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2005年12月

そうちゃん・バイキングへ行く

<今日の話>大名旅行へ行ったときの話のつづき。ホテルの朝食のバイキングでの出来事。

 

 

前のブログ”大名旅行”のつづき。

私たち一行は、”ホテル一泊・朝食つき”というコースで、長崎へ行った。

ホテルに着き、部屋へ入ってしばらくして、ふと、手元にあった”朝食券”を見た。

そうちゃんがいるにもかかわらず、朝食券は2枚しかなかった。

(パパと私のぶん。。。)

そうちゃんのぶんはどうなるんだろう、、、、とは思ったが、もともと好き嫌いの多い子供なので、明日、どんなレストランがあるのか、見てから考えようと思った。           

 

 

次の朝、パパ方のジジ・ババを誘って、ホテルの1階におりて、レストランに行くと、洋食・和食のレストランのどちらかをチョイスするシステムになっていた。

洋食はバイキングで、和食は、一人一人お盆にのった朝食膳がでるらしい。

むろん、朝食バイキングに決定した。

だって、朝食券は、全部で4枚しかないんだもの。。

 

 

入口にあるバイキングメニューには、”大人 2000円、子供5才以上は1500円”と書いてあった。

そうちゃんは、その時、7才だったが、精神的には1歳ちょっとというところ。。。

それに、バイキングに参加したとしても、”食べずに退場”となる可能性も高い。。。

もし、家族単独で、このレストランに入るとしたら、なかなか思い切りがいるが、ここは、大名旅行の"ゾロゾロ”が活きる。

 

 

まず、パパを先頭に、私とそうちゃん、そして、ジジ・ババがつづく。

レストランの入口のところで、一同、「おはようございまーすっ!!」と、さわやかに、待ち受けるウェイターさんに挨拶し、お食事券を渡す。

そうちゃんも、愛想よく、深々と頭を下げた。

ウェイターさんは、「おはようございます。」と、丁寧に言った後、券をカウントする。

1・2・3・4枚。

1・2・3・4、、、、4枚。

そして、私たちの人数と券を見比べる。

ここで間違っても、私たちは笑顔をゆるめてはいけない。

堂々としておくことは言うまでもない。

そうちゃんはウェイターさんに、「ばっばーいっ」「ばっばーいっ」と、満面の笑みで手を振っている。

きっと、ウェイターさんは、なにかが違う、、、、と考えていたに違いない。

でも、確かに、目の前にいる子は”5才以上”には到底思えない、、、という顔をして、ポカンと口をあけていた。

なにやら、言いたそうでもあったが、口がモゴモゴするだけで、言葉にならなかった。

そのスキに、私たち・大名行列は、"いちにっ いちにっ”のかけ声こそかけないが、ズンズンズンズンっと、テンポよく歩いて、一番奥のテーブル席へと進んで行った。

ここまでは、計算通りだ。

 

 

さて、これから、お料理をみんなで取りに行って、一斉に「いただきまーす!」と言って食べるのがフツウなのだろうが、私たちの場合、そんなことをひていては、誰一人として、ゆっくり優雅に食べることはできない。

2グループに分かれて、時間差で食べる、、、というやり方がベストだ。

先に食べるのは、”ジジ・ババ・そうちゃんグループ”。

(私とパパはこぼさず上手に食べることができないそうちゃんを介助するヘルパー役となる。)

そうちゃんが同じグループになったとたん、貧乏くじをひいたような気持ちになり、ガックリするかもしれないが、そこは、"かわいい孫”に免じて、許していただきたい。                 

 

 

そうちゃんは、無賃飲食にもかかわらず、驚くほどよく食べた。

好きなイチゴやヨーグルトなどは、何回も足をはこんでいた。

遠慮なんて、もちろんない。

と、突如、そうちゃんが、プレートにある最後のイチゴをほおばると、突然サッと手を合わせ、「ごちそーさまでしたー。」と言った。

すると、すごい勢いで、バッと紙エプロンを引き裂いたかと思うと、さっそく、退場すべく、イスを勢いよくひいた。

これもまた計算通りだ。

そう様、退場のお時間である。

 

 

 

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           そこで、食事を 終えた(急いで食べなければならなかったジジ・ババは、いつ、徴収礼状が来るやも知れぬ気持ちで、この瞬間をまちながら、無言でただ食べる事だけに集中していた。)ジジ・ババに、そうちゃんをお願いして、、、、、私たち二人は、めでたく、久しぶりに、ホテルのバイキングを心置きなく楽しんだ。

 

 

と、途中、私方の父と、母・よしこもやって来て、私たちとはちょっと離れたテーブルに「おはよう。」と言って座った。

ベビーカーに乗った、姉の赤ちゃんを連れていた。

姉たちは、ゆっくり寝ていたいので預けたらしい。

姉たちもまた、大名旅行の恩恵を、余すことなく受けていた。

 

 

しばらくして、よしこが突然ふり向きながら,大きな声で言った。

「ねー ちはるちゃん(私のこと)。この子、私たちの赤ちゃんに見えるかしら?」

とっさに、私たちは口ごもった。

「はっ。。。???」

こんな質問は計算外だった。

たしかに二人とも年の割りに若い。

若い、、、とはいえ、60をゆうにすぎた夫婦に赤ちゃんがいたら、それはギネスものだ。。

そんなことより、私たちのまわりには、もちろん、他のお客さんもたくさんいた。

こんな公衆の面前で、、、、。

年をとるということは、こういうことなのか、、、、。

カリカリベーコンをほうばりなから、妙に納得してしまった朝だった。

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大名旅行

<今日の話> そうちゃん(9才・♂・知的障害アリ)づれでも行ける”旅行”のノウハウ(?)

         の話。

 

 

我が家では、家族そろって外食したり、旅行したりするのが好きなので、よく行く。

、、、、と言いたいところだが、ゆっくり食事をしたり、出かけたりという、世間ではごくごく平凡な娯楽が、ひとたび”そうちゃん”が加わると、これがどーして、困難を極める。

ちょっと前までは、将来、そうちゃんと一緒に、ちゃんと外食に行けるようにと、トレーニングをかねて、時折、”気合”をいれて、くたくたに疲れるの覚悟で行ってみたりもしたものだが、トレーニングはいいが、夢かなう前に、私たちがくたびれ果てては元も子もないので、家族単独ではしばらく行くまい、私たちの健康のために、、、という事になった。

 

 

が、そうは思ってみても、時々、無性に旅行に行きたくなる。

旅館で浴衣を着て、ゆっくり温泉に入って、そして、客室に一品に一品運ばれてくる食事、、、たまらない。

 

 

ひとついい方法がある。

”大名旅行”である。

要するに、私たち家族だけではなく、私の方とパパの方の両ジジ・ババ、そして姉家族もまきこんで、大人数で旅行に行くのだ。

できるだけ、人数は多いほうがいい。

ぞろぞろ集団で行動するのが、この旅行の醍醐味だ。

 

 

人数が多いと、なにしろ楽しいし、私たち家族にとっては、得点がいっぱいだ。

そうちゃんは、どこへ行っても、”待つ”ということができないし、すぐに座り込んだりして、行きたいところへも、これがどうして、なかなかスムーズに到着しない。

大名旅行だと、チケットを買うときも、ホテルにチェックインするときも、食事をした後、お金を払うときも、てきぱきと動くのは、おおよそ集団のリーダー(だいたいその役は私の父がひきうける)ただ一人で、必ずや、ボーっと突っ立っているだけの”暇な人”が存在する。

一見、役に立っていない、その”暇な人”こそ、とっても役に立つ。

「あっ ちょっとトイレに行ってきまーす。」

「あっ おみやげ買ってきまーす。」

「お風呂に行ってきまーす。」

、、、、という言葉とともに、そうちゃんを差し出す。

”手伝ってもらえる人には手伝ってもらう”

障害のある子供を育てていくには、これこそ大切であり、また、基本中の基本だ。

 

 

食事のときのポイントは、個室を予約することだ。

ちょっとケチって、それを怠ると、後で痛い目にあう。

(そうちゃんは、食事が終わったら、すぐさま席を立ち、わき目もふらず、即・退場してしまう。)

個室もできれば、畳がよい。

畳だと、おもちゃや絵本をザッと広げられる。

後は、皆の衆の力をかりて、大船にのって、食事を楽しめるってわけだ。

なにしろ、そうちゃんが食事が終わっても、遊んでくれる人は数多くいるわけだから、ラクチンだ。

夜は夜で、子供が寝たら、じーやを部屋に呼び寄せ、「いっしょに寝てるだけでいいから。。」と言って、子守りをさせ、ホテルの喫茶店やラウンジへとくりだす。

 

 

ところで、この大名旅行のポイントは、”メンバー選び”に尽きる。

何をもテキパキと計画し、「はい、次はこちらでーす。」と、きびきび引率できるリーダーをぜひとも一人、選んでいただきたい。

そして、そのリーダーが、あっちかこっちか迷った時、「こっちにしましょ。」と、すぐさま言えるアドバイザーも一人必要だ。

なにしろ、こっちには障害のある子供が一人いる。

うだうだと迷っている間、子供を待たせる、、、なーんてことになると、機嫌をそこね、命取りだ。     

そして、一番大切なのは、残りのメンバーは、決してリーダーの決めたことに逆らわない、”従順な人間”を選ばなければいけない。

それなくしては、この大名旅行は成り立たない、と言っていい。

つまり、行列の3人目からは、笛でもふいたら、すぐさま集合し、「ピッ ピッ」というリズムにあわせて行進できるくらいの集団でなければならない。

そのポイントさえ気を付ければ、後は全てにおいてスムーズにいくこと、間違いなしだ。

 

子供がいてゆっくり旅行が楽しめない、、、というひとにも、ぜひともお勧めしたいツアーだ。

 

 

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障害のある息子・そうちゃん

<今日の話> 知的障害がある息子・そうちゃんの話。

         9才・養護学校3年生・ 推定年齢1~2才・ナゾ多き男。

 

 

そうちゃんが生まれて早9年。

生まれる前は、赤ちゃんが健康に生まれるかどうかなんて、考えもしなかった。

そうちゃんは、私の初めての子供だが、初めての赤ちゃんをおなかに宿した10ヶ月の時を”天使がくれた時間”というらしい。

他に兄弟がいるわけでなく、おなかの赤ちゃんのことだけに集中できるので、贅沢なゆっくりとした時間を楽しむことができるからだろう。

(確かに、これが、二人目・三人目の妊娠となると、上に手のかかる子供の世話はそのままのしかかるので、一転、”悪魔がくれた時間”となったっけ。。。)

 

 

妊娠7ヶ月の頃、おなかの赤ちゃんは男の子だとわかった。

「 男の子か~。。。はいはい、、、じゃー、もうほったらかして、たくましく育てよー。」と思ったものだ。

私自身は、姉一人の女姉妹だったので、男の子とはどういうものなのか、さっぱりわからなかったし、やれ、「へんしーん!」だの、「きーっくっ!」だの、その類には付き合う気がさらさらなかったので、その辺はパパにおまかせしましょ。。。とお気楽だった。

 

 

それが今やどうだろう。

完全に私は、”そうちゃんのお付の人”となっている。

ほったらかすどころか。。。。このままじゃ、ドコまでもついてきそうな勢いなのだ。

着替えから歯磨き、トイレ、洗面、お風呂、食事にいたるまで、一人でできることはほとんどない。

外に出れば、ちゃんと手をつないでおかないと、赤信号でもゴー。

もちろん、お留守番なんて、できるはずもなく、出かける時はいつも一緒だ。

 

 

ここまでくると私は、”芸能人の付き人”をはるかに超えて、”封建的な国の王様の付き人”のようだ。

しかも、この王様は、意思伝達・理解のスキルに問題があるので、この私が、あーでもない、、、こーでもない、、、、と心理学者になりきり、王様の気持ちをくみとる能力を必要とされる。

きっと今、こういう気持ちだからこうしよう、ああしようと、そうちゃんの暮らしをコーディネートしなければならないし、彼の好物をつくったり、できないところを手伝ったりするのはもちろん、面白い顔をして笑わせたり、歌をおおげさにおかしく歌ったりと、パフォーマンスをも求められる任務でもある。

なかなかに骨がおれるのだ。

 

 

であるにもかかわらず、この息子はかわいい。

障害あるゆえ、その行動は不可解で、ナゾも多く、年々、そのナゾも深まるばかりだが、チャーミングというよりほかない。

癒しでもあるし。。。

 

 

今年、長女(2才)が七五三をしたが、昔は小さい子供の死亡率が高かったので、7才になるまでの子供は、”神の子”とされていたらしい。

なので、3才・5才・7才に成長の節目に今までの感謝と、これからの健康をお祈りするというのが慣わしとなったらしい。

そうちゃんはこの先、年を重ねても、実際には”7才”を超えることはないだろう。

私が願い事をするとき、神棚ならず、なぜか、そうちゃんに向けて手をあわせるのは、こんなところからきているのかなー。。

 

 

そうちゃん、これから時々ブログに登場しまーす。

 

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ナゾの病(唇・目 バージョン)

<今日の話> 姉は唇・私は目が、ある日突然ぼっこりとはれあがり、大騒ぎをした時の        

         話。

 

 

まずは姉の唇バージョンから。。

姉が、まだ大学生だったある日。。

私が朝起きて、眠い目をこすりながら階段をおりて、朝食をつくっている母・よしこに「おはよう、、、。」と言うと、よしこは、待ってましたとばかりに、卵をかき混ぜていた箸をとめ、ものすごい勢いでふりむき、「あーーーーーちはるちゃんっ!(私のこと)」と言う。

そして、「すごいのよ~! りかちゃん(姉)がすごいことになってるのっ!」と興奮している。

そんな、、、朝起きたばかりの私に、”姉がすごい事になっている”と言われたって。。。

”はあ、、、、、”と思いながら、ちょっと考えてみたが、、、まさか、この年になってオネショでもなかろう、、、と回らない頭を始動させようとは思ったが、ひらめかず、「はー どーいうことー?」と聞くのが精一杯だった。

よしこも、私があまりにもボーっとしているので、すかされた気持ちになった様子で、『いいから!いいから、とにかく、りかちゃんの部屋へ行ってごらん!」と言う。

 

 

せっかく今、2階から降りてきた私に、しかも、まだとても眠たいこの私に、また2階にある姉の部屋へ行くのに、階段をのぼれというのか。。。

そんな余計な体力を使う価値がいったいあるのか、、、と、階段に向かってクルリとふり向いたものの、始めの一歩が踏み出せず、またもや、ボーっと突っ立っていると、「行ってごらん!行ってごらん!唇!唇!」と言って、よしこが強引に背中を押すので、仕方なく、とぼりとぼりと登って行った。

 

 

階段は13段あったので、考える時間は十分にあったはずだが、”唇=すごいこと”、、、さっぱりわからなかった。

最後の一段を登り終え、恐る恐る姉の部屋のドアを開けると、姉はベッドに寝ていた。

問題の唇だが、姉は、すっぽりと布団をかぶって、スースー寝ていたので、おでこから上しか見えない。

この私の手で布団をはがさない限り、どんな風にスゴイのか見る事はできない。

開けてはいけないパンドラの箱を開けるようで、急に私の心臓はバクバクし始めた。

 

 

そろーり そろり 布団をはがした。

「ぎゃっっ!!」思わず私は飛び上がって、半歩下がったが、気を取り直して、もう一度よく見た。

どんな風かというと、唇が、普段の3倍くらいにプーっと、ふくれあがっている。

しかも、真っ赤になって、、、。

テレビで、”いかりやちょうすけ”の唇を真似して、わざと口につけている、ああいう唇を想像していただきたい。

「りかちゃん どうーしたの?!」と、騒ぎ立ててギャーギャー行ってる私に、姉は、「すごいでしょ。」と一言ボソッと言い、そして特段あわてた様子もなく「ねー。 りか、眠いからもうちょっと寝る。おやすみ。」とだけ言った。

今思えば、あの時からすでに、姉は、ちょっとやそっとの事では驚かない、大物であった。

 

 

下へ転げるように降りていった私は、興味深そうに待ちわびていたよしこと、手を取り合って、”姉の唇のこれから”について論議した。

が、騒いだ割には、いつもの唇になるまで時間はかからなかった。

姉が起きてきた頃には普通サイズとなっていた。。。

 

 

 

次は私の番で、目バージョンといきましょう。

それは、私が、OL時代のこと。

これまた何も変わらない普通のある日、ふっと夜中に目が覚めた。

どうして目が覚めたかわからないが、目が覚めた瞬間に、何か違和感を感じた。

ものすごく、まぶたが重く感じた。

気がつくとまた寝ていて、明け方くらいにまたもや目が覚めた。

”へっ なにこれ、、、?”と、ヨイショと体を起こして、ベッドの隣にあるドレッサーをのぞいた。

 

 

「、、、、はあっ???」

鏡に映った私の目は、ハチにさされたように真っ赤にはれあがって、、、お岩さんのようで、、、目が普段の4分の1くらいしか開いてなくって、、、。

それを見て、私は、ものすごく怖くなった。

”なに これ?”

でも、次の瞬間考え直した。

「いやいや、こんなことが現実であるわけがない。。。とすると、これは夢か。。。」

まだ外も暗い。

「寝よう。」

そして私も、、、寝た。

どこかで気になっていたのだろう、いつもなら、時計のベルがなっても決して起きる事のない私が、朝、すっと目覚めた。

夢であったに違いないが、一応確認、確認、、、と、鏡を見て、ボーゼンとした。

明るくなってよくよく見たら、そこには、ただごとじゃない私がいた。

はれあがっているどころではなく、目はほとんど開かない状態だった。

かゆいなら、何か虫にさされたともおもえるが、、、かゆくない。

片目なら、たまたまはれていると思えるが、、、片目ではない。

 

 

恐怖につつまれながら階段をおりていった。

自分が見てもこんなに驚くのに、まだゆっくり寝ているよしこや父が起きぬけに見たら、卒倒するかもしれない。

でも、まずは、知らせずにはいられなかった。

寝室へ行き、よしこを起こした。

「ねー見て。 目が、、、ほらっ!」と言うと、「どうしたの?」と言って、よしこは、ベッドからヌッと立ち上がった。

そして、私を見ると、びっくりぎょーてんした顔をして、「どうしちゃったの? どうしちゃったの、ちはるちゃん?!」

、、、、どうしちゃったのかを聞きに来たのは、私の方である。

 

 

よしこは、興奮して、どんどん声が大きくなる。

そして、「まー ちはるちゃんがこんな事になるなんてどーしようー!!」と、その場でうずくまった。

あまりの激しい騒ぎぶりに、どんどん不安になり、「ねー ママ。なにか病気じゃないよねー!!」と言うと、よしこは、「いや、病気でしょう。」ときっぱりと言い放った。

そして、さらに、「バセドー病じゃないの?!」と、早くも診断名までくだされた。

(もちろん、よしこは医師ではありません、、、あしからず。)

 

 

私は、とっさに、入院しなくちゃ、、、と思った。

今まで入院した事なんて一度もないこの私が、不本意にも、何の前ぶれもなく、、、入院。。

入院したら、当然、友達や会社の人がお見舞いに来るであろう。。

しかし、何しろ、自分が見ても恐ろしくて直視できないこの顔を、見舞い客に披露することになるのか、、、。

いや、ならんならん。

私が、この人には、、、と心許せる人以外は、よしこやりかちゃんを門番にして病室の前に立たせて、おっぱらってもらわなければいけない、、、そんな事が頭を駆けめぐっている時、父の枕元で時計のベルがなった。

父は、すっくとベッドから起き上がった。

今の今まで寝ていたらしく、スーッと私を素通りした。

よしこに呼び止められ、私の目を見るよう指示されると、私を見て、ただ一言、「病院へ行きなさい。」という、ズルッと拍子抜けするような、これ以上ないほどのシンプルな言葉を私にかけ、洗面所へと向かった。

 

 

その日、実は私は、会社に朝早くからでも、絶対に行かなきゃいけない日だった。

年に一度、課の仕事すべてを、外部の機関に検査されるという、ビッグイベントの日であった。

”そんなの、いつもの通り、ありのままを見てもらえばいーじゃないのー。。”という、私の考えとは裏はらに、その日のために、課長はもちろん、社員一同、ぴりぴりして資料を集めたり、、、いろいろ準備しなければならなかったのだ。

大変な作業を重ね、さあ、今日、この日にチェックされるぞ、という時に、、、。

「今日 会社休みます。」なんてとても言えない。

課長をはじめ、課の人々の鬼じゃのような顔が浮かんでは消えた。

が、”今日 会社へいこう”とも、到底思えなかった。

そこで私は電話で、上司に事情を説明して、「病院へ行ってから、急いで会社に行きます。」と言った。

なにしろ、バセドー病というものが、よしこの説明ではちっともよくわからない、、、確認しなくては、、、。

きっとおそろしくコワイ病気には違いなかろう。。。

 

 

さてさて、病院へ到着する頃、急激に私の目は回復しつつあった。

鏡を見ると、うっすらまぶたのところが、ちょっと赤くはれてるかな、、、という程度になっていた。

診察してくれた医師も、大丈夫でしょうと言い、「短時間であれ、こんなに目がはれることってあるんですか?」ときくと、「どうしたんでしょーねー?」という感じで、とうとう原因は闇に葬られた。

 

 

病院からでると、私は会社へと急いだ。

大切な日だから、、、というよりはむしろ、ほんのり赤いうちに、みんなに見せてあげなければ、、、と思った。

急がねば!!

 

 

会社へ着くと、みんなはバタバタ忙しく動いていた。

「おはようございます。遅くなって申し訳ありませんでした。」と深々とお辞儀をして、顔を上げると、みんなの目が一斉に私の目にそそがれた。

「だいじょう、、、、ぶ? へっ 目がなんとかって、、??」

みんなキョトンとしていた。

そうだ、、、もう目はすっかり普通にもどっていたのだ。

かつて、私が姉の唇を見る瞬間、ドキドキしたのと同じく、相当の期待をしていたはずだ。。

朝、私からの電話を受けた上司は、「ものすごくはれてるって言ってたよね??」と、課員の手前、私に大きな声で確認したが、証拠が消滅した今、何を話しても悲しく空回りするだけで、まったく説得力がないことに気付く。

いや、早くも、疑惑の目が私に注がれていたのは、明らかだった。

 

姉の唇も、私の目も、それ以降異変はなく、真相は闇の中である。

 

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押し寿司事件

<今日の話>  京都の名店の”いOうの押し寿司”をめぐって、食卓で起きたドタバタ劇。    

 

 

毎年 デパートの特設会場で "東北のれん市”とか"全国駅弁祭り”などというものがあるが、"京都のれん市”を紹介するチラシを目にすると、プッと笑いがこみあげてくる。

、、、というのは、、、。                                                                                 

 

 

ある日、私が、実家に遊びに行くと、母・よしこが「今日はね、のれん市に行って、いOうの押し寿司を買ってきたわよー。」と言う。

「へー 押し寿司。。」と言いながら包みを開けてみていると、なんでも、"京都じゃ有名なお店のお寿司だ”ということ、”だいたい、さばの押し寿司なんて、ナマぐさくて好きじゃないけど、ここのだけは、ものすごく美味しいから食べれるのよー”ということ。

そして、"1本 2100円もするのよー。 これだけ食べたってごはんにはならないんだから。他におかずも作らなくっちゃいけないから、考えたら高いわよねー。”、、、と、高級であることをもアピールし、今日は姉家族も、友人をひきつれて遊びに来ているから、4本も買ってきたと言う。

前説明は詳しすぎるほどカンペキだったので、そこの押し寿司は食べたことがなかった私としては、夕食の時間がくるのが楽しみでたまらなかった。

 

 

さて、いよいよ夕食の時間になって、さば寿司の登場となった。

よしこは、ここでも、"1本 2100円すること”  ”それはそれは美味しいこと”、復習を忘れなかった。

”もー わかったわかった。。早くたべよーよ”、、、と思いながら、さば寿司をとり皿に

はこぶ。

押し寿司の上に、クルリと昆布が巻いてあって、すごく美味しそう。

「いただきまーす!」

この場には父とよしこ、それに私と主人がいた。

ぱくっ もぐもぐもぐ。。

”ははーん これが、いOうの押し寿司かあ。。。。

なかなか昆布の歯ごたえがあるけど、うー 美味しいー。”と思いながら食べていたら、

そこから事件は起きた。

 

 

今までに何回も食べたことがあると言っていた父が、「いつものと違う。」と言いだしたのを皮切りに、よしこが「まー あきれたっ! こんなに昆布が硬いから口がゴワゴワして食べられないわっ!」と言う。

私たちは、何しろ初めて食べるものだったから、この”ゴワゴワ”を楽しむものと思っていたが、どうも違うらしい。

よく、美味しいラーメン屋さんが、他の場所にも店舗を広げると、味が落ちることがあるが、きっとそれに同じく、いOうの押し寿司も、デパートの上で販売すると、かくも味が落ちる、、、、という結論に達した。

しかし、よしこの怒りは、そんな結論をだしたくらいじゃーおさまらなかった。

「ママ、デパートに電話するわ。

こんなことじゃ、お寿司屋さんだってデパートだって、今後のためにならない。」と言う。

そして、サッサッと電話のところへ行き、ピッポッパッ。

デパートの人に、今、このテーブルで起きた一連の情事を話したが、聞いていると、どうも担当者がいないので、折り返し電話がかかってくることになったらしい。

電話の最中も、私は押し寿司を食べつづけていたが、よしこがそれをとめた。

「お返ししましょ。!」

 

 

我が家では、いつも、美味しいもの、高いものを食べるときは、ものすごーくおなかをすかせておく、、、というのが暗黙のルールとなっている。

美味しいもの、高いものを食べる段になって、「あー なんかまだおなかすいてない。」とか言おうものなら、袋叩き、、、とまではいかないまでも、相当のヒンシュクをかい、非難ゴーゴーとなることうけあいだ。

私の中では、一口、 口にいれた瞬間から”いOうの押し寿司たるはコレだっ”というのがインプットされてしまったので、少々ゴワゴワ感はいなめないが、美味しい。。。

もとより、そんなわけでおなかがすいていた。

 

 

しばらくして、電話がなった。

よしこが、ツカツカと偉そうに歩きながら電話にでる。

私たちも、動向を耳をそばだてて聞く。

、、、すると、思いがけず、よしこの声がだんだんと小さく低くなり、最後は「それは失礼いたしました。。。」という言葉でしまった。

電話をきると、よしこは、おなかをかかえて、はずかしそうに「ふふふふ、、、、いやだわー。」と言って笑う。

聞くと、なんということか、いOうの押し寿司は、昆布は食べずに、昆布をはがして、さばの押し寿司部分だけをいただくというのだ。

それから、私たちは、素直に、そして、静かにぺランと昆布をはずして、あらためて、いOうの押し寿司をいただく。

「う~ん やわらかいっ!」というのが最初の私の感想。

そして、たしかに美味しい。。。

何回も食べたことのある、いわば常連客としては、よしこと父は、なんたる初歩的ミスをおかしていたことかっ!!

 

 

私たちが、テーブルで今、ここであったことがおかしくって笑い転げていると、むこうの違う部屋で、友人たちと食事をしていた姉が来て、「どーしたの?」と聞いた。

が、よしこは「なんでもないわよー。」としらばくれ、私たちにりかちゃんにだけは言わないでくれと懇願した。

姉は今、料理の本を出版しているが、”オイシイ事件”は、すぐさま料理の材料ならず、エッセイの材料となり、よしこは、そういう意味で、格好のえじきとなっているからだ。

 

 

私は姉にすりより、最後に、これだけは聞きたかったので、質問した。

「ねーねー りかちゃんたちもむこうの部屋で押し寿司食べたんでしょ?

昆布も食べた?」

すると姉は、「昆布は はずすにきまってるじゃん。」

涼しい風とともに、姉は、むこうの部屋へ戻っていった、、、何も知らず、、、。

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毛 100パーセント

<今日の話> 母・よしこが、飼い犬のローラを”モノゲンユニ”で洗った話 

 

今はあまりみかけないけれど、昔"モンゲンユニ”という洗濯洗剤が家にあった。

おしゃれ着洗いの洗剤だった思う。

私がまだ学生だったある日、学校から帰ると、よしこが、その頃飼っていた犬のローラをお風呂にいれていた。

外で飼っていたので頻繁には洗っていなかったが、よしこや私やりかちゃん(私の姉)が、気がむいたとき、お風呂場へ連れて行ってシャンプーしていた。

私は犬のシャンプー選びが好きで、あれこれ買っては洗ったあとの香りを楽しんだものだ。

(ちなみに当時、私たち女性陣は、ウエラの高級シャンプー。ローラはその時々私の選んだシャンプー。そして、高級シャンプーの使用を禁止されていた父は、市販のシャンプーを使っていた。父は「パパのシャンプーは犬より安いのか。。。」とぼやいていたっけ。。)

その日、お風呂場をのぞくと、こわがりのローラは、いつものように上目づかいでシッポを丸めて、いやいや洗われているという表情でこちらを見ていた。

、、、、そこまではいつもの風景だった。

しかし、今日は何かが違う、、、何が違うんだろう、、、とよくよく見ると、毛足の短いローラが、泡でモクモクと膨れ上がっているではないか!

よくぞここまで泡がたつもんだと感心して見ていると、そばに例の洗剤の箱があった。

、、、と、ちょうど犬用のシャンプーがきれていたのを思い出した。

私以外に犬のシャンプーを買ってきたりする者はこの家族の中でいるはずがない。

、、、とすると!!

私は恐る恐るよしこに聞いた。

「ねえ、ママ。

もしかしてこの洗剤でローラ 洗ってるの?」

すると、よしこは「そうよー。」とひとこと言い、鼻歌を歌いながら、さらにモクモクと泡をたてながら洗っている。

「キャー よくないよー!ちゃんとシャンプーで洗わなきゃダメだよー。」と私が言うと、少しも悪びれずに「大丈夫よー。」と言う。

そしてトドメをさした。

「ちはるちゃん ちゃんとみてごらん。

" 毛100パー”って書いてあるでしょー。」

箱には確かに"おしゃれ着・毛100パーセントも大丈夫"みたいな事は書いてあった。

ローラも確かに”毛 100パーセント”ではあるが、、、。

私が見ていないところで、他にもいろんなことが起きているだろうと、その時確信した。

 

その夜、さらに続きがあった。

お風呂から上がった父が、スーッと私の横を通ったとき、、、モアーっと臭かった。

その臭いは、明らかに犬の臭いであった。

私はその時点で何が起こったか容易に想像できたが、確認したくなってすぐさま洗面所へと向かった。

ははーん。

案の定、昼間ローラを洗った後、使ったらしきバスタオルが、ぬれて、洗濯機の上に丸まっていた。

父が使ったのは明らかだった。

よしこはそのまま置きっぱなしにしていたのだ。

ゲラゲラ笑いながら、もう一度父を観察に行くと、体中にローラの白い毛がついていて、おまけに頭までそのバスタオルでふいたらしく、白髪のように毛がまじっていた。

私は父の後ろ姿を指差しながら、ヒーヒー笑いながらよしこを見ると、よしこは小さな声で「シー シー」と言いながら人差し指をたてていた。

そうだ、、、気づいていないんだから、知らない方が幸せっていうもんだ。。。

それから父は何も知らず、「はー いい湯だったー。」と満足そうに言いながら、寝室へと消えて行った。。

いい湯だったんだもの、、、、それでいいのだ。

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