

 

本来、こんな時に頭をよぎるべき話ではない、、、が、、、よぎってしまった。。

私は、すでに”がははは”とまではいかないが、”へへへへ”くらいは十分笑いたかった、、、いや、すでに笑っていた。

それでも、いやいや、本当に痛いということを、この目の前のよしこにわからせなくては、、と思い、もう一度、「ママ。冗談じゃなくて、本当に痛いの。」と言った。

が、もう私の顔から笑みが消える事はなく、その私を見て、「ははは。。。ふざけるんじゃないわよー。」と、よしこはただ笑う。

”なんで、私を疑うのー、、、そんな演技をしてなにになるっていうのー”と心で叫びながら、笑いはさらに加速し、こみあげてくる。

最後はもう、ゲラゲラ笑い状態で、ただただ、ひたすらにおかしく、コントロール不能となった。

 

 

こんな状態で、これ以上、よしこを説得しようとしても、空虚な時間がすぎるだけとみきり、「ねえ、今から胃薬のむけど、30分たっても降りてこなかったら、ママ、救急車よんでね。」

と、笑いの中、畳に転げながら、振り絞るようにいって、茶の間をあとにした。

よしこの、「はいはーいっ!」とふざけた声が茶の間に響いた。

 

 

2階にあがり、ベッドの中で、私は、ふと思った。

このまま、救急車もよんでもらえず、私が息たえることになったら、よしこは、ものすごく後悔するはずだ。。。ムスメの必死の訴えにもかかわらず。。。

 

そして、「でも、なぜ あの子は笑っていたの?」

永遠のナゾとして、語りつがれたことだろう。。。

 

 

幸い、薬が効いて、胃の痛みも徐々になくなり、大事には至らなかったが、上司の話を思いがけず体感した、不思議な、そして、危険な一日であった。。。

 

 

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おみくじ(凶と大吉)

<今日の話>  今日は、主人が登場。パパが、おみくじをひいた。 凶のとき、、、そして、大吉のとき、、、彼に何が起きたのか。

 

 

今日は一年のはじまりの日。

始まりの日といえば、初詣。

初詣と言えば、おみくじ。

9年前(そうちゃんが生まれる年)のお正月、私の両親とりかちゃん、そして私たち夫婦いっしょに、富士山の近くにあるコテージへ旅行に行った。

そして、そのコテージの近くにある神社へ初詣へでかけ、みんなでおみくじをひいた。

そこでパパ(私の主人)は、こともあろうか、”凶”をひいた。

その時私は、「げーっ!! 赤ちゃんがこれから生まれるっていうのに、縁起わるーい!ちょっと大丈夫ー?!」と言ってたしなめたが、パパは顔をひきつらせながらも、「凶はそうひけんちゃけん(訳:そうひけないのだから)縁起物よー。」と言っていた。

が、その春、生まれたのがそうちゃん。。。

パパの"縁起物”という言葉が、”そうちゃんに障害があります。”と、言われてからしばらくの間は、私の頭のすみっこで、カラカラと悲しく響いたものだ。

まっ 本当に縁起物かどうかは、”そうちゃんのこれから”をみて、判定するとしよう。

 

 

それからしばらくは、さすがにこたえたらしく、パパは初詣へ行っても、おみくじをひくことはなかったが、人間、ありがたいことに、イヤなことでも年々忘れられる、という能力をもちあわせているようで、ここ数年前からは、また、こりもせず、そっとおみくじ箱に手をのばせるようになった。

 

 

で、今日、パパは、めでたく、”大吉”をひいたのだ。

”吉”だった私のおみくじをのぞきこみながら、パパは、「オレ、大吉! ヨッシャーっ!!」と少年のように目を輝かせ、それはそれは喜んでいた。

今日は記念すべき、一年で最初の日。

子供たちが寝たあと、ゆっくりと、今日ひいた”大吉”の復習でもして、また盛り上げてあげようかねー、、、と思っていた。

 

 

、、、、なのに、大吉パパは、夕方以降、急に体調が悪くなった。

数日前、子供がひいた風邪(嘔吐・下痢症)をうつされたらしい。

私が、ザッとかぞえただけでも、7回はトイレにかけこんでは、ヒーヒーいっている。

まだ8時すぎだというのに、子供たちをさしおいて、いの一番に布団へはいり、グロッキー。。。

”大吉”とは、どの程度のものなのか。。。

私はといえば、小腹がすいたので、”やきそばUFO”を食べ、おいしいコーヒーとGODIVAのチョコレートを食べ、こうやってブログ活動を楽しんでいる。

ささやかではあるが、なんて幸せ。

今日のところは、パパと私の明暗がおみくじとの結果とは関係なく、分かれた。

まっ パパの大吉がどういうものなのかは、”パパのこれから”をみて、判定するとしよう。

 

 

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